マクドナルド最強の秘密は「3本足のいす」?
マックバカの作り方、教えます
松浦 大
東洋経済 記者
2013年06月13日
外食の巨人――
店舗数や売上高では他社を圧倒するマクドナルド。
外食企業の最大手として、「メガポテト」や
「プレミアムローストコーヒー」の投入など、
つねに話題を集めている。
一方で、24時間営業店や店長の未払い残業代の問題で
労働環境には悪い印象があり、
両極端のイメージで語られてきた。
はたしてそれは、本当のマクドナルドの姿を写しているのか。
マクドナルドに20年以上勤め、
退職して新たなキャリアを歩むOBたちは、
過去を懐かしみ、せきを切ったように
“俺のマクドナルド”を語り出す。
マクドナルドには「マックバカを育てる土壌がある」と、
OBで、現在は人材コンサルタントとして活躍する
鈴木健一氏は指摘する。
鈴木氏はマクドナルドの人材研修機関
ハンバーガー大学で副学長を務めた。
マックバカの育て方すべてを知り尽くした人間だ。
鈴木氏も店長時代は食材が切れるとなれば、
深夜であっても40キロメートル先の店舗までクルマで飛ばして取りに行ったマックバカ。
ただ鈴木氏も入社前からマクドナルド一色だったわけではない。
多くのOBが指摘しているように、
マクドナルドはQSC
(注:クオリティー、サービス、クレンリネスの頭文字で飲食店の基本姿勢)を
現場でたたき込むと同時に、
いつのまにかマックバカに変えてしまう環境を持っている。
その理由はどこにあるのか。
鈴木氏は「マクドナルドの研修は
リーダーのあるべき姿を追求することに目的がある」と断言する。
通常の企業は課長や部長など職種があって、研修が実施される。
マクドナルドの場合は求められるリーダー像があり、
各職種に応じた研修が用意されている。
通常の企業の逆だ。
では従業員は何を学ぶのか。
鈴木氏によれば最初に教えるのは、
「信頼」と「敬意」だという。
「全員がこれから始まります。
自分からあいさつする、相手のために働くとか、
ほんとに基本的なことから始まります」(同氏)。
この基本をベースに全員が学ぶのが
「リーダーの影」「今に集中する」
「相手に悪意がないことを前提に考える」という3つの考え方だ。
鈴木氏は言う。
娘との会話で学んだこと
「リーダーの陰」についてお話しします。
これは実際の話で娘が小さかった頃のことです。
よく友達を連れてきて遊んでいました。
仲良く遊んでいるなと思ったら、娘が友達に向かって
「バカ、何やってんの」と言ったんです。
ちょっと気になって友達が帰った後、
「さっき、なんでバカって言ったの」って聞いたら、
「わかんない。ただ遊んでいただけ」と娘は話す。
「友達にばかって言っちゃだめだよ」と教えました。
数日後も、娘が友達と家で遊んでいたら、
また「バカ、何やってんの」って言ったんですよ。
それで友達が帰ったあとに、「また、ばかって言ったよね」と怒った。
そしたら娘は「もうしない」と半べそになりながら謝りました。
そのことを妻に話したんです。
「あいつは、バカってよく言ってるだろう。注意しているか」と。
そしたら妻は少し考えてから、「あなたもよく言っているわ」と言いました。
私は言っているつもりはなかったのですが、
妻によれば「会社の人から電話かかってきたとき、
“バカ何やってんだ”と言った」らしいんですね。
何を伝えたいかというと、
「人は無意識のうちに、他人に影響を与えている」ということです。
鈴木氏の場合、奥さんの指摘を受けて、
自分が無意識に「バカ」という言葉を使っており、
それを娘がまねていることに気づいた。
自分の前に映った影はよく見えるが、
後ろに映る影はなかなか見えない。
ましてや、上司と部下という関係の中で
こういったことを行うのは難しい。
マクドナルドはリーダーの究極的な仕事は
「後進の育成」にあると考えている。
「そのために必要なことは、良質なフィードバックをつねに与えること、
良質な判断をすること。
その妨げになってしまう要素を排除しましょう」
という狙いがあると鈴木氏は解説する。
同じように「今に集中する」とは、
部下が話かけてきたときと、上司が話しかけてきたとき、
同じ態度をとれるかどうか。
「相手に悪意がないことを前提に考える」ことも
なるべく前提条件や判断を曇らせるような材料を取り除くことで、
良質なフィードバックを得ることが狙いだ。
リーダーのコミュニケーション能力を徹底的に底上げすることが目標である。
このリーダーシップの考え方は、
どんな職種や階層でも通用する。
そのため、マクドナルドではハンバーガー大学という社内大学で、
テーマを変え、立場を変え、
何度も研修を行うことで行動原理として浸透させていく。
ハンバーガー大学とはマクドナルド内にある社内大学のことだ。
ハンバーガーの作り方を教える場所ではない。
QSCは現場でたたき込み、
ハンバーガー大学ではコミュニケーションやリーダーシップを教える点に特徴がある。
日本では1号店のオープンより1カ月前の1971年6月に開講した。
マクドナルドは世界119カ国で展開するが、
ハンバーガー大学があるのはアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、
オーストラリア、ブラジル、中国の7カ国だけ。
日本の場合は本社のある新宿アイランドタワー38階に置き、
年間1.4万人が受講する。
ハンバーガー大学は現場を熟知している社員が配属される。
元ハンバーガー大学の学長だった有本氏によれば、
ハンバーガー大学は「マクドナルドの象徴」ともいう位置づけで、
人気のある部署だという。
マックの強みは学習環境にあり
マクドナルドの強みはこうした研修がきちっと確立されており、
なおかつ「学習環境のデザインが確立されている」点にある、
と鈴木氏は説明する。
アルバイトのリーダーであるスウィングマネージャーや
会社に入ったばかりのマネージャートレーニーは2コマ、
その他の従業員や店長は1コマの授業を受ける必要がある。
内容はそれぞれの地位によって違うがおよそ3~5日間にわたり、
店舗での実習やロールプレイングなどさまざまな研修内容を実施する。
最初はマクドナルドのことを何も知らずに入ってくる。
そこでマニュアルに沿って日常業務を覚え、
コミュニケーションの取り方やミーティングの仕方を学ぶ。
そこである程度、業務のやり方が見えてきたところで
ハンバーガー大学の研修を受ける。
一般の企業では日常業務と研修のゴールが合致していないケースが多い。
マクドナルドの場合、研修のゴールと自分自身の業績目標、
実際の実務すべてが結び付いている。それだけではない。
研修の効果を最大化するために上司が研修内容を確認し、
フィードバックする制度を設けている。
こうして研修を受けた社員だけではなく、
上司など周囲を巻き込んで組織全体が教育に取り組む姿勢が、
ほかの外食チェーンとの大きな違いとなっている。
マック、最強の秘密は「3本脚のいす」?
マクドナルドがここまで従業員教育に熱心な理由には、
「3本脚のいす」という考え方がある。
いすは最低でも3本の脚がないと立つことができない。
創業者のレイ・クロックがサプライヤー、フランチャイジー、従業員の3者は
マクドナルドにとって必要不可欠な存在であるとして、
3レッグスツール(3本足のいす)と呼んだことに起因する。
マクドナルドはマクドナルド兄弟が設立したハンバーガー店からスタートした。
マクドナルド兄弟はハンバーグの重さを1つ45グラム、
ケチャップは10グラムと商品を規格化した。
商品を素早く作るためにベルトコンベア方式の生産方法を導入するなど、
効率化を進めた。
レイ・クロックは非常に苦労した、たたき上げのビジネスマンだった。
もともとはミルクセーキを販売するセールスマンで、
自身もサプライヤーとしてマクドナルドにかかわっていた。
1954年にマクドナルド兄弟に出会ったとき、
清潔かつ衛生的な店舗で、ハンバーガーが手際よく提供されていく様子に感動し、
翌55年にフランチャイズとして、出店を果たした。
レイ・クロックはセールスマンとしての経験と、
自分がフランチャイズオーナーとして独立した経験から、
Win-Winの関係を作らなければ、うまくいかないことが経験的にわかっていた。
従業員満足度を上げて、顧客満足度を上げれば、
売り上げが増え、利益がついてくる。
そのためにはこの3本の脚がバランスよく強くなっていることが必要になる。
マクドナルドには完成されたビジネスモデルのひとつとして
マックバカを作り出す仕組みがある――。
もっとも鈴木氏は「そういったもの(注マックバカ)を量産するために
教育システムは作られたわけではない」と釘をさす。
「効率化はまねできても、
3本の脚という経営理念に思い至らなかったチェーンは多い。
これこそがレイ・クロックのアートだ」(鈴木氏)。
世界119カ国に3万店以上を展開するマクドナルド。
強さの秘密はシンプルな中にも、
人の教育を追求してきた仕組みにありそうだ。
(撮影:尾形 文繁)
鈴木 健一(すずき・けんいち)
アトラクティブバリュー株式会社 代表取締役
1985年、城西大学卒業後、日本マクドナルド株式会社入社。
89年に店長に就任、千葉県を中心に担当。
その後ハンバーガー大学の副学長を経て、
2010年に退職、同年アトラクティブバリュー株式会社設立し、現職。
好きなハンバーガーは日本の朝食文化を変えたエッグマフィン。
http://toyokeizai.net/articles/-/14279より
マックバカの作り方、教えます
松浦 大
東洋経済 記者
2013年06月13日
外食の巨人――
店舗数や売上高では他社を圧倒するマクドナルド。
外食企業の最大手として、「メガポテト」や
「プレミアムローストコーヒー」の投入など、
つねに話題を集めている。
一方で、24時間営業店や店長の未払い残業代の問題で
労働環境には悪い印象があり、
両極端のイメージで語られてきた。
はたしてそれは、本当のマクドナルドの姿を写しているのか。
マクドナルドに20年以上勤め、
退職して新たなキャリアを歩むOBたちは、
過去を懐かしみ、せきを切ったように
“俺のマクドナルド”を語り出す。
マクドナルドには「マックバカを育てる土壌がある」と、
OBで、現在は人材コンサルタントとして活躍する
鈴木健一氏は指摘する。
鈴木氏はマクドナルドの人材研修機関
ハンバーガー大学で副学長を務めた。
マックバカの育て方すべてを知り尽くした人間だ。
鈴木氏も店長時代は食材が切れるとなれば、
深夜であっても40キロメートル先の店舗までクルマで飛ばして取りに行ったマックバカ。
ただ鈴木氏も入社前からマクドナルド一色だったわけではない。
多くのOBが指摘しているように、
マクドナルドはQSC
(注:クオリティー、サービス、クレンリネスの頭文字で飲食店の基本姿勢)を
現場でたたき込むと同時に、
いつのまにかマックバカに変えてしまう環境を持っている。
その理由はどこにあるのか。
鈴木氏は「マクドナルドの研修は
リーダーのあるべき姿を追求することに目的がある」と断言する。
通常の企業は課長や部長など職種があって、研修が実施される。
マクドナルドの場合は求められるリーダー像があり、
各職種に応じた研修が用意されている。
通常の企業の逆だ。
では従業員は何を学ぶのか。
鈴木氏によれば最初に教えるのは、
「信頼」と「敬意」だという。
「全員がこれから始まります。
自分からあいさつする、相手のために働くとか、
ほんとに基本的なことから始まります」(同氏)。
この基本をベースに全員が学ぶのが
「リーダーの影」「今に集中する」
「相手に悪意がないことを前提に考える」という3つの考え方だ。
鈴木氏は言う。
娘との会話で学んだこと
「リーダーの陰」についてお話しします。
これは実際の話で娘が小さかった頃のことです。
よく友達を連れてきて遊んでいました。
仲良く遊んでいるなと思ったら、娘が友達に向かって
「バカ、何やってんの」と言ったんです。
ちょっと気になって友達が帰った後、
「さっき、なんでバカって言ったの」って聞いたら、
「わかんない。ただ遊んでいただけ」と娘は話す。
「友達にばかって言っちゃだめだよ」と教えました。
数日後も、娘が友達と家で遊んでいたら、
また「バカ、何やってんの」って言ったんですよ。
それで友達が帰ったあとに、「また、ばかって言ったよね」と怒った。
そしたら娘は「もうしない」と半べそになりながら謝りました。
そのことを妻に話したんです。
「あいつは、バカってよく言ってるだろう。注意しているか」と。
そしたら妻は少し考えてから、「あなたもよく言っているわ」と言いました。
私は言っているつもりはなかったのですが、
妻によれば「会社の人から電話かかってきたとき、
“バカ何やってんだ”と言った」らしいんですね。
何を伝えたいかというと、
「人は無意識のうちに、他人に影響を与えている」ということです。
鈴木氏の場合、奥さんの指摘を受けて、
自分が無意識に「バカ」という言葉を使っており、
それを娘がまねていることに気づいた。
自分の前に映った影はよく見えるが、
後ろに映る影はなかなか見えない。
ましてや、上司と部下という関係の中で
こういったことを行うのは難しい。
マクドナルドはリーダーの究極的な仕事は
「後進の育成」にあると考えている。
「そのために必要なことは、良質なフィードバックをつねに与えること、
良質な判断をすること。
その妨げになってしまう要素を排除しましょう」
という狙いがあると鈴木氏は解説する。
同じように「今に集中する」とは、
部下が話かけてきたときと、上司が話しかけてきたとき、
同じ態度をとれるかどうか。
「相手に悪意がないことを前提に考える」ことも
なるべく前提条件や判断を曇らせるような材料を取り除くことで、
良質なフィードバックを得ることが狙いだ。
リーダーのコミュニケーション能力を徹底的に底上げすることが目標である。
このリーダーシップの考え方は、
どんな職種や階層でも通用する。
そのため、マクドナルドではハンバーガー大学という社内大学で、
テーマを変え、立場を変え、
何度も研修を行うことで行動原理として浸透させていく。
ハンバーガー大学とはマクドナルド内にある社内大学のことだ。
ハンバーガーの作り方を教える場所ではない。
QSCは現場でたたき込み、
ハンバーガー大学ではコミュニケーションやリーダーシップを教える点に特徴がある。
日本では1号店のオープンより1カ月前の1971年6月に開講した。
マクドナルドは世界119カ国で展開するが、
ハンバーガー大学があるのはアメリカ、日本、イギリス、ドイツ、
オーストラリア、ブラジル、中国の7カ国だけ。
日本の場合は本社のある新宿アイランドタワー38階に置き、
年間1.4万人が受講する。
ハンバーガー大学は現場を熟知している社員が配属される。
元ハンバーガー大学の学長だった有本氏によれば、
ハンバーガー大学は「マクドナルドの象徴」ともいう位置づけで、
人気のある部署だという。
マックの強みは学習環境にあり
マクドナルドの強みはこうした研修がきちっと確立されており、
なおかつ「学習環境のデザインが確立されている」点にある、
と鈴木氏は説明する。
アルバイトのリーダーであるスウィングマネージャーや
会社に入ったばかりのマネージャートレーニーは2コマ、
その他の従業員や店長は1コマの授業を受ける必要がある。
内容はそれぞれの地位によって違うがおよそ3~5日間にわたり、
店舗での実習やロールプレイングなどさまざまな研修内容を実施する。
最初はマクドナルドのことを何も知らずに入ってくる。
そこでマニュアルに沿って日常業務を覚え、
コミュニケーションの取り方やミーティングの仕方を学ぶ。
そこである程度、業務のやり方が見えてきたところで
ハンバーガー大学の研修を受ける。
一般の企業では日常業務と研修のゴールが合致していないケースが多い。
マクドナルドの場合、研修のゴールと自分自身の業績目標、
実際の実務すべてが結び付いている。それだけではない。
研修の効果を最大化するために上司が研修内容を確認し、
フィードバックする制度を設けている。
こうして研修を受けた社員だけではなく、
上司など周囲を巻き込んで組織全体が教育に取り組む姿勢が、
ほかの外食チェーンとの大きな違いとなっている。
マック、最強の秘密は「3本脚のいす」?
マクドナルドがここまで従業員教育に熱心な理由には、
「3本脚のいす」という考え方がある。
いすは最低でも3本の脚がないと立つことができない。
創業者のレイ・クロックがサプライヤー、フランチャイジー、従業員の3者は
マクドナルドにとって必要不可欠な存在であるとして、
3レッグスツール(3本足のいす)と呼んだことに起因する。
マクドナルドはマクドナルド兄弟が設立したハンバーガー店からスタートした。
マクドナルド兄弟はハンバーグの重さを1つ45グラム、
ケチャップは10グラムと商品を規格化した。
商品を素早く作るためにベルトコンベア方式の生産方法を導入するなど、
効率化を進めた。
レイ・クロックは非常に苦労した、たたき上げのビジネスマンだった。
もともとはミルクセーキを販売するセールスマンで、
自身もサプライヤーとしてマクドナルドにかかわっていた。
1954年にマクドナルド兄弟に出会ったとき、
清潔かつ衛生的な店舗で、ハンバーガーが手際よく提供されていく様子に感動し、
翌55年にフランチャイズとして、出店を果たした。
レイ・クロックはセールスマンとしての経験と、
自分がフランチャイズオーナーとして独立した経験から、
Win-Winの関係を作らなければ、うまくいかないことが経験的にわかっていた。
従業員満足度を上げて、顧客満足度を上げれば、
売り上げが増え、利益がついてくる。
そのためにはこの3本の脚がバランスよく強くなっていることが必要になる。
マクドナルドには完成されたビジネスモデルのひとつとして
マックバカを作り出す仕組みがある――。
もっとも鈴木氏は「そういったもの(注マックバカ)を量産するために
教育システムは作られたわけではない」と釘をさす。
「効率化はまねできても、
3本の脚という経営理念に思い至らなかったチェーンは多い。
これこそがレイ・クロックのアートだ」(鈴木氏)。
世界119カ国に3万店以上を展開するマクドナルド。
強さの秘密はシンプルな中にも、
人の教育を追求してきた仕組みにありそうだ。
(撮影:尾形 文繁)
鈴木 健一(すずき・けんいち)
アトラクティブバリュー株式会社 代表取締役
1985年、城西大学卒業後、日本マクドナルド株式会社入社。
89年に店長に就任、千葉県を中心に担当。
その後ハンバーガー大学の副学長を経て、
2010年に退職、同年アトラクティブバリュー株式会社設立し、現職。
好きなハンバーガーは日本の朝食文化を変えたエッグマフィン。
http://toyokeizai.net/articles/-/14279より