徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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スペイン・アンダルシア旅行記 II(2):グラナダ~アルハンブラ宮殿

2018年06月08日 | 旅行

マラガの次の目的地はグラナダのアルハンブラ宮殿でした。グラナダには去年も行ったのですが、前売りチケットを買わなかったためにアルハンブラ宮殿に入れなかったので、今回はそのリベンジでアルハンブラ宮殿のみに焦点を当ててグラナダに訪れました。

ホテル

5月の初めにGetYourGuideというサイトで6月2日のアルハンブラ・ツアーをブッキングし、ホテルはアルハンブラの中央入口から徒歩2~3分のところにある Hotel Alixares を予約しました。Booking.comというサイトの割引があっても、お値段は高めで、2人2泊朝食付きで220€でした。テラス付きの部屋だと追加料金25€かかるようです。改装して間もないそうで、どこも真新しい感じでした。内装にはアルハンブラ宮殿のモチーフや写真がふんだんに使われており、アルハンブラのイメージに相応しいホテルと言えます。朝食ビュッフェも四つ星ホテルに相応しい豪華さでした。私たちが泊まった部屋はプールの見える部屋でした。

  

朝食 ↓ サラダやフルーツ、温かい料理が豊富。

 

アルハンブラ見学の合間にホテルに戻って頂いた昼食ビュッフェ(一人16€、飲み物は別料金)もなかなかでした。

 

 

アルハンブラ見学

6月2日の英語ガイド付きアルハンブラツアーの見学ルートは、ヘネラリーフェ(Generalife、上の青い部分)→アルカサーバ(Alcazaba、左下の△に近い形の部分)→パルタル宮殿(El Partal、中央部のナスリ朝宮殿の隣)を含む庭園で、3時間。残念ながら一番豪華な王宮部分のナスル朝宮殿(Paracios Nazries)はルートには含まれていませんでした。ナスル朝宮殿が含まれているツアーは5月初めに既に売り切れになっていたので。。。(´;ω;`)

ツアーの集合場所は Plaza Nueva の近くで、そこから歩いてアルハンブラへ登り(バスまたはタクシーで正門まで行った人たちもいた)、さらに上記ルートを休憩なしで見学したため、ツアー終了後は足が棒になってしまい、終了地点のパルタル宮殿の池の前のベンチに座り込んだまましばらく動けませんでした。

グラナダ市街地からアルハンブラへ登る道の最初の門、グラナダス(ザクロ)の門(Puerto de las Granadas) ↓

大量の観光客のために舗装されたアルハンブラへの道 ↓

Pilar de Carlos V ↓

Generalife

ヘネラリーフェは夏宮殿で、アルハンブラ城塞都市の北西にあるさらに高い丘の上にあります。建物自体はそれほど豪華ではありませんが、たくさんのパティオを含む美しい庭園が見ものです。

Jardines Nuevos del Generalife(ヘネラリーフェの下の庭園、元は果樹園)↓

  

バラのアーチが美しい! ↓

Patio de la Acequia ↓

 

Sala Regia の天井 ↓

Patio de los Cipreses ↓

 

Alhambra(アルハンブラ)

アルハンブラとは城壁に囲まれた王城を含む一つの都市です。遺跡しか残っていない区域もありますが、モスクの跡に建てられたサンタマリア・アルハンブラ教会や元聖フランシスコ修道院のホテル(Parador de Granada)、カルロス5世宮殿(現在博物館)の他、お土産物ショップなどがある、裁きの門(Puerta de la Justicia)に近い門から無料で入場できるエリアもあります。

ヘネラリーフェとアルハンブラを結ぶ糸杉の並木道(セカーノの散歩道)↓

Parador de Granada(パラドール・デ・グラナダ・ホテル、元聖フランシスコ修道院)↓

   

サンタマリア・アルハンブラ教会 ↓

 

モスク(現サンタマリア教会)の隣にあったハマム(浴場の遺跡)↓

  

カルロス5世宮殿の西側ファサード ↓ (ナスル朝の都をカトリック化するための布石として建てられた宮殿)

 

個人的に非常に変な建物だと思います。建物全体は正方形で、その中に円形の中庭があり、それをぐるっと囲む柱廊が特徴的です(下の写真はドイツ語版ウィキペディアより借用)

 

アルカサーバ(Alcazaba)

アルカサーバはカルロス5世宮殿の向かい側にある葡萄酒の門(Puerta del Vino)を通って、アルヒベの広場(Plaza de los Aljibes)を横切ったところにあります。内側と外側の二重構造で、内側は積石の様子からローマ時代のものと推測されています。アルカサーバの舳先ともいえる堡塁は15世紀ナスル朝時代に増築されたものです。外敵よりも朝廷への謀反に対してにらみを利かすためにグラナダ市街地に向かって砲台が置かれていたそうです。外側の構造の一部(桶の塔、城壁前庭、警備用通路の埋め立て部分)はキリスト教徒による増築部分です。アルヒベ(貯水槽)の広場は元は窪地で、1549年のキリスト教徒による征服後に貯水槽を作るために埋め立てられました。

  

アルカサーバから見下ろしたグラナダ市街地 ↓


パルタル(Partal)

パルタルはナスル朝宮殿に隣接している建物と庭園の総称で、「貴婦人の塔」はアルバイシン地区及びヘネラリーフェの庭園、さらに池の水面に映る柱廊(パルタル)を見渡せる豪奢な望楼です。庭園は標高差のある地形を利用した「空中庭園」及びヘネラリーフェに繋がる広大な庭園で、かつては優美な邸宅や華麗な宮殿が立ち並ぶ緑地だったそうです。

パルタルの入り口に行く途中、壁を隔てて見えるナスル朝宮殿のライオン宮。星型のような屋根はアベンセラッヘスの間の屋根で、その天井はムカルナスと呼ばれる小さな尖った窪みが層を成して繰り返す形式の装飾が施されています(外からはもちろん見えませんけど(´;ω;`))

四角い池に面した貴婦人の塔の柱廊 ↓ (すでに天候が崩れ出しています)

  

貴婦人の塔の脇にある祈祷室 ↓

この場所でアルハンブラツアーが終了しました。ツアーに含まれていなかったナスル朝宮殿(Paracios Nazries)を見学しようと、ナイトツアーのチケットを入手しようとしましたが、とっくに売り切れでした。一日の入場人数には制限があり、一日分のチケットの35%は現地発行の当日券という情報を読んだので、6月3日の朝一番でナスル朝宮殿のチケット入手に再度トライしてみましたが、「売り切れです」の一言。ナスル朝宮殿以外の入場券ならあるとのことでしたが、前日に既に見学済みでしたので、諦めるしかありませんでした。ナイトツアーとかも含めて前日売り切れ。一体どのくらい前から前売り券を買っておかなければならないのかと驚くばかりです。

パルタルの庭園 ↓

    

パルタルの庭園に限らず、アルハンブラにはたくさんネコが住み着いているようです。

 

 

サクロモンテ

6月2日は午後から天候が崩れ、雨が少々降りましたが、予報されていた雷雨は来ませんでした。翌日はよく晴れて、絶好の遠足日和となりました。ナスル朝宮殿の見学ができないと分かった時点で、代わりにサクロモンテの丘に建つ古い教会を見てからグラナダを出て次の目的地のアルメリアに向かうことにしました。

サクロモンテは谷を挟んでアルハンブラの向かい側にある丘で、洞窟住居があるところでもあります。その丘の頂上に建つ小さな教会は La Ermita de San Miguel Alto といい、隠者の僧院らしく地味な作りで、以前イスラム教の塔があった場所に1671年に建設されました。19世紀にナポレオン占領下で教会は一度破壊されましたが、その後再建され今に至っています。中を見学することはできませんが、グラナダ市街地とアルハンブラ、さらにシエラネヴァダまで一望できる素晴らしいパノラマを堪能できます。

   

 

スペイン・アンダルシア旅行記 II (3):シエラネヴァダ山脈


スペイン・アンダルシア旅行記(1)

スペイン・アンダルシア旅行記(2):セビリア

スペイン・アンダルシア旅行記(3):モンテフリオ(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記(4):グラナダ

スペイン・アンダルシア旅行記(5):グアディックス(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(1):マラガ


スペイン・アンダルシア旅行記 II(1):マラガ

2018年06月08日 | 旅行

 

第2回アンダルシア旅行に行って参りました。

今回の旅程は、5月30日~6月7日の8泊9日で、マラガ・グラナダ・アルメリア・アルムニエーカルの4か所にそれぞれ2泊しました。

最初のロケーションは空港のあるマラガ。Norwegian Air でデュセッルドルフ空港から20時20分に出発(予定だったところ30分遅延)し、真夜中にマラガ空港に到着してそのままタクシーでホテルに直行。

ホテル

泊まったホテルは港およびツーリストインフォや旧市街に近接したホテル ヴェネシア(Hotel Venecia)という三ツ星ホテルでした。

朝食ビュッフェは三ツ星ホテルとしてはレベルが低く、どちらかというと二つ星のバジェットホテルみたいでとても残念。肉よりは野菜や果物が食べたい場合や乳製品アレルギーがあって、ヨーグルトや牛乳をかけて食べるシリアルなどを食べられない場合、何も食べるものがない感じです。パンも3種類くらい置いてありましたが、甘くないのは1種類だけで、ぱさぱさして全然美味しくありませんでした。これで二人1泊89€はぼったくりな気がします。老舗と言えば聞こえはいいですが、要は色々と設備が古いということで、調度品が古いのは気になりませんが、水回りのさびつきなどから分かる古さや使いづらさはがっかりですね。

マラガについて

マラガ(Málaga)はアンダルシア自治州でセビリアに次ぐ2番目に大きな都市です。地中海に面した「コスタ・デル・ソル(Costa del Sol、太陽海岸)」に位置しており、 シエラ・デ・ミハス(Sierra de Mijas)及びモンテス・デ・マラガ(Montes de Málaga)という山脈に囲まれています。南北を軸に流れるGuadalmedina川によって東西に二分され、主に東側の旧市街に観光スポットが集中しています。

紀元前8世紀にフェニキア人によって創設された港町マラカ(Malaca)がこの町の始まりです。その後長い間カルタゴの支配下にありましたが、ローマがカルタゴに勝利した紀元前206年以降はローマの重要な貿易拠点となります。しかしマラガの最盛期はモーロ人の支配下で、グラナダの海の玄関口として機能していた711年から1487年までの期間です。リコンキスタによってキリスト教徒の支配下になってからは大分廃れてしまったそうですが、19世紀に「マラガワイン」の人気が出て栄えたようです。その後ブドウネアブラムシの異常増殖によってブドウの木が破壊されてしまい、ワイン生産は一気に減少したとのことです。

1936~1939年のスペイン内戦においては共和国側に属していたマラガは最前線となり、1937年2月のマラガの戦いにおいてフランコ麾下のナショナリストたちによる大虐殺が起こった場所でもありますが、現在は冬のバカンスのロケーションとして人気があるそうです。

マラガは「ゲルニカ」などキュービズムの画家として有名なパブロ・ピカソの生地でもあり、ピカソ美術館(Museo Picasso)もあります。ピカソの生家はピカソ財団の所在地になっています。

 

観光

さて、まずは港周辺を探索しました。天気は快晴でしたが、風があるためかさほど気温が高くなくて、歩き回るにはもってこいの気候でした。


港に平行して作られた公園の散策道 Paseo del Parque はアラビア風の噴水や池が所々に作られていて、さながら王城の庭園のようです。港と公園の間に車道があるので、静けさは味わえないかもしれませんが、真夏に涼むにはいい場所なのではないでしょうか。

 

  

港の規模は中程度なのではないでしょうか。歩いて回るには大きすぎますが、ハンブルクのような大規模な港ほどではありません。散策道やちょっとした公園、それにレストラン街(Muelle Uno)や海洋博物館などがあり、結構楽しめるスポットだと思います。

レストラン街(Muelle Uno)から見た港 ↓

 

レストラン街(Muelle Uno)から見た旧市街 ↓

レストラン街(Muelle Uno)から見たアルカサーバ(要塞) ↓

マラガ港 ↓

灯台 レストラン街(Muelle Uno)    

白い波のような屋根(といっても隙間があるので雨をしのげるわけではなく、少し影をつくる程度)のある遊歩道の終点とレストラン街の通りが交差する地点になぜか「ポンピドゥーセンター(Centre Pompidou)」なる奇妙なキューブ型の建物があります。外見が目立つので写真を撮りましたが、中がどうなっているのかは分かりません。

ポンピドゥーセンター

海水浴場は港に隣接していて、砂浜の長さはかなりのものです。まだメインシーズンではないので、さほど混雑はしていませんでした。

 

港と海水浴場を見た後、一度ホテルに戻ってから旧市街の方へ昼食を食べに行きました。

メイン通り ↓

レストランは大抵脇道にあります。

私たちが食べたレストランは「Meson de la Alegria」というところで、パエリアは作り置きでないため、注文してから25分かかりました。二人分のミックス・パエリア(肉と魚の両方入っているので「ミックス」)。

 

取り皿は素敵な花柄。

 

デザートはフランというプリン。

チップも含めてトータル47€。ランチとしては割高になりました。

夕方は旧市街を散策し、19時からあるという英語ガイド付き徒歩ツアーに参加しようと集合場所に行ったのですが、参加者不足だからやらないとのことでした。それで翌日の11時に毎日あるはずの別の英語ガイド付き徒歩ツアーに参加しようとしたら、「今日はやらない」と言われてしまい、仕方ないので City Sightseeing という24時間乗り降り自由の赤い観光バスを利用することにしました。ツーリストインフォでもいまいち正確な情報を得られないのは不便ですね。

さて、旧市街の中心には大聖堂(Catedral de Malaga)があります。キリスト教の国ではごく普通のことですが。この教会の建設は1528年にディエゴ・デ・シオエによって開始されましたが、長期にわたって建設されたこともあって、いろんな建築様式がかなりミックスされており、また二つ目の塔が未完成のままになっているのも面白いです。大きく豪華に始めて、予算が足りなくなって中途半端に終わってしまったプロジェクトの典型的な例と言えます。

   

マラガのアルカサーバ(Alcazaba、要塞)は、ローマ人居住地跡に8世紀から11世紀の間に建設されました。この要塞の海とは反対側にある窪地には1951年に発見されたローマ時代の円形劇場があります。アルカサーバの入場料は2.20€。豪華とは言えませんが、町と港が一望でき、また、キリスト教徒の要塞にはないイスラム建築ならではの庭園の優雅さが堪能できます。考古学博物館の展示物が興味のある方には面白いかも知れません。

 

マラガの町のモデル ↓

 

アルカサーバから見た港 ↓

 

アルカサーバから見た Castillo de Gibralfaro ↓

 

Plaza de Armas

 

門にローマ時代の柱が転用されている ↓

 

アルカサーバの中庭 ↓

  

       

 

マラガ旧市街の主要広場の1つ、Plaza de la constitucion(憲法広場)↓

 

晩ごはんはなかなか気に入ったレストランが見つからず、適当なところ(La Taperia de Sybaris)で手を打ったのですが、食前酒として頼んだ Vermut に少々悪酔いしてしまい、折角頼んだタパスもあまり食べられませんでした。Vermut は甘みがあっておいしいのですが、アルコール度数は結構あるので、疲れて空腹のところに飲んだのがよくなかったみたいです。写真を撮ったのは最初に来たタパスのみ。

  

 

翌日は観光バスでヴィラの立ち並ぶ丘を登り、Castillo de Gibralfaroというお城に行きました。こちらも入場料は2.20€でした。

  

カスティロ・デ・ヒブラルファロ(Castillo de Gibralfaro)は「灯台の立つ岩の城」という意味で、135mほどの丘は古代から要塞として使用されてきました。その古代の遺跡を新たに要塞化したのは後ウマイヤ朝の第8代アミールにして初代カリフのアブド・アッラフマーン3世(アミール在位:912年 - 929年、カリフ在位:929年 - 961年)でした。その後グラナダのアミール、ユースフ1世(在位:1333年 - 1354年)が在位中に改築し、宮城施設を拡張させました。二重の城壁に守られた要塞城です。1487年にカスティリャ王国のイザベラ1世とアラゴン王国のフェルディナンド2世のペアが3か月の攻城の末にこの城を陥落させました。

     

要塞ですので、憩いの場的な場所はあっても、大部分は城壁からなる建築物です。歴史に興味のある方は中の情報センターを見るのも面白いかも知れませんが、基本的には高い所からの展望を堪能する以外にさほど見どころはありません。

お昼ご飯は前日に海岸で見たイワシの炭火焼きを食べるために海岸へ行きました。街中では焼いているところはないようでしたが、海岸では数件レストランの外で炭火焼きしているところがあり、お昼時(14時前後)には行列ができてました。

 

  

3件目のレストランでようやく席が取れて、お目当てのイワシの炭火焼きにありつけました。😋😋😋 前菜にはアンチョビとトロピカルサラダ、デザートにはチョコレートケーキを頂きました。とっても満足 😊

   

この後にマラガ駅でレンタカーを借りて、グラナダへ移動しました。

マラガは「一生に一度のヨーロッパ旅行」に相応しい観光地ではありませんが、気軽にスペインに行ける人にとってはなかなかいいところだと思います。


スペイン・アンダルシア旅行記(1)

スペイン・アンダルシア旅行記(2):セビリア

スペイン・アンダルシア旅行記(3):モンテフリオ(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記(4):グラナダ

スペイン・アンダルシア旅行記(5):グアディックス(グラナダ県)