吉本ばななのデビュー作「キッチン」は、1988年の作品発表当時、すごく話題になっていたので、作家名と題名だけは記憶していました。当時私は学生で、話題になってるからといってほいほい本が買えるような経済状況ではありませんでした。28年たって、電子書籍化され、しかもかなり割引になっていたのを見かけたので、今更ですが読んでみることにしました。
「キッチン」(幻冬舎)には短編「キッチン1」、「満月 キッチン2」、「ムーンライト・シャドウ」の3作が収録されています。
「キッチン1」は台所が一番好きという主人公桜井みかげが、両親の代わりに育ててくれた祖母の死と向き合うお話。生前祖母に世話になったという田辺雄一の誘いに乗って、田辺家に居候することに。ゲイバー経営をする母(元父)えり子さんと3人の同居生活は面白おかしく、じんわりとあたたかくみかげの心を癒していきます。
「満月 キッチン2」は桜井みかげが祖母の死後居候していた田辺家の母(父)えり子さんが殺され、その息子雄一と共にみかげがその突然の死と向き合う話。天涯孤独になってしまった二人の心がふわふわと揺れ動きながら少しずつ、しかし確実に寄り添っていきます。
「ムーンライト・シャドウ」では恋人の等が交通事故で亡くなってしまった後の話。主人公さつきはジョギングして、心のバランスをとろうとする。等の弟柊には彼女がいて、よく4人で会っていたが、等がその弟の彼女を車で送っていく途中に事故に会ってしまった。柊は兄と彼女の両方いっぺんに亡くしてしまった。彼女のセーラー服を着て、彼女の死を悼む柊。それはちょっとどうなの?と少々引いてしまいますが、人の死との向き合い方は人それぞれ。残された二人はある不思議体験をきっかけに、本当の意味で「別れ」を受け入れます。
3編とも残された人の心の動きにスポットを当てて書かれており、全体的にとてもセンチメンタル。身近な人の死後、一応日常生活を続けていても、どこか現実感のないふわふわした感じや、突拍子もないことを衝動的にしてしまったり、突如として激しい絶望感に襲われたり。そういう情緒不安定な状態が細やかに描写されていて、柔らかな共感を抱かせるように思います。