ふと乙女な正義感を貫く小説が読みたくなり、『彩雲国物語』を久々に通読してみました。通読はもう4回目になるかも知れません。アニメの方も見たことがありますが、やはり私は原作の小説の方が深みがあって好きです。『彩雲国物語』は大雑把に言えば中華風歴史ファンタジーロマンで、大貴族紅家の直系直姫にもかかわらず市井で育った紅秀麗が17歳で初の女性官吏となって荒波にもまれながら国のため、民のために奔走する物語です。ファンタジー要素は彩雲国の州を象徴する色8色に関係する【彩八仙】が存在し、彩雲国初代国王・蒼玄を支え、蒼玄の死後は姿を消したが、やがてまた名君の下に集うという伝説があり、実際にその仙を身に宿す人間が8人はそろいませんが何人か主要人物として登場するところです。
第1巻『始まりの風は紅く』はデビュー作で、それ単独で完結しています。火の車の家計に頭を悩ませていた紅秀麗(こう しゅうれい、16)の下に舞い込んだオイシイ話は、後宮に貴妃として入り、即位半年後の「ダメ王様」紫劉輝(し りゅうき、19)の根性を叩きなおして政事に向かせるというもの。劉輝は秀麗の父にして朝廷の閑職にある卲可に子どものころから懐いて学問を習ったという経緯があるため、出会う前から秀麗の饅頭の味は知っており、「貴妃」には反発していたものの卲可の娘という親しみもあり、毎日顔を合わせるうちにどんどんお人好しな人柄や官吏になりたいという夢を持って地道に努力をする彼女に惹かれて、彼女のためによい王になろうと決意します。後宮に秀麗を送り込む策を弄した霄大師は、彼女よりも前に若手の有望官吏・李絳攸(り こうゆう、21)と大貴族藍家直系の武官・藍楸瑛(らん しゅうえい、24)を側近として付けており、王が彼らをどう扱うかを観察していました。そして秀麗暗殺計画が密かに進んでいたため、劉輝はこの二人に彼女を守り、背後関係を洗うように依頼します。紅家の家人として彼女と一緒に近衛軍に特進し、秀麗の護衛を務めることになった此静蘭(し せいらん、自称21)は実は劉輝の兄で、昔追放された清苑公子であり、彼を朝廷に戻して劉輝を退位させようという陰謀が秀麗暗殺計画と並行して進みます。護衛の甲斐なく秀麗は誘拐され毒を盛られ、また静蘭も重傷を負ってしまいますが、もちろん最終的には丸く収まり、秀麗は後宮を辞すことになります。藍楸瑛、此静蘭、李絳攸、紅秀麗の4人を持って後に「軍に藍此あり、文に李紅あり」とうたわれるようになる伝説の始まりの巻です。
第2巻『黄金の約束』では時は夏に移り、国試の女性試験の導入に向けて努力する王・紫劉輝。最初王の提案を無視した戸部尚書・黄奇人をそれの賛同者として得るために、李絳攸が秀麗を臨時雑用係として人手不足の戸部に送り込みます。秀麗は「紅秀」という少年として働きます。一方、1巻で清苑公子を立ててクーデターを画策して失敗した結果命を落とした茶鴛洵(さ えんじゅん)は茶家の当主であったため、彼の死によって茶州は荒れ出し、その窮状を訴え正当な州牧の派遣を要請するために、例外的措置として州牧を務めてきた浪燕青(ろう えんせい、推定年齢27~8)が茶州から̻刺客に追われながら首都貴陽にやってきて、行き倒れになったところを秀麗に拾われ、そのまま紅家に居候することになります。燕青は静蘭の旧友(気さくに悪態をつき合う仲)で、臨時仕事の入った静蘭の代わりに秀麗の護衛をすることになり、戸部での臨時仕事にも付き合います。茶州からの刺客たちとひと騒動ありますが、全員捕縛して解決し、燕青は当初の目的通り王に会って州牧の佩玉と印を返却し、新州牧派遣を要請します。燕青は猛烈に強く、体術と棍では彩雲国一と言われ、懐の深い人で私の一番好きなキャラです。
第3巻『花は紫宮に咲く』では秀麗が国試に合格し、ついに官吏としての人生をスタートする様子が描写されます。13歳で状元及第した杜影月(と えいげつ)と共に酷いいじめにあいながらもただでは起きず、礼部尚書の不正を暴きます。この礼部尚書は、偶然茶家当主印である指輪を見つけ、金儲けしようとしていた矢先に失くしてしまったため、その指輪の偽造もします。彼は女性官吏が気に入らないばかりに秀麗の後見を引き受けた吏部尚書にして紅家当主の紅黎深(こう れいしん、秀麗本人は知らないが彼女の叔父)にまで手を出して失脚。
李絳攸の養い親にして秀麗の叔父である黎深が初めて詳しく描写される巻です。2巻では秀麗の臨時仕事を気まぐれに手伝いながら「おじさん」と呼ばせて喜ぶ謎な人としてしか登場しませんが、この巻でもうちょっと詳しい人物像が描かれます。実は私の好きなキャラ。また、もう一人の叔父である紅家三男の紅玖琅(こう くろう)も初登場します。
第4巻『想いは遙かなる茶都へ』は茶州州牧に任命された紅秀麗と杜影月が、改めて州牧補佐に任命された浪燕青とお付き武官となった此静蘭と共に茶州へ向かう道中の出来事を描きます。第1巻で貴妃として後宮に上がっていた秀麗についていた宮女・香鈴は敬愛する茶鴛洵のために秀麗暗殺計画に勝手に協力した過去があり、官吏となってすべてを知らされた秀麗に謝罪し、彼女たちと一緒に茶州に向かいます。茶鴛洵の実弟仲障(ちゅうしょう)は新州牧の二人と佩玉・州牧印を狙い、殺刃賊(さつじんぞく)を雇って州牧一行を襲わせ、州境で秀麗を除く4人はあっさり捕まってしまいます。秀麗だけが全商連という商業団体を頼って商隊での仕事を紹介してもらい、琳千夜という大商人の若様の侍女として働きながら茶州一の商都・金華へ向かいます。燕青と静蘭も脱走し、殺刃賊を片づけて賞金稼ぎをしながら金華へ。香鈴は秀麗の身代わり役をやりながら影月と何とか生き延び、仲傽の3人の孫のうちの一人、末弟の克洵(こくじゅん、18)に助けられてやはり金華へ。
この巻では、国試に榜眼及第しながら進士式をすっぽかした真性の天才=変人である藍龍蓮(らん りゅうれん、18)が初めて名前だけでなく実際に活躍し、その変人ぶりをいかんなく発揮します。龍蓮も好きなキャラです。
また、この巻では燕青と静蘭が共有する物騒な過去が明らかにされます。ここでは殺刃賊の現頭を殺して復讐を果たすところしか描写されていませんが、実際に彼ら二人に何があったのかは外伝4『黄梁の夢』に収録されている『空の青、風の呼ぶ声』に詳細に描かれています。
第5巻『漆黒の月の宴』は商都・金華から茶州の首都へ向かう道中の様子と茶家当主問題に対する新州牧の対処が描写されます。茶仲障は紅家を敵に回さないために秀麗を孫の一人朔洵(さくじゅん、29)と結婚させようと画策し、琳千夜という偽名を使って秀麗に近づいていた朔洵も彼女に惚れ込んで余計なやる気を出して彼女を困らせます。朔洵は美形ですが、15歳にして殺刃賊を弄ぶような真性のヤバい人。静蘭はかなりナーバスになります。しかし、朔洵は秀麗に対しては彼なりに一途ではあるのですが。。。いろいろやらかしてくれるので、秀麗は彼の命を弄ぶような賭けで心に傷を負うことになります。
この巻では茶鴛洵の奥方である縹英姫(ひょう えいき)とその孫娘・春姫(しゅんき)が活躍します。一族の中でほとんど唯一といって言い良心の持ち主である茶克洵が茶家当主に就任し、その他の茶家一族が捕縛されることで茶家問題は一応収束します。
人の命など路傍の石ころほどにも思っておらず、退屈しのぎにいろいろと悪だくみをしてきた真性のヤバい人・朔洵と元公子で常に暗殺から身を守るために人殺しの能力と毒薬の知識を磨かざるを得なかった静蘭の対決が見ものです。
『朱にまじわれば紅』は外伝で、秀麗が後宮に臨時妃として上がる以前の絳攸と楸瑛が暇を持て余して府庫に出るという幽霊を退治するという『幽霊退治大作戦!』、秀麗と影月の出会いと秀麗の勤め先の1つである妓楼・姮娥楼での騒動を描く『会試直前大騒動!』、秀麗が病気になったときに競ってお見舞いに来る男どもを描く『お見舞い戦線異状あり?』、彩雲国に伝わる物語『薔薇姫』の4編が収録されています。
第6巻『欠けゆく白銀の砂時計』では、杜影月の事情がテーマです。彼の育ての親である水鏡道寺の道主様が何かを黒州の州府に預け「約束を果たした」後に亡くなり、影月がそれをなぜかすぐに察知します。そして自分の残りの命もわずかであると自覚し、香鈴への態度を硬化させます。
一方、秀麗とは茶州の将来のための一歩として人材教育・育成機関の建設案を詰めていましたが、途中で燕青に見つかり、同じく州牧補佐(州尹)である鄭悠舜(てい ゆうしゅん)がその内容を認め、若い二人にできる限り多く実績を作らせようと、大急ぎでその案を州官たちに詰めさせ、年賀の挨拶に間に合うようにさせます。
年賀の挨拶には秀麗と悠舜、悠舜の妻で茶州全商連で重職にある柴凛(さい りん)と茶家当主に就任したばかりの茶克洵が一緒に貴陽に向かいます。秀麗の貴陽での役目は人材育成機関建設案の話を工部・礼部・戸部に通すことですが、礼部と戸部は個人的な伝手があるのに対して工部の菅飛翔(かん ひしょう)は悠舜と同期とはいえ、副官の話を聞くような人ではないので、州牧である秀麗が彼を落とさないといけないわけですが、かれは女性官吏に最後まで反対していた勢力の一人なので相当の難関です。この巻では秀麗と菅飛翔の対決が見どころです。
王様である劉輝は秀麗がまだ自分を個人的に名前で呼んでくれるのか不安で、それを表に出さないものの、側近の李絳攸と藍楸瑛に違和感を覚えさせるエピソードも、秀麗と劉輝の私人として体面・対決も興味深いやり取りです。
秀麗の叔父・紅玖琅は絳攸に秀麗と結婚して時期紅家当主に就任するよう勧めます。秀麗に来ているたくさんのお見合いの話の中には彼女の同期の藍龍蓮との話もあるとか。初めてにして唯一の女性官吏として出世しなければならないと自覚している秀麗は恋愛する気はさらさらありませんが、政略結婚であれば是という可能性ありと父・卲可は見ているようです。絳攸のうろたえぶりが可笑しいです。
第7巻『心は藍よりも深く』では貴陽に戻った秀麗が飛び交う縁談もそっちのけで茶州の学舎設立に向けて忙しく立ち回る中、茶州から山間部で奇病が流行っていることと、その病が女が州牧になったせいで、彼女を捉え生贄として奉げないと事態は収束しないと噂をばらまく邪仙教の存在を知らせる早文が届いたため、即座に打てる手をすべて打って茶州の民を助けようとします。秀麗の出立前の朝廷での答弁は、保身など考えずただただ民を救おうという心だけがあり、彼女の強引なやり方に文句を言っていた官吏たちを黙らせ、邪仙教討伐のために筋群を派遣するという王の提案も拒否し、浪燕青という文官だけを護衛として邪仙教の本拠地に乗り込んで問題の収束に最善を尽くすと宣言。
乙女的正義感、と言えばそれまでかも知れませんが、災害にあった国民を適当な援助でお茶を濁し、最後には自己責任と見捨ててしまう日本政府・官僚機構に爪の垢でも煎じて飲ませたい心意気です。
前巻に引き続きこの巻も「影月編」で影月とお酒を飲むと出てくる陽月の間にあったこと、彼が育った西華村が奇病で全滅したことなどの過去の経緯が影月視点で明かされます。
第8巻『光降る碧の大地』では秀麗は準備万端で医師たちと共に奇病が流行している茶州へ向かいます。州境で燕青と落ち合い、病人のいる虎林郡へ直接駆け付けようとしますが、女州牧を生贄にしないと事態が収束しないという邪仙教のばら撒いた噂を信じる民たちは秀麗一行を受け入れるまいと立ちはだかり、一触即発。その緊張を解いたのは、助けてもらえることを信じて虎林城まで病人を連れて下山してきた石栄村出身の少女シュウランの悲痛な叫びと、役人に頭を下げられて病人救助の手伝いの準備をしていたおばちゃんたち。おばちゃんたちの正しい強さに思わず感動します。
邪仙教に捕まった影月、彼を単身探しに行った香鈴も捕まってしまい、秀麗はいよいよ直接邪仙教の「千夜」と名乗る教祖と対決。神祇の一族・縹家の動きがこの巻で表面化します。
そして、間もなく「消える」と予測されている影月の未来。杜影月が貴陽へ国試を受けに来た際に霄大師(紫仙)と葉医師(黄仙)がそれを見て驚きながら酒を酌み交わしていたことの意味がこの巻で明らかにされます。陽月の正体は彩八仙の一人(白仙)でした。
次から次へと危機を乗り越えていく秀麗は、「全てを引き受ける」覚悟を持つことで得難い副官浪燕青の心を射止めてしまいます。年が若いとか関係なく、彼女はすでに人の命を預かる官吏として、上司として大切なものを持っていて、たくさんの愛の種を蒔いていく、というところでしょうか。「見捨てられていない」と心から思える嬉しさがひしひしと伝わってきます。棄民政策の正反対を行く乙女的正義感。それは彩雲国物語全体に貫かれています。それが私が現実逃避的に何度も読んでしまう理由なのでしょうね。
『藍より出でて青』は外伝第2弾です。藍龍蓮と杜影月、紅秀麗の会試直後の騒動を描く『王都上陸!龍蓮台風(タイフーン)』、茶家騒動の際に茶春姫が異能を発揮したため、彼女の祖母縹英姫の実家である縹家に見つかってしまい、縹家の者たちが春姫を獲得しようと画策するのに対して茶克洵が必死に抵抗する愛のエピソードと柴凛と鄭悠舜のほっこり恋物語も収録した『初恋成就大奔走!』、奇病と邪仙教問題が解決し、州牧二人の解任が決まった後、二人の心の友にべったり張り付く龍蓮の遠足計画を描く『心の友へ藍を込めて~龍蓮的州都の歩き方~』、そして奇病問題収束の後、州牧二人の処分を決める直前の王様、劉輝の苦悩の時間が描かれた『夢は現に降りつもり』の4編が収録されています。龍蓮の奇天烈ぶりがいかんなく発揮される『王都上陸!龍蓮台風(タイフーン)』と『心の友へ藍を込めて~龍蓮的州都の歩き方~』がお気に入りです。『藍より出でて~』とタイトルが暗示するように藍家から出てついに心の友を見つた龍蓮の幸せな日々がユーモアたっぷりに描かれていることろが魅力です。
第9巻『紅梅は夜に香る』巻は秀麗が州牧を解任になって王都に戻り、無位無官の冗官に落とされた上に謹慎処分を受けている間の騒動を描いています。謹慎中でも街を歩いては問題を見つけて上申書を書いて朝廷に送るという日々を送っていた彼女は贋作と贋金問題に突き当たり、「ガツンと結婚を申し込んで来いと言われた」と秀麗の前に現れた榛蘇芳(しん すおう、またの名をタンタン)が一応官吏であるということを利用して彼を調査に引っ張り回すという秀麗と蘇芳の出会いを描く重要エピソードです。
また、贋作事件ということで彩7家の中でも芸能一族である碧家、秀麗と影月の同期にして龍蓮の心の友である碧拍明のご実家事情が明らかになります。なので、タイトルは『紅梅~』ですが、碧が入ってもよかったのではないかと思える感じです。
また、最後の方で秀麗の、というよりは王様の敵が名前を持って初登場し、次巻に続く不穏な未来を暗示してますね。
藍楸瑛と王様劉輝が碁の勝負をするシーンで、劉輝が年の順は「楸瑛、余、絳攸」と言うところがあって、最初の年齢設定と違うので、「おや?」と違和感を持ちました。劉輝の勘違いということにするのか、もしくは改訂版で修正されるのかも知れませんね。
第10巻『緑風は刃のごとく』は秀麗の冗官としての受難のエピソード。謹慎が解けて冗官として復帰することになった秀麗は、「一か月以内にどこかの部署で使われなければクビ」という冗官たちへの厳しい解雇宣言に直面します。親に官位を金で買ってもらって遊んでいたような他の冗官たちに呆れつつも秀麗はお節介ぶりを発揮して彼らの面倒を見てしまいます。その補佐役を買って出たのは陸清雅という好青年(20)、彼は休暇代わりに一時的に冗官に落とされただけで、ちゃんと複職できるあてがあるとのことで、秀麗は彼に手伝ってもらいながら品質悪化して値上がりしている塩のことについて調べ出します。伝手のある部署からの任官のお誘いを受けずに「ずるをしない」と意地を張って塩の件で手柄を立てようというかなり危うい道を行きます。榛蘇芳がいい感じに色々助言して、彼女に「フツ―の男の生態」を教え諭すところが見ものです。今まで静蘭の過保護に慣れてきた秀麗には必要な助言と静蘭自身が蘇芳を評価するところが興味深いです。
この巻では藍楸瑛が王に忠誠を誓い、王の信頼の証である花を受取ってしまったことを後悔し出して休暇を取ったり、茶州で奇病が流行った村でうろうろしていて秀麗と知り合った縹璃桜(父と区別するため、リオウとカタカナで書かれる)が仙洞省長官として招聘されたり、王の周りでいろいろ動き出してます。三つ子の藍家当主たちの動きも見逃せないですね。まだほんのさわりですが。朝廷の陰謀権術に少しずつ焦点が当てられてきていて、今までの秀麗の乙女的正義感が通らない筋書きなのがまた興味深いです。
第11巻『青嵐にゆれる月草』で秀麗は劉輝および国試派の敵で「資陰制」で管理になった貴族の牙城である御史台で働き始め、毎日陸清雅とガチンコ勝負をしてなかなかのしぶとさを示しています。前巻に引き続きこの巻も「楸瑛編」と銘打てるくらい藍楸瑛の王の側近として生きるか藍家の男として生きるかという悩みがテーマになっています。その悩みに揺さぶりをかけるように藍家三兄弟は十三姫を後宮に送り込み、秀麗は暗殺の危険がある十三姫の護衛と調査のために後宮に入って、「彼女の代わりに死んで来い」などと上司の葵皇毅に言われますが。。。
黒狼である紅卲可に拾われて兇手となった珠翠は、風の狼という兇手集団解散後後宮に入り、筆頭女官として王の心の支えになっていましたが、元々神祇と異能の一族縹家出身の彼女はついに縹家の手に落ちて「兇手人形」となってしまいます。この珠翠こそ、藍楸瑛の片思いの相手(まったく相手にされていない)で、彼女の未来、そして楸瑛の恋の行方は?とこちらも緊張感が高まります。
王に花を返上して帰郷する楸瑛を追って王が極秘に十三姫と卲可とともに藍州へ向かいます。その王を連れ帰るために秀麗も藍州へ向かうことになり、副官の蘇芳と制試を受けに貴陽に来ていた浪燕青を連れて行きます。藍家本山である九彩江は方向感覚を狂わせる場所で、大抵の人は入ったら二度と出られないと言われており、特にその中の宝鏡山は王を試す山として知られ、真の王のみが山頂の縹家の社に辿り着けるという。藍家の館があるのは違う山ですが、王として迷いのある劉輝は宝鏡山の方へ行ってしまいます。
一方上官の葵皇毅に「王が九彩江に入ったら追うな」と警告されていた秀麗は、王の九彩江入りの報を聞いて迷わず王を迎えに行こうとします。 宝鏡山の山頂で王と秀麗を待ち構えていたのは珠翠の体を術で乗っ取った縹家当主の姉の瑠花。本人が登場するのはこの巻が初めてですが、強烈に怖いおばあちゃんです。 秀麗の変質しつつある体や王不在の間を狙って李絳攸を追い落とそうとする御史台の動きなど不穏な要素満載で次巻に続きます。
前回暗殺集団の頭として登場し、秀麗に「牢屋の幽霊」の情報などを流し、敵なんだか何だかわからなかった隼(しゅん)と十三姫の過去がこの巻で明らかにされます。
外伝3『隣の百合は白』には秀麗が国試を受ける直前の冬に武官たちのモチベーションを上げるために老いてなおダンディーな黒州州牧櫂揄に個人的な恋愛指南を受けられるという副賞を賭けた武術仕合大会の様子を描いた『恋愛指南争奪戦!』、紅家三兄弟の思い出語り『お伽噺のはじまりは』、紅黎深が国試を受けて厄を振りまきつつも鄭悠舜と黄鳳珠(のちの奇人)と出会い、傍仕えの百合とひと悶着の後に結婚するまでを描いた『地獄の沙汰も君次第』、絳攸が百合に幸せかどうかをきく超短編『幸せのカタチ』の4編が収録されています。この中では『地獄の沙汰も君次第』がダントツに面白いです。黄尚書が仮面をかぶるようになったきっかけや、絳攸が超絶方向音痴になった原因が分かります。
第13巻『黎明に琥珀はきらめく』は絳攸編です。李絳攸が吏部侍郎として吏部尚書である紅黎深の職務怠慢を糾弾できず、尚書の仕事を肩代わりしていたことが越権行為であるという理由で陸清雅に拘留されてしまいます。秀麗は彼の弁護を担当することになりますが、肝心の絳攸が縹家の陰謀で暗示をかけられ、心を閉ざしてしまい、そのまま退官させられてしまう危機に。
この巻では絳攸の過去が明らかにされます。秀麗もようやく自分と黎深やり絳攸の親戚関係を知ることになります(遅いよ)。
藍家に続いて紅家の一角が落とされ、元に戻ることができない、次々に何かが崩れていくように劉輝の王位が危うくなっていくので目が離せません。
第14巻『黒蝶は檻にとらわれる』では紅家当主で吏部尚書だった紅黎深とその養い子で吏部侍郎だった李絳攸が失脚した結果、紅一族に属する官吏が一斉出仕拒否をした上に、紅家の力で経済封鎖が断行され、王都の物価も高騰寸前、物流が止まったままだと冬に北の黒州・白州が食糧不足で餓死者が出る可能性があり、李絳攸の処分を決める裁判・御史大獄が終わってから、秀麗は勅使として紅州に向かうことになります。彼女の父がちょうど弟の黎深と帰郷したこともあり、その父を通して紅家当主とつなぎを取ることが期待されたのですが…彼女をお払い箱にしたい勢力に属する凌妟樹から「紅家直系直姫」と言う血統を利用して紅家をなだめる手段として彼女を王の妃として召し上げてはどうかと朝廷で提案され、王はそれを結局のんでしまい、勅使の仕事が秀麗の最後の仕事になってしまいます。
この巻では紅家の機密、紅の軍師一族姫家が排出する「鳳麟」と悠舜の正体が明らかになります。新登場の来俊臣・刑部尚書も気に入った人に棺桶を贈ろうとする強烈なキャラ(笑)
外伝4『黄粱の夢』には清苑の母・鈴蘭の君や劉輝と清苑の子供時代を描く『鈴蘭の咲く頃に』、燕青の家族を惨殺された後に1人だけ生き残り、殺刃賊で静蘭と出会った過去を描く『空の青、風の呼ぶ声』、薔薇姫と卲可の物語『千一夜』とそのスピンオフである調短編『千一夜のそのあとに』の4編が収録されています。
『鈴蘭の咲く頃に』には清苑公子が搦め捕られた朝廷の陰謀の他、現在劉輝を玉座から追い落とそうとしている旺季のその陰謀との関りや旺季と劉輝の関係などが描かれており、後の本編最終巻の伏線になっています。
その他の話も多くの闇とかすかな希望が取り混ぜられた感じで結構ズシリと来るエピソードですね。
第15巻『暗き黄昏の宮』では紅家の経済封鎖が紅家当主交代によって解決し、勅使としての仕事を終えた秀麗がリオウに連れられて縹家に行って静養することになります。彼女の体がおかしかった理由が、体が生きているのに仙が入ってしまったことだと明らかにされます。その「仙」とは紅仙、別名『薔薇姫』であり、彼女の母で、娘の延命のためにしたことのようです。秀麗の体の封印は解けかかっているので、空気の清浄な縹家にいる限りは数十年生きられるかもしれないが、外に出て行けば近いうちに死ぬことになると、リオウに宣告されます。
秀麗が勅使として紅州に向かう途次でリオウと二人で姿を消したという情報が中途半端に漏れたため、彼女が婚前逃亡をしたと思われ、劉輝は一気に「嫁に逃げられた王」として人々の同情を集めることになるのがちょっと笑えます。しかし、彼を取り巻く環境は坂を転げ落ちるようにどんどん悪化し、畳みかけるようにバッタの大群「蝗害」、別名「黒い嵐」が発生する予兆があり、国としての一大事。劉輝はどんどん追い詰められていく感じです。
これまで変な術を使ったり、暗殺「人形」を送り込んだりと不気味な縹家でしたが、この巻で本来の縹家の役割やその家をずっと一人で背負ってきた強大な異能を持つ縹瑠花の人生が語られることで大分印象が変わります。
第16巻『蒼き迷宮の巫女』では蝗害対策のために縹家の現大巫女・瑠花に会い、全系列社寺に一斉対処を命じてもらう必要があり、居場所の分からない彼女を探すため、縹家の「時の牢」と呼ばれるところに捕らえられているらしい千里眼の異能を持つ持つ後宮筆頭女官の珠翠を探しに行くことになります。珠翠を探しに行く危険な任務は彼女に懸想する藍楸瑛が引き受け、秀麗、リオウ、司馬迅(別名隼)の3人は縹家の大図書殿で蝗害関係の文献、特にバッタの駆除についての最新の研究についての情報がないか確認しに行くことになります。
一方朝廷でも蝗害対策で協議が重ねられていましたが、劉輝が蝗害対策を経験のある旺季に全権を委任してしまい、兵馬の権も与えてしまったので、朝議では全くと言って出番がなく、存在感がますます薄くなっていきます。
この巻でリオウが実は旺季の孫で、彩雲国の始祖蒼玄王の血統を継ぐ蒼家(旺季の本来の姓)と蒼玄王の妹・蒼揺姫が開いた縹家直系の血を引く、最も血の濃い王位継承者であることが明らかにされます。この事実が公になれば、劉輝の玉座はますます危うくなるという爆弾でますます緊張感が高まります。
第17巻『紫闇の玉座 上』では秀麗がついに瑠花の心を動かして取り付けた縹家の全面協力という手札を引っ提げて紅州に縹家の通路を開いて送ってもらいます。蝗害対策と同時に、紅家の経済封鎖のどさくさに紛れて消えた鉄炭と技術者たちの行方を燕青と追いますが、その先で瑠花や珠翠を狙った暗殺者らしい狐面の暗殺者と「牢の中の幽霊」に出くわし、いよいよすべての「気になること」の細い糸が繋がってきます。
一方旺季は紅州で蝗害を食い止めるため、近衛軍を率いてあり得ない速さで紅州入りし、縹家系の寺社を襲撃しようとしていた紅州州牧を抑えながら人海戦術を展開させます。そして、縹家から戻って来た秀麗と初めて直接対峙することに。手柄の取り合いでバチバチ火花を散らすところと、旺季側でありながら彼の速い貴陽への帰還を阻止するために旺季を取り囲み、少しの間幽閉しようとした紅州の東破郡太守・子蘭から秀麗と燕青が旺季を救い出すシーンが政治的な見どころです。旺季は秀麗を官吏として認め、自分側に着くように誘いますが、彼女は旺季を認めつつもきっぱりと断ります。
もう1つ瑠花と仙洞省礼尹・羽羽の数十年にわたる主従だか恋愛だか分からない関係も興味深いですね。藍州の九彩江に収められていた宝鏡を始め、茶州と碧州の神器が壊され、さらに瑠花の本体が神器の1つと見なされていて、その首が落とされたことで古の封印が開きかかり、その封印を修復するために、瑠花、羽羽、英姫の魂魄が術式を行うシーンも興味深いです。しかし、この際瑠花が秀麗の体を借りたため、秀麗の寿命は持ってあと1日。特別な術を施した棺で眠ることで延命できるものの、起きたら、その日が最後になるというーーー
最終巻『紫闇の玉座 下』では羽羽殺害の下手人の公開裁判からリオウの血統が公になってしまい、私兵が劉輝と悠舜の命を狙って動き出し、悠舜の命を助けるために劉輝が彼を尚書令から解任して逃げるように言い、自身もわずかな近衛兵を連れて、私兵の鎮圧ではなく、落ち延びることを選択します。さて、劉輝は旺季に禅譲するのか否か。王を受け入れた紅州と紅家は旺季との武力衝突も辞さない構えではありましたが、基本的には防衛のみ。
劉輝は自分が玉座に相応しいのかどうか悩みながら、子どもの頃にした旺季との約束を思い出し、旺季に「真正面から会う」ことを決意します。
最終巻のクライマックスはもちろんこの劉輝と旺季の「真正面から」の対峙です。綺麗事をどこまで実践するかで、王の真価が問われる。そしてその日こそ、秀麗の【最後の一日】となる?!
彩雲国物語全巻を読み通してやはり違和感を持たざるを得ないのは、茶州編までの劉輝の王としての高評価と秀麗が貴陽に帰還してからいきなり見えてくる朝廷、渦巻く陰謀とその中での劉輝の王としての低評価の落差ですね。玉座を狙う敵方の登場に伴う視点の変更と本人たちの成長を鑑みたとしてもやはり唐突感が否めません。また、旺季の蝗害での真剣な活躍ぶりからすると、茶州での奇病発生の際にいくら秀麗が奔走して、その間悠舜が「朝廷を押さえて」いたという設定であったとしても、秀麗が茶州州牧として朝廷と対峙した時に旺季が一切発言していないのが不自然に思えてきます。つまり、敵方の存在自体に唐突感があるんですね。彩雲国物語がデビュー作で1巻で完結していたことを思えば、18巻までの特に9巻以降の構想が最初から練られていたわけではなく、後付けであったことは明らかです。その整合性の取れていない部分を除いても、前半と後半では雰囲気が大分変り、後半はもうライトノベルの範疇を超えています。現在角川文庫から加筆修正版『彩雲国物語』が6巻まで出ていますが、もしかしてその辺の整合性にかけている部分も修正されているのかもしれません。だから、全巻出揃ったら買って読もうかなと思ってます。