アイリーン・ウェルサム著、『プルトニウムファイル』(翔泳社)を購入したのは随分前ですが、療養中で暇なのでようやく読破することができました。
原作の『The Plutonium Files: America's Secret Medical Experiments in the Cold War』は1999年10月発行。
日本語版は翔泳社から2000年に上下巻で発行。私が手に取ったのは2013年に同社から発行されたその改定合本である『プルトニウムファイル いま明かされる放射能人体実験の全貌』の電子書籍版です。
5部47章にわたって第二次世界大戦中の原爆開発プロジェクト・マンハッタン計画に始まり、戦後も国家安全の名の下に多数行われた無意味な実験およびその関係機関、実験者、被害者たちが詳述されたピューリッツァー賞受賞の大作。その構成は以下の通り:
第一部 「産物」
第二部 核のユートピア
第三部 核実験のモルモット
第四部 合衆国版・ナチの収容所
第五部 清算
ウェルサムはクリントン政権下で情報公開が始まる以前の1979年からプルトニウム注射患者の特定を突破口に放射性物質を使った人体実験を追っていましたが、機密のベールは厚く、結局クリントン政権下のエネルギー省長官オリアリーの公開政策によって書類が大量に放出されるのを待たねばならなかったようです。
人体実験は大部分が第二次世界大戦後の冷戦中に実施され、国が資金を出し、ロスアラモスなどの国立研究所が中枢となっていました。主な実験は:
- 患者18名へのプルトニウム注射(サンフランシスコ、シカゴ、ロチェスターの病院)
- 妊婦829名に放射性鉄を投与(ヴァンダービルト大学、ナッシュヴィル)
- 施設の子供74名に放射性物質を投与(マサチューセッツ工科大学、ファーノルド校)
- 患者700名以上に全身照射(TBI)(シンシナチ大学、オークリッジほか)
- 囚人131名の睾丸に放射線照射(オレゴン州とワシントン州)
- 数千名の兵士および風下住民の試験被曝(太平洋およびネヴァダ核実験場など)
広島・長崎の被爆者を治療せずに観察だけし、被爆者の死体を収集・解剖したABCCはこうした放射性物質・核開発を取り巻く人体実験の文脈の中で活動していたのです。
本書は人体実験の全容を暴くばかりでなく、クリントン政権下で実施された情報公開やその後設置された調査委員会の成れの果て、裁判の行方や補償の有無に至るまで、詳述しています。クリントン大統領(当時)が1995年10月3日の朝、調査委員会の報告書を受け取り、調査委員会の意向を無視して被験者全員に謝罪したこと、そしてそのニュースがO.J.シンプソンの殺人容疑の評決のニュースに掻き消されたことまで言及されています。本来ならば厳しく糾弾され、罪に問われてしかるべき実験者たちおよび研究機関は、O.J.シンプソンのおかげで追及を免れたわけです。
原水爆実験における兵士や風下住民らの被害は比較的よく知られた核開発の闇部分で、私も随分前からその事実を認識していましたが、それ以外のがん患者を始め本来健康な子供や妊婦や囚人たちに直接放射性物質を投与したり照射したりと言ったあからさまな人体実験の事実には衝撃を受けました。インフォームドコンセントは全くなかったか、形式的で不明瞭なものだけで、被験者にリスクが十全に伝えられた形跡はありません。アメリカ医学会(AMA)の審査基準にもニュルンベルク憲章の原則にも反する実験で、「時代が違う」では片づけられない犯罪です。しかしながら、結局「国家安全」の大義の下に彼らが罪に問われることはありませんでした。
日本軍の731部隊が行った人体実験の成果をGHQに提供することで死刑を免れた構造とよく似ていると思います。
国家権力の大義の裏で、被験者や被験者の遺族たちは補償どころか謝罪さえろくにしてもらえない無念に泣く構造は今後も変わらないのでしょうか?