森の中を男と女が歩いていた。どうやら道に迷(まよ)ってしまったみたい。女は言った。
「ねえ、ほんとにこっちでいいの? もう、あたし、疲(つか)れた」
「もうすぐだって。たぶん、こっちの方だと思うけど…」男は自信(じしん)なさげに答える。
「何それ。あなたが言ったのよ。こっちの方が近道(ちかみち)だって」
「だから、近道だと思ったんだよ。何となく、こう、引(ひ)かれるもんが…」
「もう、イヤ! あなたっていっつもそう。アバウト過(す)ぎるのよ」
「大丈夫(だいじょうぶ)だって。俺(おれ)について来れば心配(しんぱい)ないさ。さあ、行くぞ」
いつの間(ま)にか、辺りは薄暗(うすぐら)くなってきた。女はますます不安(ふあん)になる。それに、足が痛(いた)くて動けない。女は弱音(よわね)を吐(は)いた。
「もう歩けない。――あたし、疲れたわ。あなたについて行くの」
「なに言ってんだよ。もうすぐだって。がんばれよ」
「あたし、別れる。あなたに振(ふ)り回されるのはもうたくさんよ。うんざりだわ」
女はしゃがみ込(こ)んでしまった。森は瞬(またた)く間に暗闇(くらやみ)に包(つつ)まれる。もう何も見えない。その時だ。女は足下(あしもと)にかすかに光るものを見つけた。それは、淡(あわ)い緑色(みどりいろ)の光。落ち葉が光を放っていた。女が目を上げると、そこにはまるで道しるべのように、無数(むすう)の小さな光りの点(てん)がどこまでも続いていた。まるで、おとぎの世界に迷い込んでしまったみたい。神秘的(しんぴてき)でこの世のものとは思えない。女は光に導(みちび)かれるように歩き出した。
<つぶやき>森から抜(ぬ)けられるといいのですが。人生も道しるべを見逃(みのが)さないようにね。
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