歴史的な総選挙のさなか、1941年12月8日のアジア・太平洋戦争の開戦から、73年を迎えました。日本がマレー半島とハワイを突然攻撃した日です。その10年前に始めた中国東北部への侵略から45年の敗戦まで、310万人を超す国民と2000万人以上のアジアの人びとが犠牲になりました。国民が戦後の憲法で、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」ことを誓ったにもかかわらず、安倍晋三政権は「海外で戦争する国」への道を突き進んでいます。平和を貫き「戦争をする国」を許さない決意を実行していくことが重要です。
国民の目・耳・口ふさいで
73年前の開戦と同じ日、全国の特別高等警察(特高)と軍の憲兵隊が、外国への諜(ちょう)報(ほう)の容疑で多数の国民を逮捕したのをご存じでしょうか。ほとんどが身に覚えのないものでしたが、なかでも北海道大学教師のレーン夫妻と北大生の宮沢弘幸氏らが逮捕されたのは、誰でも見られる海軍飛行場のことを宮沢氏がレーン氏に話したのが、軍機保護法に違反するというものでした。まったくの冤(えん)罪(ざい)です。
「宮沢・レーン事件」として知られるこの冤罪事件は、開戦を進めた当時の政府が、国民の目、耳、口をふさぐために、どれほど乱暴な行為を重ねたかを示すものです。宮沢氏は敗戦後釈放されますが、身体はぼろぼろで、すぐ亡くなります。27歳の若さでした。
安倍政権が昨年末成立を強行し、選挙中の10日に施行しようとしている秘密保護法は、「安全保障」に支障があるからとの政府の勝手な理屈で「特定秘密」を指定し、公務員だけでなく出入りの民間企業の従業員にまで厳罰を科すものです。国民も「共謀」「教唆」「扇動」などの罪に問われかねません。戦前の軍機保護法や国防保安法の再現です。施行を許さず廃止に追い込むことが必要です。
安倍政権は、秘密保護法の制定にとどまらず、事実上の“戦争司令部”になる「国家安全保障会議」の設置、「国家安全保障戦略」の策定、武器輸出の全面解禁、従来の憲法解釈を踏みにじる集団的自衛権行使容認の閣議決定など、日本をアメリカといっしょに「海外で戦争する国」に変える策動を重ねています。選挙後にはアメリカとともにたたかう「ガイドライン」を改定し、集団的自衛権行使などの法整備をするとしており、改憲も視野に置いています。まさに「戦争か平和か」の歴史的岐路です。
戦後の世界は、日本などの侵略行為を許さず、紛争は話し合いで解決することを原則にしてきました。そうした世界の流れに逆らい、国民の平和の決意をないがしろにする「戦争する国」の策動に、総選挙での審判が不可欠です。
反戦平和貫く日本共産党
戦前の暗黒政治のなかでスタートした日本共産党は、朝鮮半島や中国への侵略の企てに反対し、命がけで国民の暮らしと平和を守ってたたかってきました。多くの日本共産党員や支持者が弾圧で獄につながれ、開戦の翌日にも「共産主義者」へのいっせい検挙が行われました。共産主義者の名は戦争反対とつながっていたのです。
反戦平和を貫く日本共産党を総選挙で躍進させることこそ安倍政権の「戦争する国」づくりへの最も厳しい審判です。あと1週間力を尽くそうではありませんか。