徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:孫崎享著、『小説外務省 尖閣問題の正体』(現代書館)

2016年03月13日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

孫崎氏のフォロワーとして彼の著書も何冊か読んでます。尖閣問題もなぜこの時期に突然出てきて騒がれているのか妙にうさん臭く感じていたので興味があり、小説という形態をとるこの本を手に取ってみました。

『アメリカ一辺倒と私益優先の外務官僚の体質を暴く! 日本がテロの標的となった今、外務省の路線が国民の命を脅かす!!』という帯の煽りの通り、暴露本的様相を呈している本です。小説という形を取っていますが、かなり事実に近いことを書いているという意味では、岩杉烈の「原発ホワイトアウト」などに通ずるものがあります。

色々とすっきりと納得のいく観点、すなわち『戦後史の正体』ですでにおなじみの「従米」か「自主路線」かの対立軸があり、尖閣問題再浮上は「従米」で、日米軍事同盟推進のための駒に過ぎないという位置づけで説明されており、理解しやすかったです。つまり、1972年の日中国交正常化の際に、周恩来・田中角栄間で合意された、及び1978年日中平和友好条約締結の際に園田直外相と小平副首相間でこの〈棚上げ〉が再度確認されたことについて、日本側の態度が急変し、〈棚上げ合意〉が否定されるのですが、それが日米軍事同盟推進派によるもので、日米の密接な軍事的結びつきの重要性を説くためには日中に緊張関係があった方がいい、ということです。

孫崎氏自身も作中に登場し、割と重要な役割を果たしているところなどは笑えますが、その辺は「ご愛敬」ということで許せる範囲だと思います。

ただ、ドキュメンタリーではなく、小説という形の良し悪しには議論の余地があると思います。外務省の異端児、左遷を怖れず自分の意見を述べる主人公西京寺大介というキャラは魅力的で、一種のカタルシスを読者に与えるのですが、純粋に小説としてみた場合、ストーリー展開は今一だと思うし、結末も中途半端な終わり方のように感じます。

次は孫崎氏の小説ではない方の本、「日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土」を読んで勉強したいと思います。

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書評:孫崎享著、『戦後史の正体 「米国からの圧力」を軸に戦後70年を読み解く』(創元社)

書評:孫崎享著、『日米開戦の正体 なぜ真珠湾攻撃という道を歩んだのか』(祥伝社)


書評:滝口悠生著、『死んでいない者』(文芸春秋)~第154回芥川賞受賞作

2016年03月11日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

秋のある日、大往生を遂げた男の通夜に親類たちが集った。
子ども、孫、ひ孫まで。
一人ひとりが死に思いをめぐらせ、あるいは不在の人を思い、
ゆるやかに互いを思う連帯の中で、それぞれの記憶と時間が広がってゆく。
20人あまりの生の断片から永遠の時間が立ち上がる一晩の記録。

以上が商品説明。

芥川賞受賞作品なので興味を抱き、読んでみましたが、「なんじゃこりゃ?」というのが最も正直な読後感です。

通夜に集まった子供、孫、ひ孫たちの生い立ちや思い出などを交えながら、通夜の日の彼らの行動が淡泊に描写されているだけ。登場人物が多く、家系図でも作成しないと誰がどの世代なのか分からなくなってますが、それはきっと現実の親戚でも同じこと。冠婚葬祭以外の付き合いがない親戚など、誰が誰だか分からないもの。そして大抵は覚えようともしない。なぜなら関心がないから。

それと似たような感覚をこの作品にも感じます。登場人物が覚えられなくてもなんかどうでもいい感じ。
最後のお寺の鐘は誰が鳴らしたのか。それもまた余韻を残すようでいて、実は全然大した問題じゃなくて、「誰だったんだろーねー?」「ねー。分かんないよねー」というやりとりだけで終わってしまう程度のことだったり。
この作品の評価される部分が私にはさっぱり分かりませんでした。短編なので何とか最後まで読み切りましたが、途中退屈で読む気が失せるほどでした。こんなにつまらなく感じる小説もむしろ珍しい。


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難民危機:バルカンルート事実上閉鎖。EU・トルコ間難民サミット

2016年03月10日 | 社会

昨年100万人以上がヨーロッパ入りするために通過したバルカンルート。今年、オーストリアが入国制限を設けたのを皮切りに、ルート上の国々が難民の通過人数を一日580人までに制限。ついにスロヴェニアは3月9日水曜日未明から国境を閉鎖し、有効なパスポート及びビザを持つ人だけを入国させるようにしました。セルビア、クロアチア、マケドニアもこの例に従いました。この為難民たちはギリシャ・マケドニア国境のイドメニで足止めされており、現場での食料等供給が難しいためバスでアテネ方面に戻るように薦められています。しかし、悪天候で、劣悪な環境の中、国境が開くまで待つことを選択する人たちの方が今のところ圧倒定期多数で、戻った人たちは主に家族連れの約250人余り。現在約1万3千人がイドメニに留まっています。ギリシャ国内全体では約4万2千人が道半ばで途方に暮れています。
イドメニの難民キャンプは約2000人の収容キャパシティしかないため、大きな悪天候に耐えうるテントに入れなかった人たちには小さなレジャーキャンプに使うようなテントが支給されていますが、雨が降りこむなどで路上と大して変わらない状況のようです。食糧配給も間に合わず、特に子供たちが病気になっています。 

週末のEU・トルコ間難民サミットでは特に革新的な合意はありませんでした。EUからトルコへの難民支援金を更に30億ユーロ(約3800億円)追加すること、今年6月からトルコ人に対するヨーロッパのビザ取得簡易化、トルコのEU加盟交渉を5分野にわたって開始することと引き換えに、トルコは国境警備強化、難民密航組織撲滅、ギリシャでの難民申請を拒否した人たちの受け入れなどを承認しました。エーゲ海で保護された難民たちをトルコが引き取る代わりに、EUはトルコから難民認定を受ける可能性の高い難民(おもにシリア出身者)を1対1の割合で引き取ることになっています。こうしてトルコから1対1の交換レートでEUに引き取られた難民たちが最終的にどのようにEU内で分配されるのかはまだ何も具体的に決まっていません。このEU・トルコ間のディールは難民たちの個別事情の審査をしないため、国連からもその他の人権団体から強く批判されています。

 

3月10日には警察車両で90人の難民がトルコへ戻されました。主にモロッコ、アルジェリア、チュニジア、パキスタン出身者でした。3月1日・2日にも既にギリシャで難民申請することを拒否した267人がトルコへ送還されました。それでもトルコからエーゲ海をギリシャへ渡る難民の流れは止まっていません。1日あたり約3千人がトルコからギリシャの島々へ渡ってきており、ほぼ毎日のように数人の溺死者が出ています。バルカンルートが事実上閉鎖されたことを知らずにギリシャに渡る人もいれば、知っていてもなお運試しとばかりにヨーロッパへの逃避行を続行する人もいるようです。

EU各国はギリシャでの難民支援のために2018年までに7億ユーロ(約886億円)の特別予算を3月9日に決定しました。今年度分は欧州委員会の提案通り、3億ユーロ(約380億円)ギリシャに提供される、と欧州理事会は発表しました。 

エーゲ海・バルカンルートはギリシャで行き止まりとなり、トルコに逆戻りとなるので、再び地中海・イタリアルートでヨーロッパに渡ろうとする難民が増えるのではないかと懸念されています。地中海・イタリアルートはエーゲ海渡航よりもずっと危険なため、死の航海となるリスクがかなり高くなります。

なお、ドイツ内に残っている祖国送還処分決定が下されている難民に関しては、アルジェリア、モロッコ、チュニジア3国はこれまでの厳しい再入国制限をなくし、ドイツから送還される自国民を正規パスポートがなくても受け入れることに合意しました。今のところ二国間協定に留まっていますが、将来的にはEU・トルコ間のようにEUと北アフリカ諸国間協定に発展する可能性もあります。

参照記事:
ツァイト・オンライン、2016.03.08付けの記事「セルビアとスロヴェニアは国境閉鎖」 
ツァイト・オンライン、2016.03.08付けの記事「EUサミット:バザール開催」 
ツァイト・オンライン、2016.03.09付けの記事「有刺鉄線の政治」 
ZDFホイテ、2016.03.10付けの記事「希望対現実」 億
ZDFホイテ、2016.03.10付けの記事「バルカンルート閉鎖がギリシャに大打撃を与える」 
ターゲスシャウ、2016.03.01付けの記事「チュニジアも出戻り難民を受け入れ」 


書評:本谷有希子著、『異類婚姻譚』(講談社)~芥川賞受賞作

2016年03月04日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

本谷有希子著「異類婚姻譚」(講談社)は2015年度の芥川賞受賞作品、ということで読んでみました。

この本には「異類婚姻譚」の他、「犬たち」、「トモ子のバームクーヘン」、「藁の夫」の4編が収録されています。

【異類婚姻譚】

主人公サンちゃん(専業主婦)が結婚生活や近所づきあい、弟との関係などの日常生活を淡々と語るのですが、夫が人の形をだんだん取らなくなって人間以外に見えたり、自分が夫に食べられるかのように感じたり、認識の仕方が実にシュールです。主人公始め全ての登場人物の名前がフルネームではなく、カタカナ表記の名だけなのも、主人公の認識する世界の現実感の無さを強めているように思います。サンちゃん本人もだんだん夫と同化していくように人ではなくなっていく感じがして、結婚生活になんとなく危機感を抱いています。こんなふうにしか夫婦関係を捉えられないなんて気の毒に思えてきます。自分も夫も人間として認知できないなんて、何かの精神疾患患者の世界観なのでは、と思わずにはいられない程違和感があり、個人的に全然共感できません。まるでダリのぐにゃりと歪んだ時計のあるシュールな世界を見せられたような気分です。

【犬たち】

知り合いが祖父から相続したという山小屋にこもって黙々と仕事をする人嫌いな主人公。山小屋には何十匹もの真っ白な犬が出入りしていて、「私」はこの犬たちと一緒に散歩したりするのを日課としています。この犬たちはエサは要求しない。

山小屋の生活に必要なものは麓の街まで車で下りて調達するのですが、なぜかこの街には犬が一匹もいない。街の警官は「犬を見かけたら知らせるように」と言う。理由は「人が行方不明になっている」。因果関係は不明。取りあえず、「私」は真っ白な犬たちのことは黙っておき、そのまま山小屋での生活を送り、そして誰もいなくなった、という奇妙な話。SFのようなファンタジーのような。なんとなく腑に落ちない読後感は、その昔に読んだ筒井康隆のショートショートに通じるものがあるように思います。

【トモ子のバームクーヘン】

主人公トモ子は専業主婦で、夫、子供二人と猫一匹と暮らしています。彼女も現実認識にズレがあります。思い出の写真が他人事のように思えたり、夫や子供や飼い猫が急に別の生き物と入れ替わってしまったように思えたり。日常的な非日常さ加減は「異類婚姻譚」の世界観と共通しているように思います。ただ、こちらはダリというよりムンクの叫びのようなイメージに近いような気がします。

【藁の夫】

主人公トモ子と藁でできた夫との生活が描かれています。この「藁」が何の暗喩なのか分かりません。買って1か月しか経ってない夫のBMWをトモ子が不注意で傷つけてしまったことで夫が不機嫌をあらわに文句を言い、それに呼応するように藁の隙間から小さな楽器がばらばらとこぼれ出して来る、という描写が想像すると妙におかしくて、面白いと思いました。

「彼の外に出てしまった楽器と、この残ったかすかすの藁の、どちらが自分の夫なんだろう。」と疑問に思うトモ子さん。「気づくと、太陽の下に干したタオルのように愛おしかった彼の匂いが、家畜に出される飼料の臭いに変わっていた。」と、急に夫が嫌になってしまったようです。それで「藁に火をつけたらどうなるか」と想像してしまうあたり、随分嫌悪感を抱いてしまったようです。

それにしても、なぜ「藁」?

4編ともそれなりに読めましたが、この作家の他の作品を読む気にはなれませんね。

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フランス・カットノン原発稼働期間延長か?!

2016年03月03日 | 社会

カッテノン原発はモーゼル川流域にあり、ドイツ国境から12㎞、ルクセンブルク国境から9㎞しか離れていません。電力事業者はフランス電力会社(Électricité de France、 EDF )ですが、同社株の85%がフランス国家の所有であるため、ほぼ「国営」と見做して間違いありません。

1986年から30年間の稼働期間中に報告義務のある火災、緊急停電、放射能事故などのトラブルが約800件もありました。新たな鑑定書では同原発の原子炉4基が今日の安全基準を満たしていないばかりか、そのレベルに達するための追加装備も不可能だとのことです。カッテノン原発は福島原発事故後に実施されたストレステストで不備が指摘され、現在豪雨や洪水に対する防護装備を施行中です。

にも拘らず、セゴレーヌ・ロワヤール仏環境相はこの原発の稼働期間を40年間から50年間に10年延長する構えです。

老朽化した原発を稼働し続けることは無責任として、ドイツの緑の党などはカットノン原発の即時停止を求めています。

以下はカットノン原発の原子炉4基の詳細です(出典:日本語版ウィキペディア) 

原子炉名格納容器形式
(原子炉形式)
容量(MW)運用者建造者建設開始送電網接続運転開始営業運転開始 
炉心熱出力(MWt)定格出力(MWe)平均出力(MWe)
Cattenom-1 P'4 REP 1300
(PWR)
3817 1362 1310 フランス電力 フラマトム 1979年1月 1986年11月 1987年4月  
Cattenom-2 P'4 REP 1300
(PWR)
3817 1362 1310 フランス電力 フラマトム 1980年7月 1987年9月 1988年2月  
Cattenom-3 P'4 REP 1300
(PWR)
3817 1362 1310 フランス電力 フラマトム 1982年6月 1990年7月 1991年2月  
Cattenom-4 P'4 REP 1300
(PWR)
3817 1362 1310 フランス電力 フラマトム 1983年9月 1991年5月 1992年3月  

 

EDFはイギリスでヒンクリーポイント原発C建設プロジェクトを進行中ですが、ファイナンスの問題や構造上の問題で延期に次ぐ延期。中国のCGNは今年1月、習近平訪英中にこのプロジェクトに33.5%のシェアで参入すると宣言し、実際に180億ポンド(約2兆8790億円) の投資を決定しましたが、建設に携わるCFE-CGC Energy Unionは、フランスにある同タイプの原子炉(アレヴァ社の欧州加圧水型炉)の構造上の問題を先に解決する必要があるため、2019年まで建設・投資プロジェクトを延期すると3月1日に発表しました。こうした建設プロジェクトの延期はもちろんEDFに経済的打撃を与えています。赤字こそまだ出していませんが、現存の原発の稼働期間を延長することは、原発新設における経済的問題をカバーするための必要悪のようです。

一方、アレヴァ社(国有株87%以上)は5年連続で赤字を計上しました。 2015年は20億3800万ユーロの損失を出し、株価は過去12か月で60%下落しました。同社はまだ経済的体力があるとのことですが、近々負債の返済がままならなくなるのではないかと憂慮されています。

フランス原子力の現状と未来は決して明るいものではありません。フランス政府も遅まきながら昨年8月に、2025年までに原発依存度を現在の75%から50%まで下げることを決定しました。フランスが【脱原発】に向かうのはいつのことになるでしょうか?

参照記事:
クリマレッター・インフォ、2016.02.29付けの記事「カッテノン原発:国境の向こう側の危険
ガーディアン、2016.01.26付けの記事「EDFはヒンクリーポイント原発新設のための投資にもがく
BBCニュース、2016.03.01付けの記事「ヒンクリーポイント原発C建設は2019年まで延期
ユーロニュース、2016.02.26付けの記事「原子力グループアレヴァはまた赤字


書評:吉本ばなな著、『キッチン』(幻冬舎)

2016年03月02日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

吉本ばななのデビュー作「キッチン」は、1988年の作品発表当時、すごく話題になっていたので、作家名と題名だけは記憶していました。当時私は学生で、話題になってるからといってほいほい本が買えるような経済状況ではありませんでした。28年たって、電子書籍化され、しかもかなり割引になっていたのを見かけたので、今更ですが読んでみることにしました。

「キッチン」(幻冬舎)には短編「キッチン1」、「満月 キッチン2」、「ムーンライト・シャドウ」の3作が収録されています。


「キッチン1」は台所が一番好きという主人公桜井みかげが、両親の代わりに育ててくれた祖母の死と向き合うお話。生前祖母に世話になったという田辺雄一の誘いに乗って、田辺家に居候することに。ゲイバー経営をする母(元父)えり子さんと3人の同居生活は面白おかしく、じんわりとあたたかくみかげの心を癒していきます。


「満月 キッチン2」は桜井みかげが祖母の死後居候していた田辺家の母(父)えり子さんが殺され、その息子雄一と共にみかげがその突然の死と向き合う話。天涯孤独になってしまった二人の心がふわふわと揺れ動きながら少しずつ、しかし確実に寄り添っていきます。


「ムーンライト・シャドウ」では恋人の等が交通事故で亡くなってしまった後の話。主人公さつきはジョギングして、心のバランスをとろうとする。等の弟柊には彼女がいて、よく4人で会っていたが、等がその弟の彼女を車で送っていく途中に事故に会ってしまった。柊は兄と彼女の両方いっぺんに亡くしてしまった。彼女のセーラー服を着て、彼女の死を悼む柊。それはちょっとどうなの?と少々引いてしまいますが、人の死との向き合い方は人それぞれ。残された二人はある不思議体験をきっかけに、本当の意味で「別れ」を受け入れます。


3編とも残された人の心の動きにスポットを当てて書かれており、全体的にとてもセンチメンタル。身近な人の死後、一応日常生活を続けていても、どこか現実感のないふわふわした感じや、突拍子もないことを衝動的にしてしまったり、突如として激しい絶望感に襲われたり。そういう情緒不安定な状態が細やかに描写されていて、柔らかな共感を抱かせるように思います。

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書評:有川浩著、『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)

2016年03月01日 | 書評ー小説:作者ア行

有川浩著『ストーリー・セラー』(幻冬舎文庫)は短編恋愛小説と書下ろし続編の2編が収録されています。

妻の病名は、致死性脳劣化症候群。複雑な思考をすればするほど脳が劣化し、やがて死に至る不治の病。といういささか荒唐無稽な病名から始まるお話「Side A」は、趣味で小説を書いていた彼女に小説家になることを勧め、支える彼のち夫の物語。元々同じ会社の同僚だった彼と彼女。ある日彼女が会社にUSBスティックを忘れていき、不審に思った彼がスティックの中身を確認したら、そこに彼女のネタメモと小説が入っていたので、読書好きの彼はつい読み入ってしまいます。勝手に読んでしまったことで色々諍いがあるのですが、結局付き合いだして、後に結婚。妻は専業小説家に。妻と妻の生み出す文章をこよなく愛する夫。お互いに支え合って、尊敬しあって、愛し合って。素敵な夫婦関係が描かれています。


「Side B」は書下ろしで、「Side A」を書いた小説家の彼女が今度は夫が亡くなる短編小説を書くというもの。最初「Side A」で亡くなったはずの小説家の彼女が再登場するので、うまく頭を切り替えられなくて少々混乱しました。「Side B」は彼女が描く小説の内容と、小説家の彼女と夫の現実の時間軸が交錯するので、読みづらくて残念です。支え合う夫婦関係は「Side A」同様、羨ましいくらいです。出会いの設定は「Side A」とは違い、彼女は会社勤めの傍ら隠れて小説家も兼業していたことになってます。彼は彼女の小説のマニア的ファンで、ある日の昼休み、たまたま会社の屋上で読みかけの小説を読んでいたら、同僚の彼女と出くわし、その小説を見た彼女が実は自分がその作者であると告白したことから二人の関係が始まります。

表現方法として面白いと思ったのは、2ページ程のスペースを埋め尽くす同じ言葉。
「あなたがすきあなたがすきあなたがすき・・・・」あるいは「きみがすきだきみがすきだきみがすきだ・・・・」または「覆れ覆れ覆れ覆れ覆れ覆れ覆れ・・・・」。
とめどなく溢れて来る切羽詰った気持ちだということがリアルに伝わって、切なさが増します。

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