3月31日の東京外国為替市場の円相場は日銀の確定値で1ドル=121円63~65銭。1年前の昨年度末と比べて11円近く、円安・ドル高が進んでいます。物価が高騰した米欧の中央銀行がインフレを抑えるため金融引き締めに動いたのに対し、日銀は一貫して大規模緩和を維持してきました。このため日米の金利差拡大などが意識され、利回りの高いドルを買って円を売る動きがこの1年で大きく進んだということでしょう。
今回の金利上昇に対しても、日銀の黒田総裁は3月25日の国会で「円安は基本的に日本経済にプラスに作用する」と従来の発言を繰り返し、円安容認の姿勢を崩すそぶりを見せていません。そして、長期金利の上昇を抑えるため、3月31日までの3日間にわたり満期までの期間が10年の国債を対象に、利回り0.25%で無制限に買い入れる「連続指値オペ」と呼ばれる臨時の措置を行っています。
言うまでもなく円安は、輸出企業にはプラスになっても、エネルギーや原材料などの輸入価格上昇を通じ多くの家計にとっては打撃となりかねません。一方、ウクライナ危機などの影響もあり、原油高などで日本の貿易赤字が定着しつつある状況下でも、4月以降も「円安・ドル高の方向性は変わらない(だろう)」との見方が有力となっています。
政府・日銀の金融緩和・円安容認政策維持が国民生活を揺さぶる中、3月30日のNewsweek(日本版)に米国在住のジャーナリスト冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏が「日本社会の格差を加速させる、深刻な「悪い円安」」と題する論考を掲載していたので、参考までに紹介しておきたいと思います。
1973年のニクソンショックによって世界の通貨が変動相場制に移行してからの約40年間、日本経済は円安と円高に一喜一憂してきた。そうした中、円高を恐れ円安に安堵するといったクセが、日本人の心に染み付いていったと氏はこの論考で述べています。
確かに当時の日本は「加工貿易」国家を自認し、日本経済は、輸出向けの製造業が牽引していた。安い原材料を輸入して安い賃金で加工し、海外でそれなりの価格で販売すれば大きな利益が得られるのですから、当時の日本では「円高は不況」であり「円安は好況」という公式が成立したということです。
こうした経験から、その後2010年代に当時の安倍政権が実施した「アベノミクス」でも、確かに円相場を安く誘導することに成功した。しかし、20世紀末の時代ほどには、その効果は生まれなかったというのが氏の見解です。
それは、その時には既に日本経済の空洞化が進行していたから。実際、続く円高基調の中、北米向けの自動車はほとんどが現地生産になり、国内生産がおよそ20%で、海外生産が80%にまで膨らんでいた。日本国内には部品や素材の産業は残っているものの、主要な部品の組み立ては中国で行い、完成車は北米という構図が成立していたからだと氏は言います。
そんな現状では、自動車1台の売上に占める日本国内の経済、つまりGDPへの寄与は極めて限られる。進むグローバル化の中で、既に経済の仕組み自体が変わっていたということでしょう。
では、それにもかかわらずなぜ経済界は円安を望み、安倍政権はなぜそれに応えたのか。それは、自動車産業など日本発の多国籍企業が、海外で生み出した利益が円安のために円に換算すると膨張して見えるという効果があったからだというのが、冷泉氏がこの論考で指摘するところです。
日本の多くの企業の株式は、海外の株主によって保有され、またNY市場など海外で取引されている。なので円安になれば、ドルで形成されている株価は円建てでは膨張して見えると氏は言います。
ドルで見れば実際は何も起きていないのに、日本で純粋に円だけで見ていると、(円安になれば)多国籍企業の場合「空前の株高」という評価になる。現在の状況下で「過去最高益」を更新する企業が増えているのも、同じ理由によるものだということです。
日本の大企業にとって、見かけの利益を膨らます円安は(ある意味)麻薬のようなもの。政府・日銀はいつまでアベノミクスの残滓にすがり、円安容認政策を続けるつもりなのか。経済の見た目を為替(の操作)で維持する現在の状況に警鐘を鳴らすこの論考における冷泉氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
(「#2125 円安と悪いインフレ」につづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます