在日イギリス人の経済アナリストで、かつてゴールドマン・サックスのパートナーとして活躍したデービッド・アトキンソン氏は、バブル経済の崩壊に際して日本の銀行に眠る巨額の不良債権を指摘したことで大きくその名が知られるようになりました。
後に、コンサルティングの世界から離れ、日本の国宝や重要文化財などを補修する小西美術工藝社の経営者として活動されていますが、その後も日本経済をよく知る論客の一人としてメディアで活躍するとともに、官邸のブレーンとして政府への提言などを行っています。
近年の氏の主張の要諦をなすのは、日本経済の低迷の主要な原因が日本企業の生産性の低さにあるという指摘です。中小零細企業が全体の9割を占めるという日本気経済の構造的な問題が障害となり、世界経済の成長から後れを取っていると氏は繰り返し話しています。
中小企業は、小さいがゆえにさまざまな問題を引き起こし、低生産性を招いている。中小企業は小さいこと自体が問題なので、中小企業を成長させたり再編したりして器を大きくすることをまず考えるべきだというのが氏の見解です。
それでは、それができない中小企業はどうすべきか。誤解を恐れずに言えば、彼らには市場から消えてもらうしかない。特に数を減らすべきは小規模事業者だと、氏は様々な媒体にしばしば記しています。
一方、そこには「慢性的な赤字企業はただの寄生虫」「無理に生き延びさせれば、日本がアフターコロナでふたたび立ち上がるときの足を引っ張るだけ」といった厳しい言葉が並ぶことから、氏の主張を「中小企業淘汰論」として否定する向きも多いようです。
さて、そのアトキンソン氏は11月5日の日本経済新聞の紙面(エコノミスト360°「成長のために本当にやるべきこと」)に、総選挙で信任を得た岸田文雄政権は「新しい資本主義」「成長と分配」を掲げているが、日本の課題は成長と分配で解決できるほど甘くないと記しています。
給料が増えていないのに、高齢者を支える生産年齢人口の減少により増税や社会保険料の増額が繰り返され、日本人の可処分所得は減る一方。結果、個人消費は冷え込み、企業は将来の先行きが見えないので投資をしないので、国内総生産(GDP)も増えようがないというのが氏の見解です。
急増する社会保障費を負担するために国の財政は悪化している。社会保障の増加は経済成長に資する生産的政府支出を犠牲にしており、GDP比で1割を切り、先進国の平均24.4%を大きく下回っているということです。
この問題を根本から解決するには、社会保障を削るか、生産性の向上しかない。しかし、現実にはどちらも(利害関係者が多く)反対は根強いと氏は言います。
とくに社会保障削減は、最大の票田たる高齢者が猛烈に反対する。そこに手を突っ込みたくないから、「成長と分配」になるのだろうが、生産年齢人口が減るなか、労働参加率が限界に近い日本では、人口の自然増による大幅な経済成長はありえないというのが氏の認識です。
そうなると、あとは既存の生産要素を組み直し、生産性の高い分野に再配分するしかない。つまり(アトキンソン氏がかねてから主張しているように)、中小企業を強化せよという話につながってくると氏はしています。
日本でこういう議論をすると「中小いじめ」だという横やりがしばしば入るが、新政権が示唆する大企業の努力と下請けの救済だけでは大した生産性の改善は見込めない。上場企業で働く労働者の割合は約2割で、企業数ではわずか0.3%。下請けは、全中小企業の1割にも満たないということです。
そこで、生産性を大きく向上させるには、日本企業の99.7%を占め、7割以上の労働者を雇用している中小企業を全体として底上げするしかないと氏は指摘しています。
私が中小企業の問題に触れると、すぐに「淘汰策だ」と反対されるが、これは現状維持をしたい人が、そう叫ぶことによって改革の回避を図っているに過ぎないと氏は批判しています。
賃上げする企業を税制面で優遇するという話もあるが、7割近くの企業は法人税を納めておらず、税率優遇程度で賃上げする企業は少ないはず。「生産性を上げてから賃上げをする」という向きもあるが、そもそも賃上げを考えていない企業も多い。結局、最低賃金が肝心なのだというのが氏の主張するところです。
高所得者の税負担を増やすとか、インフレにならない限り借金をしてもいいという現代貨幣理論(MMT)の導入も耳にするが、高所得者の負担額などたかが知れている。MMTを使って社会保障負担を新札を刷って賄ったとしても、より以上に財政を悪化させるだけだろうと氏は続けます。
結局のところ、日本経済の足腰を強くしなければ力強い経済成長は見込めない。(厳しく聞こえるかもしれないが)そのためにはまず、足元の脆弱な中小企業を整理していくしかないということでしょう。
日本経済衰退の本質は、高齢化社会の負担にどう対応するかにある。(たとえ痛みは伴うとしても)持続性のある成長を担保する中小企業の強化策がなければ、新政権の新たな政策も「画餅」に終わるだろうとこの論考を結ぶアトキンソン氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。
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