しずくたちは家に戻(もど)っていた。目の前には千鶴(ちづる)がいて、ほっとした顔をして呟(つぶや)いた。
「あなた…、やっぱり救世主(きゅうせいしゅ)だったのね」
しずくはにこやかな顔をして千鶴に言った。「あなたが千鶴さんね」
しずくは手を伸(の)ばし、千鶴の手を握(にぎ)った。一瞬(いっしゅん)、千鶴は不快(ふかい)な顔になった。しずくは彼女の耳元(みみもと)にささやいた。「ごめんなさい。私、知りたいことがあって…」
しずくは手を離(はな)すとその場にへたり込んで、「あ~ぁ、お腹(なか)が空(す)きすぎてもう動けないわ。ねぇ、千鶴さん、何か食べさせてもらえませんか? お願いします」
千鶴はくすっと笑(わら)うと、「分かったわ。じゃあ、特製(とくせい)のカレーを作りましょう」
千鶴はそう言うとキッチンへ向かった。しずくは姉妹(しまい)を手招(てまね)きして言った。
「あなたたちの知りたいことを教えてあげるわ。千鶴さんは、ずっとあなたたちの味方(みかた)よ」
ハルが反論(はんろん)した。「あの人は、裏切(うらぎ)ったのよ。私たちの両親(りょうしん)も誰(だれ)かに裏切られて――」
しずくはハルの手を取って、「それは違(ちが)うわ。千鶴さんは、あなた達(たち)のお母さんから頼(たの)まれたことをしているだけ」
「頼まれたこと…?」アキが訊(き)き返した。「どういうこと?」
「あなたたちを守(まも)って欲(ほ)しいって…、そう言われてるの。だから――」
「でも…」ハルは納得(なっとく)できずに言った。「あの人たちと、つながってたじゃない。ここのことも知ってたし…。私たちを欺(だま)してたのよ」
<つぶやき>何かを守るためには、何かを犠牲(ぎせい)にしなければならない。難(むずか)しい決断(けつだん)だよね。
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とある居酒屋(いざかや)で、同じ職場(しょくば)の仲間(なかま)が集まって女子会(じょしかい)が開かれていた。一人の女性が酔(よ)ってしまったのか、大きなため息(いき)をついて愚痴(ぐち)をこぼした。
「ああ、どっかに大富豪(だいふごう)の御曹司(おんぞうし)いないかなぁ。そしたらすぐに結婚(けっこん)してあげるのに」
隣(となり)にいた娘(こ)がなだめるように、「なに言ってるのよ。あなた高望(たかのぞ)みしすぎよ」
「そんなこと分かってるわよ。でもね、あたし、超(ちょう)セレブになりたいの。いけない?」
目の前に座(すわ)っていた男性が声をかけた。「あの、大丈夫(だいじょうぶ)ですか? お水でも…」
「えっ…」女性は男の顔をまじまじと見つめて、「あんた、何でいんのよ?」
「あ…の…。僕の歓迎会(かんげいかい)だって…誘(さそ)われたんですが…」
「ああ、そうだったわね。ごめん…。でもさ、何でうちの会社にきたのよ。女ばかりの会社なのに…。あ、そうか…。他に良い会社なかったんだ。中途採用(ちゅうとさいよう)じゃ大変(たいへん)よねぇ」
隣の娘(こ)が男に言った。「ごめんなさい。この娘、飲むとこれだから。気にしないで」
「僕は大丈夫ですよ。あの…、今の話しなんですが、僕でよかったら…」
女性はとろんとした目をして、「なによ。文句(もんく)でもあんのか?…」
男は手を上げて、「いや…。実(じつ)は、僕、大富豪の御曹司なんですけど…」
女性は男の襟元(えりもと)をつかんで自分の方へ引き寄(よ)せると、睨(にら)みつけて言った。
「ふざけてんのか? そんな大富豪の御曹司がゴロゴロいるわけないだろ!」
<つぶやき>そうですよね、そんなバカなこと…。でも、まさかってことがあるかもよ。
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彼女のもとに、ある動画(どうが)が送られてきた。そこに映(うつ)っていたのは彼女の彼氏(かれし)と…、見知(みし)らぬ女性。これは…、まさに浮気現場(うわきげんば)の映像(えいぞう)だった。
彼女は、彼を呼(よ)び出して問(と)い詰(つ)めた。
「これは誰(だれ)よ。あたしと付き合ってるのに、浮気するなんて許(ゆる)せない!」
だが彼は、「こんなの、知らないよ。これは俺(おれ)じゃないし、こんな女、会ったことも…」
彼はまったく認(みと)めようとはしなかった。そこへ、また別の動画が送られてきた。そこには、さっきとは違(ちが)う女性との密会(みっかい)が映されていた。彼女は、彼にその動画を突(つ)きつけて、
「何よこれ…。他にも女がいるのね。信じられない。どういうことか説明(せつめい)しなさいよ」
「だから、俺じゃないって言ってるだろ。きっと、誰かの悪戯(いたずら)だよ。本気(ほんき)にするなよ」
「でも、これはあなたでしょ…」彼女はふと妙(みょう)な考(かんが)えが浮(う)かんできた。それは、
「まさか…、あたしも、浮気相手(あいて)の一人なの? そんな…」
そこへまた動画が送られてきた。彼女は恐(おそ)る恐る再生(さいせい)してみた。そこに映っていたのは、彼と一緒(いっしょ)にいる自分(じぶん)の姿(すがた)だった。彼女は思わずスマホを投(な)げ捨(す)てた。それは、リアルタイムの映像のようだ。おびえる彼女と、カメラを探(さが)す彼の姿を捉(とら)えていた。
突然(とつぜん)、スマホの着信音(ちゃくしんおん)が鳴(な)り出した。彼女は震(ふる)える手でスマホを拾(ひろ)い上げる。一件のメッセージが届(とど)いていた。彼女は、そのメッセージを開(ひら)いてみた。そこには、彼の名前(なまえ)と、次の言葉(ことば)が続いていた。〈あたしはいつまでも待(ま)ってるから。早く帰(かえ)ってきて〉
<つぶやき>戦慄(せんりつ)です。まさか送信元(そうしんもと)は彼の奥(おく)さんだったりするのでしょうか…。怖(こわ)いよ。
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「あたしのこと、どう思ってんの?」
おっと、これはいきなりの直球勝負(ちょっきゅうしょうぶ)だ。これはまさに彼女の性格(せいかく)の表(あらわ)れなのか…。
「どうって…、別に…」
これは予想通(よそうどお)りです。彼にしてみれば、どう答(こた)えればいいのか分からない。
「だから…。それくらい分かるでしょ。つまり、あたしと……つきあっ……」
これはいけません。どんどん声が小さくなっている。これでは彼には伝わらない。
「ごめん。今は――」
あらら、これは当(あ)たって砕(くだ)けちまうのか? でも、彼女の勇気(ゆうき)は称賛(しょうさん)に値(あたい)する。
「でも、別れるつもりなんだ。今の彼女とは…。そしたら、君(きみ)と付き合っても…」
「えっ、そうなの? 付き合ってる人がいるなんて、知らなかったわ…」
これは意外(いがい)な展開(てんかい)になってきた。彼女にも勝算(しょうさん)が出てきたのか――。
「あの…、いま付き合ってる彼女って、だれ? あたしの知ってる人?」
「えっ…。まあ、そうなのかな……?」
彼は言葉(ことば)を濁(にご)している。まさか、彼女にごく近い友だちの中にいるのか…。
「だれよ。教えてくれてもいいじゃない。もしそうなら…あたし…」
これは究極(きゅうきょく)の選択(せんたく)なのか? もし彼と付き合えば、友だちを失(うしな)うことになるかもしれない。それにしても、この青年(せいねん)はモテ期(き)真っ只中(ただなか)って感じなのか? うらやまし過(す)ぎる!
<つぶやき>もし、こんな実況(じっきょう)が聞こえてきたら、落ち着いて告白(こくはく)なんかできませんよね。
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男は、街(まち)で出会った不思議(ふしぎ)な老人(ろうじん)に声をかけられた。老人は男に言った。
「あんた、幸運(こううん)に巡(めぐ)り合いたくはないか?」
男は思わず肯(うなず)いた。すると老人は、男に小石(こいし)を差(さ)し出してさらに続けた。
「それなら、これを持っていなさい。きっと幸運が転(ころ)がり込(こ)んでくるだろう」
老人は小石を手渡(てわた)すと、そのまま行ってしまった。男は首(くび)をかしげて見送(みおく)った。
――それから数十年たった頃(ころ)…。男は、街でまた声をかけられた。最初(さいしょ)は分からなかったが、それがあの時の老人だと気がついた。しかし、あれから何十年もたっている。生きてるはずはない。老人は微笑(ほほえ)みながら言った。
「思い出したかい? あのとき渡したものを返(かえ)してもらいにきたんだ」
男は首を振(ふ)って答(こた)えた。「あんなもの、もう捨(す)てちまったさ。あれから、一つも幸運なことなんか起こらなかったからね。仕方(しかた)ないだろ。思い通りの人生(じんせい)じゃなかったんだ」
「そうかい…、それは残念(ざんねん)だ。わしは思うんだが…、あんた、幸運を手にしているはずだ。それに気づいていないだけなんじゃないのかなぁ」
男は何も答えることができなかった。老人は男の肩(かた)をとんとんと叩(たた)くと、
「気にせんでいい。あれはただの石ころだ。これで、返してもらった」
老人は、また何処(いずこ)ともなく去(さ)って行った。
<つぶやき>気づかない幸運もあるのかもね。ほんの些細(ささい)なことで幸せを感じられたら…。
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