MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2631 「地方創生」の欺瞞

2024年09月03日 | 社会・経済

 民間の有識者グループである「人口戦略会議」は4月24日、日本全体の4割にあたる744自治体で2050年までに20代から30代の女性が半減、人口減少によって「最終的には消滅する可能性がある」とする分析を発表しました。また、同会議は東京都内の17を含めた25自治体を、あらゆるものを吸い込むブラックホールになぞらえて「ブラックホール型自治体」と名指ししています。

 今回、不名誉な指名を受けたのは、大都市を中心に出生率が低く、人口維持をほかの地域からの流入(社会増)に依存している自治体です。東京都内では、豊島区のほか、世田谷区や目黒区など主要な16区が名を連ねており、名前を連ねた各自治体の首長たちは、それぞれ「謂れのない悪名」とかなりご立腹との話も聞きます。

 こうした都会の「ブラックホール」に吸い込まれていく(お年頃の)女性が、子供を産まないために日本の少子化は進んでいく…というのが人口戦略会議の主張するところ。なので、①地方経済の活性化、②都会の環境の向上、などの「地方創生」にもっと予算を投入し、出生率を上げなければ日本の国自体が消滅しかねないということのようです。

 さて、同会議のこうしたシンプルな論理に「なるほどな」と頷く声も上がっているようですが、一方で、人口減少の責任を自治体(の努力不足)に押し付けるのも少々乱暴な話。ましてや、データだけで自治体を判定し、「消滅可能性自治体」と決めつけ脅しをかけるようなやりかたに、「大人げなさ」のようなものを感じるのは私だけではないでしょう。

 日本で人口減少が進むのは、本当に合計特殊出生率の低い都会の自治体のやり方がまずいせいなのか。6月14日のビジネス情報サイト「現代ビジネス」に『日本の少子化は「根拠なき対策」のせいだった…!「東京ブラックホール論」の欺瞞を暴く』と題する記事が掲載されていたので、参考までにその概要を小欄に残しておきたいと思います。

 厚生労働省の発表によれば、昨年の合計特殊出生率は1.20となり8年連続で低下。都道府県ごとでは、全国1位だった沖縄県の1.60に対し全国最下位の東京都は0.99と、(昨今話題を呼んだ)「東京ブラックホール論」を裏付ける形となったと、記事はその冒頭に記しています。

 東京を「人口のブラックホール」と呼び少子化の戦犯扱いする世論を仕掛けたのは、民間有識者らで構成される有志団体の「人口戦略会議」という組織。彼らが名指しした「ブラックホール型自治体」とは、合計特殊出生率の低い自治体を皮肉交じりにリストアップしたもので、豊島区や世田谷区、目黒区など東京都の16区をはじめ25の自治が名を連ねたということです。

 しかし、合計特殊出生率に基づくこの指摘は、実は人々の間に大きな誤解を生んでいると、記事はここで指摘しています。たとえば、今回の人口戦略会議で「ブラックホール型自治体」とか2014年の「増田レポート」によって「消滅可能性都市」と名指しされた東京都の各区を(合計特殊出生率ではなく)有配偶者出生率で見た場合、2020年のデータではほとんどの区で全国平均を上回っていると記事はしています。

 「有配偶出生率」というのは、(出産可能な)15歳から49歳の女性が生んだ子どもの総数を15歳から49歳の夫のいる女性の総数で割るなどして算出されたもの。また、15歳から49歳の女性の総数を「分母」に、その年齢階層の女性が生んだ子どもの数を「分子」とした場合の出生率をみても、東京の千代田区・港区・中央区の出生率は、1位の沖縄県に次ぐ2位に位置しているということです。

 さらに、2010年と2020年を比較して各都道府県でどのくらい出生数が「減少」したかを追いかけると、47都道府県の中で東京都の減少率がもっとも低いことがわかる。2010年を100として2020年の出生数を都道府県で単純比較しても、東京都が最も多いということです。

 そうした状況にもかかわらず、(それでも)合計特殊出生率が東京都でもっとも低く出るのは、進学や就職などで出産を予定していない女性が(地方から流入することで)増え続けているからだと記事は説明しています。

 例えば、東京に出産を予定している女性が50人、同様に地方に50人いて、出生する子どもがそれぞれ50人いたとしても、東京に出産を予定しない女性25人が移り住んで75人になれば、合計特殊出生率は東京が0.4、地方で0.67と東京は低くなるということです。

 それではなぜ、こうしたエビデンスを軽視した「東京ブラックホール論」という言説が広く拡散されてしまったのか。

 人口戦略会議は民間有識者らで構成される有志団体だが、議長には日本製鉄名誉会長の三村明夫氏が就き、副議長は10年前の2014年に「消滅可能性自治体」という言葉を世に広めた日本郵政社長の増田寛也氏。さらに岸田内閣の官房参与で元厚労官僚の山崎史郎氏や日本銀行元総裁の白川方明氏が名を連ねているとすれば、マスコミが飛びつくのも理解できると記事はしています。

 一方、「地方創生」は別名「ローカル・アベノミクス」とも呼ばれ、2014年に安倍晋三内閣で始まった。東京一極集中の是正を目的に地方の活性化が目的だったが、いつの間にか少子化対策と一体として語られるようになったということです。

 今回の「東京ブラックホール論」は、これに再び火をつけた。そこで指摘したいのは、経済政策から始まった「地方創生」自体が悪いということではない。また、東京一極集中に問題がないということでもない。ただ、少子化対策と地方創生を一体として考えるにはもともと「根拠に乏しい」というのが、記事の問題視するところです。

 記事によれば、「人口戦略会議」の三村昭夫議長は5月15日に宮崎市で行われた講演で、「雇用が集中しているので人口が集中する構造。制度的に分散してもらい、出生率の低い所から高い所に人が移れば出生数が増える」と話したということです。

 しかし、(ここまで見てきたように)地方に就職口や大学を増やして活性化することが少子化の改善に直結するかと言えば、その根拠は見当たらない。少子化対策として政策に組み込むのであれば、もっとエビデンスを精査する必要があるのではないかと記事はこの論考の最後に記しています。

 6月7日、合計特殊出生率が1.20となったことについて問われた武見敬三厚労相は、「人口が急激に減少する30年代に入るまでの6年間がラストチャンスだ」と述べた由。果たして日本の少子化対策は(そこに)間に合うだろうかと結ばれた記事の指摘を、私も重く受け止めたところです。



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