「はじまりは日本舞踊」 

 美作流との出会いが人生をかえました。世界はあざやかに輝き、心は自由に、踊っている時間は本当の自分に戻れる気がします。

マスク入荷しました・・よ

2009年05月25日 | 日本舞踊
マスク不足の一週間を経て、ようやく薬局コンビニに入荷していました。段ボールに入ったまま、店頭で売られています・・が、何故かあまり売れていない様子。皆横目で見ながら通りすぎます。あんなに騒いでたのに。感染者減少のニュースに安心したのか何なのか・・人間ておかしなものですね。かく言う私も騒動が収まって値下がりしたらまとめて買お~、なんて考えていました。

着物でマスクマン

2009年05月18日 | 日本舞踊
巷で流行りだした新型インフルエンザ。大阪兵庫では感染が広がっているということ、いよいよ心配になり、とうとう着物でマスクをしてしまいました。京都ではまだ報告されていませんが・・どうなんだろう。薬局ではマスクが品切。お勤め時代に粉塵用に支給されたものの残りでしのぎます。京都でも休校が出たら稽古も自粛しようと打ち合わせました。いつ収束するのか想像もつかず、色んな情報に振り回されそうです。潜伏期間というやっかいもののせいで、自分の稽古に行く予定すら立ちません。困った困った。

お付き合い下さい

2009年05月14日 | 日本舞踊


図書館のある情景

                          
 私は湾岸戦争の頃、入試の失敗で茫然としながらTにやってきた。
形勢逆転のため、吹奏楽部の練習時間以外の日中は図書館に籠もろうと決心していた。女の子の色香に迷いこの決心は一ヶ月で頓挫したが、彼女を吹奏楽部に入部させることで万事解決した。T大学の図書館はもともと大学設置基準に満たないほどの蔵書数だったらしい。そこで、教員の蔵書を強制的に図書館に運び込み、その結果、岩波文庫は不揃いだったが、珍しい雑誌の復刻版と専門書が系統性もなく積み重なっていた。クーラーはなく、検索システムもなかった。たった一つのコピー機は私が触といつも壊れた。平日は六時で閉館である。思うに、かかる環境が私を鍛えたのではなかろうか。開館時間に登校し、本の位置を全て記憶、本のしかるべき箇所を書き写し、うだるような暑さで居眠りもできず、「概論」的なテキストを飛び越えて専門書から入門するという - 古風な教員が理想として夢見る学生が私だった。
そんな調子で色恋沙汰と卒業論文を両立し、オウム事件で大騒ぎの世間をせせら笑いつつ私はTB大の大学院にやってきた。が、そこの図書館には仰天した。本が多すぎる。検索システムに猛然と書名がヒットする。クーラーが気持ちよすぎていつの間にか夕方になっている。周りを見渡してみると、若手研究者の集団が突然居丈高になって「学者は閉鎖的にならず社会に奉仕するべきだ」とかなんとか主張しながら徘徊していた。しかも彼等は頭までよいらしく、いつもすたこらさっさと論文を生産しつつあった!こんな図書館ですら、私には絶対に必要だったのである。ある時、私は失恋してとぼとぼ地下書庫に降っていった。小林秀雄『文藝評論』昭和六年版のかび臭さは目にしみた。若くして死んだラディゲについて、「神の兵士に銃殺されたこの人物が垣間見たものは、正しくこの世のからくりだったのに相違ない、そして又恐らく同じくあの世のからくりだったに相違ない」とあった。色々とおいつめられていた私だったが「からくり」もまだ見えなかった。暗い書庫には一度も読まれぬ作者たちの怨霊だけが住んでいて、私の背後から薄く夕日が差している、私はそういう空間に逃げ込みたかっただけだ。恋人が住む「社会」にそんなものはないからだ。

 話に嘘が混じりだしたのでもうやめておくが、つまるところ、私にとっての図書館は、単に学問の手段ではなく、その環境への猜疑や反発から生じた悲喜劇的「情景」なのである。これからたぶん我々は大学の社会的変革の議論へ民主的に参加させられたあげく、ある人々が勝手に勝利宣言するのを見るだろう。
それで大学や図書館は意外にはやく様変わりしてしまうかもしれない。
しかしそうなってもどうせ私はまた似たような「情景」に耽るであろう。そしてそれは、感傷的だ、脱社会的だ、守株刻舟だ、憎いあンちくしょうだ、などと批判にさらされるであろう。が、それで到って被虐的に喜んでしまうのが私のような文学研究者であろう。研究者や教育者には精神の倍音のごときものが必要だ。ゆっくりと矛盾に軋みながら興奮せずに進むのだ。私など時々研究中に食欲に負けるくらいだ。要するに、大学や図書館には、勉強する人間がいる限り様々に不純な人間が生息するのであって、押し出せばみんな心太になってでてくるわけではないということだ。
 K大でも検索システムは便利である。ついでに書物も沢山買っていただけると私の研究はますます快調に進むであろう。快適さで私の頭の劣化も進むかもしれないがもうそんなことはどうでもよろしい。できれば論文も代わりに書いてもらいたいくらいだ。コピー機が少ないのは不便である。古い書物は現に朽ちつつあるのでどうにかせねばなるまいが、誰も読まないからといって黙って捨てないでほしい。私が読むかもしれないので。


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 お疲れ様でした。
兄は某大学で国語の先生をしています。
図書館だより(笑)より、面白い記事を発見したのでご披露しました。

 変わった身内ですがなかなかいい奴です。
どなたかお嫁に来てください。


あまりに写経が大変だったので、適当に改行させてもらいました。
あしからず。







藤の幻想

2009年05月13日 | 日本舞踊
半年前から出稽古にいっているAちゃんは、藤の幻想をしてます。お稽古用の藤の枝がないので、なかなか感覚がつかめませんが、すいすい覚えていきます。リズミカルな部分がとても上手です。視線と首付けの関係も、なんとなくつかめた様子。さすが六年生ともなると、頭で理解出来るんですね。
バスを乗り継いで出かける出稽古は、私にとっても楽しみのひとつです。特に、今のように良い季節はほとんど遠足気分です。今日はバス停二つ乗り越して、リサイクル着物屋さんに寄り道しました。店の外に出ていた浴衣の反物を800円でゲット。激安爆安、信じられません。日本一懐の寂しい日本舞踊の師匠は、この程度で小躍りしちまいます。


写真はお気に入りの和室から撮ったリビングのライトです。寝そべってパチリしたらこんなアングルに。

もの申す

2009年05月13日 | 日本舞踊
夕方のニュースで、南座の歌舞伎公演を歌舞伎ビギナーに向けて放送してました。キャスターのひと言、「これはもう歌舞伎を超えたドラマです!」 ?? ちょっとおかしくないですか? 歌舞伎って、ドラマそのものでしょ~、と思わず突っ込んでしまいました。ノウテンキなキャスターにげんなり。でも、今話題の役者さんが揃い踏み。Kちゃんが贔屓なIさんも出てます。

千枚田とオタマジャクシ

2009年05月10日 | 日本舞踊
連休中に北陸をまわりました。千枚田にオタマジャクシがうようよ。信州の田舎育ちの私も、あんなに高密度のオタマジャクシは初めて見ました。足が生えてカエルになりかけのヤツラを探して歩き回ってみましたが、見つからず・・代わりに小泉元首相の田んぼを発見。一番見晴らしの良い田んぼを所有されてるようで~す。
勧進帳の舞台安宅の関、おわら風の盆で有名な富山県八尾、山中節で知られる山中温泉も立ち寄りました。

文科系?体育会系? いいえ理系出身です

2009年05月09日 | 日本舞踊
 舞初会後、初のこども教室がありました。
急な召集(笑)だったため、参加は二名(大笑)。プラス集中稽古のSちゃん。
二月会わないうちに、皆随分大きくなりました。

 松を終えたSちゃんはりんご追分、こども教室コンビはわらべ獅子に入りました。
Sちゃんは、たまに面倒くさそうで振りが覚えられない事もありましたが、
今日はしばらくぶりで嬉しかったのかぐんぐん覚えました。
そしてとてもよい表情でした。
踊りの表現というものが、もしかしたら心に響いてきたのかもしれませんね。
鴨川おどりを見るんだといって、お母さんと出かけていきました。

 わらべ獅子は今までの踊りと全然違う。体育会系、とお母さんが言っていました。
ナンバンで前に進むところ、足をとんとん踏んでスッと出す、が気に入ったご様子。
小学二年生の男の子までが、譜書きを読みだしたのには驚かされました。
きちんと踊らせてあげたいと思います。
なんだか舞台が楽しみです。

帰り際に「こども教室にお友達誘っておいで」と言うと、
「文科系の子があんまりいない・・・」

????

そうか、日本舞踊って文科系だったのね。
私はてっきり体育会系かと思ってました。


じっと我が足を見る。


文科系が体育会系に挑んだ結果です



画像は Kちゃんと「四季の舞」を踊った時のもの。
京都に引っ越したばかりで、踊りはリキミ気味、顔もかなり怖くなってます。
「四季の舞」は二人が親友になれたとても大切な演目です。
4回ぐらい舞台にかけてますが、3回目からは玉砕しています。
なめてかかるとロクナことはありません:・・・。





ワサビ醤油の梨の味

2009年05月08日 | 日本舞踊
お家元が京都の舞台に来てみると、私が自分の振り付けでバレエを取り入れておりました。手を伏せてまっすぐ動かす振りは世の中に似てはいるけれど、世の中は末広がりの意味もあってただまっすぐに動かすのとはちょっと違うと、私にダメ出ししています。そしてそんな先生に、保護者の方はよく冷えた梨を振る舞い、ワサビ醤油を添えましたとさ。
GW明けにお家元が見た夢、だそうです。
ワサビ醤油の梨のお味は如何に・・。家元の夢の中でも、私が見る夢の中でも、常に沢山の事を伝えて下さいます。何年か前、こっぴどく叱られる夢を見て、しばらく後に正夢となりましたから・・。この夢もいつか正夢に?味だけは確認しておかないといけませぬぞ。

今年もこども教室

2009年05月07日 | 日本舞踊
 文化庁委嘱事業として今年も認められました。
なんとなんと・・・・予算額が過去最高額です。
足が痛くて動けない状態だったため、ダメもとで大きく出た甲斐がありました


 一番大変で持ち出しも大きい事業ですが、
なんと言っても京都での私の原点でもあります。
4年目の今年は、師匠と皆への恩返しのつもりで頑張りたいと思います。
おちおち養生などしておられません。
が、自分のペースでボチボチ行きたいと思います。

意味もなく、鷺セブンの私とKちゃんを載せてみました。
まだお弟子さんもおらず、二人ともお子ちゃま丸出しです。
舞妓ちゃんでいけるかしら・・・。