3月28日、外国為替レートはついに1ドル=125円台、約6年7カ月ぶりの円安ドル高水準となりました。ここ3週間で10円も進んだ急激な円安に、いよいよ政府・日銀による「為替介入」がありうるのではないかと、市場関係者のあいだでも話題となっているようです。
急激な為替変動は、既に日本経済に深刻な影響を及ぼし始めています。特に最近では、新型コロナウイルス禍やロシアのウクライナ侵略で資源価格や食料品の物価に上昇圧力がかかっており、輸入物価の上昇はコロナ禍で厳しい家計や中小・零細企業の経営にさらなる打撃を与えかねません。
しかし、こうした状況下においても、黒田東彦日銀総裁は「円安が経済・物価にプラスとなる基本的な構図は変わっていない」との基本姿勢を崩しているようには見えません。
そもそも3月28日に円相場が一気に下落したのは、日銀が長期金利の上昇を押さえ込むため、利回りを指定して国債を無制限に買い入れる「指し値オペ(公開市場操作)」に踏み切ったことがきっかけでした。先に利上げを決めた米国との間で金利差が広がるとの市場の思惑から、運用に有利なドルを買い低金利の円を売る動きが強まったということでしょう。
確かに、国内のインフレを一定水準に抑えることは重要かもしれません。しかし、政府・日銀が金融緩和策からの出口政策の道筋を示していない以上、それは(それで)仕方のないこと。それではなぜ、政府・日銀は、そこまでして「円安容認」の姿勢を崩さないのでしょうか。
米国在住のジャーナリスト冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)氏は3月30日の「Newsweek(日本版)」に寄せた論考(「日本社会の格差を加速させる、深刻な「悪い円安」」)において、その理由を、グローバル化した日本の大企業が収益を「嵩上げ」できるという「円安効果」に見ています。
多国籍企業の場合、円安になればなるほど円建てで見た業績は上がり、兜町で取引される株価も上がる。この状況下で「過去最高益を更新」したり「空前の株高」という評価になっていたりする企業が多いのも、円安があればこそだというのが氏の指摘するところです。
もちろん、東京市場の株価が上がれば株を売った代金が国内の消費に回るだろうし、国内の多国籍企業の従業員の賃金も多少は上がる。そうなれば国内の消費も(資産を持つ富裕層を中心に)それなりに潤う…これが「アベノミクス第一の矢」の本質だったと氏はこの論考で解説しています。
しかし一方で、その他の人々(つまり金融資産などを持たない一般の人々)への「トリクルダウン」については、実は(政権が)期待したほどのものとはならなかったというのが氏の評価です。
安倍政権が、大卒比率50%という教育水準の高いこの国で「観光が主要産業」という(ある意味)悲劇的な政策に走ったのも、国内経済の空洞化が既に大きく進んでいたため。円安の効果はあくまで多国籍企業に限定されており、その恩恵を全国に行き渡るようにすることができなかったからだということです。
そして、安倍政権時代にこの円安政策が機能したもう1つの理由は、エネルギーの価格が安かったことにあると氏はここで指摘しています。
東日本大震災後に(原子力から)大きく化石燃料にシフトした日本経済は大量のエネルギー輸入に依存していたものの、(円安にもかかわらず)国際的なエネルギー価格が低迷していたためその弊害は大きく軽減されていた。安倍総裁の自民党が選挙に勝ち続けてアベノミクスが継続した背景には、こうした構図があったということです。
さて、それでは現在の状況はどうなのかと言えば、まず、多国籍企業における空洞化は(さらに)どんどん進んでいると氏は話しています
特に自動車産業の場合は、EV化という点で、日本国内は市場としても製造拠点としてもメリットがなく、このままエネルギー革命に失敗するようなら空洞化がより進行するだろうと氏は言います。
エネルギーに関しては、ポストコロナの需要増に加えて、ロシア・ウクライナ戦争のために市場空前の高値圏に入っているが、(にもかかわらず)日本は脱化石燃料が進んでいない。国内の雇用を生み出していた、観光産業はここ2年間、コロナ禍のために壊滅的な苦境が続いているということです。
こうした中で円安が進行すれば、利益の出ている多国籍企業では円建ての利益や株価がさらに膨張するかもしれないが、(一方で)市場が国内に限定されるサービス業などでは、需要が激減する中で、原油高・資源高などのコスト増がのしかかるだろうと氏は見ています。さらにサービス業ばかりでなく、国内消費が前提の農林水産業や食品工業などでもコスト高が直撃し、大きな痛手を被る可能性があるということです。
つまり、その意味するところは、今回の円安は格差を加速する「悪い円安」になりつつあるということ。この状況に対して社会主義的な再分配を過度に行うと、ただでさえ低い生産性を悪化させ、空洞化をさらに拡大するだけの悪循環に陥る懸念があると氏はこの論考で指摘しています。
「成長」とともに「分配」を重視するという「新しい資本主義」を標榜する岸田政権ですが、コスト高によるインフレや格差の拡大など、その行く手にはかなり厳しいハードルが待ち構えているということでしょうか。
こうした中、DXの遅れの挽回、エネルギーの最適なミックス、先端分野への戦略投資、反復作業ではなく知的労働に最適化した教育改革など、日本の経済や社会の仕組みなどには徹底した改革が求められているとこの論考を結ぶ冷泉氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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