「欲求5段階説」で有名なアメリカの心理学者、アブラハム・ハロルド・マズロー (Abraham Harold Maslow, 1908–1970)の言葉に、「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」(If all you have is a hammer, everything looks like a nail.)というものがあるそうです。
例えば、少し傾いだ棚を直そうとして久しぶりに道具箱から金槌を引っ張り出すと、ついでだからと棚だけでなく玄関周りや犬小屋や風呂場の簀などの釘を叩いて回りたくなるのはよくあることです。ひとつの道具を手に取ると、あちらこちらに使ってみたくなる。普段は気が付かなかった緩みや歪みが目について、気が付いたら全てが(叩いてみるべき)釘のように見えてくるといったところでしょうか。
また、この言葉は、「ハンマーしか持っていな人には、問題が全て釘にしか見えない」と解釈することもできます。本当はドライバーが必要なネジなどに対しても、金槌で叩けば何とかなる、簡単だと思ってしまう。自分の手元にある手段に固執してしまうと問題を俯瞰して正しく捉えることができなくなるという、よくある状況を戒めるものです。
社会心理学では こうした状況を「確証バイアス」という用語で説明しているようです。自己の先入観のみに基づいて対象を観察した際、得られた情報の中から自論に合うものだけを選別して受容する傾向(現象)を指す言葉で、一旦、そのような状況に陥ってしまうと、手段が目的化され結論ありきの行動が引き起こされてしまう。意識していないとなかなか逃れられない、(いわゆる)「先入観の罠」を意味しています。
さて、国会における安全保障関連法案の審議を巡っては、集団的自衛権の議論が「戦争をできる国」の是非への議論に繋がり、世論の中には(極端なイデオロギー論も含め)大きな見解の相違が顕在化しているようです。
(少し乱暴ですが)判り易く整理すると、法案を支持する世論は(特に外交上の)問題を解決するためには状況に応じた防衛力の強化という(効果的な)手段が必要だと考え、法案に反対する世論は問題解決の手段としての自衛権の拡大に濫用の危険を感じているということでしょうか。
釘を打つのには、ハンマーが最も適していることは論を待ちません。道具箱にひとつ入れておけば、台風が来ても安心です。
しかし、一度手元にハンマーを持てば、(権力を手にした人は)ついついそれを使いたくなってしまうのではないか。あちこちの釘を叩いてみたくなるのではないか。そして(場合によっては)様々な問題が全部釘の頭に見えてくるのではないか。マズローではありませんが、人々の間にそうした疑念が起こるのも無理のないことのようにも思えます。
日本を取り巻く様々な状況を考えれば、現実の国際社会において、ハンマーでなければ打てない釘があることはきちんと受け止める必要がありそうです。しかしそれ以前に、問題解決の手段や方法が一つでないこともまた事実でしょう。
幸いなことに、私たちはハンマーだけを持っている訳ではありません。状況が切迫し、例えハンマーを手に取ったとしても、その右手に拘泥することなくその他の方法を最期まで広い視野から探すこと。また、使うに当たっても、そのプロセスや使い方を厳密に管理することの重要さを、マズローの言葉から私も改めて考えさせられたところです。
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