何気ない朝。
私はいつものように新聞を読み、
チラシに目を通す。
いつもと変わらぬ何気ない朝。
しかし、
平穏を引き裂いて、それは突然やってきた。
キャベツが1玉78円……!
今の相場は200円弱くらいなのに!
それにマーガリンも安い!
ともすれば見落としてしまいそうなチラシだが、
私にはわかるのだ。
これは私を生き残りをかけた戦いへ誘う招待状に相違ない。
なぜなら、
キャベツは先着200名様限り―――
知力、体力の限りを尽くし、
他人に先駆け買い物カゴに入れた者だけが
この栄華を手にすることができるのだ。
開店時間は午前9時。
普段より1時間も早い。
それだけに主催者(店)側のこの大会(特売)にかける
力の入れようも相当なものだと伺い知れる。
(死人がでるぞ…)
大会への招待状(チラシ)を見つめながら私は呟き、
背筋に冷たい戦慄が走るのを禁じ得なかった。
しかしこのような招待状を叩きつけられて、
私がこの戦いに参加しないわけにはいかないだろう。
この招待状が新聞に織り込まれた時点で
もう戦いは始まってしまっているのだ。
スーパーが開店してから行ったのでは間に合わない。
私はすぐさま自転車に飛び乗り会場へ向かった。
BGMはバックヤードベイビーズのメイキングエネミーイズグッド。
すぐさま臨戦体制に入れるようボルテージを上げて走る。
途中、2人組の老婆を追い抜いたが、
あの眼光にあの物腰。間違いない。
この大会の参加者だろう。
自転車をこぐ足にも自然と力が入る。
先を急がねば―――
開店10分前。
会場に着くと思ったよりも人が少ない。10名強ほど。
いつもより開店時間が早いので、皆油断しているのだろうか。
これならば楽勝かもしれない。
しかし、ここに集まった参加者はいずれ劣らぬ強者揃い。
気を抜いていては負けてしまう。
例えば、ベンチに座り、目を閉じている老人。
素人からすれば、ただ居眠りしているように見えるかもしれないが、
実は、目を閉じて店内見取り図をイメージし、
目的の商品への最短コースを思い描いているのである。
居眠りに見せかけるカモフラージュで敵を油断させ、
同時にイメージトレーニングで抜きん出る。
さりげなく防御と攻撃を同時に使いこなすところを見ると
かなりの上級者であると言っていい。
このように相手の戦い方を予想し、対策を立てておかないと、
上級者ばかりが集まる大会では命を落とすことにつながりかねない。
だが、現時点でこの人数なら
さほど焦らなくても楽にキャベツを手に入れられるかもしれない。
なんだ、取り越し苦労だったのか。
開店5分前。
先ほどまで10人ほどしかいなかった店の入り口には
50人近いような人だかりが。
私は愕然とした。
しまった。そういう作戦か…!
先ほどまで、どこか楽観してしまっていた自分が
間違っていたことに気付き、激しく後悔の念を覚えた。
あまり客が集まっていないかのように装い、
ギリギリになって来ることで、
先に集まっている参加者たちを動揺させる作戦であったのだ!
初心者ならば、この精神的な揺さぶりによって狼狽し、
何を買うか目的の商品を忘れてしまうだろう。
私はさすがに商品を忘れたりはしなかったが、
張りつめた緊張感をズタズタにされ、
精神面の立て直しが必要となった。
私は動揺を悟られぬように集まった参加者の顔ぶれを見た。
すると、
先ほどの老婆2人組の姿も。やはり参戦してきたか…。
早く気持ちを立て直さないと危ない。
開店3分前。
ふと目をやると、私の前でにこやかに会話する主婦。
その片方は子供2人連れ。
私はまたもや愕然とした。
ま、まさか!
お一人様1玉のキャベツを3玉買う気なのか…!?
そんな恐ろしいことを考えながら
平然と会話していることがさらに恐ろしさを際立てる。
私は恐怖から、絶叫したい気持ちに駆り立てられたが
時すでに遅し。
屈強そうな警備員の男が大会参加者たちに興味なさそうな一瞥をくれると、
その何人もの暴漢を抑えつけてきたであろう逞しい腕でシャッターを上げた。
もう戦いは始まってしまったのだ。
参加者たちは一斉に戦場(店内)へとなだれこんだ。
私は混濁する意識の中、
人の渦に流された。
―――
どれくらいの時が流れたのだろう。
時間にして数十秒であったかもしれないが、
私には数時間にも数日にも感じられた。
気がつくと私は人の渦から弾きだされ、
奇跡的にキャベツ売り場の前にいた。
普段なら1個ずつ手に取り、重さを比べて最良のものを選ぶところだが、
放心状態の私にはそんな余裕などない。
朦朧とする意識の中、やっとの思いで無作為にひとつを
カゴに入れるのが精いっぱいで、再び気を失う寸前であった。
私は崩れおちるように前のめりに倒れかかった。
しかし、
その殺那、脳裏にある言葉が聞こえた。
――マーガリン!――
ハッと我に返り、その場に踏みとどまった。
そう、マーガリンも手にいれなくては!
息を吹き返した私は、正気を取り戻し
はや歩きでマーガリン売り場へ向かったのであった。
そう、戦士に安息はない。
新しい戦いが常に待っているのである―――
…これで私の話はおしまいです。
え?
その後、彼がどうなったかだって?
それはあなたの目で確かめてください。
あなたの元に招待状が届き、
戦場へ赴いた時。
きっとそこには彼の姿が…
~FIN~
私はいつものように新聞を読み、
チラシに目を通す。
いつもと変わらぬ何気ない朝。
しかし、
平穏を引き裂いて、それは突然やってきた。
キャベツが1玉78円……!
今の相場は200円弱くらいなのに!
それにマーガリンも安い!
ともすれば見落としてしまいそうなチラシだが、
私にはわかるのだ。
これは私を生き残りをかけた戦いへ誘う招待状に相違ない。
なぜなら、
キャベツは先着200名様限り―――
知力、体力の限りを尽くし、
他人に先駆け買い物カゴに入れた者だけが
この栄華を手にすることができるのだ。
開店時間は午前9時。
普段より1時間も早い。
それだけに主催者(店)側のこの大会(特売)にかける
力の入れようも相当なものだと伺い知れる。
(死人がでるぞ…)
大会への招待状(チラシ)を見つめながら私は呟き、
背筋に冷たい戦慄が走るのを禁じ得なかった。
しかしこのような招待状を叩きつけられて、
私がこの戦いに参加しないわけにはいかないだろう。
この招待状が新聞に織り込まれた時点で
もう戦いは始まってしまっているのだ。
スーパーが開店してから行ったのでは間に合わない。
私はすぐさま自転車に飛び乗り会場へ向かった。
BGMはバックヤードベイビーズのメイキングエネミーイズグッド。
すぐさま臨戦体制に入れるようボルテージを上げて走る。
途中、2人組の老婆を追い抜いたが、
あの眼光にあの物腰。間違いない。
この大会の参加者だろう。
自転車をこぐ足にも自然と力が入る。
先を急がねば―――
開店10分前。
会場に着くと思ったよりも人が少ない。10名強ほど。
いつもより開店時間が早いので、皆油断しているのだろうか。
これならば楽勝かもしれない。
しかし、ここに集まった参加者はいずれ劣らぬ強者揃い。
気を抜いていては負けてしまう。
例えば、ベンチに座り、目を閉じている老人。
素人からすれば、ただ居眠りしているように見えるかもしれないが、
実は、目を閉じて店内見取り図をイメージし、
目的の商品への最短コースを思い描いているのである。
居眠りに見せかけるカモフラージュで敵を油断させ、
同時にイメージトレーニングで抜きん出る。
さりげなく防御と攻撃を同時に使いこなすところを見ると
かなりの上級者であると言っていい。
このように相手の戦い方を予想し、対策を立てておかないと、
上級者ばかりが集まる大会では命を落とすことにつながりかねない。
だが、現時点でこの人数なら
さほど焦らなくても楽にキャベツを手に入れられるかもしれない。
なんだ、取り越し苦労だったのか。
開店5分前。
先ほどまで10人ほどしかいなかった店の入り口には
50人近いような人だかりが。
私は愕然とした。
しまった。そういう作戦か…!
先ほどまで、どこか楽観してしまっていた自分が
間違っていたことに気付き、激しく後悔の念を覚えた。
あまり客が集まっていないかのように装い、
ギリギリになって来ることで、
先に集まっている参加者たちを動揺させる作戦であったのだ!
初心者ならば、この精神的な揺さぶりによって狼狽し、
何を買うか目的の商品を忘れてしまうだろう。
私はさすがに商品を忘れたりはしなかったが、
張りつめた緊張感をズタズタにされ、
精神面の立て直しが必要となった。
私は動揺を悟られぬように集まった参加者の顔ぶれを見た。
すると、
先ほどの老婆2人組の姿も。やはり参戦してきたか…。
早く気持ちを立て直さないと危ない。
開店3分前。
ふと目をやると、私の前でにこやかに会話する主婦。
その片方は子供2人連れ。
私はまたもや愕然とした。
ま、まさか!
お一人様1玉のキャベツを3玉買う気なのか…!?
そんな恐ろしいことを考えながら
平然と会話していることがさらに恐ろしさを際立てる。
私は恐怖から、絶叫したい気持ちに駆り立てられたが
時すでに遅し。
屈強そうな警備員の男が大会参加者たちに興味なさそうな一瞥をくれると、
その何人もの暴漢を抑えつけてきたであろう逞しい腕でシャッターを上げた。
もう戦いは始まってしまったのだ。
参加者たちは一斉に戦場(店内)へとなだれこんだ。
私は混濁する意識の中、
人の渦に流された。
―――
どれくらいの時が流れたのだろう。
時間にして数十秒であったかもしれないが、
私には数時間にも数日にも感じられた。
気がつくと私は人の渦から弾きだされ、
奇跡的にキャベツ売り場の前にいた。
普段なら1個ずつ手に取り、重さを比べて最良のものを選ぶところだが、
放心状態の私にはそんな余裕などない。
朦朧とする意識の中、やっとの思いで無作為にひとつを
カゴに入れるのが精いっぱいで、再び気を失う寸前であった。
私は崩れおちるように前のめりに倒れかかった。
しかし、
その殺那、脳裏にある言葉が聞こえた。
――マーガリン!――
ハッと我に返り、その場に踏みとどまった。
そう、マーガリンも手にいれなくては!
息を吹き返した私は、正気を取り戻し
はや歩きでマーガリン売り場へ向かったのであった。
そう、戦士に安息はない。
新しい戦いが常に待っているのである―――
…これで私の話はおしまいです。
え?
その後、彼がどうなったかだって?
それはあなたの目で確かめてください。
あなたの元に招待状が届き、
戦場へ赴いた時。
きっとそこには彼の姿が…
~FIN~