ドル円相場が一時1ドル=126円台に達し、外国為替市場の円安の流れには止まる様子が見えません。もちろん、日本人がこうして「円安、円安」と騒ぐのは、「円は本来、もっと評価されていいはずなのに…」という感覚があるからに外なりません。それでは、円は今、本来の力よりもどれほど「安い」状況なのか。
そこで登場するのが「購買力平価」という物差しです。購買力平価とは2国間の物価水準がおおよそ等しくなる為替レートのこと。IMFによる2022年(通年)のドル円レートの推計値は「1ドル=96.142円」。これがどれほど信頼できる数字かはさておいて、例えば4月13日の外国為替レートは1ドル=126.10円前後だったことを考えれば、その評価差は歴然です。
IMFが示した購買力平価に対して、市場での円は31%も割安だったことになり、確かにこれは、37年前の「プラザ合意」前の水準をも超える、凄まじい(相対的)円安相場と考えてよさそうです。
市場における円の評価が下がるということは、円で動いている日本経済全体の価値が下がるということであり、つまりそれは(その分)日本が貧しくなるということ。わずか10年ほど前の(民主党政権下の)日本経済が「1ドル=80円」前後の水準を維持していた当時から40%近い価値を失っていると言われれば、(知らないうちに)なんかとても損をしたような気分にさせられます。
実際、市場関係者の間では、現在の円の購買力は50年前(つまり大阪で万国博覧会があったり、オイルショックがあったりした時代)の水準まで低下しているとされています。数回の選挙を勝ち抜き長期安定政権となった安倍晋三政権下の10年間に、日本は何故これほどまでに貧しくなってしまったのか。
元HSBC証券社長で京都橘大学客員教授の立澤賢一氏が4月15日の総合経済サイト「PRESIDENT ONLINE」に寄せた論考(「『やっぱりアベノミクスが元凶だった』 金融緩和を続ける日本が貧しくなる当然の理由」)においてその原因をかなりシンプルに読み解いているので、参考までに紹介しておきたいと思います。
なぜ日本経済は現在、これほどまでの「円安」に見舞われているのか。その理由のひとつに「アベノミクス」の影響があるのは間違いないと、立澤氏はこの論考で指摘しています。
「アベノミクス」とは何かを語るのは簡単ではないが、その最大の「売り」が、日銀による大規模金融緩和であることは誰もが認めるところ。実際、2012年末に第2次安倍政権が発足し2013年3月に日銀総裁に黒田東彦氏が就任して以降、日銀は「大規模金融緩和」を実施してきたと氏は話しています。
金融緩和とは、簡単に言うと、世の中に出回るお金の量を増やす政策のこと。要するに、お金をたくさん刷って市中に流す政策を採ったということです。それでは、日本円をたくさん刷るとどうなるか。いわゆる「リフレ派」の人々の理論によると、円の「量」が増えれば、円の「価値」が下がることになると氏は説明しています。
そして、円の「価値」が下がれば、日本は(要するに)「インフレになる」と考えた。安倍元首相や黒田総裁をはじめとする「リフレ派」の人たちは、日本経済が低迷する原因は「デフレ」にあると考えていた。なので、円をじゃんじゃん刷って、インフレにしてデフレから脱却すれば、日本経済は回復すると訴えていたということです。
ただ、円をじゃんじゃん刷れば、為替相場にはどうしても影響が出てくる。円の価値が下がるわけなので当然、対ドルでの相場は「円安ドル高」基調となり、「アベノミクス」開始以降、日本円は大幅な円安となったというのが氏の認識です。
と、いうことで、「アベノミクスとは(要するに)円安政策だった」と氏は言います。かつて円高は、日本から海外への輸出品の価格を吊り上げるため日本経済にダメージを与えると言われ、実際、民主党政権下で野党となった自民党は当時の円高相場を、(白川日銀総裁の)無策によるものとして厳しく追及していた。当時、一定の円安は是認…むしろ好感されており、政治的にも円安基調の為替レートは都合がよかったということもあるでしょう。
しかし、現在は経済構造が大きく変化している。製造業を中心とする輸出企業は、すでに現地生産に切り替えており、日本円の相場が変動しても、(競争力には)さほど影響はなくなっていると氏は指摘しています。
一方、日本全体で見ると、(逆に)「輸入依存」が目立つ状況にある。特に、東日本大震災により原発を停止して以降、原油や天然ガスなどの輸入が増えており、輸入に頼る食料や原材料の高騰は国民生活に大きな影響をもたらすようになっているということです。
つまり、現在の日本の経済構造は、むしろ「円安」に弱くなっている。そうした中、黒田日銀は「異次元緩和の継続」を宣言し、「指値オペ」を実施して、大幅な円安を招いたというのが氏の指摘するところです。
さて、そもそも「アベノミクス」で日本経済は成長しているのか…氏はこの論考でさらに切り込んでいます。
GDP成長率、実質賃金、どれも「横ばい」がやっとに見えるがそれもそのはず。「アベノミクス」にはもともと、日本経済を成長させる力などなかったというのが氏の見解です。
アベノミクスで日銀がじゃんじゃん円を刷った結果、日本円の「総量」とも言うべき「マネタリーベース」は、2022年3月の時点で「662兆円」まで膨らんだ。「アベノミクス」開始前の2012年12月の時点で「132兆円」だったことを考えれば、「激増」どころの話でないことは明らかでしょう。
しかし、マネタリーベースが増えても、お金が市中に出回らなければ意味がない。その「市中に出回っているお金」は、マネタリーベースではなく「マネーストック」が該当すると氏は説明しています。
ということで、その「マネーストック」の変化を見ると、2012年12月に1135兆8000億円だったマネーストック(M3)は、2022年2月には1532兆4000億円と、1.35倍にしかなっていない。「マネタリーベース」が約5倍になっていることを考えると、ほとんど増加していないと氏は言います。
つまり、日銀がじゃんじゃんお金を刷っても、結果、市中にはほとんど出回っていかなかった。仰々しいキャッチコピーやメディア対策によって、「アベノミクス」は世論の圧倒的な支持を集めたが、それはイメージ戦略にすぎなかったというのが氏の認識です。
一方、アベノミクスは日本経済に、現在まで続く大きな「ツケ」を残した。いま発生している「円安」と「物価上昇」は、アベノミクスの「ツケ」といっても過言ではないというのが、この論考で氏が結論として主張するところです。
SNSが発達した現代、さまざまな「情報」が「意図」を持って流されていると氏は話しています。そうした中には、本当のことも、本当のことによってもっともらしく飾られたウソも、まったくのウソもある。そんな中、わたしたちが資産を守り増やしていくためには、一つひとつの情報が本当に正しいかを自分の目で確かめることが必要になっているとこの論考を結ぶ立澤氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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