MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1005 アフターピルの市販化問題

2018年02月28日 | 社会・経済


 性行為後に服用することで避妊が可能となる「緊急避妊薬(アフターピル)」の市販薬化を検討していた厚生労働省の評価検討会議が、結論(市販薬化)を先送りしたとの報道が1月16日の日経産業新聞にありました。

 議論されていた緊急避妊薬は商品名「ノルレボ錠」というもので、同様の薬効を標榜する医薬品としては現在、国内で唯一2011年2月に承認されているものです。有効成分である合成黄体ホルモン(レボノルゲストレル)はWHOにより緊急避妊の必須薬品として指定されており、既に世界の50か国以上で販売されているということです。

 同薬剤は、性交後3日(72時間)以内に服用することで(黄体ホルモンによる排卵抑制作用によって)受精を抑え、妊娠を避けることができるとされています。その妊娠阻止率は9割とも言われており、米国やフランス、ドイツなどでは既に市販薬としてドラッグストアの店頭に並べられ実績を上げているということです。

 一方、日本では現在、こうした緊急避妊薬の購入には医療機関への受診が必要で、入手するには医師の診察と処方が求められます。このため、例えば連休中などで医療機関が休診している場合には72時間を過ぎてしまったり、受診を躊躇している間に時間が過ぎてしまったりする懸念があって、必要とする人へのアクセスを改善することが課題と考えられてきました。

 こうしたことから、厚生労働省を中心に「ノルレボ錠」をOTC(オーバー・ザ・カウンター=店頭のカウンター越しで購入できる)化し、薬局で薬剤師と対面して買えるようにできないか検討されてきた経緯がありました。

 日本の大衆医薬品業界を代表するメーカー76社が加盟する日本OTC医薬品協会では、安全性が高い薬であることや欧米各国では市販薬として売られている実績があることを理由に、長く市販化を進める立場をとってきました。

 また、市販の賛否を問うために厚生労働省が実施した一般国民からのパブリックコメントでは、寄せられた348年の意見のうちの約9割が市販薬化に賛成を示すものだったということです。

 しかし、(今回)これらを踏まえた検討会では、「満場一致」で(市販化)「反対」となったと記事は伝えています。委員からは「パブリックコメントに賛成が多いのはバイアスがかかっているから」「薬局の店舗内で適切な性教育が行えるとは思えない」などの意見が相次ぎ、解禁に前向きな意見はなかったとされています。

 また、日本産科婦人科学会や日本産婦人科医会からは、医療機関への受診を経ずに安易に市販の緊急避妊に頼ることになれば、
 (1) 異所性妊娠の見落としや望まない妊娠を増加させる可能性がある
 (2) 本来利用されるべき低用量ピルの利用につなげられない
 (3) 緊急避妊薬の処方をきっかけとした専門的な立場からの指導の機会が奪われる
など市販化に否定的なコメントが提出され、「欧米より性教育が進んでいない日本の現状を考えれば時期尚早」との立場から実施の先送りが決まったということです。

 一方、記事によれば、こうした検討会の議論を傍聴した業界関係者からは、「既得権益者の意見が強すぎるのではないか」との意見も多く聞かれたとされています。

 (身も蓋もない話ですが)日本の人口中絶件数は年間17万件で、1回20万円とすれば単純計算でそれだけで340億円の市場規模です。さらに、緊急避妊薬の処方のために医療機関を受診すれは、その分の診療報酬や薬剤費もそこに上乗せされていることになります。

 こうした大きな「市場」が奪われるのを、医療関係者が(みすみす)手をこまねいて見ているはずがないということでしょうが、緊急避妊薬の市販薬化はそうした(何というか)穿った見方をされるほど大きなエポックと言えるのかもしれません。

 昨年10月16日の「週刊ダイヤモンド」誌では、日本医師会常任理事の鈴木邦彦(すずき・くにひこ)氏がこの問題に対してインタビューに答え、「我々(医師会)としても、望まない妊娠を減らしたいという考え方そのものに反対しているわけではない。」と説明しています。

 そして、「ただ先日の議論を聞いても、医師の関与の必要性とか、緊急避妊薬への国民の理解度、それから販売体制などの問題が示され、とてもOTCにできないという結論になったもの。(実際)反対意見ばかりで賛成は誰もいなかったじゃないですか…」とコメントしたとされています。

 さて、いずれにしても、緊急避妊薬の薬局での店頭販売化が現在の避妊業界に与えるインパクトが、恐らく相当なものになることは容易に予想が付きます。当面は必要なくても(まさかの時のために)常備する女性も多いでしょうし、妊娠を望まない女性たちを妊娠という現実から解き放つ(まさに)「朗報」と言えるかもしれません。

 しかし、そこに生まれる「事後でも何とかなる」という気持ちが、安易な性交渉につながったり、生命の尊厳の軽視や性病の蔓延をもたらしたりするのではないかといった懸念が生まれるのも分からないではありません。誤用や乱用対策に加え青少年への販売の規制をどうするのかといった課題もあるでしょう。

 さらに、店頭販売する薬剤師にきちんとした指導ができるのかという議論や、インターネット販売などへの対応が必要となることも事実です。

 しかしながら、国内では(減少傾向にあるとはいえ)母体へのダメージが大きい人工妊娠中絶手術が未だ毎年17万件近く行われており、悲惨な嬰児殺しの事件なども後を絶ちません。

 こうした日本の現状を考えれば、このような(ある意味便利で安全な)薬が生まれた以上、問題から目を背けているのはもはやリプロダクトヘルスの観点からも適切でないことは自明です。

 緊急避妊薬が必要な時に必要な人の手に届くよう、専門家や関係者の間できちんと考え、議論を尽くしたうえで実態を踏まえた対応が(1日でも早く)講じられることを強く望む所以です。



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