徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

ドイツ緑の党、オリンピック2020の決断について「日本は福島の問題をごまかした」

2016年02月08日 | 社会

2013年9月9日のハンデルスブラットの記事ですが、備忘録としてここに日本語訳しておきます。現在のドイツは数年先のオリンピックどころではなく、難民問題にかかりきりですので、恐らく2019年あたりにならないと遠い日本で開催されるオリンピックのことが話題に上ることはないのではないかと思われます。

以下は拙訳です。

福島問題にもかかわらず2020年夏のオリンピックを東京で開催させるのはどれだけのリスクを伴うのだろうか? ベルリンでは最初の疑念が持ち上がっている。SPD(社会民主党)と緑の党は真の危険性についてはっきりさせたがっている。

SPDと緑の党によれば、2020年夏のオリンピック開催地として東京が選ばれたことは日本政府による問題原発フクシマの取り扱いにも相応の対応が求められることになる。「日本政府はオリンピックのプレゼンにおいて本当の危険についてごまかし、状況は完全にコントロールされていると言い張った。こうした隠蔽戦略はこれ以上容認されてはならない」と緑の党代表のクラウディア・ロート氏はハンデルスブラット・オンラインに語った。

日本は今、過去に比べて「かなりハイレベルな透明性」を構築しなければいけない。また日本はいい加減福島の問題の解決及び損害の抑制のために国際的な支援を受け入れるべきだ、とロート氏は要求した。「2020年オリンピックを鑑みても、またそれ以上に福島周辺地域及び太平洋の島々に住む数百万人の人たちを守るためにも。」

同様のことをSPD連邦議員団代表代理のウルリヒ・ケルバー氏も言っている。ロート氏同様ケルバー氏も国際オリンピック委員会(IOC)だけでなく、日本政府にも過酷事故を起こした原発に関して明瞭かつ徹底的な対応をする責任があるとみている。「日本は今から自国の福島における対策の国際的審査を受容し、その工程を調整しなければならない」とケルバー氏はハンデルスブラット・オンラインに語った。「日本は国際的信頼に値することを証明しなければならない。」

IOCは、イスタンブール・マドリッド・東京の三つ巴の戦いにおいて東京を開催地として選択したことを安全、伝統及び安定性による決断としてPRしたが、実際には彼らの運命及び選手たちの運命を重度に損傷した原子炉と結びつけたのだ。2011年3月11日の地震・津波惨劇以来、フクシマから来る悪い知らせは留まることを知らない。先週にはそこで放射線の記録的な数値が計測された。それは防護服を着ていない人間なら4時間以内に死に至るレベルのものだ。放射能汚染された水は完全密閉でないタンクから太平洋へと漏れていき、更なる水漏れ箇所も心配されている。

250㎞南に離れた東京では生活は普通で、「全てアンダーコントロールだ」とサンクトペテルブルクのG20サミットから16時間かけて危機管理者としての任務をこなした日本首相安倍晋三氏は保証した。福島の汚染は原発後の前の港周囲300m以内に収まっているという。またその範囲は囲われているとも。「私たちは復興を進めるために夢と希望が必要だ」と安倍氏は説明した。「喜びは私自身の選挙での勝利よりも大きい。」
猪瀬直樹東京都知事によればオリンピックの松明行進は問題の地域を通るようだ。 

責任感があると誤認されていたIOC委員たちにとっては原発事故はスペインの経済危機や失業率26.3%などのマドリッドの三回目の立候補を不利にしていた要因よりも脅威が少ないということらしい。イスタンブールもトルコの不安な内政状況やシリアに隣接していることでハンディを負っていたため候補地に選ばれることはなかった。マドリッドは決選投票でボスポルスの競合相手(トルコ)を相手に―両者とも26票ずつ持っていた―意外にも1回戦で負けてしまった。

「東京におめでとう。私たちは私たちの友人たちが素晴らしい大会を催してくれることに期待しています」とジャック・ロジュIOC代表は彼の任期終了3日前の開催契約調印の際に言った。問題が多いとされている2014年のソチと2016年のリオの後、東京が「安全な大会」を開催できるだろうことが(決断に)大きな影響を与えた、とクライグ・リーディICO代表代理は認めた。

「明日を見つける」が日本人のスローガンだった。彼らは2度目の立候補の際、2ゾーンでのコンパクトなコンセプトに重きを置いた。競技場の85%がオリンピック村からたったの8㎞以内にある。「東京は適材適所だ」と日本のIOCメンバーである竹田恒和氏はアルジェリアのICOメンバーに語った。

18,400㎞離れた東京では現地時間で日曜日早朝5時20分に届いたこのいい知らせは危機に慣らされた市民たちにとって勇気づけのような効果を発揮した。渋谷の歓楽街では数千人が「ニッポン!ニッポン!」とリズミカルに唱えた。大衆紙『朝日新聞』はこの喜ばしい機会を特別号で祝った。

以上翻訳。

 


ドイツ:貧富の格差はヨーロッパ最大

2016年02月07日 | 社会

ARDの報道番組MONITORで2016年2月4日、広がるドイツの貧富の格差が取り上げられました。これは1月25日にパッサウアー・ノイエ・プレッセが「上位10%の世帯は2013年度のドイツの全資産の51.9%を所有していた。1998年度のこの割合はまだ45.1%だった。同時に下位50%の世帯は2013年度にドイツ資産のたったの1%を占めるに過ぎなくなっている。1998年にはまだ2.9%であった。」と報じたことに対しドイツ連邦政府が2008年度と比べれば上位10%の占める資産の割合はむしろ減っている(マイナス1ポイント)、と反論したことがきっかけとなっています(参照記事:ロイター通信、2016.01.26日付けの記事、「政府見解:貧富の差は広がっていない」)。

データ自体はドイツ連邦労働厚生省のインターネットポータルに昨年の5月から公開されていますが、同省は未だに予告した「貧富白書」を完成させていません。今年発表されるとのことですが。

それはともかく、そのデータを見ますと、問題の2008年度との比較で、確かに上位10%の資産占有率が52.9%で、2013年度の占有率よりも1ポイント高かったのですが、下位50%の世帯の資産占有率は1.2%あり、0.2ポイントとは言え、2013年度よりも高かったのはおざなりにすべきではないでしょう。つまり、2008年から2013年にかけて、上位10%及び下位50%の世帯から上位10%以下・下位50%以上(すなわち中の上)の世帯への資産シフトが起こったことになります。

しかも、MONITORの質問に対する労働厚生省の回答で、このデータには月18,000ユーロ(約235万円)以上の世帯収入のある世帯は入っていない、ということが明らかになっています。つまり、貧富の格差は公開されている政府公式データよりもずっと大きいということになります。そもそも最富裕層を含まない統計に意味があるのか、なぜそこが含まれていないのか、何か政治的圧力がかかったのか否か気になるところですが、それに対する回答は残念ながらこの番組中では追求されていません。

番組中で紹介されている下位50%世帯の一例:ザシャ・パストヴァ、10年来のレムシャイトのごみ処理業者。税込み月給2,757ユーロ(約33万5700円)、資産811ユーロ(約10万5700円)、資産収入86セント/月。

上位50%世帯の一例:ディーター・レームクール、定年退職した精神科医で財産相続人。年金月額3,904ユーロ(約50万9000円)、資産約150万ユーロ、資産収入5,291ユーロ/月(約68万9800円)、上昇傾向。

レームクール氏曰く、「資産というのは素晴らしい特性があって、余程馬鹿な真似をしない限り勝手に増えるんです。」彼は資産収入のほとんどを寄付しています。
一方パストヴァ氏の方は資産はないに等しく、またそれを築くこともほとんど不可能。なぜなら税金、保険料、家賃などの固定支出を除いた後の可処分所得が月700ユーロ(9万1263円)しか残らないからです。今あるのは月20ユーロ(約2600円)の定期積立預金だけで、それも子供が将来運転免許を取るためのもので、自分たちのための貯金ではないという。
ただし、パストヴァ氏の経済状況はそれでもまだ随分ましな方です。月収2,700ユーロはだいたいドイツの平均収入に相当します。 MONITORのコメント欄には「月収2757ユーロあれば喜ぶ専門工や熟練労働者はたくさんいるだろう。私は金属機械工として派遣で働いているが、月せいぜい1,600ユーロ(約20万8600円)の月収(税込)にしかならない。休暇手当もクリスマス手当も出ない。20-24日の休暇。正社員に認められているような有給の休憩もない。給料明細は私に不利になるような間違いばかり。事実上スト権はなし。病気になればすぐに解雇。(有給で)従業員総会に参加することもできない等々。年金の予想受給額は500ユーロ(6万5188円)だ。」という書き込みがありました。金属機械工の熟練労働者なら普通なら確かに月収2,500ユーロあってもいいところなのですが、派遣だから1,600ユーロという理不尽な思いをしているのですね。ちなみに理容師や飲食店の給仕などは派遣でなくても月収1,400ユーロとかです。

原因は過去20年間の様々な政策にあります。中間層や貧困層の負担を増加させるものとして、年金レベルの削減、期限雇用や派遣などの不安定雇用の拡大、そして付加価値税(消費税)の増税が挙げられます。

対して、富裕層の負担を軽減させるものは資産税の廃止、相続税の実質廃止、最大税率の引き下げ、法人税の引き下げ、投資収益に対する所得税率引き下げなどの政策です。

具体的には、労働収入を得ている人は最大45%までの所得税を払わなければいけませんが、株式投資などの資産収益のある人はたとえ数百万ユーロの収入であろうと25%の一括税を払うだけで済みます。だから資産は何もしなくても勝手に増えるわけです。

せめて相続税を復活させれば、資産分配上の不公平は多少是正されるので、数年前から度々議論されていますが、一度得た既得権益を喜んで手放す人はいません。しかも、その既得権益を持っている人たちは残念ながら経済的ばかりでなく政治的な影響力も持っているため、そう簡単に元に戻せないという事情があります。その実情を描き出しているのが上のイラストです。

「最低賃金を上げろ」
「お前たちの貪欲さは経済に損害を与える!」と札束の山の上で叫ぶ資本家。

この状況を固定化し、札束の山を更に大きくするシステムが新自由主義です。

ドイツでは特にFDP(自由民主党)が連立政権に参加していた時代に富裕層を優遇する政策が次々に採られました。今期の連邦議会に5%の得票率が得られずに参入できなかったのはある種の僥倖だったと思います。来年の連邦議会ではどうなるか分かりませんが。

社会状況的に危険なのは、貧富の格差が広がり、貧困率が増加していく中で広がる不満が本来の元凶である資本家に向かわず、別の「優遇されている」と思われるグループに向かうことです。日本で言うなら生活保護受給者への「不正受給」バッシングですが、ドイツでは少し前まで、「ハルツ4」と呼ばれる第2種失業手当受給者に向かっていました。「ハルツ4」はゲルハルト・シュレーダー首相時代に行われたアジェンダ2010という政治改革の一環として導入された就労可能な人向けの生活保護です。管轄が福祉課ではなく職安になるため、受給者の再就職のための施策がよりやりやすくなるというのが導入目的でした。ハルツはアジェンダ2010の構想にコンサルタントとしてかかわっていたVWの元重役(人事担当)のハルツ氏からとっています。この改革後、いわゆる生活保護(Sozialhilfe、ゾチアールヒルフェ)は高齢者や身体障害者や未成年者などの就労不能な人だけが受給できるものとなりました。そのため不正受給バッシングの対象となるのは生活保護受給者ではなく、もっぱらハルツ4受給者となったわけです。
しかしながら、現在はバッシングあるいは妬みの対象が難民に向けられています。 MONITORのインタヴューに答えている下位50%世帯代表のザシャ・パストヴァ氏は、同僚たちが「自分たちには何もしてくれないのに、難民たちには税金を投入して住まい・食料・子供の教育が与えられている」と難民を敵視している実情を語っています。この考え方は、生活にあまりあるいは全然余裕のない層にかなり広がっているようです。これが右翼ポピュリズム政党であるドイツのためのオルタナティブ(AfD)支持率の上昇につながっているのでしょう。旧西ドイツではそれほどでもありませんが、旧東独ではかなり高い支持率を獲得しています。州議会選挙を控えたザクセン・アンハルト州の世論調査では支持率15%でした。ドイツ全国での世論調査(2016年1月29日)では11%となっています。


問題の根底には、ドイツ統一から四半世紀を過ぎた現在でもまだなくなっていない東西の経済格差があると言えるでしょう。下のグラフは2013年度の州ごとの貧困率の統計です。貧困率とは全世帯の所得を多い順に並べて真ん中に来る【メディアン所得】の60%以下の所得しかない世帯の割合です。数字の横の矢印は前年度比で上昇したか減少したかを表しています。旧東独の州はブランデンブルク州、メクレンブルク・フォアポンメルン州、ザクセン州、ザクセン・アンハルト州、チューリンゲン州の5州です。ベルリン州の一部ももちろん旧東独に属していましたが、現在は東西ベルリンは統合されてベルリン州となっているので、統計上で区別することはできません。下のグラフを見ると、下位を占めるのはブレーメンを例外としてすべて旧東独の州で占められています。貧困率の全国平均は15.5%ですが、ザクセン・アンハルト州、ベルリン州、メクレンブルク・フォアポンメルン州、ブレーメン州では20%を超えています。

このグラフの引用元であるディー・ヴェルトの2015.2.19日付の記事「ドイツの貧困についての真実」では、経済成長に伴い平均収入が上がっているのに、ハルツ4受給者や低賃金労働者の所得がそれと同率には上がっていないことが貧困率の増加に繋がっていると指摘されています。曰く、「貧困が広がっているのではなく、貧富の格差が広がっている」というわけです。なんだか詭弁のようにも思えますが、そういう見方ができるのも事実です。というのはこの期間のインフレ率は殆どゼロで、増税もなかったので、低所得層の生活がより苦しくなったということはないからです。ただ、世間の経済成長の恩恵にあやかることができなかったということなので、格差が拡大したのは事実と言えます。従って、低所得層の不満が増大するのも無理のない話です。こうして不満のくすぶっているところに反難民や反イスラムの扇動が入ると、それに惑わされてしまう人たちが残念ながら多くなってしまうのです。
現在のメルケル政権は、FDPと連立していたころと違ってとりわけ富裕層優遇する政策も貧困層に打撃を与える政策も採っていませんが、難民対策として連邦政府は今年度難民一人当たり月670ユーロ(約8万7400円)の助成金を交付することになっており、難民80万人の場合約30億ユーロ(約3900億円)の難民助成金が必要となると見られています。この助成金は各州が難民対策のために拠出しなければならない費用の約2割に当たります。 国と州の負担の総額は約150億ユーロ(約2兆円)となります。また各州は低価格住宅の建設のために、国から5億ユーロ(約651億円)の助成金を受け取ることになっています。難民のための支出は膨大な額です。「自分たちの税金でなぜ?」と生活に余裕がない人ほど不満に思うのも無理もないことです。ドイツに来た難民たちがいい生活をしているわけではなく、登録待ちの難民に至ってはいわゆる「お小遣い」も支給されないため食料も買えない状況ですし、労働も許可されていないので、自分でお金を稼ぐこともできません。そういう状況の人たちを羨ましいと思う人は居ないと思いますが、彼らを受け入れて社会統合するには相当の負担があるというのは否定できない事実です。まして、難民申請希望者の半分近くが認定を受ける可能性がない(バルカン出身者やモロッコやアルジェリアなどの北アフリカ出身者など)となればなおさらです。特に北アフリカ出身者は難民認定拒否されても実際に国外追放・祖国送還になることは稀です。彼らの出身国が彼らを再入国させることを拒むからです。改善策は交渉中ですが、交渉成立するまでは認定拒否された北アフリカ出身者たちはドイツにとどまることができます。「滞在容認(Duldung)」と呼ばれる滞在地位ですが、この場合ドイツ国内での労働は許可されていません。そのことが彼らを犯罪に走らせる要因にもなっていることは明らかです。労働ができなければまともな収入源がないのですから、薬物売買や窃盗などの違法な収入源に頼るしかなくなります。

難民の犯罪については拙ブログ記事「難民の犯罪、右翼の犯罪」をご覧になってください。

少し話がそれてしまいましたが、貧困と難民の問題が切り離せないのも事実なのです。低所得層の中にはホームレスも入ってます。BAGホームレス支援協会の2014年度統計ではドイツの路上生活者は約3万9000人です(前年比50%増)。しかしホームレスの定義はもっと広く、自分の住居を持たない、施設住まいや、親戚や友達のところに身を寄せている人たちが含まれますが、その数は33万5000人となっています(前年比18%増)。この中には難民認定を受けた後も臨時収容所で生活している人たちも含まれています。難民認定を受けた人たちの社会統合成功率は残念ながらあまり高くはありません。もともと英語もでき高い教育及び職業資格を持っている人たちはドイツの労働市場でも成功する可能性が高いですし、若くしてドイツに難民として来て、ドイツの学校教育を受けた人たちの社会統合率も高いのですが、就学年齢を超えてからドイツに入り、祖国での教育レベルも低かったという人たちがドイツで就業するチャンスはまずありません。1960・70年代に大量にドイツに受け入れられた労働移民とは状況がまるで違います。当時は教育レベルが低くとも、求められていたのが大量の単純労働者だったので、ドイツでの就業が可能で、就業を通してドイツ社会への統合も割とスムーズに成功したわけですが、生産工程のほとんどがオートマ化・ロボット化された現在は単純労働者の需要はほぼ皆無です。ですから、熟練労働者や高学歴者を積極的に受け入れるためのブルーカード移民制度とは違い、人道的な基準のみで決断される難民受け入れは貧困層の拡大に繋がるリスクが高いのです。BAGホームレス支援協会は2015年から2018年にかけてホームレスが更に20万人増えると予想しています。

ホームレスの前段階として失業が先行する場合が少なくありません。労働庁の2016年1月の失業者統計によると、1月の狭義の失業者は292万421人で、失業率は6.7%。前年同月比マイナス3.7%。労働庁による就業対策事業の参加者などを含む広義の失業者(不完全雇用)は368万727人で、不完全雇用率8.3%。不完全雇用と言葉を変えてありますが、要するに実質上失業ですので、実際の失業率は8.3%です。この統計の取り方は失業者隠しと揶揄されていますが、それでも一時期の失業者500万人超えに比べれば、現在のドイツ経済が堅調であることを示しているようです。ただし、失業率の低下だけでは雇用の質は分かりませんので、派遣などの不安定雇用の統計も併せてみる必要があります。

労働庁の2016年1月26日に発表された最新の派遣労働に関する統計では2015年7月現在で派遣労働者は96万1000人で、全労働者の3%を占めています。日本の非正規労働者370万人というレベルとは比べものになりませんが、ドイツでも年々増加傾向にあります。2014年比で5%増です。派遣労働者に占める外国人の割合は約25%で、全労働者に占める外国人労働者の割合である10%を大きく上回っています。つまり、外国人が正社員になれる可能性がドイツ人に比べて低く、派遣労働という不安定雇用に甘んじる確率が高いということです。派遣会社は、いわゆるミニジョプ(Minijob)と言われる月450ユーロまでの微細労働でない限り、派遣労働者の社会保険加入義務を負っているので、日本の保険加入すらしていない非正規労働者に比べればましな状況なのですが、同一労働同一賃金の原則から逸脱していることは確かで、正社員と派遣社員の賃金格差は否めません。大抵の派遣契約が3か月以上ですが、派遣先との契約が切れた後に新しい派遣先が見つからなければ派遣会社からも解雇されることは珍しくありません。いわゆる「派遣切り」が直接労働者の失業に繋がるわけではありませんが、次の派遣先がなければ失業する可能性はあります。ただ、社会保険が義務付けられているので、失業したら失業手当(失業前の過去5年間の平均所得の60%)が最高1年まで受給できるという意味で、日本の無保険の「派遣切り」程過酷ではありません。派遣→失業→派遣→失業を繰り返している人も少なくありません。

厳しい生活環境で鬱屈するのは分かりますが、ワーキングプア対就労不可能の難民あるいはワーキングプア対ハルツ4受給者の戦いほど無意味なものはありません。元凶である税金パラダイス国と、そこへ資産逃避させる最富裕層。それを可能にさせる法律の穴。不満をぶつける正しい対象はこちらの方だと思います。


ドイツ:5人に1人の子供が継続的に貧困 ベルテルスマン財団調査報告(2017年10月23日)

ドイツ:最新貧困統計(2016年度)

ドイツ:持たざる者ほど多い税等負担~ベルテルスマン財団調査


書評:有川浩著、『レインツリーの国 World of Delight』(角川文庫)

2016年02月06日 | 書評ー小説:作者ア行

「レインツリーの国」は、同著者の「図書館戦争」シリーズ第2巻「図書館内乱」に重要アイテムとして登場していたので、前から読んでみたいと思っていたのですが、今日ついに読むことができました。たまたまいつも利用するオンライン書店で角川フェアをやっていてこの本を見かけたので、「ああそういえばこれ読んでみたかったんだ」と思い出して購入した次第です。

ストーリーは映画化された(らしい)のでご存知の方も多いかとは思いますが、デリケートな恋愛小説です。以下は背表紙の解説:

きっかけは1冊の本。かつて読んだ、忘れられない小説の感想を検索した伸行は、「レンツリーの国」というブログにたどり着く。管理人は「ひとみ」。思わず送ったメールに返事があり、二人の交流が始まった。心の通ったやりとりを重ねるうち、伸行はどうしてもひとみに会いたいと思うようになっていく。しかし、彼女にはどうしても会えない理由があった―。不器用で真っ直ぐな二人の、心あたたまる珠玉の恋愛小説。

その会えない理由というのが、彼女の抱える聴覚障害だったのですが、結局それを隠して会って、そのために色々すれ違いがあり、悲惨な結果に。彼女は突発性難聴で、普通に話せはしても、聞き取りは補聴器と読唇を使って集中すれば何とか、という感じなので、その事情を隠したまま「静かなところがいい」、「映画は洋画の字幕付きがいい」と言って譲らなければ、おかしな印象が生まれてしまうのも当然。道を歩きながら話せない、しまいにはエレベーターに乗って重量オーバーのブザーが鳴っても分からないので、図々しい奴と思われてしまう。メールとのやりとりで得た印象との食い違いに戸惑い、いらだつ伸行。それを受けて泣きながら自分の障害を告白して逃げ出すひとみ。その後、主にメールやチャットでかなりまっすぐにお互いの気持ちをぶつけあいつつ、歩み寄っていく過程が描かれています。伸行の方にもそれなりのトラウマや苦労があって、二人とも20代の若さで、精神的にいっぱいいっぱいという感じだからこそ不器用でエネルギッシュな感じなのかもしれません。その初々しいやりとりがいいですね。「図書館戦争」シリーズの笠原郁vs堂上篤のバトルも素晴らしかったですが、ひとみvs伸行のバトルもなかなか。

作者は、ご主人が突発性難聴になったことがきっかけで、「図書館内乱」のエピソードを書いたそうです。その過程で調べるほどに「中途失聴及び難聴の方を主人公に据えた恋愛ものが書きたい」という思いが強くなり、それが形になったのが「レインツリーの国」だったとか。『障害者の話』ではなく、ヒロインが聴覚ハンディを持っているだけの『恋の話』を書きたかったそうですが、その目論見は成功していると思います。途中で泣きそうになったり、ちょっとハラハラしたりしつつ、最後には「ああよかった」と思って本を閉じられました。唯一の欠点は話が短いことでしょうか。

みなさん、よい週末を。

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書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

書評:有川浩著、自衛隊3部作『塩の街』、『空の中』、『海の底』(角川文庫)

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書評:大友茫人編、『徒然草・方丈記』(ちくま文庫)

2016年02月05日 | 書評―古典

大友茫人編の「徒然草・方丈記」(2012年第三刷)はちくま文庫の「日本古典は面白い」シリーズ第5巻で、現代語訳→原文→語釈という流れで構成される古典入門書。角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス日本の古典」シリーズに比べて、ややお堅い感じがします。恐らく語釈に含まれる文法的解説がそういう印象を強めるのではないかと思います。編者によれば、この徒然草と方丈記は二大思想書として並び称されるが、二つを同列に並べることは本来できないということを読者にも理解してもらいたいので、二作品をまとめて比べられる形にしたとのことです。

私の古典の知識というのはせいぜい日本の高校の授業で習ったレベルですので、徒然草も短い序段の「つれづれなるままに日暮らし硯にむかひて、心にうつりゆくよりなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそもの狂ほしけれ」だけしか記憶に残っていませんでした。
それでも自分のブログのタイトルに選んだのは、このブログが何か決まったテーマを持っているわけでもなく、それこそ「心にうつりゆくよしなし事」をなんとなく書きつけようと思ったからで、それはそれでぴったりだと自分でも思っている次第です。

作者はずっと吉田兼好だと思っていましたが、実は本人がそう名乗ったことは一度もないそうです。出家前は卜部兼好(うらべかねよし)、出家後は兼好(けんこう)という法名を名乗っていたので、法名の方を採って「兼好法師」とするのが正しいのだそうです。ただ彼の実家(卜部家は神祇官の家柄で、吉田神社の社務職を世襲)が後世に吉田姓(吉田に分家した卜部氏だったので)を名乗ったために、それが兼好法師にまでさかのぼって「吉田兼好」と言われるようになったのだとか。まあそいういうこともありますよね。

作品自体は本当にとりとめがないので、感想も段によってだいぶ違います。全体的には、どちらかと言うと共感できない段の方が多いように思います。彼の女性観や俗人に対する考え方などは反感すら抱くほどです。出家した人ですし、男性ですから仕方ないと言えばそうなのかもしれませんが、世の中誰もが出家してしまえば社会が成り立ちません。食べ物を育てたり、採取したりする生産者がいて、その食べ物を運ぶ人がいて、またそれを売る人がいて初めて非生産者は食べ物にありつけるわけですし、服や家財道具などなども同様のことが言えます。出家者が自給自足してるわけではありませんから、世俗の多くの方々の働きに依存しているという自覚を持つべきだと私は考えるのですが…
兼好法師の女性観は、特に真新しいことなどなく、男尊女卑の日本社会、女性蔑視の仏教の考え方を踏襲したものと言えるでしょう。キリスト教でもそうですが、禁欲しなければならない男性は自分の性欲を抑えるために余計に女性敵視するのではないかと思われます。自分が油断すると誘惑されてしまうから、己の心の弱さを棚に上げて、「女は男を誘惑し、悪の道に導くから悪」みたいな勝手な言いがかりをつけているとしか思えません。こういう男性は相手にするに値しないと思います。

強く共感したのは例えば吉日・凶日について述べた段で、「吉日であっても悪を行えばそれは凶だし、悪日に善行をすればそれは吉だ。吉凶は人によるもので、日によるものではない」という主張です。

その他、「学識を誇らず」、「人と争わない」、「分を知れ」などの日本的道徳観や仏教の諸行無常に根差したものの見方など。「まあそうだよね」と同意できることもあれば、「まあそういう見方もできるね」、「人それぞれじゃない?」あるいは「好みの問題では?」と思うものもあれば、反感を抱くものもありました。

 

方丈記は高校の時に序文の「ゆく河の流れは絶えずして~」から「消えずといへども、夕べを待つ事なし」まで暗記・暗唱させられました。

作者の鴨長明は俗名、出家後の法名は蓮胤で、作品にも法名で署名してあるらしいのですが、なぜか俗名の方が通り名になってしまったようです。彼の実家は加茂御祖(かものみおや)神社、通称下鴨神社の禰宜の家系だとのことで、上の兼好法師と似たような家庭環境だったのでしょうか?130年ほどの時の隔たりはありますが。

方丈記はとても短く、【思想書】とするにはちょっと抵抗を感じます。諸行無常の思想に貫かれ、それをまさしく顕現していると思われる事象、<安元の大火>、<治承の辻風>、<福岡遷都>、<養和の飢饉>、<元暦の大地震>の記録を書いている一方、厭世観や出家について、庵・閑居住まいの心地よさなどを記してます。無常観、厭世観は結構ですが、ご本人は飢え死にや地震や大火で苦労することも死ぬこともなくのんびり隠居できてよかったね、という感じです。

内容はともかく、文章は徒然草よりも格調高く、美文と言えると思います。よく推敲された結果のそれなりに技巧を感じさせるまとまりのある文学作品という印象です。徒然草の日記らしいとりとめのなさとは対照的ですね。でもどちらもどこがどう【思想書】扱いできるのか甚だ疑問です。

好みの問題としては、まあどちらも私の好みではないですね。


女たちのカーニヴァル

2016年02月04日 | 歴史・文化

今日は「女たちのカーニヴァル(ヴァイヴァーファスナハト、Weiberfastnacht)」です。地元の方言ではアルトヴィーヴァ(Altwiever)とも言います。Altは「年取った」、WieverはWeiberの変形で、Weib「女性」の複数形。英語のwifeと語源は同じです。


通常、ライン川流域でカーニヴァルといえば、ローゼンモンターク(Rosenmontag)、つまり来週の月曜日の仮装行列が頂点で、その前の木曜日は前祝的な感じで、街道カーニヴァルの開始をマークするものなのですが、ボンのライン川右岸にあるボイエルという町では、この日がカーニヴァルの頂点となります。1824年に婦人委員会という団体が地元洗濯女たちによって結成され、それまで女性は朝から晩までライン川の冷たい水で洗濯するなど働き詰めで、カーニヴァルの馬鹿騒ぎは男性の独占だったことに不満が爆発し、女性も積極的に祝う権利を勝ち取ったそうです。ナポレオン占領下で廃れてしまっていた街道カーニバルはケルンで「パレード整列する委員会(Festordnenden Comites)」が1823年に結成されたことによって復活したわけですが、既にその翌年にボイエルでご婦人のカーニヴァル委員会が結成されたことは注目に値します。これは一種の女権運動の萌芽と見られています。

 

以来比較的年を取った女性がオーバーメーン(Obermöhn、Oberは「上」、Möhn(e)は地元方言リプアーリッシュで既婚女性の呼称。日本語の「奥さん」に通ずるものがあるかも)という女性代表に選ばれ、若い女性が洗濯屋プリンセスに選抜されます。そして彼女たちはこのカーニヴァル前の木曜日にボイエルの町役場を襲撃し、象徴的に権力を握りました。具体的には役場の入り口のカギを収奪します。1957年以降はこの婦人委員会だけではなく地元の全てのカーニヴァル委員会が襲撃に参加しています。現在では何と17団体だそうです。ボイエル町役場襲撃の様子はこちらで見られます。今年はテッサ1世がカギを奪い取って、ボイエルに君臨するそうです。本当にローカルな話題でどうでもいいことですが。

参照記事:ボイエル洗濯プリンセス、「ヴァイヴァーファスナハトの歴史」 

 

そういうわけで、「女たちのカーニヴァル(Weiberfastnacht)」は祭日ではないにせよ、雇用主は地元の慣行を尊重し、従業員たちが仮装して出勤しても、午後も早い時間にカーニヴァルパーティーのために早退しても、鷹揚に対応することになっています。

私の会社(ボイエルにあります)でも仮装して出社してる人たちがちらほらいますし、そもそも休みを取っている人も多く、今朝は地下駐車場ががら空きでした。
昔は会社で結構大きな催し物とかがあり、社内でも女性たちが男性のネクタイをちょん切って集めるなどという慣わしがありましたが、地元でない人の割合が多くなりすぎたためなのか、切られても大丈夫なネクタイをしてくる男性も、ネクタイを切って相手の男性のほほにキスをするという女性もとんと見かけなくなりました。
もっと地元民の多い会社や商店とかは違うのかもしれませんが。

ケルンでも例年通り街道カーニヴァルが開催されました。ただし警備にあたる警察官の数は例年よりも大幅に多くなっていました。大晦日に大事件のあったところですから、警備が厳重になるのも頷けます。警察は早期介入をモットーに任務にあたったため、カーニヴァル参加者たちは安心してバカ騒ぎができたようです。特記すべき事件は一切起こらずに済んだようで何よりでした。

街道カーニバルの歴史については拙ブログ「カーニヴァルシーズン開始」もご覧になってください。

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ドイツ:難民庇護関連法案第2弾、閣議決定

2016年02月03日 | 社会

2016年2月9日のアップデート:下記の内容で、「家族呼び寄せ制限」について閣議決定後にSPD(社会民主党)側から、そういう同意はしてないという奇妙な議論が始まっており、下の閣議決定は再度検討ということになるようです。

問題となっているのは大人の同伴のない未成年難民の家族(たいていは親)の呼び寄せについてです。呼び寄せ制限の例外項目として記載されるはずだったのが削除されているので、新規定がこの例外グループにとって非人道的な厳しいものとなっているとのことです。議論はまだまだ尽くされていないようです。


本日、2016年2月3日、難民庇護関連法案第2弾が閣議決定しました。連立政権党間の激しい議論の末の妥協策です。

要点は以下のとおりです。

手続きのスピードアップ

難民申請手続きは簡素化され、1週間以内に終了する。申請者が庇護権不認定に対して法的手段をとる場合はその法的手続きは2週間以内に完了するものとする。

申請手続き期間中、申請者は当該収容所に滞在していなければならない。申請者は当該収容所に受け入れられ且つ厳格化された滞在義務を守る場合に限り行政サービスを受けられる。

家族呼び寄せ制限

補完的庇護を受ける申請者による家族の呼び寄せは2年間のモラトリアムが設けられる。「補完的庇護」とは難民認定や亡命が認められるわけではないが、人道的理由により滞在を許されることを指します。

トルコ、レバノン、ヨルダンとは今後指定量について交渉し、その範囲内で家族呼び寄せを優先的に行うことをメルケル首相は強調。

保護手当て改定

難民申請者手当法による日常生活のための手当の月額が改定され、独身者は月10ユーロ減額となる。この際、最低限度の生活の保障は考慮されている。10ユーロは社会統合コース費用の自己負担分とのこと。

祖国送還阻害要因の除去

不認可となった難民申請者は医者の診断書を提出して祖国送還を回避しようとするが、こうした不正をなくすために新法案は新たな基準を規定した。祖国送還は祖国での医療がドイツでのそれと同等でなくても実施されることになる。

生命の危険がある場合や祖国送還によってかなりの症状悪化を起こす可能性のある重病の場合のみ送還が見送られる。今後医師の詳細な診断書が求められるようになる。

代用書類

祖国送還を阻害する要因として多いのは当該人物が身分を証明するパスポートなどの書類を持っていないことが挙げられる。このため代用パスポートを発行する新たな機関が設けられる。

未成年者の保護

臨時収容所や共同宿泊施設などに収容された未成年の難民は今後より強く保護されることになる。収容施設で活動している人員は今後増補版無犯罪証明書の提出が求められるようになる。

新たな「安全な出身国」

大晦日の襲撃多発事件でも問題になった北アフリカ出身の難民申請者はドイツで難民認定を受ける可能性がもともと殆どありませんでしたが、この閣議決定でモロッコ、アルジェリア及びチュニジアの三国は難民庇護法29a条に定めるところの「安全な出身国」に加えられました。この場合申請者自身が祖国が安全ではない理由を証明する必要があります。それが可能でない限り、庇護理由がないものとみなされます。

 

手続きの簡易化は大いに結構なのですが、一体どうやって1週間以内の手続き終了を実現するのか一切不明です。第1弾の難民庇護関連法改正でも簡易化が決議されて、移住難民庁や警察の人員増強が決まっていましたが、人員増強は遅々として進んでいません。2015年度は44万件余りの申請に対して手続きが終了したのは約64%の28万2千件余り(拙ブログ「ドイツ:2015年度難民申請統計」を参照してください)。去年ドイツに入国して今年の2-5月に申請手続きを開始するための初回面談のアポをもらった人たちはたくさんいます。今年になっても難民の流入は止まっていませんので、手続き開始のための面談を待つ時間が短縮されることはまずないでしょう。

しびれを切らして帰国していく人たちも少なくありません。申請手続き開始あるいは終了前に帰国する理由としては、ドイツでの就業ができないことや収容施設の劣悪な環境などが挙げられています。待ち時間の長さ、その間に家族と離れていることを苦にしていることも重要なファクターです。主にイラク出身の難民申請希望者たちが帰国しているとのことです。旅行会社や航空会社にはシリア出身の人からの問い合わせもあるようですが、何分シリアの空港が閉鎖されているので、直接飛行機で帰国することはできません。もし、どうしてもということであればドイツ政府による希望帰国支援を利用すれば可能性はあるかもしれません。

未成年者の保護の強化の動機としては大人の同伴のない未成年の難民が年初の時点で4800人行方不明になっていることが挙げられます。431人が13歳以下です。2015年7月1日時点では行方不明者はまだ1637人でした。ユーロポールの発表によれば同伴者のない未成年難民1万人がヨーロッパ全体で行方不明になっているとのことです。

ユニセフの発表ではギリシャ・マケドニア国境を通過する難民のうち女性と子供の割合が増加しており、現在60%にも及びます。2015年6月の時点では男性が73%を占めていました。
女性と子供の増加の原因として考えられるのは今後家族呼び寄せが制限される可能性が高いためと考えられます。 

有罪判決を受けた難民(申請者)の祖国送還については外交上の問題も国際法上の問題もあります。ドイツで発行される代用書類を出身国に認めさせるために当該国への開発支援を削減するなどの外交圧力をかけることなどが議論されていますが、交渉の結果がどう出るかは相手国にもよりけりですので、一般受けの良い「難民の祖国送還」の実施は現実問題として殆ど効果のない大衆迎合的なアリバイ法案に過ぎません。

世論は確かに反難民に傾いてきていますが、右翼ポピュリズム政党であるドイツのためのオルタナティブ(AfD)総裁フラウケ・ペトリやその代理のベアトリクス・フォン・シュトルヒの「難民に対する武器使用」発言は非常に過激で、さすがに方々から非難を浴びました。現行法では国境警備隊が不法入国者に対して武器の使用が認められているのは侵入者自身が武器を持っている場合に限られます。非武装の難民に対してはいかなる理由であろうと武器使用は認められていません。フォン・シュトルヒ氏に至っては女性や子供に対しても武器を使用して入国を阻止することを肯定するなど、人道主義をどこか遠くへ置き忘れてきてしまったようです。AfDはその意味で実に反人道的であり、差別的です。国境での武器使用は旧東独のベルリンの壁という前例があるため、東独出身の人には(人にもよりますが)抵抗が少ないのかも知れません。
こうした措置の前提となるのが国境の完全封鎖ですが、フランス政府のシンクタンクの試算ではシェンゲン協定の終了はEUに10年間で1100億ユーロ(約14兆3600億円)の損害を与えるとのことです。
現行のシェンゲン協定では各国の特殊事情による国境閉鎖・検問が最長6か月まで認められています。しかしながら、シェンゲン協定の国境規定29条によれば、欧州対外国境の警備が不十分である場合には各国の国境検問が最長2年まで延長することができると定められています。そのためには欧州委員会の「欧州対外国境の警備が不十分である」という公式認識が必要となります。1月の欧州内相会議で6か国が国境検問の延長を要求したので、欧州委員会がそのための法的根拠があるかどうかを審査することになりました。ギリシャの国境警備が不十分であるという批判が上がっていますが、ギリシャ側は非を認めていません。海難救助しないわけにはいかないというのがその根拠です。そのためギリシャをシェンゲン圏から外す議論が持ち上がってきています。バルカンルート上にある国々(マケドニア、セルビア、クロアチア)がシェンゲン圏外であったにもかかわらず、結局毎日数千人単位で通過することができた事実を考えれば、今更ギリシャをシェンゲン圏から外したところで根本的な難民数削減には繋がらないことが火を見るより明らかです。こういう議論は反難民に傾いている世論を汲み上げるためだけにされているものと見るべきでしょう。単なる気休めです。

参照記事:

ドイツ連邦政府の2016年2月3日付けプレスリリース「難民庇護関連法案第二弾閣議決定。手続きスピードアップ、家族呼び寄せ制限
ドイチュラントフンク、2016.01.14日付の記事「難民たちはまた帰国したがっている
ツァイト・オンライン、2016.02.03日付の記事「難民危機:約5000人の難民の子どもたちがドイツで行方不明
ユニセフ、2016.02.02日付のプレスリリース「ヨーロッパに庇護を求める子供と女性増加
ツァイト・オンライン、2016.02.01日付の記事「難民に反対するポピュリズム:ドイツのための選択肢(AfD)はひとりじゃない 
シュピーゲル、2016.02.03日付の記事「シェンゲン協定の終焉:ヨーロッパの国境閉鎖は1100億ユーロの損害」 
ツァイト・オンライン、2016.01.26日付の記事「欧州委員会は国境検問延長を審査」