今日は10時予定だったが、
その10分前に次の訪問看護ステーションの
責任者とうちの担当になる看護師が来た。
訪問医が来る時に同席し挨拶したいと
言われたが、おとといの夜に、
今日の訪問診療の時に行っていいかと
電話が掛かってきた。
いいも何も、どうぞって感じだ。
うちの担当看護師は、若かった。
今まで、50歳前後だったから、驚いた😮
訪問医が来て、
「長い経緯がある」
と、母の病状や訪問看護の注意事項を説明した。
「昨年末は一時的に腫瘍が大きくなり、
麻痺性イレウスになった」
「精神的に参っている。話し相手が欲しい」
とも言っていた。
診察は、血圧、脈、酸素は、安定している。
聴診器を当てたお腹も、動いていると。
聴診器を当てたお腹も、動いていると。
「ここに来て順調」
とも言われた。
横隔膜が上がって、息苦しくなる、
お腹は水ではなく充実性とも言われたが。
先生は30分と普段より少し短く終わり、
看護師は10分位残り、家の中の設備や
物の置き場所の確認をしていった。
次の訪問看護ステーションは、
母が入院した病院と同じ系列だが、
別組織と言いながら、交流していることが、
先生との質疑応答によりわかった。
今までのステーションより看護師も多いし、
事前に訪問医に同席するだけの余裕もあるし、
今後、もっと大変になった時の対応も
期待できるのではと、感じた。
そして今日、急に容体が悪化して危篤状態です。1月までは全然元気だったのですが、誤嚥性肺炎で酸素吸入器を外せない状態が3か月続いています。
こうなると退院は無理だとは思っていました。本人も死を予見して夜は泣いてばかりいたそうです。
昨年の11月は新築の家を買おうと不動産屋を回ったり、母と一緒に入れる老人ホームを探したりしていたのですが、一瞬で崩れ落ちました。切欠は1月の私の相続放棄だと思います。ショックを受けた顔をしていましたから。その時から病状が鮮明になりましたから。
弟と妹に私が財産を独り占めにしようとしていると父が言っていて、兄弟間の関係も滅茶苦茶。弟は私の掌の怪我の切欠になりましたが、最近は二度包丁で私を刺そうとしました。こんな家族ですから、私は離れないと生きて行けません。
こんな人生を送っていると、みなみさんか大変凄い人だと尊敬してしまいます。立派な両親だったのだろうと思います。
私は父親には憎しみが9割、愛情は1割ですが、亡くなると思うと心の空白は流石に広がります。
親に対する感情は人それぞれです。古代は気に食わない子供、身体が弱い子供を親が殺していたそうです。15~20%の若い頭蓋骨に同じ個所の陥没が見られるので、そう考えられています。
次代が時代なら私は親に殺されていたと思います。蔑まれて生き続けるなら、子供の時に殺された方がマシだと思います。
すいません。みなみさんも大変な時にこんな話をして。
家族内の関係が長年に渡って複雑だと、
心労も想像が付かない程すごいと思います。
…いや、こんなありきたりなことしか言えなくて、すみません。