初夏を迎え、夕涼みがてらプロ野球のナイトゲームに足を運ぶのも楽しい季節となりました。
金曜日の仕事帰り、紙コップを片手に球場でお気に入りのチームを応援し、家に帰ってからまたテレビのプロ野球ニュースで確認する。「そうだよ、ここで一発が出ていればなぁ…」などと、一粒で二度おいしいのがナイター観戦です。
そうした夏の野球場の風物詩として欠かせないのが、生ビールをきびきびと売り歩く元気な売り子さん達の姿です。
重いビールサーバーを背負って階段を駆け上り、笑顔を振りまく彼女たち。意外なことに、野球場のこうした「立売りスタッフ」は特に若い女性に人気のアルバイトらしく、中には自給に換算して8000円以上稼ぐツワモノもいるということです。
5月16日、そして6月5日の総合経済サイト「東洋経済ON LINE」では、企業研修デザイナーの原 佳弘(はら・よしひろ)氏が、そんな彼女たちの「超仕事術」について具体的に紹介しています。
キュートなユニフォーム姿で一見すると華やかな仕事のように見える彼女たちですが、実は3つの大変な苦労と戦っていると原氏は言います。
まずは、背中に背負うビールサーバー。その重さは15~18キロもあり、慣れるまではスタジアムの狭い通路を往復するだけで精一杯だということです。
その上、スタジアムには急勾配の階段があります。手が挙がったお客さんのもとへ小走りで駆け上がり、またタンクが空になればバックヤードに駆け戻る。一試合の間に急な階段を何度も何度も昇り降りする、身体にキツイ仕事だということです。
そして最後に天候です。オープン戦はまだ寒い2月から始まり、梅雨時の突然の豪雨やデーゲームの直射日光など、天候の影響をモロに受けながらも笑顔を欠かさず務め上げているとしています。
そんな厳しい環境にもかかわらず、このアルバイトに関して言えば、昔から人手不足とは縁がない世界だということです。原氏は、その魅力のひとつとして、頑張った分だけ実入りが入る給与システムを挙げています。
売り子さんの給与体系は、基本的に1杯売っていくらの歩合制。そこに、販売杯数に応じたボーナスが加わるほか、連続勤務の際の特別給や月ごとの皆勤ボーナスなどもあるそうです。
それでは、一試合の間にどのくらい売れるかというと、初級者は通常50~80杯。平均的な売り子さんであれば、おおよそ100杯前後だとしています。その結果、1日の報酬は9000円前後となり、時給に直すと2,000~3,000円というところだそうです。
しかしこれが、トップクラスの売り子さんになると、1試合で200~300杯も売り上げると原氏は説明します。そういう人は1日に2万~3万円稼ぐことになり、時給にすると5,000~8,000円という勘定です。
原氏は、こうしたトップクラスの売り子さんが売上を伸ばすためにどのような工夫をしているかについて、現場を詳細に観察し、また関係者から様々な聞き取りを行っていくつかの共通点を導き出しています。
そのひとつが、「魚の目、木の目、鷹の目」を持つというものです。
売り上げトップの彼女たちは、いくつもの目を持っていると原氏は言います。近くにいる目の前のお客様。先ほど買ってくれた少し離れた場所にいるお客様。そしてこれからお代わりを頼みそうな遠くのお客様。
試合の展開を読みつつ、テリトリー全体を視野に入れ、お客さんがビールを飲むペースを個々に把握していることが必要になるということです。
さらに、売り子さんにとっては、他の売り子さんとは違う「自分のしるし(=特徴)」を周囲に魅せることが大切になると、氏は指摘しています。
売り子さんがお客様を見つけていくことは大事だけれど、それ以上にお客様から声をかけて頂くことが売り上げアップの原動力となる。そしてそのためには、選ばれるための「しるし」が必要になるということです。
氏によれば、実際、トップの売り子さんは、実に様々な個性的な「しるし」を用いているのだそうです。
例えば、髪飾りに花のモチーフやキャラクターを付けたり、名札に手描きのPOPやイラストを加えたり、首に巻くタオルの巻き方を目立たせるなど、実に様々な方法で自分をアピールし、次にもまた買ってもらうことを考えているということです。
さらに、彼女たちが販売効率を高めるための裏ワザとして、固定客をつかむ「ドミナント戦略」をとっていることを、氏は驚きを持って紹介しています。
実はトップの売り子さんたちに共通する特徴として、あまり、広く歩きまわることなく限られたエリアの中で効率的に売り上げを伸ばしていることがあるそうです。
確かに、重いタンクを背負ってあちこち昇り降りしていては体力が持たないでしょう。そのためトップの売り子さんたちは、自分から2度3度と買ってくれるお客さんを囲い込んで、固めていく戦略を取っているのだそうです。
例えば、最初の一杯を買ってくれたお客様に向け、周囲のお客様にも聞こえるように宣伝・営業をする。「今日は○○チームが勝つといいですね!」「今、ビールのタンクを替えてきたばかりだから、新鮮ですよ!」と、大きな声で元気よくアピールする。買ってもらったお客だけでなく、周囲5メートル四方のお客を、自分のファンエリアに育てていくという戦略です。
そうした地道な努力の積み重ねによって、「またあの娘から買いたい」「私も買いたい」「じゃあ、私も」という価値の連鎖が起こっていくと、原氏はここで指摘しています。
氏によれば、新人からある程度の経験を積んだベテランまで、平均的な売り子さんが1日に売るビールの杯数のうち、リピーターの占める割合は2割前後だということです。ところがトップクラスになると、その割合が約4割にも跳ね上がる。複数の売れっ子に聞いてみたところ、実際にその多くが「常連客に支えられている」と口をそろえたということです。
トップの売り子さんの動きを観察してみると、試合早々、まずは常連客を見つけ1杯目を買ってもらう。そして、そこを拠点として、同じ応援仲間や周囲のお客にも買ってもらえるようにエリアを広げ、市場を開拓していくのだそうです。
実は、売り子さんの腕章などにはよく見ると売り上げランキング順位などが書いてあって、コアな常連客になると、お気に入りの売り子さんにもっと上位へ行ってほしいと、普段よりもう一杯余計に注文したりするようです。まるでAKB総選挙のようですが、個人の頑張りをファンが支える仕組みとして、やはり優れたものと言えそうです。
さて、これはアパレル販売、宝飾品販売、飲食店、保険外交員、カーセールスなどの他の販売員にも言えることで、顧客の「あなたから買いたい」「あなたのお店を応援しているよ」という思いが、営業実績を伸ばす力となるということです。
商品がさほど変わらないのであれば、「あの人だから」「あの店だから」という顧客の思い入れが付加価値となる。
スタジアムはひとつの市場であり、お客が応援しながらビールの売り子を育てている。逆に言えば、それは彼女らが「常連客に育ててもらっている」ということであり、そういう意味でいかなる商売にも共通する鉄則であると結論づける原氏の指摘を、私も大変興味深く読んだところです。
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