僕は東京からやって来た彼女のことを今でもよく覚えている。彼女はとても美しい日本女性だった。
いつものように遅く目覚めた僕はまっすぐにシャワー室へ飛び込んだ。そして冷たい水を頭から浴びながら、ゲストハウスのオーナー夫婦が、初めて耳にする女性の名前を何度も呼んでいるのを聞いた。
シャワー室を出た僕にロニーが満面の笑みをたたえて話しかけてきた。
「おはよう秀実、調子はどう」僕はいつも通りの返事に加え、
「いったいどうしたの。随分と上機嫌じゃないか」と答えた。
すると彼は。
「わたしの娘の典子がたった今東京から着いたばかりなんだ」
そういって20代後半の好奇心に満ちた瞳をした彼女を自慢そうに紹介しようとするのだった。
そこで僕は、
「本当にロニーが言う通りなんですか」と聞かざるを得なかった。
すると彼女は、
「もちろん冗談よ。でも彼はいつも私のことを実の娘のように扱うの」
と、優しい笑みを浮かべて答えるのだった。彼女の英語は非常に流暢であった。その典子の返事においかぶさるようにして、
「本当を言うとね、彼女を二番目の女房にしたいんだけどね、は、は」
と、モスリムであるロニーは悪びれずに付け加えるのだった。
典子はこれまで自分が見て来た日本女性とは全然違って見えた。彼女の黒い瞳は知性の輝きを十二分に湛えていた。肌は大粒の真珠のように滑らかで透明感があった。その美しい肩の上に漆黒の髪が泳ぐ風情が何とも言えなかった。それでもスロースタータである自分は「Nice to meet you」と社交辞令的に言ってその場を離れると、バルコニーに出てその日一番の煙草に火をつけるのであった。すると背後から、
「秀実、今晩は典子のために歓迎パーティーを開くんだ。秀実も参加してほしい」
と、ロニーの声。僕は即座にOKと答えていた。
その後ロニーは典子と連れだって買い物に出て行った。そしてロニーの妻ビーもホールを離れたその隙を狙って、僕はレセプションカウンターの上に開いたままで置かれてあった宿帳を覗いた。彼女の職業欄にはofficerと記入されていた。だから何かの公務員職にあるのだろうと僕は推測した。年齢は29歳だった。続く。
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