お盆明けの8月中旬、20数年ぶりにタイのバンコクを訪れました。
この街の昔の姿しか知らない眼には、都心に立ち並ぶ沢山の高層ビル群とそれを縫うように走る新交通システムや高速道路などの巨大インフラの塊が、まるで全く知らないどこかの大都会のように映ったところです。
さらに何よりも、小奇麗な身なりのビジネスマンやスタバのコーヒーを抱えたOLが屈託なく行き交うこの街の姿に、かつての何やら怪しげな匂いのする路地裏が一体どこに行ってしまったのかと、当初、私も驚きを禁じ得ませんでした。
しかし、この街の人々のそうした穏やかな日常を揺さぶるように、8月17日、市街中心部の観光地「エラワン廟」において(住民の誰もが予想だにしていなかった)爆発が起こったのは御承知のとおりです。
市内でも有数の繁華街で起きた爆弾テロは、中国人観光客を中心に20人以上の犠牲者と100人以上の負傷者を生みました。今回の街中でのテロを受け、翌日からは街頭のあちらこちらに小銃を持った軍の兵士が警備に立つようになり、私達旅行者へのセキュリティチェックも一夜にして大変厳しいものになりました。
事件から何日かの時間が過ぎた現在、バンコク市街は以前の平静さを取り戻したかのように見えます。爆発があった現場では壊れたフェンスなどの修理が進められており、市民や観光客が犠牲者の追悼に訪れる姿も見られるようになりました。
しかし、一方でこの事件以降バンコクの街の雰囲気は、目に見えない所で少しだけ変わったような気もしています。政治的な衝突やクーデターなどに慣れっこになっているはずタイの人々の意識の中にも、今回の爆弾テロは決して少なくない傷跡を残したということになるのかもしれません。
さて、この事件に対し、タイ軍事政権の国家平和秩序評議会(NCPO、議長・プラユット暫定首相)は20日、「国際テロと関連している可能性は低い」と発表しています。
多数の中国人の死傷者が出た今回の爆弾テロをめぐっては、当初、タイ政府が7月に100人以上のウイグル族を中国に強制送還したことに対する報復ではないかとの臆測もなされていました。しかし、捜査に当たっているタイ治安当局は、首謀者は国際的なテロ組織などではなく国内で周到に計画された犯行との見方を示しており、中国人旅行者が直接の標的ではなかったと判断しているようです。
報道によれば、国家警察のソムヨット長官は記者団に対し、「爆弾の準備から現場の調査、実行犯の逃走ルートの確保などで少なくとも10人は関わっているはずだ」と指摘し、タイ国内の「大きなネットワーク」が1カ月以上前から計画を進めてきた犯行である疑いが強いとの認識を示したということです。
一方、NCPOはテロの目的について、「タイの経済と観光業の破壊を狙ったもの」との見方を強めており、現状では、タイ社会に政治的、経済的な混乱と不安をもたらすことを目指した犯行と考えられているようです。
いずれにしても、このような不特定多数を標的とした無差別テロを断じて許すわけにはいきません。しかし一方で、今回の首都バンコクにおける大規模な爆弾テロは、少なくとも現政権の治安維持能力の限界を(国際的に)露呈させることには、一定程度成功したと言えるでしょう。
タイの政治情勢については、貧困層を救済する政策を取ったタクシン元首相派と、反タクシン派の対立が長年にわたって続いていることは広く知られています。
政治的な混乱を受けて昨年5月のクーデターで軍主導による暫定政権が誕生。タクシン派の過激な活動の鎮圧を進め、表向きは安定を維持しているように見えました。しかし、報道などを見る限り、軍内部でも親タクシン派が暫定政権側との対立を深めるなど、政治的にはさらに複雑化しているのが実情だともされています。
8月24日の朝日新聞によれば、テロ活動などの専門家は今回のテロの動機として、国際的なテロ組織の関与以外にも
(1)タクシン派と反タクシン派の政治対立
(2)タイ南部イスラム今日分離独立派の闘争
(3)軍内の派閥対立
などが考えられるということです。
そしてメディアなども指摘しているように、このテロにより懸念されるのは、何よりもまずタイ経済への深刻な打撃に他なりません。2014年の経済成長率が、政情不安などもあって0・9%にとどまっているタイでは、GDPの約1割を占める観光産業の低迷は国民経済の死活問題ともなりかねません。
さらに、万が一こうしたテロが連鎖的に発生するようなことになれば、東南アジアの製造業拠点として世界の先進国からの進出が加速している投資への影響も無視できないものとなるでしょう。
どうすれば、人々が心から安心して豊かに暮らせる安定した社会を作ることができるのか。
バンコクなどの都市部において大規模なインフラ整備が集中的に進む一方で、地方部における貧困問題や民族間の対立などがまだまだ社会の頸木となっているこの国に必要なのは、何よりもまず「政治の安定」と「格差の解消」であることは、タイの人々もとっくに気が付いていることでしょう。
敬虔な仏教国であるタイは、元来、テロなどとは縁のない平和な社会を目指すやさしい人々が暮らす国です。今回の事件にタイの人々が何を感じ、事件を契機としてどう変わろうとするのか、私もこれからしっかりと見守っていきたいと思います。
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