中国共産党の習近平指導部は、8月17日に開催された中央財経委員会で、「共同富裕」を実現するため「三次分配(三度分配)」を強く促すという方針を打ち出しました。会議では、習主席自ら、人民中心の発展理念を堅持し共同富裕を推進するよう呼びかけ、「共同富裕とは平等主義や一部の人々の繁栄ではなく、物心両面の豊かさを皆で分かち合うことであり、一歩一歩前進していかなければならない」と話したとされています。
「共同富裕」とは、2017年の第19回党大会で強く掲げられたスローガンで、(シンプルに言ってしまえば)経済格差を解消し「みんなで豊かになろう」というもの。中国は社会主義を標榜しているのですから当たり前と言ってしまえば当たり前の話ですが、なぜ今更これが取り上げられることになったのでしょうか。
毛沢東らが進めた文化大革命により荒廃した中国経済を立て直すため、1980年代の中国の指導者、鄧小平は「先富論」を掲げ、まず豊かになれる人から豊かになることで、国の経済全体の成長を実現しようと中国人民に呼びかけました。これが後の社会主義市場経済につながり、自由市場を認める中国独自の社会主義として中国経済を大きく飛躍させることとなりました。
一方、こうした動きは見方を変えれば、国家的な経済成長のために(共産主義の理想を一時的に捨て)一定の格差を許容したものと言うことができます。以降の現実的な政策は、中国が世界第2位のGDPを実現するための大きな力となりましたが、(併せて)アリババやテンセントのような超富裕層を生んだり、都市部と農村部の格差を広げるなどの歪みを生んだのもまた事実と言えるでしょう。
そこで習政権が打ち出したのが(先に述べた)「共同富裕」の考え方です。そして、貧富の差を是正しすべての人が豊かになるために、所得の高い人や企業に寄付などを促すという方針が(前述の)「三次分配」に当たります。
前述の(8月17日に行われた)中央財経委員会で習指導部は、市場経済において企業が取得した果実は以下の三つの方法によって人民に分配されなければならないとしています。「第1の分配」は効率性の原理に基づき市場が行うもの、「第2の分配」は公平性の原理に基づき政府が徴税や社会保障制度を通じて再分配するもの、そして「第3の分配」は道徳的な力の影響を受けた自発的な寄付によって行われるものだということです。
さて、9月3日のNHKニュースは、ネット通販最大手のアリババグループが(早速)、第3の分配を現実のものとするべく、2025年までに日本円で実に1兆7000億円という規模の資金を投入する方針を示したと伝えています。報道によれば、同グループでは農村部などの支援が行き届いていない地域のデジタル化を独自に推進することや、基金を設立して「共同富裕」の理念を体現するモデル地区の建設など、資金を生かした投資や支援を行っていくということです。
このほかにも、IT大手の「テンセント」が、所得の低い人を支援するため日本円で8500億円を拠出すると発表するなど、中国企業の間や経営者の間では習近平指導部の方針に追随する動きが相次いでいるとされています。
さて、「先富論」が達成された現在、次に共産党が取り掛かるべきは格差是正のための政策であり、それこそが「共同富裕」だというのが習指導部の理屈でしょう。中国共産党は、概ね15年後の2035年までに共同富裕が「着実な進歩」を遂げ、2050年までには「基本的に達成」される(つまり格差は解消する)と宣言しているということです。
一方、中国の大企業が次々と追従の姿勢を見せている現状について、習近平指導部が巨大IT企業への統制を強める中、企業側にもさらなる圧力を避けたい思惑が広がっていると見る専門家も多いようです。
昨年11月のアリババグループ企業の上場中止や今年4月のテンセントに対する(独金法違反による)100億元に上る罰金の支払い命令など、中国共産党指導部はこの半年ほど間、国内外の市場において多額の利益を上げている国内企業に対し(これまでにない)厳しい態度で接してきました。共産党の意向に沿わなければどうなるか。政府の保護のもとに利益を上げてきた中国企業経営者たちも、あたかも自分のことのように震え上がったことでしょう。
表向きには「協力要請」としながらも、その裏では喉元に匕首を突き付けられている状況が、市場を発展に誘う自由な経営環境であるとはとても言えません。共同富裕とは「みんなで豊かになる」ために、「権力によって富裕層から富を収奪すること」に外ならないとは誰もが感じるところです。
北京大学の張維迎教授は学術組織「経済50人論壇」のホームページで、市場経済が活性化しないと格差は縮小しないと主張し、「政府の関与が増えれば増えるほど、中国は共同貧困に向かうことになる」と論じました。しかし、9月6日の報道によれば、同論考は共産党当局の逆鱗に触れ、さっそく(跡形もなく)削除されたということです。
人々の思想や子供の教育、そして経済活動への強い統制に大きく舵を切る習近平共産党指導部は、これから先の中国をどこへ向けようとしているのか。少なくとも、既に市場経済や自由主義に向けて動き始めている時の流れを引き戻すのは、誰にとっても容易なことではないでしょう。
際限のない格差の拡大に対し「富の再配分」が必要なことは子供にでもわかります。しかし、そのために金の卵を産むニワトリまで殺してしまっては仕方がありません。また、豊かになりたいという人の気持ちが権力によって抑え込まれるような社会に生きる人々が、未来への希望や幸福感を得られるのかについてもよくよく考えてみる必要がありそうです。
ここ100年の短期間に、大きくその形を変えてきた中国ですが、14億人の人口を抱える大国の行方には、まだまだ多くの困難が待ち受けているように思える昨今です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます