産経新聞の報道によれば、5月31日、中国人民解放軍の孫建国・副総参謀長はシンガポールのアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で講演し、前日にカーター米国防長官から「即時中止」を求められた南シナ海での人工島建設について、「中国の主権の範囲内で行っている、合法で正当かつ合理的な活動だ」と反論したということです。
また、講演後の質疑応答で孫氏は、人工島建設に関して軍事な目的も持つ旨を明言したうえで、「米国などの代表団が(中国と南シナ海周辺国との)不和の種をまいていることに反対する」と主張し、米国を強く牽制(けんせい)したとしています。
一般的な認識として、21年連続で軍事費を2桁増で急増させる一方で、核戦力を含む兵器や人員の実態を明らかにしない中国が、現在、周辺諸国に強い不安を投げかけていることは明らかです。
さらに、東シナ海における日本の排他的経済水域の否定や、沖縄県・尖閣諸島上空を含む一方的な防空識別圏の設定などの数々の示威行為を繰り返す中国に対しては、東南アジア諸国ばかりでなく、我が国を含む東アジア各国においてもいわゆる「中国脅威」の声が高まっていると言えるでしょう。
米国国防総省が発表している年次報告書においても、2006年以降、中国が周辺諸国への潜在的な脅威になっているとの認識が示されており、拡大する軍事力をバックにアジアにおける地政学的な現状変更を目指す中国に対し、米国も周辺国と連携し、(日米ガイドラインの見直しなどを始めとした)リバランス政策を積極的に採用していかざるを得ない状況が生まれていると言えるかもしれません。
(「力が全て」としているかのように映る)近隣諸国に対するこうした中国の挑発的(で無神経)な姿勢に関し、6月3日の新潮社が運営するnews&booksサイト「矢来町ぐるり」では、2010年まで駐中国大使を務めた宮本雄二氏が、「中国脅威論を理解できない中国人」と題する興味深い論評を展開しています。(宮本氏の新著『習近平の中国』から抜粋)
中国を長年観察していて判ることとして、「中国はまだ“自分探しの旅”をしているのだなとつくづく思う」と、宮本氏はこの論評で述べています。
氏は、昨今の「中国脅威論」の高まりについて、当の中国人たちはなぜそうなるのかを(おそらく)理解できていないとしています。中国は、関係諸国が脅威論を煽るのは、「中国を悪者にして、自分たちの悪行を隠し、よこしまな利益を得るためだと」(本気で)考えているということです。
中国人の「ものの考え方」が、中国脅威論の高まりという結果をもたらす仕掛けになっていることに彼らの多くは気づいていない、…そう宮本氏は続けます。
そんな中国の考え方の基本にあるのは、
① 中国の基本国策は平和と発展であり、世界の平和と発展のために大国としての責任を果たし尽力する。
② しかし領土や主権、海洋権益と言った中国の生存と発展のために必要不可欠なものについては、一切譲歩はしない。
という2点にあると宮本氏は指摘しています。
氏によれば、自分たちの“核心的”な権利や利益を侵犯することは決して許さないという姿勢と、世界の平和と発展のために努力することとは、基本的に「両立する」と中国は普通に考えているということです。
そしてそこにあるのは、中国は、①自国の「権利や利益」を守るのは当然であり、②(自国の権利や利益を)侵犯する相手が悪い、だから、③世界の平和と発展を損なっているのは相手だ、という自己中心的な理屈に何の疑問も感じていないのだという(ある意味衝撃的な)事実です。
中国は、実際、世界の大国になれば「何が正しいかを自分で決めることができると」真面目に考えているということです。そして、それが中国の大きな誤解であることに彼等は気付いていないと宮本氏は言います。
中国の立場に立てば、「アメリカだってそうしているではないか」と見えるかもしれない。しかし、アメリカでは、大統領が決めたことに対しても議会は反対できるし、国民も監視している。国際世論も十分気にしなければならない。
つまりアメリカ社会には、ルール違反をしたり、国民(や同盟国)が正義だと思っていることと違うことをやったりすることが大変難しい仕組みが整っているということ。そして、それが中国とは違うところだと、この論評で宮本氏は説明しています。
戦後の国際政治秩序は、各国にルールに則った行動をすることを求めており、大国が自由に振る舞うことを簡単には許していない。いくら中国が軍事大国になるのは当然だと思っていても、中国以外の世界では「はい、そうですか」というわけにはいかない。
つまり、国際的な秩序として、大国には自国の行動に対する説明責任と周囲の国々の理解が求められているというのが、この問題に対する宮本氏の認識です。
軍事力は相手を破壊する手段であるし、持っているだけで相手を恫喝できる。これだけの世界大国となり、巨大な軍事力を持つようになった中国には、その軍事力をどのように使おうとしているのか、国際社会に説明する責任があることを理解する必要があるということです。
合理的な説明を聞くことができなければ、他の国が中国の意図に猜疑心をいだき、それに対抗する動きをするのは当然だと宮本氏は考えています。
不必要な、かつ地域と世界を不安定化させる軍拡競争に入る必要はお互いにない。であれば、それを避けるためにも、中国は、とりわけ地政学的な対立関係に入ったアメリカとの間で、十分な意思疎通を図る必要があるという指摘です。
中国の習近平国家主席は、昨年11月のオバマ米国大統領との会談の中で、米中二国による新型大国関係を体現するための環境づくりを進めると述べています。
しかし、もしも国際社会において中国が本当に大国として扱われたいのであれば、彼がするべき説明は、(中国の「核心的利益」などではなく)中国の考える世界像や世界秩序を語るものでなければならない。そういう大きな目標を達成するために、自国の軍事力がどういう役割を果たすのか。このことを世界に通用する言葉とロジックで話す必要があると宮本氏は指摘しています。
それが曖昧のまま軍事力の増強を続ければ、中国は自分の意思を他者に押し付け、自国の利益を拡張し、覇を唱えるためだけにそれをやっていると思われても仕方がない。…そう断じる今回の宮本氏の論評を読んで、中国という国家が「大国」として世界の尊敬を集めるために欠けている「成熟した国家としての国際社会への理解」のようなものを、私も改めて考えさせられたところです。
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