Stay With Me 17
頭からシャワーをかけながら考えた
“ 申し訳ない ”
あの言葉
どうしてそんなに他人行儀なんだ
どうして罪悪感を感じるんだ
子供は二人の問題だろう?
子供ができない可能性が高いことはショックだよ
しかし
それ以上に悲しいのは
君がそれを理由に別れを考えたことだ
気持ちが冷めてきているんじゃないのだろうかと
薄々 感じていたところだったから
いつから?
どこから?
何故 こうなってしまった?
君と心の距離ができてしまっていることが浮き彫りになった
このまま結婚してもいいんだろうか
延期した方が良いのか?
これから
僕は どうすればいいんだ
ーーーー
もう 行さんと三年も付き合っていて
一緒に暮らしてもいるのに
時々 純粋な反応をする行さんがと
ても愛らしい
窓の外は雨が降っていた
雨粒が外の光を含んで
キラキラ光っている
雨の夜は切ない気持ちになる …
“ 頼って欲しい ”
そう言われても
誰かに頼ることに慣れない私には難しい
距離を縮めるって どうすればいいの?
離れてるつもりなんてない
あの優しさに依存してはいけない
それに結局 人間は一人で生まれ
一人で死んで逝くのだから
私がそう思ってることを行さんが知れば
きっと寂しく思うだろう
ーーー
「 暑いなー! 」
シャワーを済ませた行さんは
まだ髪濡れたままだった
「 随分 早かったね(笑) 」
「 時間がもったいなくて(笑)
せっかくの理奈ちゃんの誕生日の時間が減る。」
たまに こういう女の子みたいなことも言うね
「 誕生日は毎年あるよ(笑) 」
タオルでガシガシと髪を拭いていた手が止まった
「 … ん、そうだね。」
声が少し
… 沈んだ?
「 髪、乾かしてあげる(笑) 」
鏡の前に座った行さんの髪にドライヤーをあてる
少し白髪が混じった髪
「 白髪、少し出てきたね。」
「 白髪増えた? 薄くなってない? 」
「 それはない(笑) めちゃくちゃ多いもん(笑) 」
ドライヤーを片付けると
優しく微笑んでワイングラスを差し出し
グラスを合わせて一口飲んだ
行さんはずっと変わらず私を愛してくれている
私も行さんは大事な存在
だから幸せになって欲しいと思ってる
「 あの、さ。考えてみたんだけど … 」
眉間にシワを寄せてグラスを見つめている行さんが言いづらそうに話しだした
「 うん。」
「 君が望むなら結婚は延期しても構わないよ。」
ーー えっ
「 あくまでも “ 延期 ” だよ。
病気のこととは全く関係ない。
理由は、最近の僕達 … 」
そう言いかけて黙ってしまった
ギュッと心臓を掴まれたみたいに苦しくなった
その続きは … なに?
そう聞きたいのに恐くて言葉が出ない
でも
きっとこの人なら直ぐにでも 他に …
こんな私と結婚しなくても きっと
自分に自信のない昔の私が
また顔を出そうとする
ーーーーー
短い休日を終えた僕達は
お互いあの話には触れず
何事もなかったかのように一緒に朝食を食べ
いつものように仕事に向かった …
「 おはようございます。」
中野さんが軽く一礼して挨拶をしてきた
「 あ、おはようございます。」
僕も挨拶をすると
僕にそっとメモを差し出し
そのまま自分のデスクに座った
渡されたメモをコッソリ開いた
“ 今夜 少し時間をください ”
というメッセージと時間と場所を書いてあった
何事だろう
中野さんから呼び出されるなんて初めてだ
退社後 メモに記載していた場所に向かった
それはあの本屋の2階にある旅行関連本のコーナー前
ーー 何故 ここ?
旅行ガイドブックを手に取り広げて見ていると
中野さんが隣に立っているのに気がついた
おっ、びっくりした!
声 かけてくれればいいのに
「 わざわざすみません。 」
彼女は軽く一礼した
どこにいても相変わらずの硬い挨拶の中野さん
「 いや。で? 話って? 」
「 沖縄、ですか。」
たまたま僕が手に取った本を覗いて眼鏡を少し上げた
「 え? あ、あぁ、これはたまたま … 」
「 沖縄にご興味があるのかと。
それより、別の場所でお話したいのですが。」
ここで話をするんじゃないんだな
そりゃそうか(笑)
ならその店で直接待ち合わせすれば良かったんじゃないの?と思いながら彼女について行った
ーー やっぱり少し変わってる (笑)
ーーー
「 ここ … ? 」
てっきりカフェとか喫茶店とかだろうと思いきや
昔から営んでそうなバー?のような店の前で足を止めた
この店の佇まいからして
どう見ても常連客以外は出入りしてなさそうだ
彼女は表情ひとつ変えず
「 ここです。」と店の扉を開いた
店内は60~80年代?の洋楽レコードがびっしり
洋酒がズラリと並んだ酒棚にカウンター
でも 誰もいない
「 おぉ … !」
なんだかワクワクしてきて思わず声が出た
奥は小上がりになったステージがある
ドラムセットまで置いてある
ここは生演奏もやっているのだろう
「 もう直ぐ開店する時間なので話は手短に済ませます。」
もう直ぐ開店なのに店主が現れないんだな
開店前に勝手に入っても大丈夫なのだろうか
「 ここの店主は友人なので大丈夫です。
それより。寺崎さんには一言お伝えしておこうと思いまして。」
「 何、かな。」
「 その切は寺崎さんには御迷惑をお掛けしました。
私、あの彼氏と別れました。」
えっ!!
号泣するほど好きだった彼氏との別れを
あっさり報告する中野さんに驚いた
「 そ、そう、か。 中野さん … 大丈夫? 」
「 怒鳴り散らされ 殴られました。」
殴られた!?
「 … 君は本当に大丈夫なの?」
「 … あの時は寺崎さんには不快な思いをさせてしまったことをきちんとお詫びしなくてはと思っております。」
背筋が真っ直ぐで綺麗なお辞儀をした
「 いやいや、詫びなんかいらないよっ!僕は何もできなかったんだし、、 」
「 まずはご報告と一言謝罪をしておかないとと思いまして。
会社では話せないことですし。
それに 寺崎さんのご連絡先も聞いていなかったので。」
「 あぁ、そうだったね(笑) 彼氏のこと、君は本当にもういいの? 」
「 はい。かなり辛いですが、もういいです。 私は所詮 遊ばれていただけですから。 」
悲しげな表情になった
“ 別れたくない! ” と号泣したあの場面を思い出す
「 そうか … 」
こんな時
何をどう言えばいいのか …
でも彼女の気持ちとは逆に
僕は内心ホッとしていた
君には悪いけど
あんな奴と別れて良かったんだよ
「 話は変わりますが、実は私、ここで歌 歌ってるんですよ。」
「 え? 歌? 」
彼女は仕事が終わると週に一度この店で
ヴォーカルとしてもう何年も歌っていると話をしてくれた
歌う彼女は全く想像がつかない
それが逆に興味をそそられた
「 中野さんの歌か。どんな感じなんだろ(笑) 聴いてみたいな(笑) 」
「 そうですか?
毎週金曜の19時以降にここでいますので、寺崎さんのご都合の良い時にでも来てみてください。
あぁ。私がここで歌っていることはくれぐれも会社にはご内密でお願い致します。」
眼鏡を少し上げた
「 もちろんだよ(笑) 」
ーーー
帰宅途中
理奈ちゃんからLINEが入った
『 今夜、少し残業することになって遅くなるから。晩ご飯は作らなくても冷蔵庫にあるから先に食べててね。』
残業なんて珍しいな
本当に残業なんだろうか
『 わかった。何時ぐらいになりそう?君も晩飯は帰ってから食べるよね? 』
『 私のことは気にしなくていいから。』
何時に帰ってくるのか書かれてない
『 遅くなるなら会社まで車で迎えに行くから。何時になりそう? 』
直ぐに既読にはなったけれど返事が来ない
少し間が空いて返信が来た
『 10時くらいになるよ。』
そう返信が来た
その少しの間が僕を不安にさせる
ためらったのだろうか、と
『 お迎えに来てくれる? 』と、LINEが来た
迎えを要求され ホッとした
『 10時だね、了解!身体の事、心配だからくれぐれも無理しないでくれ。』
『 ありがとう。お願いします。』
足早に帰宅し直ぐに冷蔵庫を開くと
理奈ちゃんは晩飯を作り置きしていた
いつの間に …
「 … なんだよ 」
昨日から今夜は残業する気だったってことじゃないか
残業すると一言 言えば済むことを …
きっと僕が寝た後
こっそり作り置きしたんだろう
だから今朝は僕に冷蔵庫を開けさせないよう理奈ちゃんが朝食の準備をしたんだな
晩飯ぐらい僕は自分で作れること知ってるのに
僕の手を煩わせないようにと考えたんだろう
「 全く!! 水くさい!! 」
冷蔵庫の扉を強く閉めた
晩飯は彼女と一緒に食べるため待つことにした
この “ 水くささ ” が距離を感じるんだって!
いつもいつも 僕に気を使いすぎなんだよ!
それが他人行儀に感じるんだ!
でも
ーー 元々 そうだったか?
その傾向はあったけれど
以前は こんなにも …
いつから?
病気だとわかってからか?
時計の秒針の音が静かな部屋に響いている
君と二人で生きることが
当たり前の日常になってしまった時から
独りで生きていた時のことは忘れてしまった
また独りになるのは嫌だ
心が裂かれるようなあの辛さ
三度目はもう耐えられそうもない
ーー 気づいたら 涙が流れていた
一緒にいるのに孤独を感じる
写真立ての中の彼女の笑顔
この笑顔が最近
「 … 遠い 」
ーーー
9時半には会社の近くに到着した
もし早く終わったらと思って早めに着いて待つことにした
あ、理奈ちゃん
腕時計を見て何処かへと向かって歩きだした
一体どこに行くんだ?
助手席に置いていたスマホを手にして電話をかけた
マナーモードにしているのか気づかない
車で理奈ちゃんを追いかけて窓を開け
声をかけると驚いた表情になった
「 行さん! 」
運転席を降りて助手席のドアを開いた
「 今着いたところだった(笑) 」
「 ありがとう(笑) わざわざごめんね(笑) 」
“ わざわざごめんね ” か …
「 どこに行こうとしたんだ? 」
「 少し早く終わったから行さんの好きなあのチョコレートのお店に行って買って帰ろうかなって思って(笑) 」
ーー グッときた
「 僕のことなんかいいのに、、じゃあ一緒に行こう(笑) 」
知り合うきっかけになった
あのチョコレートの店の前に車を横付けした
店内は変わらず良い香りがする
僕がチョコを選んでいると
理奈ちゃんは僕を見ていた
「 理奈ちゃんはどれにするか決まった? 」
「 ふふっ(笑) このオレンジ味が好きだから、これにする(笑) 」
チョコレートを指さしながら微笑む
あの時と
同じ横顔 … なのに
僕達はチョコレートを買って帰宅した
冷蔵庫を開けた君は残念そうな表情で
何故 先に食べてないの?と
晩飯の煮物やお浸しの入ったタッパーを取り出した
「 君と一緒に食べたかったからに決まってるだろう? 」
そう言うと目元が微笑んだ
「 じゃあ 一緒に食べよ。」
ーーー
「 久しぶりにまた一緒に陶芸に行こうよ。お互いの茶碗、新しく作ろう(笑) 」
君は手に持った茶碗に視線を落とした
それは僕が君を想いながら作ったもの
ずっと向かい合ってこうして一緒に食事をしていきたいと願って作ったものだった
「 私はこんなに上手く作れないし、 、 」
「 そんなことないよ。これだってほら、こんなに上手くできてるのに。 」
僕が手にしている茶碗を見せた
「 もうしばらく作ってないし、、(笑) 」
苦笑いした
「 … じ、じゃあ、大皿を作ろう!
この前 欠けてヒビが入っちゃったし! ね? 」
まるで叱られた子供のような表情をした
「 なんでそんな顔 … あ 、、」
つい 声に出てしまい口元を抑えた
「 ごめんなさい、、」
「 いや、怒ってるわけじゃ、ないよ? 」
なんだ
このギクシャク感
それから食べ終わるまで君は無言だった
「 チョコ食べよ? 僕がコーヒー入れるから。」
「 うん、もう直ぐ終わるから。」
慣れた手つきで洗濯物を畳んでいる姿を
僕はコーヒーをたてながらチラ見する
「 あのさぁ。 そろそろここから引っ越さない?
理奈ちゃんは戸建てがいい? それともマンション? 」
「 戸建てって、、 」
「 斎藤も戸建てだよ? 」
「 そうなんだ 。 はい、畳めた(笑)」
「 ちゃんと聞いてる? 」
「 聞いてる聞いてる(笑) 斎藤さんは戸建てなんだよね? 」
洗濯物を衣料の引き出しにしまっている
「 そう。だから僕らも戸建て考えない? 」
「 そんな贅沢しなくてもいいんじゃないのかな(笑) 」
倹約 堅実な君ならならそう言うと思っていた
「 でもさ、子供ができたら、」
あっ、、
「 … やっぱり、子供、欲しいよね(笑) 」
悲しげな笑顔を向けた
「 いや、いてもいなくても、庭でバーベキューしたり、DIYしたり、、 」
コーヒーとチョコレートをソファのテーブルに置いて座った
「 行さんがDIY? したことないよね?」
そう言いながら隣に座ってコーヒーを手に取った
「 それは、これから、するんだよっ、、
賃貸マンションなら限界があるだろう?」
「 何を作りたいの? 」
「 釜を造る! 」
彼女がキョトンとした
「 釜? なんの? 」
「 陶芸の釜だよ! ピザやパンを焼く釜かと思った? 」
「 釜を作るのもDIYになるの?(笑) 」
ひとしきり
そんな話で想像をめぐらした
僕の話で君が隣で可笑しそうに笑っている
そうだよ
二人で夢のある未来の話をしよう
そして ひとつひとつ叶えていけばいい
ーー たとえ
僕らに子供が授からなくてもいいじゃないか
君から抱きついてきた
少しドキドキする
「 行さん。 お願いがあるの。」
「 なに?? 」
「 … やっぱり
結婚。延期しよ … 」
…… え?
ーーーーーーーーーーーー
頭からシャワーをかけながら考えた
“ 申し訳ない ”
あの言葉
どうしてそんなに他人行儀なんだ
どうして罪悪感を感じるんだ
子供は二人の問題だろう?
子供ができない可能性が高いことはショックだよ
しかし
それ以上に悲しいのは
君がそれを理由に別れを考えたことだ
気持ちが冷めてきているんじゃないのだろうかと
薄々 感じていたところだったから
いつから?
どこから?
何故 こうなってしまった?
君と心の距離ができてしまっていることが浮き彫りになった
このまま結婚してもいいんだろうか
延期した方が良いのか?
これから
僕は どうすればいいんだ
ーーーー
もう 行さんと三年も付き合っていて
一緒に暮らしてもいるのに
時々 純粋な反応をする行さんがと
ても愛らしい
窓の外は雨が降っていた
雨粒が外の光を含んで
キラキラ光っている
雨の夜は切ない気持ちになる …
“ 頼って欲しい ”
そう言われても
誰かに頼ることに慣れない私には難しい
距離を縮めるって どうすればいいの?
離れてるつもりなんてない
あの優しさに依存してはいけない
それに結局 人間は一人で生まれ
一人で死んで逝くのだから
私がそう思ってることを行さんが知れば
きっと寂しく思うだろう
ーーー
「 暑いなー! 」
シャワーを済ませた行さんは
まだ髪濡れたままだった
「 随分 早かったね(笑) 」
「 時間がもったいなくて(笑)
せっかくの理奈ちゃんの誕生日の時間が減る。」
たまに こういう女の子みたいなことも言うね
「 誕生日は毎年あるよ(笑) 」
タオルでガシガシと髪を拭いていた手が止まった
「 … ん、そうだね。」
声が少し
… 沈んだ?
「 髪、乾かしてあげる(笑) 」
鏡の前に座った行さんの髪にドライヤーをあてる
少し白髪が混じった髪
「 白髪、少し出てきたね。」
「 白髪増えた? 薄くなってない? 」
「 それはない(笑) めちゃくちゃ多いもん(笑) 」
ドライヤーを片付けると
優しく微笑んでワイングラスを差し出し
グラスを合わせて一口飲んだ
行さんはずっと変わらず私を愛してくれている
私も行さんは大事な存在
だから幸せになって欲しいと思ってる
「 あの、さ。考えてみたんだけど … 」
眉間にシワを寄せてグラスを見つめている行さんが言いづらそうに話しだした
「 うん。」
「 君が望むなら結婚は延期しても構わないよ。」
ーー えっ
「 あくまでも “ 延期 ” だよ。
病気のこととは全く関係ない。
理由は、最近の僕達 … 」
そう言いかけて黙ってしまった
ギュッと心臓を掴まれたみたいに苦しくなった
その続きは … なに?
そう聞きたいのに恐くて言葉が出ない
でも
きっとこの人なら直ぐにでも 他に …
こんな私と結婚しなくても きっと
自分に自信のない昔の私が
また顔を出そうとする
ーーーーー
短い休日を終えた僕達は
お互いあの話には触れず
何事もなかったかのように一緒に朝食を食べ
いつものように仕事に向かった …
「 おはようございます。」
中野さんが軽く一礼して挨拶をしてきた
「 あ、おはようございます。」
僕も挨拶をすると
僕にそっとメモを差し出し
そのまま自分のデスクに座った
渡されたメモをコッソリ開いた
“ 今夜 少し時間をください ”
というメッセージと時間と場所を書いてあった
何事だろう
中野さんから呼び出されるなんて初めてだ
退社後 メモに記載していた場所に向かった
それはあの本屋の2階にある旅行関連本のコーナー前
ーー 何故 ここ?
旅行ガイドブックを手に取り広げて見ていると
中野さんが隣に立っているのに気がついた
おっ、びっくりした!
声 かけてくれればいいのに
「 わざわざすみません。 」
彼女は軽く一礼した
どこにいても相変わらずの硬い挨拶の中野さん
「 いや。で? 話って? 」
「 沖縄、ですか。」
たまたま僕が手に取った本を覗いて眼鏡を少し上げた
「 え? あ、あぁ、これはたまたま … 」
「 沖縄にご興味があるのかと。
それより、別の場所でお話したいのですが。」
ここで話をするんじゃないんだな
そりゃそうか(笑)
ならその店で直接待ち合わせすれば良かったんじゃないの?と思いながら彼女について行った
ーー やっぱり少し変わってる (笑)
ーーー
「 ここ … ? 」
てっきりカフェとか喫茶店とかだろうと思いきや
昔から営んでそうなバー?のような店の前で足を止めた
この店の佇まいからして
どう見ても常連客以外は出入りしてなさそうだ
彼女は表情ひとつ変えず
「 ここです。」と店の扉を開いた
店内は60~80年代?の洋楽レコードがびっしり
洋酒がズラリと並んだ酒棚にカウンター
でも 誰もいない
「 おぉ … !」
なんだかワクワクしてきて思わず声が出た
奥は小上がりになったステージがある
ドラムセットまで置いてある
ここは生演奏もやっているのだろう
「 もう直ぐ開店する時間なので話は手短に済ませます。」
もう直ぐ開店なのに店主が現れないんだな
開店前に勝手に入っても大丈夫なのだろうか
「 ここの店主は友人なので大丈夫です。
それより。寺崎さんには一言お伝えしておこうと思いまして。」
「 何、かな。」
「 その切は寺崎さんには御迷惑をお掛けしました。
私、あの彼氏と別れました。」
えっ!!
号泣するほど好きだった彼氏との別れを
あっさり報告する中野さんに驚いた
「 そ、そう、か。 中野さん … 大丈夫? 」
「 怒鳴り散らされ 殴られました。」
殴られた!?
「 … 君は本当に大丈夫なの?」
「 … あの時は寺崎さんには不快な思いをさせてしまったことをきちんとお詫びしなくてはと思っております。」
背筋が真っ直ぐで綺麗なお辞儀をした
「 いやいや、詫びなんかいらないよっ!僕は何もできなかったんだし、、 」
「 まずはご報告と一言謝罪をしておかないとと思いまして。
会社では話せないことですし。
それに 寺崎さんのご連絡先も聞いていなかったので。」
「 あぁ、そうだったね(笑) 彼氏のこと、君は本当にもういいの? 」
「 はい。かなり辛いですが、もういいです。 私は所詮 遊ばれていただけですから。 」
悲しげな表情になった
“ 別れたくない! ” と号泣したあの場面を思い出す
「 そうか … 」
こんな時
何をどう言えばいいのか …
でも彼女の気持ちとは逆に
僕は内心ホッとしていた
君には悪いけど
あんな奴と別れて良かったんだよ
「 話は変わりますが、実は私、ここで歌 歌ってるんですよ。」
「 え? 歌? 」
彼女は仕事が終わると週に一度この店で
ヴォーカルとしてもう何年も歌っていると話をしてくれた
歌う彼女は全く想像がつかない
それが逆に興味をそそられた
「 中野さんの歌か。どんな感じなんだろ(笑) 聴いてみたいな(笑) 」
「 そうですか?
毎週金曜の19時以降にここでいますので、寺崎さんのご都合の良い時にでも来てみてください。
あぁ。私がここで歌っていることはくれぐれも会社にはご内密でお願い致します。」
眼鏡を少し上げた
「 もちろんだよ(笑) 」
ーーー
帰宅途中
理奈ちゃんからLINEが入った
『 今夜、少し残業することになって遅くなるから。晩ご飯は作らなくても冷蔵庫にあるから先に食べててね。』
残業なんて珍しいな
本当に残業なんだろうか
『 わかった。何時ぐらいになりそう?君も晩飯は帰ってから食べるよね? 』
『 私のことは気にしなくていいから。』
何時に帰ってくるのか書かれてない
『 遅くなるなら会社まで車で迎えに行くから。何時になりそう? 』
直ぐに既読にはなったけれど返事が来ない
少し間が空いて返信が来た
『 10時くらいになるよ。』
そう返信が来た
その少しの間が僕を不安にさせる
ためらったのだろうか、と
『 お迎えに来てくれる? 』と、LINEが来た
迎えを要求され ホッとした
『 10時だね、了解!身体の事、心配だからくれぐれも無理しないでくれ。』
『 ありがとう。お願いします。』
足早に帰宅し直ぐに冷蔵庫を開くと
理奈ちゃんは晩飯を作り置きしていた
いつの間に …
「 … なんだよ 」
昨日から今夜は残業する気だったってことじゃないか
残業すると一言 言えば済むことを …
きっと僕が寝た後
こっそり作り置きしたんだろう
だから今朝は僕に冷蔵庫を開けさせないよう理奈ちゃんが朝食の準備をしたんだな
晩飯ぐらい僕は自分で作れること知ってるのに
僕の手を煩わせないようにと考えたんだろう
「 全く!! 水くさい!! 」
冷蔵庫の扉を強く閉めた
晩飯は彼女と一緒に食べるため待つことにした
この “ 水くささ ” が距離を感じるんだって!
いつもいつも 僕に気を使いすぎなんだよ!
それが他人行儀に感じるんだ!
でも
ーー 元々 そうだったか?
その傾向はあったけれど
以前は こんなにも …
いつから?
病気だとわかってからか?
時計の秒針の音が静かな部屋に響いている
君と二人で生きることが
当たり前の日常になってしまった時から
独りで生きていた時のことは忘れてしまった
また独りになるのは嫌だ
心が裂かれるようなあの辛さ
三度目はもう耐えられそうもない
ーー 気づいたら 涙が流れていた
一緒にいるのに孤独を感じる
写真立ての中の彼女の笑顔
この笑顔が最近
「 … 遠い 」
ーーー
9時半には会社の近くに到着した
もし早く終わったらと思って早めに着いて待つことにした
あ、理奈ちゃん
腕時計を見て何処かへと向かって歩きだした
一体どこに行くんだ?
助手席に置いていたスマホを手にして電話をかけた
マナーモードにしているのか気づかない
車で理奈ちゃんを追いかけて窓を開け
声をかけると驚いた表情になった
「 行さん! 」
運転席を降りて助手席のドアを開いた
「 今着いたところだった(笑) 」
「 ありがとう(笑) わざわざごめんね(笑) 」
“ わざわざごめんね ” か …
「 どこに行こうとしたんだ? 」
「 少し早く終わったから行さんの好きなあのチョコレートのお店に行って買って帰ろうかなって思って(笑) 」
ーー グッときた
「 僕のことなんかいいのに、、じゃあ一緒に行こう(笑) 」
知り合うきっかけになった
あのチョコレートの店の前に車を横付けした
店内は変わらず良い香りがする
僕がチョコを選んでいると
理奈ちゃんは僕を見ていた
「 理奈ちゃんはどれにするか決まった? 」
「 ふふっ(笑) このオレンジ味が好きだから、これにする(笑) 」
チョコレートを指さしながら微笑む
あの時と
同じ横顔 … なのに
僕達はチョコレートを買って帰宅した
冷蔵庫を開けた君は残念そうな表情で
何故 先に食べてないの?と
晩飯の煮物やお浸しの入ったタッパーを取り出した
「 君と一緒に食べたかったからに決まってるだろう? 」
そう言うと目元が微笑んだ
「 じゃあ 一緒に食べよ。」
ーーー
「 久しぶりにまた一緒に陶芸に行こうよ。お互いの茶碗、新しく作ろう(笑) 」
君は手に持った茶碗に視線を落とした
それは僕が君を想いながら作ったもの
ずっと向かい合ってこうして一緒に食事をしていきたいと願って作ったものだった
「 私はこんなに上手く作れないし、 、 」
「 そんなことないよ。これだってほら、こんなに上手くできてるのに。 」
僕が手にしている茶碗を見せた
「 もうしばらく作ってないし、、(笑) 」
苦笑いした
「 … じ、じゃあ、大皿を作ろう!
この前 欠けてヒビが入っちゃったし! ね? 」
まるで叱られた子供のような表情をした
「 なんでそんな顔 … あ 、、」
つい 声に出てしまい口元を抑えた
「 ごめんなさい、、」
「 いや、怒ってるわけじゃ、ないよ? 」
なんだ
このギクシャク感
それから食べ終わるまで君は無言だった
「 チョコ食べよ? 僕がコーヒー入れるから。」
「 うん、もう直ぐ終わるから。」
慣れた手つきで洗濯物を畳んでいる姿を
僕はコーヒーをたてながらチラ見する
「 あのさぁ。 そろそろここから引っ越さない?
理奈ちゃんは戸建てがいい? それともマンション? 」
「 戸建てって、、 」
「 斎藤も戸建てだよ? 」
「 そうなんだ 。 はい、畳めた(笑)」
「 ちゃんと聞いてる? 」
「 聞いてる聞いてる(笑) 斎藤さんは戸建てなんだよね? 」
洗濯物を衣料の引き出しにしまっている
「 そう。だから僕らも戸建て考えない? 」
「 そんな贅沢しなくてもいいんじゃないのかな(笑) 」
倹約 堅実な君ならならそう言うと思っていた
「 でもさ、子供ができたら、」
あっ、、
「 … やっぱり、子供、欲しいよね(笑) 」
悲しげな笑顔を向けた
「 いや、いてもいなくても、庭でバーベキューしたり、DIYしたり、、 」
コーヒーとチョコレートをソファのテーブルに置いて座った
「 行さんがDIY? したことないよね?」
そう言いながら隣に座ってコーヒーを手に取った
「 それは、これから、するんだよっ、、
賃貸マンションなら限界があるだろう?」
「 何を作りたいの? 」
「 釜を造る! 」
彼女がキョトンとした
「 釜? なんの? 」
「 陶芸の釜だよ! ピザやパンを焼く釜かと思った? 」
「 釜を作るのもDIYになるの?(笑) 」
ひとしきり
そんな話で想像をめぐらした
僕の話で君が隣で可笑しそうに笑っている
そうだよ
二人で夢のある未来の話をしよう
そして ひとつひとつ叶えていけばいい
ーー たとえ
僕らに子供が授からなくてもいいじゃないか
君から抱きついてきた
少しドキドキする
「 行さん。 お願いがあるの。」
「 なに?? 」
「 … やっぱり
結婚。延期しよ … 」
…… え?
ーーーーーーーーーーーー