モジリア

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おじさんが読む「赤毛のアン」

豆本小説 改札口

2013年03月09日 | 豆本

  「改札口」

内海忠雄は鎌ヶ谷グリーンハイツに引っ越して30年になる。

東京駅近くの会社に勤めて45年、東武野田線の馬込沢駅から

毎朝、同じ時間の電車、同じ車両、同じドアーから乗る。

越して間もなく、決まった顔ぶれがいる事に気が付いた。

 

船橋駅まで10分足らずの時間を一緒に過ごす仲間のような者もいる。

だが、挨拶を交わすわけでもなく、見知らぬ同士を互いに振る舞う。

時々帰りの電車で一緒になることもあるが、

互いに見知らぬ同士の間柄を頑なにまもる。

内海は、「知らぬ同士の友達」と密かに名づけている。

 

平成に年号が改まって間もなく、

新入りの女性が仲間に加わった。

三〇代半ばか、四〇代初めぐらいに思われる。

今、流行のキャリアウーマンのように見える。

 

初夏には一番初めに半袖のブラウスに着替え、

秋は、一番遅くまで半袖、

夏は季節を先取りしている、と思ったが、秋は他の人より一歩遅れる。

進んでいるのか、遅れているのか分からない。

内海は彼女独特の哲学があるのだろう、と思っていた。

 

そんな彼女が、半袖のブラウスから長袖に変わって間もなく、

いつもの電車には乗ってこない。内海は気になった。

明日は会えるだろう、と自分に言い聞かせている。

2日目もいない。今日で3日目、今日こそ彼女に会えるだろう、と思ったが、

今日も彼女はいない。

 

馬込沢から乗って、船橋駅の改札口を出ようとすると、

あの彼女が改札口の向う側から入って来る。

何時もだったら、改札口を一緒に潜ってJRへ乗り換える。

今朝は逆、内海は出る、彼女は入って来る。思わず声を掛けそうになって、息を呑みこんだ。

 

「知らぬ同士の友達じゃないか!」と内海は一人苦笑いを浮かべた。

 

その日1日内海は気になって仕方がなかった。

チョッと疲れたように感じられなくもない。

「何かあったのだろう……」

毎朝同じ電車に乗り、船橋まで一〇分足らずの時間を一緒に過ごす、と

云うよりたまたま同じことが重なっただけのこと。

 

内海が彼女を観察して得られた情報以上の情報は全くない。

その日以来、馬込沢駅で同じ電車、同じ車両の同じドア―乗る、

知らぬ同士の仲間から彼女はいなくなった。相変わらず、

内海はいつもの電車、いつもの車両、いつものドアーから電車に乗り込む、

「そういう女性がいたな……」程度に思いだすことはあっても、

今日は来るか、明日は会えるか、と思ったりすることは無くなった。

 

新聞に、

「○○商事初の女性役員誕生」の記事がある。

内海は、「アッ!」と思った。

写真はまさに知らぬ同士のあの女性友達、

改札口で一緒に潜る筈の見知らぬ同士の彼女が

向こう側から改札口を潜った。

 

内海の不思議の一端が解明された。

内海は女性のハンドバックに注目していることが時々ある。

きっとあの見知らぬ同士の女性友達を観察していた後遺症だろう、と

内海は新聞を見ながら思った。