米紙ワシントン・ポストは12月3日、米情報機関によるレポートの内容として、ロシアが来年早々にも最大17万5000人を動員したウクライナ侵攻を計画していると報じています。同紙によれば、ロシア軍は既にウクライナとの国境地域の4か所に、50の戦術部隊、合わせて9万4000人の配備を終えているほか、新たに戦車などの戦術兵器も運び込まれているということです。
ブリンケン米国務長官は12月2日ロシアのラブロフ外相と会談し、米国は「ロシアによるウクライナへの新たな侵略計画への深い懸念を示している」と述べ、「ロシアが侵略的な行動を続けた場合、厳しい代償がある」と警告したと伝えられています。また、バイデン大統領は12月7日に実施されたロシアのプーチン大統領との電話会談において、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切れば甚大な経済的代償を払うことになると話したということです。
報道によれば、米政府当局者は、ロシアが侵攻に踏み切った場合はNATO(北大西洋条約機構)軍を中心に強硬な対応をとることで欧州のパートナー国と協議していると話したとされています。また、欧米諸国が一致して著しい痛みを伴う経済制裁を導入することも含め、ロシアは「相当な代償を払うことになると」と明確に伝えていくということです。
ロシアの武力によるクリミア半島の占領と、一方的な併合宣言によって、国際社会に大きな波紋を投げかけたウクライナ情勢ですが、なぜ今、再びウクライナなのかなど、遠い極東に暮らす私たちには状況がよく理解できていないのも事実です。そんな折、12月5日のYahoo newsにパリ在住の国際ジャーナリストである今井佐緒里(いまい・さおり)氏が、「ロシアとアメリカ、ウクライナで戦争が起こるのか。なぜこうなったのか」題する論考を掲げそのあたりの事情を(あくまでわかりやすく)説明しているので、この機会に内容を残しておきたいと思います。
今井氏はこの論考において、ロシアが(欧米全体を敵に回してまで)ウクライナにこだわる理由を、「一言で簡単に言うのなら、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)に入りたい、ロシアは阻止したい…ということだ」と話しています。
もともとウクライナは欧州連合(EU)に入りたかった。だから、加盟国候補になるための正式な手順の一歩として、EUと連合協定というものを結ぼうとしたと氏は言います。これにロシアが怒り(というより焦り)を覚え、2014年のウクライナ危機は勃発した。結局、住民投票でロシア帰属が選ばれたという形をとって、ロシアはクリミア半島を併合したということです。
19世紀半ばのクリミア戦争の時代から、クリミア半島は、黒海から地中海に出る事ができる戦略上極めて重要な要衝です。強権で知られるプーチン大統領率いるロシアとしても、ここだけはどうしても失いたくななかったということでしょう。
それまでウクライナは、(おおざっぱに言って)今のベラルーシと同じように、ソ連崩壊後に独立国にはなったものの、親ロシア国としてロシアの意を決して無視しないような国だった。つまりロシア側から見れば、影響力を保持していたというのが氏の見解です。しかし、ウクライナがEUに加盟したがったことでそれが崩れていったと氏はしています。以来ずっと、ウクライナ東部でロシアと国境を接する地域では、内戦が続いている。これは、地域の名前にちなんで「ドンバス内戦(戦争)」と呼ばれているということです。
一方、危機は続いているものの、(そうした中でも)EUとウクライナの連合協定は結ばれた。もとより、これはEU加盟国の「候補」になるための第一歩であり、将来ウクライナがEUに加盟できる保証はないが、それでも、第一歩がなければ何も始まらないと氏はこの論考に記しています。
となれば、ウクライナにとっての次のステップは、NATOの加盟国となること。EUは軍事組織ではなく、欧州の防衛・軍事は、アメリカをトップとしたNATOの枠組みとなっている。そのためロシアがらみの内戦が続くウクライナとしては、自国の(ロシアからの)自立や安全保障のためにはどうしてもNATOに入る必要があるということです。
一方、ロシアはアメリカに、ウクライナにNATO軍を派遣しないことや、NATOに加盟させない等の安全保障を要求しています。今回のロシア軍の軍事的な動きに関し、12月7日の電話会談でプーチン大統領が「西側の挑発」の存在を口にしているのも、こうした背景があってのことでしょう。
いずれにしても、現在のクリミア半島は「クリミア自治共和国」と呼ばれ、「2014年のクリミア住民投票の結果によって、クリミア住民はロシアを選択した」と称してロシアが自国に編入し実行支配している状況にあります。これに対しEUやアメリカ、そして日本などは、クリミア半島は従来どおりウクライナの領土とみなしている状況に変わりはないと主張しています。こうしたことからもわかるように、クリミア半島の帰属題は、冷戦やアメリカなどという「最近」のトラブルではなく、17世紀のピョートル大帝以来の、ロシアにとっては死活をかけるのに値する地政学的な国益の問題だということになるでしょう。
もし仮に今回は収まったとしても、また同じような問題は起こるだろう。そしてまた同じ問いが繰り返されるだろうと、今井氏はこの論考に記しています。プーチン大統領は、他のすべての70歳間近の人間と同じように、自分の老いを自覚しているだろう。ただ、今は、自らの老いを自覚できなくなるほど老いているようには見えないというのが氏の指摘するところです。
ロシアという世界有数の大国で独裁的な政権を維持してきたプーチン国家元首は、人間という生物として自分に残された有限の時間を使ってどのような決断を下すのか。クリミア半島を本気で取りに来ているロシアを前に、黒海沿岸では今、(歴史的に見ても)極めて厳しい時間が流れているとする今井氏の指摘を、私も重く受け止めたところです。
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