MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

 伊皿子坂社会経済研究所のスクラップファイルサイトにようこそ。

♯351 「逆さ地図」の世界

2015年05月28日 | 国際・政治


 中国政府は5月26日に発表した「国防白書」において、自国が埋め立てや施設建設を進める南シナ海情勢に関し、「域外の国家が南シナ海の問題に介入し、高い頻度で海上、空中での接近偵察を続けている。このため、海上の主権を守る争いは長期に及ぶだろう。」として、慎重に名指しは避けながらも米国を強く非難したと伝えられています。

 この白書で中国は、「世界は依然として現実的・潜在的な局地戦争の脅威に直面している」との認識を示し、特に「海上の軍事闘争とその準備を最優先し、領土主権を断固守り抜く」と強調。陸上戦略重視だった中国軍の戦略を海上重視に切り替え、新たに海軍力の増強を進める方針を強く打ち出しているということです。

 このように、軍事力を背景とした南シナ海、東シナ海の実効支配を進める方針を明確に打ち出す中国に対し、5月26日の「東洋経済ON LINE」では、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)などの著作で知られるジャーナリストの松本利秋(まつもと・としあき)氏が、「強引に海を渡ろうとする中国の真意」と題する興味深い論評を行っています。

 海を渡って太平洋を東に突き進めばアメリカ大陸があり、進路を遮る障害はない。それさえ渡ればどこにでも行ける。…日本人にとって、そう考えるのはごく自然な習慣だと松本氏は述べています。

 しかし、氏は、中国を中心に地図を南北さかさまにして見てみるだけで、そこにはとんでもない現実が見えてくると、この論評で指摘しています。

 私も改めて、地図を逆さにして眺めてみました。

 大陸から東に望める海は確かにアパートのベランダのように極めて狭く、すぐ近くに日本列島がフェンスのように並んでいて、太平洋はその隙間からのぞくしかありません。その南には、奄美諸島、沖縄、八重山と南西諸島が連なっていて、それは台湾につながっている。台湾からはバシー海峡を挟んでフィリピンへと続き、さらにその端はベトナムに連結している。

 こうして見ると中国にとって自由に動ける海はごく限られており、そこから先の広い海へ出て行くためには、先に挙げた島々の間を縫って行かざるをえないことは明らかです。しかも、その動向は、それらの島を領有している国々などから絶えず監視され、松本氏が指摘するように、場合によっては(各国の連携により)海上封鎖で封じ込められてしまう可能性すらあるでしょう。

 中国から見れば、日本は経済的にもまだまだ巨大で、最先端のハイテク兵器を大量に所有し、数は少ないながらも高度な訓練が行き届いた自衛隊が存在している侮れない国です。海洋に進出しようとする中国にとって、このような日本は実にうっとうしく、邪魔な存在に見えるに違いないと松本氏は指摘しています。

 実は、中国がこの現実に気づいたのは比較的最近のことだと、氏はこの論評で述べています。

 中国では、秦の始皇帝が漢民族の国家を創設して以来、北方の騎馬民族の侵入をいかに防ぐかが民族存亡の要諦であり、北方との闘いに関心を集中させ、海への関心は歴史的にほとんどなかったと言っても過言でないと松本氏は言います。

 1840年から2年間続いた「アヘン戦争」以降、中国も海洋から攻め込んで来る勢力に敵愾心を持つようになったが、そうした思いも相次ぐ内戦やその後の混乱などでしばらく保留されてきた。そして1980年代に入り、開放経済政策によって経済力をつけるに至って、ようやく中国もこの邪魔な列島の存在を突破すべく、満を持して海洋進出を試みるようになったということです。

 氏によれば、現在、中国人民解放軍海軍は、地図の上に日本列島から台湾、フィリピン、南シナ海に至る線を引いて「第一列島線」とし、さらに日本から小笠原諸島、グアムを結んだ線を「第二列島線」として、この2つの線の内側を勢力圏内とする戦略を公式に採用しているということです。そして、このため、1992年に中国が制定した国内法の「領海法」では、尖閣諸島、南沙諸島、西沙諸島を自国の領土と規定する一方で、東シナ海においては大陸棚の自然延長を理由に、沖縄近海の海域までの管轄権を主張しているということです。

 中国を中心に置いた逆さ地図で海を見れば、中国にとって周囲を囲む島々は、あくまで小さな島々の連なりにしか見えないだろうと、松本氏はここで指摘しています。

 大陸内部で激しい領土争いを繰り返してきた中国本来のDNAからすれば、島に上陸して自国領にしてしまえばこうした問題は全て解決すると考えてもおかしくはない。次々と島を占領して自国領とすれば、包囲されていた海も開かれた自由な海となる。

 中国が内陸でやってきた領土争いの論理を、こうしてそのまま海に持ち込んできたのが、東シナ海、南シナ海における中国の行動原理だというのが、最近の中国の軍事的動向に対しする松本氏の見解です。

 地政学的ファクターからアプローチしていけば、一見、複雑そうに見える中国の動向もはっきりとしたものに見えてくる。中国に限らず、現在、世界で起きているさまざまな国際情勢についても、地政学の視点で見ると思いがけない事実に気付くことがあると、この論評で松本氏は説明しています。

 氏の指摘を待つまでもなく、確かに、それぞれの位置に立ってみなければ到底理解し得ないもの(気持ち)というものがあるでしょう。物事を見る角度を変える、視点を変えることの大切さを、松本氏のこの論評から私も改めて学んだところです。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿