「ねえ、ホントにやっちゃうの?」裕二(ゆうじ)は声をひそめて言った。
「当(あた)たり前よ。あたしを捨(す)てたのよ。これでも生(なま)ぬるいくらいだわ」
和美(かずみ)は、昨日(きのう)まで付き合っていた彼に振(ふ)られたのだ。それも、ただ一言でバッサリと。その恨(うら)みを晴(は)らそうと、和美は彼を呼び出したのだ。
「でも、何で俺(おれ)が?」裕二はまだ納得(なっとく)がいかないようだ。
「なに言ってるのよ。あなた、何でもするって言ったじゃない」
「そりゃ、言ったけどさ。これは、まずいんじゃないかな?」
裕二には何となく分かっていた。和美がなぜ振られたのか。彼女は、ちょっと一途(いちず)なところがある。裕二にとっては可愛(かわい)いと思える部分(ぶぶん)でもあるが、他の男性には重(おも)い女ととられかねない。裕二は彼女の未練(みれん)を絶(た)ち切らせようと、思い切った策(さく)に出た。
「じゃあ、水じゃなくて、ペンキをぶっかけてやろうよ。その方がすっきりするだろ」
和美は一瞬(いっしゅん)ぎょっとして、つばを飲み込んだ。そして、ためらいがちに言った。
「そ、それは…。ちょっとやり過(す)ぎよ。いくらなんでも、そこまでやったら…。それに、そんなことしたら、スーツが駄目(だめ)になっちゃうわ」
「それぐらい何でもないよ。また買えばいいんだし。気にするような――」
「だめ! あたしが買ってあげたスーツよ。そんなことできない」
<つぶやき>どこまでも一途な彼女でありました。多少のことは大目(おおめ)に見てあげて下さい。
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