4月30日の産経新聞は、中国外務省の洪磊(こうらい)報道官が29日の定例記者会見において、日米首脳会談で南シナ海における中国の対外拡張への懸念が表明されたことに関し、「日米同盟は冷戦時代の産物であり、第三者の利益に損害を与えたり、地域の安定を乱したりすべきものではない。」と、不快感を表明したと報じています。
また、これとタイミングを合わせるかのように、29日付の中国共産党の機関紙「人民日報」傘下の「環球時報」は、「日米同盟の強化が東アジアで大きな不安を引き起こす」と題する長文記事を1面トップで掲載し、「日米両国が中国を仮想敵と認識し、抑制と威嚇政策をとることは、もはや時代遅れだ」との主張を展開したということです。
日本の経済や外交、安全保障などの様々な局面において大きなウェートを占めるようになった隣国中国との関係について、三重大学副学長・教授の児玉克哉氏が、「中国にどう向き合うのか~望まれる冷静な対応」と題するYahoo newsへの寄稿(2015.5.19)においてその論点を判り易く整理しているので、ここに概要を採録しておきたいと思います。
戦後の日本がアメリカとの関係をベースに外交を組み立ててきたのは紛れもない事実です。しかし、21世紀に入り中国が経済的にも軍事的にもその影響力を増す中、この「近くて遠い国」との関係をどうするかが、今後の日本の外交戦略を決めるものになるだろうと児玉氏は考えています。
急速な経済発展とそれに伴う国民の自信を背景に、中国の覇権主義が注目を浴びている。中国主導で進められているアジアインフラ投資銀行(AIIB)は言うまでもなく中国主導の投資銀行であり、日米が主導するアジア開発銀行に対抗し、中国マネーをベースにアジアのインフラ整備の主導権を握ろうとしたものだと氏は指摘しています。
児玉氏は、軍事的にも、中国の覇権主義は加速していると見ています。中国と隣接する国との領有権をめぐる衝突が顕在化しており、実際、中国とベトナムはともに領有権を主張する海域で激しい争いをしています。この海域で中国が巨大な石油掘削装置を(一方的に)設置したことから、これに抗議するベトナム船と中国船が現地でにらみ合いを続けているということです。
さらにフィリピンでも、スカボロー礁の領有権をめぐり、2012年に中国船がフィリピン漁船に衝突されるという事件を経験しました。また、インドも中国と国境問題で衝突しているということです。このように、経済成長目覚しいASEAN諸国やインドと中国の関係は国境問題も絡み、これまでになく大変不安定な状態にあるというのが児玉氏の認識です。
一方、中国のこうした覇権主義に対し、東アジアリバランスを目指すアメリカは、大きな関心を寄せていると氏は指摘しています。
中国の習近平国家主席は5月17日、北京を訪問したケリー米国務長官と北京で会談し、「すでに何度も言ってきたことだが、広大な太平洋には中米二つの大国を受け入れる十分な空間がある」と主張。中国が「核心的利益」と位置づける南シナ海の海洋権益について、アメリカが干渉すべきではないとの中国の立場を改めて強調したと報道されています。
中国首脳による、こうした(ある意味「無神経」な)覇権主義的発言を引くまでもなく、現在強力に軍事化を進め、また巨大な経済力を持つ可能性のある中国が、現実問題として将来アメリカと世界の覇権を争う国となりうることは、日本としても十分想定しておく必要があるかもしれません。
しかし、一方で中国は、日本にとってあまりに近い国でありなおかつ国民感情的にも不安定な国だと、この論評で児玉氏は指摘しています。
第二次世界大戦から70年が過ぎた現在でも、両国の国民感情は未来志向には向かわず、最近ではこれに韓国が同調して反日キャンペーンを張っている。そうした中、日本は、中国とアメリカとの状況(関係)を冷静に分析し、しっかりとした平和戦略を持つことが求められるだろうと児玉氏はこの論評で述べています。
中国の現在の覇権主義のベースとなっているのは、言うまでもなく経済発展によるマネー力です。しかし、児玉氏によれば、現在の中国経済は相当にバブル的要素が入っており、将来に向けてかなりのリスクを孕んでいるいうことです。
シャドーバンキングの資金運用額の増大による金融危機への不安。地方都市などで既に始まっているとされる不動産バブルの崩壊。さらには、中国に集まった資金の海外への流出など、中国が拠り所にしている「マネー力」は常に危機に直面していると言う指摘です。
一旦、経済が大きな混乱を見せた場合、中国は国内の治安を守ることができるのか。もしも、中国経済の衰退が、中国社会の、さらには政治の混乱に結び付くようであれば、恐らくそれは(中国の国内問題に留まらず)世界の国々に大きな影響を与えることは容易に予想できます。
そうした観点に立てば、今の中国はアメリカに対抗できるような(覇権国家として)「安定したレベル」には程遠いと、児玉氏はこの論評で結論付けています。
氏は、少なくとも現時点では、日本は中国の脅威に踊らさられる必要は全くないと言います。日本のとるべき道は明確であり、安全保障の面では日米安保を安定したものとし、アジアの平和の維持を図ること。そして中国と敵対するのではなく、経済、文化の交流を続け、「冷戦」を解消していく努力を続けていくことが最も重要な姿勢だろうということです。
中国は決して「脅威」などではないと、児玉氏はこの論評を結んでいます。しかし、中国が意図的にもたらす不安に大きく反応し、踊らされて対応を間違えば、事態は悪化して新たな脅威が生まれることは十分にあり得ることかもしれません。
中国の挑発に過剰に反応せず、(日本も大国のひとつとして)冷静に、友好と平和の外交を粘り強く行うことが、将来のアジアの繁栄と安定につながるとする児玉氏の指摘を、私もこの論評において興味深く読んだところです。
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