MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2035 定年(延長)制の限界

2021年12月07日 | 社会・経済


 東京大学教授の近藤絢子氏は、10月5日の日本経済新聞(経済コラム「経済教室」)への寄稿「年齢での一律雇用維持、限界 高齢者雇用どう進めるか」において、日本の高齢労働者が日本の労働力人口に占めるウエートについて、データを示して説明しています。

 これによると、現在、日本の人口の28.8%が65歳以上の高齢者であり、この比率は今後も上昇を続けることが見込まれ、2025年には30%、団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)が65歳に到達する2040年ごろには35%を超えると予測されるとのこと(「高齢社会白書」2021)。こうした変化に伴い、65歳以上の高齢者1人を支える生産年齢人口(15~64歳)の数は、現在の2人から(最終的には)1.5人以下にまで減ると予測されているということです。

 その一方、当事者である高齢者、特に65~74歳の前期高齢者の就業意欲は高く、2020年の65~69歳の労働力率は51.0%と、非労働力の方が既に少数派だと氏はしています。また高齢期に差し掛かった世代の就業継続意思も強く、内閣府の「高齢者の経済生活に関する調査」(2019)によれば、60代前半の男性の約6割、女性のほぼ半数が、少なくとも70歳まで、あるいは働けるうちはいつまでも仕事を続けたいと考えているということです。

 (少なくとも「昭和世代」の)日本人の労働観と言うのは、概してそういうものなのでしょう。「お金の心配もあるけれど、少なくとも働けるうちは働きたい」シニアの多くがそのように考えていることは想像に難くありません。

 近藤氏によれば、生産年齢人口の減少と相まって、労働力人口に占める高齢者の比率もぐんぐんと上昇を続けているようです。64歳以下の労働力人口が1990年代末をピークに減少傾向にある一方で、65歳以上の高齢労働力人口は2010年代に入り急拡大している。その原因としては「団塊の世代」が65歳を超えて高齢者人口を押し上げた効果も勿論あるが、高齢者の労働力率自体が2010年の19.9%(65~69歳のみなら37.7%)から25.5%(同51.0%)へと大幅に上昇していることが大きく影響しているということです。

 高齢労働力人口が急拡大した結果、全年齢を合計した労働力人口は、1990年代から10年代半ばにかけてほぼ横ばいで推移し、近年は増加に転じていると近藤氏は指摘しています。

 つまり、(言い方を変えれば)近年の日本経済は高齢者の労働力によって支えられているということ。国全体でみても、生産年齢人口の減少を高齢労働力の活用で補った形になっており、今後の日本経済にとって高齢労働力の活用が果たす重要性を示唆しているというのがこの論考における近藤氏の認識です。

 一方、これまで日本でとられてきた高齢者雇用促進政策は、(こうした高齢者の労働意欲を反映したと言うよりも)定年退職年齢と年金の受給開始年齢のギャップを埋めようとする側面が(極めて)強かったと氏は話しています。

 特に2000年代に入り、厚生年金の受給開始年齢の65歳までの段階的な引き上げが始まったことで、定年退職と年金受給の間の空白期間が大きな問題となり、厚生年金を満額受給できる年齢までの「継続雇用」を企業に義務付けた2006年4月の高年齢者雇用安定法の改正が(重い)企業の足並みをそろえさせたということです。

  その後、同法の改正で2021年4月には、雇用者に対する70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務とされたが、これも年金受給開始年齢のさらなる引き上げを視野に入れたもの。こうした背景からか、同法による高齢者雇用促進政策は基本的に「○歳までの雇用維持」を努力目標、努力義務、義務と徐々に強化していく形をとっていると氏は説明しています。

 しかし、(こうした)「一定年齢まで雇用者全員の雇用を維持させよう」とする政策は、本来は企業が退職させていたであろう労働者の継続雇用を強制するという意味で、何らかのゆがみをもたらしはしないか。企業の状況にかかわらず(「〇歳まで」と年齢を区切って)雇用の延長を義務付けていくことは、企業の人事管理や企業の経営に相応のストレスを与えるのではないかというのが氏の懸念するところです。

 2006年の改正は団塊の世代が60歳に到達するタイミングで施行され、60歳以下の労働力人口が急減したため若年層への影響が大きく軽減された。こうして「65歳までの雇用延長」はなんとかうまくいったが、同じやり方でさらに5年の延長となると(さすがに)無理があるのではないかというのが氏の見解です。

 70歳近くになると体力や認知能力のばらつきも大きくなる。本人が就業の継続を望んでいても、以前と同じようには働けない場合、どのような処遇が適切かという問題も表面化してくるということです。

 そうした観点から、年齢を区切って一律に雇用維持を要請する方法はそろそろ限界なのではないかと氏はこの論考に記しています。まずは、働く高齢者の年金を減らすことで労働供給を抑制する「在職老齢年金」や、定年前との差額を補うことで逆に再雇用者の給与水準を下げやすくしてしまう「高年齢雇用継続給付」など、高齢者の労働供給をゆがめる制度を見直すべきではないか。こうした障害を取り除けば、若年人口の減少を補う形で自然と高齢者の就業率は向上していく可能性があるというのが氏の主張するところです。

 さらに、年齢を区切って雇用維持する政策の副作用としては、その年齢までは働き続けるべきだという規範が形成される点も無視できないと氏はこの論考の最後に綴っています。

 高齢でも働き続けなければ経済的に困窮するような状況は、本来あってはならないもの。当然、健康なうちに引退して悠々自適な生活を楽しみたい人もいるだろう。働かない自由も保障しつつ、意欲と能力がある高齢者の活用を妨げない制度設計が求められるとこの論考を結ぶ近藤氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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