徹は左手を額に当て、天井を見つめながら、
「かあちゃんのうれしそうな顔をみて、
オレはそれだけで充分だ」と徹はしんみりした調子でいう。
「えっ、うそなの?うそじゃないよね!うそじゃないよね・・・・・・」と
明子は数回繰り返した。
「かあちゃん、本当にうれしそうだったね、ありがとう!」
明子には失望感が漂っている。
徹の創作うそ話がこれほど明子を喜ばせ、そして、
悲しませるとは思いもよらないことだった。
由美子の話によると、その日以来明子は考え込んでいる。
「徹は優しい子だから、私の右手が欲しい、と言えない、
だから移植をあきらめている」と思い込んでいるらしい。
「徹さんは、そんなに優しい人じゃないのにね」と由美子は悪戯っぽく笑った。
「母は強し、されど女は弱し!」ということかな、由美子は独り言のように言う。
「徹さんをお母さんに捕られちゃったよな気がするの」
徹は呆気にとられていると、
「私はいやよ!絶対いやよ!お母さんの手を移植するなんて・・・・・・」
「馬鹿だなァ移植なんて出来るわけがないだろう!」と徹がムキになっても、
「私はいやよ!絶対いやよ!」と由美子は繰り返していた。
(おわり)