またしても少女小説で、イギリスネタですが、久賀理世の『英国マザーグース物語』シリーズはかなり秀逸な恋愛プラスミステリー小説と言えます。買ったのは2・3年前なんですけど。
舞台はビクトリア朝のロンドン。大英帝国の英雄である探検家ヘンリー・アッシュフォード子爵はエジプトで熱病にかかって死亡したとのことでしたが、その死に不信感を抱いた娘セシル(16歳)はその真相を探るため、過保護な長兄ダニエルを少々えげつなく出し抜いて、彼の学生時代の先輩が立ち上げた弱小新聞社アクロイド・ディリー・ニュースに性別を偽って、記者見習いとして働きだします。兄ダニエルが見つけてきたという婚約相手には父の喪が明けるまで会わないという約束も取り付けて。
その当の婚約相手であるジュリアン・ブラッドウッド侯爵子息はセシルの様子を見るためにアクロイド者を身分を偽って訪ね、そこで絵の才能を見込まれて、挿絵師見習いとしてセシルのパートナーとして働くことになります。
婚約者同士なのに、お互いに身分を偽って一緒に働くという設定の微妙さが可笑しさを誘います。二人が出くわした最初の事件はかなりほのぼのしたもので、マザーグースの唄:
バラはあかい、すみれは青い
砂糖はあまい―そうして君も。
に因んだものでした。
余計な蘊蓄を述べれば、この唄には(にも)さまざまなバリエーションがあり、私が持っている「The only true Mother Goose(唯一真のマザーグース)」という本では「砂糖」ではなく「gillyflower(アラセイトウ)はあまい」となっていました。そしてその先もありました:
The rose is red, the violet is blue,
The gillyflower sweet - and so are you.
These are the words you have me say
For a pair of new gloves on Easter-day.
「そうして君も」までならちょっとした恋の告白っぽいのに、その続きが「それらが君が僕に言わせる言葉、復活祭の日の新しい手袋のために」で、なんか台無しに…
『英国マザーグース物語』はこの唄(短い台無しじゃない方のバージョン)で始まってこの唄で終わるという、なかなかしまりのある構成です。タイトルの通りかなりの数のマザーグースの唄が物語の重要な役割を果たします。ただの教訓的な意味合いの時もありますが、殆どの場合は事件の謎を解く重要なカギとなっていて、ミステリーとしても、マザーグースの一味変わった味わい方としてもなかなか楽しめます。
ただ、ほのぼのした感じは長く続かず、父・ヘンリーの不審死の裏には相当強大な敵が潜んでいて、だんだん緊張感が増していきます。それでもいろんなエピソードが挟まれていて、ミステリーは一直線には進まず、セシルの女の子としての悩みやジュリアンに対する淡い恋心とか、セシルの次兄ジェフリーのむちゃくちゃぶりとか、セシルの親友のエピソードとか、セシルの取材するほっこりエピソードとか、そういう寄り道をしながら進んでいき、5巻で大きな転換を迎え、6巻でいよいよ時間との戦いの中謎解きを迫られ、何人かの大いなる犠牲が出た後でようやく事件解決し、一時危うくなったセシルとジュリアンの関係もハッピーエンドに至ります。
ミステリーとしてみるとかなり贅肉の多いストーリーですが、ミステリータッチの純愛小説としてみれば、より楽しめるのではないかと思います。まあ趣味の合う合わないもあるかと思いますが。