MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯673 びびってんじゃねえよ

2016年12月07日 | 日記・エッセイ・コラム


 少し前の話題になりますが、9月15日に国立社会保障・人口問題研究所が「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)』の結果概要を発表しました。

 その中で特に注目を集めたのは、「交際相手のいない未婚者(18~34歳)が男女とも過去最高になった」という調査結果です。

 データによれば、(若い世代の)独身男性の7割近い69.8%(前回調査では61.4%)、独身女性の6割近い59.1%(同49.1%)に恋人がいないということです。

 5年前に行われた前回調査よりも、男女ともに約10ポイントも上昇した理由には、どんなものが考えられるのでしょうか。

 9月27日のYOMIURI ONLINEに掲載されたコラムでは、コラムニストの木村隆志氏がその理由について次のように説明しています。

 まず、付き合っている人がいないからと言って、彼ら未婚者たちが決して恋人が「いらない」と思っているわけではないと木村氏はしています。今回の調査でも、男性の85.7%(前回調査86.3%)、女性の89.3%(同89.4%)が「いずれは結婚しようと思っている」と回答しているということです。

 つまり、「恋愛して、いつかは結婚したい」とは思っているものの、現時点では「できなくてもいい」、あるいは「現実的に難しい」と考えているということ。潜在的なモチベーションがいっこうに顕在化しないまま、歳月だけが過ぎているということです。

 恋人がいない男女がこれほど増えたのは、「普通に恋人ができる人も、前向きに作ろうとしていない」ことの表れだと木村氏は見ています。

 異性の友人や仲のいい同僚はいるから、それなりに恋人同士になるチャンスもあるけど、あえてそうしようと思わない。それどころか、デート(のようなもの)はしてもその相手と付き合う気はないという人もいるくらいだということです。

 そうした恋人のいない男性に共通して顕著なのが、コスパ意識の高さだと氏は指摘しています。確実性のないもので後悔したくない。ある程度でいいから確実に満足したいという気持ちは恋愛面でも同じで、よほど一目ぼれでもしない限り、目の前の女性に時間とお金をかけたがらないということです。

 一方、女性は男性よりも前向きで、今回の調査でも、恋愛に対する心の中の優先順位は下がっていないということです。しかし、飲み会に行っても「やっぱりいいや」、デートした相手に「やめておいたほうがいいかな」と自らブレーキをかけてしまう。

 自らブレーキをかける理由の多くは、「あまり気が合わない」などの拙速な判断や、「この人といるより友達と遊ぶほうが楽しい」などの比較検討から生まれるもので、一歩踏み込むことができずに女友達や趣味を優先させてしまうと氏はしています。

 メディアは、こうして異性に対する(性的な)欲求を表に出さず、恋愛に淡白な若者(特に男性)を「草食系」などと揶揄していますが、木村氏はそうした傾向が顕在化している理由を、「男女の性差が年を追うごとにボーダーレス化している」ことに見ています。

 例えば、男性の行動が、フェミニンな服を着たり念入りにスキンケアしたり、ぬいぐるみを持ち歩いたりなどと女性的になる一方で、女性が大酒を飲んだり、言葉づかいが荒くなったりなどと男性的な行動をする人が増えているのは、ボーダーレス化のひとつの表れだということです。

 様々な価値観が認められるようになる中、男らしさ、女らしさなどに対する社会的価値の相対的に低下に伴って性差に対する社会の規範が緩くなり、男女の在り方にも寛容化が進んでいます。

 当然、恋愛局面においても、女性以上に受け身の男性や男性以上に肉食系の女性がいても特に違和感を抱くようなことはなくなり、(いわゆる)「恋心」に発展しやすい異性としてのセクシャリティを肌で感じる機会が減っているという指摘です。

 さらに木村氏の指摘によれば、そうして、恋心に発展する瞬間が少ない反面、育まれているのは男女間の友情だということです。

 実際、氏が出会ったほとんどの人には異性の「友人」がいて、「この人とは恋愛関係にはならない」と言い切り、固い友情で結ばれている人たちもいたということです。

 そして、このように、男女が集まるグループの大半が、恋愛よりも友情を前面に出したムードの中では、さらにカップルは生まれにくいとこのコラムで氏は説明しています。

 さて、同じ「出生動向基本調査」の結果の中で、今回さらに大きな話題となったのは、異性との性交渉経験のない(いわゆる「童貞」「バージン」の)未婚者の割合が、18~34歳の男性の42.0%、女性の44.2%に及ぶというデータでした。

 性交渉をする・しないは当然カップルの自由意志であり、周辺のおじさんやおばさんがとやかく言うようなことではありませんが、(「異性にモテる」ことを生きがいに)高度成長期やバブルの時代を生き抜いてきたかつての若者たちにとっては、かなりのショックであったことは想像に難くありません。

 なぜ、若者はこれほどまでに性に淡白になったのか。

 10月26日の毎日新聞には、日本家族計画クリニック所長で医師の北村邦夫氏が、こうした状況に関して興味深い論評を寄せています。

 2014年に北村氏が実施した「第7回男女の生活と意識に関する調査」の結果では、18~34歳の男性では42.9%、女性では42.1%が性交渉の経験がなかったということです。

 そして、その特徴を探るため、未婚男性252人、未婚女性201人ついて性交渉の有無別に回答の分析を進めたところ、ひとつの興味深い発見があったと氏は説明しています。

 氏によれば、異性とかかわることを面倒と感じたり、セックスに関心がないというのは性交渉未経験者にとっては当然だとしても、特に注目されたのは、男女ともに「タバコを吸わない」「アルコールと口にしない」と答えた人に、性交渉が(顕著に)なかったということだったということです。

 著作のデータを集めるため多くの独身男性にインタビューを行った際にも、そうした草食男子の多くから禁煙・禁酒の声を聴いたと北村氏はしています。

 氏はその背景に、彼らの経済的な余裕のなさがあると見ています。

 サラリーマンの平均年収は2014年でおよそ415万円(45.5歳)。約20年前の1997年の467万円に遠く及ばず、性交渉の経験がないと答えた男女の年収がこれより低いのは言うまでもない。しかも、携帯電話やスマートフォンなどの(日常のコミュニケーションのための)経費がかかりすぎて、恋愛どころではないというのが彼らの現状だと氏はこの論評を結論付けています。

 さて、昔から、男の甲斐性と言えば、「酒」「タバコ」「女」そして「賭け事」と相場は決まっていました。戦後になるとそこに「ファッション」だとか「車」だとかが加わり、男たちの欲望を煽りつつ、労働のモチベーションになったり見栄を張らせたりしてきたと言えるでしょう。

 少年は成長の過程で(年長の男たちが行っている)様々な物事に興味や好奇心を持ち、それが酒であったりタバコであったり、オートバイであったり、そして女性だったりしていたわけですが、どうやら最近では少年の心に、そうした未知のものへの「好奇心」が生まれにくくなっている状況にあるのかもしれません。

 お酒やたばこ、そして女性は大人への登竜門。お金の有る無しにかかわらず、(かつては)男の子の前に立ちふさがる(スリリングな)イニシエーションのような存在でした。

 そして現在では…。

 身体に悪い、コスパが悪い。リスクを取ってまでやる必要はない。何より失敗はしたくない。そうした安定に向けた「合理的」な選択が、最終的に若い世代から異性を遠ざけていると言えるのかもしれません。

 時代が安定に向かい社会が異端を好まなくなる中、同世代の空気を読むことに長けた若者たちが自らの人生に何を求めていくのか。

 決してお酒やたばこや危険なふるまいを勧めているわけではありませんが、人生、長生きをすればそれで幸せという訳でもありません。

 「小さくまとまる必要はない」とか「びびってんじゃねえよ」といった(オジサン、オバサンの)声も聞こえてきそうですが、自分の(思ってもみなかったような)未来にリスクを取らない「草食系」増加の報に、何やらぼんやりした不安を感じるのは私だけではないでしょう。




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