MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2769 「スマイル」も安いニッポン

2025年03月12日 | 社会・経済

 日本経済新聞の面白さは、固い内容ながらも時折(こうした)読者がちょっと「やられたな…」と感じるような、ひねりの効いた記事を掲載するところにあると思っています。

 今年2月2日の1面トップは、まさにそんな感じ。『「スマイル」も安いニッポン』という見出しを見れば、多くの人が一瞬「何のことかな?」と疑問を抱くところですが、記事を少し読み進めると誰もが「なるほど…」と納得させられるところがなかなかの手練れと言えるでしょう。

 記事の前提となるのは、「ビッグマック指数」と呼ばれる指標の存在です。ビッグマック指数とは、英経済誌「The Economist」が考案した、各国で販売されている(マクドナルドのハンバーガー)「ビッグマック」の米ドル建て価格を基準として、為替レートなどの水準を推し量る手法のこと。

 ビッグマックは世界各国でほぼ同じ原材料でつくられていることから、各国の物価の比較にふさわしいと考え、各国で販売されているビッグマックの価格を比べることで、それらの国の通貨の購買力格差を把握しようとするものです。

 昨年7月に発表された最新ビッグマック指数(2024)は、(高い順に)①スイスの8.07USドル(1,214円)、②ウルグアイの7.07USドル1,064円、③ノルウェーの6.77USドル(1,018円)と続き、ユーロ圏は5位で6.5 USドル(912円)、本国アメリカは7位で5.69 USドル(856円)であった由。因みに日本は、33位の韓国、42位の中国を下回る44位で、3.19 USドル(480円)だったとされています。

 日本ならワンコインで買えるハンバーガーが1000円以上というのもいささか食傷してしまいますが、急激な円安に加え世界各国でインフレが進む折、(一消費者としては)それはそれでありがたい話。外国人旅行者が、「安いニッポン」を楽しんでいるのも「郁子なるかな」というものです。

 しかしその一方で、誰かに買ってもらわなければ商売にならないハンバーガーの価格は市場が決めるもの。「購買力」という物差しで世界と比較すると、日本経済の凋落ぶりは残念と言えば残念です。

 そして、これからが今回の記事の話。記事を担当した同紙の真鍋和也氏は、ビッグマックの値段とマクドナルドのアルバイターの時給との関連から、記事に「時給=ビッグマック2.2個 米欧に賃上げ見劣り」との副題をつけています。

 記事によれば、求人検索サービスの「インディード」では、マクドナルドをはじめとした外食・小売り分野のグローバルチェーン22社の店舗従業員の時給を国や地域ごとに分けて集計しているとのこと。これを、英エコノミストが公表しているビッグマックの現地価格とひもづけ、国・地域ごとに1時間働いて買える個数を算出したのがこの記事の視点の面白いところです。

 マックのアルバイターは、(「SIMILE」の有無は別にして)マニュアルに従い各国でほぼ同じ仕事をしているはず。同じ仕事の価値は時給に表れるとして、その金額で買うことができる同じ商品(今回の場合はビッグマック)で測るとどうなるか。

 2024年7月時点の日本のビッグマックの価格は3.2ドルで5ドル台の米英よりも(前述のとおり)5割近く安い。しかし、日本の時給1047円で買えるのは2.2個で決してお買い得ではないと記事はしています。

 同じ仕事をしても、オーストラリアなら3.9個、スイスなら3.4個。英国は2.6個、米国は2.5個のビッグマックが手に入る。ドイツやフランスを含むユーロ圏5カ国を平均しても2.5個を買うことができるというのが記事の指摘するところ。

 さらに言えば、日本では過去5年間で(買える量が)2.4個から0.2個減った由。この間、時給は940円から11%の伸びにとどまったのに対し、ビッグマックは390円から23%値上がりしたということです。

 バブル崩壊後、物価も賃金も停滞してきたこの日本ですが、それでもコロナ禍やウクライナ危機といったショックが引き金となり、モノやサービスの値段が上がり始めた。しかし、肝心の賃金の伸びは(物価上昇に)追いついていないのが現実だと記事は話しています。

 記事によれば、時給をドル建てでみるとその停滞は一段と際立つ由。日本は2019年に8.6ドルだった時給が、5年後の24年には7.0ドルにまで減っている。円安もあって、シンガポールや香港、韓国といったアジアの近隣国・地域に、ついに逆転を許したということです。

 また、国際労働機関(ILO)によると、日本は国内総生産(GDP)に占める働き手の取り分を示す労働分配率が2024年に54%と、19年から2ポイント低下しているとのこと。一方、米欧の配分率は50%台後半で安定しており、マクロのデータは賃上げの余地があることを示唆しているというのが記事の認識です。

 経済協力開発機構(OECD)の景況感指数は、米欧だと消費者と企業が拮抗してきたが、日本では未だ企業の方が高い状態が続いている。稼ぎの分配が企業に偏っている可能性があると記事は指摘しています。もちろん、賃上げの焦点は正社員に限らない。日本はフルタイムではなく働く高齢者も多くなっており、パートタイム労働者の賃金の重みが増しているということです。

 ビッグマックの購買力でみた賃金水準は、日本の立ち位置を明白に示していると記事は最後に話しています。普段はさほど気にならないアルバイターの時給やハンバーガーの値段ですが、具体的な数字を突きつけられると、「ぐうの音も出ない」とはこういう状況を言うのでしょう。

 確かに政治をもっと身近なものにするためには、まずこうした分かり易い指標に目を向け、自分事として議論を始める必要があるのかもしれません。従業員の「SMILE」だって相応の時給があればこそ。政府や日銀がめざす「賃金と物価の好循環」はなお遠いと結ばれた記事の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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