『アカガミ』は2030年の日本の少子化の未来を描いた小説です。ミツキは福祉学部の学生だった頃生きる意味が見いだせずにとあるバーのトイレで自殺未遂をし、その際に助けてくれたログという女性に会いにそのバーへたびたび通うようになります。2020年のオリンピックの年からスタートしたという国が立ち上げた結婚・出産支援制度「アカガミ」をログから教えてもらい、恐怖よりも新しい出会いへの好奇心が勝り、参加を決めますが、なぜかまわりでは「アカガミに志願した」とされます。
まずは徹底的な健康診断と恋愛や性生活や家族に関する研修を受け、後日制度が提供する団地にマッチングされたパートナーと共同生活をすることになります。食事は栄養のバランスが考えられ、保存料などを使用していない、温めるかお湯をかければよいものが宅配されます。その間残された家族の生活は保障され、介護などが必要であればヘルパーも派遣されるという。アカガミ志願者が家族の心配をしなくても済むようにサポートするシステム。ミツキの相手のサツキは要介護の父親とまだ学校に通う弟たちのためにこの保障制度が目的でアカガミ志願したという。こうして引き合わされた二人が制度が望むところの「番う」「まぐわう」(=セックスする)に至るまでにかなりの時間を要しますが、無事に真の「番い」となり、ミツキは妊娠します。そして妊娠6か月を過ぎたある日出産・子育てのためのマンションへ移動することになります。そのマンションは団地よりも都心に近い緑豊かなところで、マンション内の家具調度も団地の時とは段違いの豪華さ。食事や家事はヘルパーが来てやってくれる。その至れり尽くせりが一体いつまでどういう条件で続くのか具体的なことは何も詳しいことは知らされないのでサツキはだんだん心配になっていきます。
そういう感じで、「アカガミ」の制度の全容は最後まで詳細には描写されることはないのですが、どうやら制度で生まれた子どもたちは「国に使われる」という噂には言及されます。まあ、そこまでお金をかけて結婚・出産を国が支援するのですからなんらかの見返りを国が求めても当然と言えば当然ですね。制度の名称であるアカガミが召集令状の赤紙を連想させることから、どのような使われ方であるのかが暗示されているようです。
少子化・未婚化に対する政策として昭和的家族の形成を支援するというのは現政権のような思想的傾向を持つ政権であれば考え付きそうな復古主義です。同じように少子化をテーマにした村田沙耶香の『殺人出産』のような斬新さはなく、比較的ストレートな設定で、現在の日本の空気をより直接的に反映しているように思えます。10年後か100年後かの違いかもしれませんが。
他人に興味を持たない、関りを面倒くさいと思う、セックスに対する汚いイメージなどが作品中で問題にされていますが、そういう若者のメンタルが問題なのであれば、短期的には赤紙のようなサポートシステムもいいかもしれませんが中長期的には根本的な子育て及び教育システムの見直しが必要でしょう。子供たちを型にはめて自主性を奪い、同調圧力にさらすからこそ自分の思考を止め、積極性に欠く、強制されない限り他人と関わろうとしない無気力で死にたがりの人間が形成されるわけで、まずはそこから変えないとどんどん不自然な対症療法的なシステムができて破滅に向かうしかないように思えるんですけどね。
何はともあれ、この作品は現状に警鐘を鳴らす問題提起小説としてそこそこ読ませるものがあります。また、生きる気力をあまり持たなかった若者たちが恐る恐る手探りしながら人間関係を築いていく過程の不安や恐怖、乗り越えた時の喜びなどの細やかな描写に魅力があります。