beautiful world 1
あれは高校一年
夏休み明けの全校集会の時だった
全校集会で暑い体育館に集まり
つまらない校長先生の長い話をぼんやり聞いていると
「はじめまして。」
校長先生とは違う若い男の人の声が体育館に響いて壇上を見ると新任教師が挨拶を始めた
新任の先生は“早見 陽太”と名乗った
私はその新任の先生に釘付けになった
それが人生初めての恋で
一目惚れだった
友達に
“さっきの早見先生、素敵だったよね !”と言うと
目を見開いて
“素敵!?なんかデカくてゴツくなかった!?” と驚いた
25歳と言ってたけどもっと若く見えた
遠目からだけど180センチは有に超えてるよね
柔道をしていたと言ってたな...
格闘技のガッチリな体型には似合わない人の良さそうな優しい顔立ち
単純だけどそれだけで先生はとても温かな良い人に見えた
常に私の頭の片隅に先生がいる
この感じは
やっぱり恋...
先生と廊下ですれ違う時はいつもドキドキするし
先生が見えなくなるまで目で追った
でも勇気のない私はせっかく作ったバレンタインチョコを渡すこともできず
結局三年間 先生が私の担任になることも
先生の授業を受ける機会もなかった
三年間ずっと片想いのまま
想いを打ち明けることもなく
とうとう卒業式を迎えた
卒業式が終わって
校門付近には沢山の親や記念写真を撮る人でごった返している中
私は早見先生をやっと見つけた
周囲に男子生徒が先生を囲んでいた
先生が一人になるチャンスを逃さないように伺って見ていたら
そのチャンスが来た
『先生!一緒に写真、いいですか…?』と訊ねると
先生は笑顔で快諾してくれた
私は先生が担当した生徒じゃないし、会話らしいまともな会話もしたことはなかった
接点は数回
学祭の時に挨拶みたいな会話くらいだったから当然なんだけど
私に差し出された先生のゴツっとした大きなその手を握った
それは三年間で最初で最後の握手だった
握手できた嬉しさと別れの悲しさで涙が溢れた私に先生は
“卒業おめでとう。幸多き人生になりますように。”
そう
私に笑顔を向けてくれた
ーー 涙が止まらなかった
三年間という長い片想いが終わった
そう思ったーー
ーーー
地元の大学に進学した私は
入学してから卒業するまで写真部に在籍し
部員のみんなで夜の天体写真を撮影しに行ったり
撮影合宿として海辺の民宿に撮影旅行に出掛けたりと楽しい学生生活を送った
楽しかったけれど
結局カレシはできなかった
友達に誘われ合コンに参加してみても
ときめく人とは出会えなかった
あの“早見先生”の時みたいなときめきはもう無いのかな…
大学を卒業した私は晴れて中小企業の食品メーカー会社の経理課で働き始めた
仕事を覚えて慣れるのに3ヶ月もかかってしまった
学生生活が楽しかったから
またあの頃に戻りたいなぁ、なんてことをぼんやり思いながら
仕事を終えて家路に着く電車に乗った
でも
もし戻れるなら…
高校生の時まで戻りたいーー
ーーー
社会人になった今でも
唯一の趣味で写真を撮っている
そして今日は休日
私は一人 バスに乗り高原に向かった
一本道の山道を大きなバスは走り慣れているように登っていく
山頂にある終点でバスは停まり
乗客は降りて行く
バスを降りると
澄んだ空気に包まれて深呼吸した
高原入り口の遊歩道を少し歩くと
直ぐに見晴らしの良い緑が広がる高原の地が見えてきた
夏の後半だけれど
高原を流れる風は少し冷たくなりかけていてウインドブレーカーを羽織った
子供連れの家族やデートで来ているカップルがちらほらと見える
バッグから父から譲り受けたカメラを取り出し全体の風景を撮っていると
同じようにカメラを持って熱心に何かを撮っている男性の後ろ姿が見えた
花?それとも虫を撮ってるのかな?
声をかけてみて
どんな写真が撮れたのか見せて貰おうかなぁ(笑)
するとその男性はカメラをカメラバッグにしまい帰り支度を始めた
あーもう帰っちゃうんだ… 残念(苦笑)
その男性は立ち上がり
出口のこちらに向かって歩き始めた
あの人…
え!?
早見先生!?
ウソ…
まさかこんな所で!?
予期せず早見先生と遭遇したことに
私の心は激しく動揺した
思わず隠れようと周囲を見たけれど
当然隠れる所なんてない
どうしよう…
どうしよう!
どうしようっ!!!
心の準備が …
ーー “想いを告げれば良かった” ーー
もうあの頃のような後悔はしたくないのに
やっぱりいざとなると勇気が出せなくて躊躇してしまう
あっ、先生が傍に来た!
私は目を合わせられず
手に持っているカメラをいじっているフリをした
ーー ああ、先生がすれ違って行く
気持ちは焦るのに振り返ることすらできない
早く声をかけないと
本当に先生が行ってしまう...
あんなに“次に会った時は必ず声をかけよう!”なんて思ってたのにこれじゃまた…
「…あのぉー?」
先生が私に声をかけてきた
「はっ!?」
慌て振り返ると
先生が私を見ながら立っていた
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