MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯398 団塊の世代と老後

2015年08月26日 | 社会・経済


 総務省統計局では、様々な統計調査の分析結果として、日本の人口は2007年から2010年まではほぼ横ばいで推移し、その後2011年にいよいよ長期の減少局面を迎えたとの認識を示しています。

 民間の有識者による日本創成会議が公表した「消滅可能性都市」のリストがメディアを賑わしたのは記憶に新しいところですが、このような本格的な人口減少社会への突入を受け、世論には今後の経済規模の縮小や経済活動の減退を懸念する声が次第に高まっているようです。

 しかし、データをよく確かめてみると、日本の生産年齢人口(15~64歳)が実際にピークを打ったのは20年も以前の1995年のことであり、この20年余りで約87百万人から78百万人へと、既に1000万人(何と東京都の人口一つ分)近くの生産年齢人口が、日本の社会から失われていることが判ります。

 「失われた20年」と言われる長引く不況の中、その影響はこれまであまり顕在化することはありませんでしたが、昨今の景気の回復基調を背景に、サービス業種を中心とした労働市場のひっ迫が次第に顕著になってきています。様々なデータからも覗い知れるように、日本もいよいよ長期的かつ構造的な「人手不足時代」を迎えたと言うことができそうです。

 そうした中、富士通総研経済研究所エグゼクティブ・フェローの早川英男(はやかわ・ひでお)氏は、ここ数年の生産年齢人口減少の核となっている(いわゆる)「団塊の世代」に注目し、彼らの動向が今後の社会や経済にもたらす影響等について興味深い論評を行っています。(「人手不足時代の到来~その背景とマクロ的帰結~」2014.8.18)

 団塊世代の65歳到達により、日本の生産年齢人口はここ数年年間100万人以上(2013年で約111万人)のペースで減少を見せています。そして、そこで氏が注目しているのは、団塊世代とそれ以前の世代との高齢者としての「質」の違いです。

 振り返れば、生産年齢人口がピークとなった1995年に65歳を迎えた人々は1930年生まれ。終戦の年には義務教育を修了しており、その後農業や自営業など様々な職を得ながら戦後の混乱を生き抜いてきた、ある意味「タフ」な世代と言えるでしょう。従って、会社で定年を迎えても、彼らの感覚ではそれはあくまで人生の通過点に過ぎない。再び農業や自営業に戻ったり、それまでに培った技術で次の職を得たりすることへのハードルも、比較的低かったのではないかというのが早川氏の認識です。

 これに対し、団塊世代の多くは戦後の民主教育の中で育ち、会社勤めから社会人生活を始めた(サラリーマン以外の生活を知らない)「ナイーヴ」な人たちということになります。氏は、終身雇用制を前提に企業戦士として生きてきた彼等にとっては、定年退職というものが人生の決定的な転機を意味していると考えています。そしてそれ(定年)以降の自らを労働力と位置付けることを潔しとせず、「第2の人生」として消費人口の側へと乗り換える傾向(感覚)が強いのではないかとしています。

 早川氏によれば、65歳以上男性の労働力率(働きたいと希望する人の割合)をみると、1995年には37%台だったものが、2013年には29%台へと8ポイントも低下しているということです。この20年間に高齢者はますます元気になり、企業の高齢者再雇用制度も大幅に拡充されたにもかかわらず、実際の高齢者の労働力率は有意に低下している。その一因には、こうした高齢者の「質」の変化があることは明らかだと氏はこの論評で指摘しています。

 また、団塊世代の女性たちは、日本史上空前絶後の「専業主婦世代」であったことが知られています。従って、そうした彼女たちはそもそも「老後」という感覚が薄いうえ、自らが収入を得るため「外で働く」という意欲に乏しく、生産年齢如何に関わらずその多くが一生を生来の消費者として過ごし続けるということです。

 さて、このように団塊世代を先頭に労働人口から退出する人々が一方的に増えていけば、日本全体として徐々に「消費人口>労働人口」という傾向が強まることは言うまでもありません。この論評で早川氏は、こうした人口構成の「消費人口>労働人口」への移行が経済にもたらすマクロ的な影響として、特に
(1) 働き手の減少により労働市場において人手不足が発生する
(2) 消費が生産を凌駕することにより需給がひっ迫しインフレが生じやすい
(3) 国内で作る以上に消費する結果、貯蓄不足が発生して経常赤字となる
の3点を挙げています。

 そしてそれを証明するように、既にこの2~3年の間に、
(1) 人手不足が深刻化し
(2) 消費者物価はプラスに転じ
(3) 経常収支もついに赤字となる
という、以前は考えられなかったような驚くべき変化(=マクロ的な局面転換)が起こっていると氏は指摘しています。

 労働人口の減少を補うため、政府は定年退職者に対する再雇用制度の拡充、延長を繰り返してきていますが、その結果として定年を65歳まで延ばし一つの会社に40年以上留まることが本当に望ましい姿なのだろうかと、早川氏はここで疑問を呈しています。

 今後の日本において、元気で、高学歴で、一定の年金収入もあって資産も蓄えた高齢者がますます増えて行く中、早川氏はこうした人達には是非、ボランティア等の形でもう一度社会に貢献してもらいたいとしています。

 確かに敢えて厳しく不愉快な雇用環境に身を置かなくとも、生活さえできるのであれば、高齢者がその蓄積された智恵や能力を十分に発揮する場が他にもたくさんあるはずです。またそうしたボランティアとしての立場に身を置くことによって、高齢者は社会から必要とされ、尊敬され、さらには若者の雇用を奪うこともないと考えられるところです。

 これからの日本の社会に、高齢者の力が求められているのは確かです。高齢者が一旦仕事を離れても、財やサービスを生みだす側に残り社会に意欲的に貢献する。そんな「高齢者が輝く社会」を築いていくことができないものかとする早川氏の論評を、私も大いなる期待を持って読んだ一人です。






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