毛津有人の世界

毛津有人です。日々雑感、詩、小説、絵画など始めたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

王侯貴族のように暮らす

2025-02-13 15:26:16 | マラッカ紀行

ここでの僕の一日は、穏やかな自然の目覚めによって始まる。目覚まし時計の世話にならず、自発的にベットを離れられるのがうれしい。最も時刻はたいてい昼下がりになるのだが、、、そうしてバルコニーの向こうに展開する、眩しいような青空と緑いっぱいの大きな公園に、僕は朝の挨拶をするのである。このとき、海峡から吹き寄せる涼風に全身を愛撫されながら味わう、一杯のコーヒーと煙草の味は格別で、僕はほとんど自分の出身を忘れ、王侯貴族の生まれでもあったかのような錯覚に陥るのである。

午後の2時を過ぎると、公園の中にある市民プールへ泳ぎに行く。たっぷり1時間半水と戯れるのだが、その泳ぎ方が変わっている。初めの一ヶ月は50メートルの往復を繰り返していたのだけど、最近ではターンをするのが煩わしく、ターンをまったくしないで、丁度水槽の中の魚のように、プールサイドに沿ってくるくると回るような泳ぎ方をしている。日によっては1時間半泳ぎっぱなしでいることがあり、こんなことが出来るのも、プールが空いているからで、先ず過密社会日本では体験できない贅沢な時間だ。この時間帯はほとんど自分ひとりの貸切となるのだが、時には美しいブロンドの娘たちが水遊びをしていることがある。その彼女たちの美しい肢体を水中で眺めながら水を切るのは、まさに絶妙である。

人は自分の泳ぎっぷりに感心し、「まったく魚みたいですね」といってくれるが、魚になった気分というよりは、規則正しい息継ぎのリズムが、自分を瞑想の世界に導いてくれるというのが実感である。この毎日の水泳は、「豚みたいなお腹の人とは歩きたくないと、実の娘に罵られた自分の体型を見事に変えてしまった。たった2ヶ月余りではあるが、今の自分の体はきりりとひき締まり、いい男になっている。

さて瞑想と肉体研磨を果たした後は、楽しい楽しい町の散歩ということになる。ポルトガル、オランダ、イギリス等に統治された歴史を持つここの街並みは、どこをどう歩いても、ただただ歩いているというだけで心が弾む。時折立ち止まり、木陰でゆったりと四足を伸ばしてくつろぐ猫たちの姿に見とれる。彼らの優雅さといったらなく、あたかも今の自分の姿を鏡に映すが如しである。

この毎日の散歩をいっそう有意義にしてくれるのが気の向くままに立ち寄るレストランや屋台の味覚だ。マレー、インド、中国、タイ、インドネシア、ポルトガル、何でもござれで価格は驚くほど安い。散歩から帰ると六時、同宿の旅人たちはこの時刻からビデオ鑑賞や談笑に興じる。が、自分は部屋で原稿書きだ。三時間ほどするとChong がやってきてプールバーに誘い出してくれる。しばし遊興の世界に浸る。帰宅後はシャワーを浴び、お気に入りの文庫本を持ってベットに入る。これがこの一週間に確立した生活スタイルである。そして自分はこれからの二年間、この土地に滞在し、誰からも煩わされず読書と執筆三昧の生活を送ろうというのだ。これに勝る喜びが他にあるだろうか。大企業や官庁に働くエリートたちは死ぬまでこういう贅沢な生活をもてまい。哀れなるかな、である。

 

 

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美人多し気候穏やか

2025-02-13 15:21:21 | マラッカ紀行

マラッカに着て2ヶ月あまり。ここには 歴史あり、文化あり、公園あり、動物園あり、プールあり、自然あり、笑顔あり、うまいものあり、美人多く、気候穏やかとくれば、楽しい町でないはずがない。その上、日本の六分の一ほどの物価であれば、どうして簡単に離れる気になれようか。なれないのが人情である。どうやら、僕は、この町を世界で一番気に入っているようである。

人口は五十万ほどと聞くが、町の中心部は歩いて回れるほど小さい。この小さなエリアが観光のメッカとなってい、週末や祝祭日には国内はもとより隣国シンガポールからも、どっとばかり観光客が押し押せる。白人の団体客もあれば東洋人のそれもある。日本人観光客も少なくは無い。そうでなくともこの町は、世界中から訪れるバックパッカーの群れで、常時賑わっている。もともと、マレー人、中国人、インド人などが混在するところへ、欧米人まで加わるものだから、あたかも人種の万国旗を見る趣がある。

自分がこの町に遊ぶのはこれで8回目、来るたびに愛着が増す。今回も日本を脱出すると、一路この町を目指したのだが、到着したときの喜びといったらなかった。「僕は幸せだな。僕は幸せだな」と、何度同じ言葉を心の中で繰り返したことか。どんなに風光明媚と歌われた土地でも、たいていは長居をするうちに飽きがきて、しまいには愛想がつきるとしたものだが、この土地に限って、それがない。今では生まれ故郷よりも、はるかに大切な土地になっている。

 

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我が放浪の人生

2025-02-13 15:07:02 | マラッカ紀行

こう書けばいかにもすっきりしているが、今回の旅立ちについては、さすがの小生も、強い不安を感じた。というのも、これまではちゃんと帰るべきアパートを用意していたし、たいていは失業保険受給の待機中の旅であったから、帰国すれば、すぐに何がしかの収入があると分かっていた。ところが、今回は帰るべきアパートもなければ、失業保険の申請もしていない。おまけに貯金もほとんど残っていないとくれば、いくら呑気な人間でも考え込まずにはいられない。それに加えて、これまでなら帰国後失業保険を手にするか、もしくはタクシー会社に就職しさえすれば、何とか凌ぎがついたのだが、今の不況が長引くのであれば、仮にタクシー会社へ再就職しても、食べてゆけるかどうかおぼつかない有様なのだ。

そんなわけで、今回の出発ほど自分の無謀を思ったことはない。さりとて何もしないでいることは我慢がならず、明日のことは明日の風が吹く式で、結局はマラッカに飛んでしまった。そして人間というものは本当に現金にできているもので、出発前にあれほど頭を悩ませた不安の数々も、いざクアランプールの新国際空港に降り立ってみれば、きれいさっぱりと払拭されているのだから天晴れである。どうやら人間は、すでに自分がしてしまった行為については、後悔しないようにできているらしい。後悔するのは、よほど優柔不断な人間か、自分がしようとして果たせなかった事柄に対してだけであるらしい。この意味からも忍耐や我慢を声高に喧伝する人間を、自分はどうあっても好きになれないのである。その種の人間に会うと、内部に何かどす黒い、サディスチックな怪物が潜んでいるように思えてつい敬遠したくなるのである。

自分はこれまで無茶苦茶な人生を歩んできたが、身の安全を願って目前の冒険から身を引いたという経験がない。これは冒険だなと思うときは、進んで身を投じてきたものだ。その先に何が待ち受けているかという好奇心に、いつも誠実であり続けてきた。ためにこの30年、30回以上の転地転職を繰り返し、離婚も3回(これは3回身が破滅したことを意味する)という、なんともすさまじい生き方をしてきたのだが、後悔にあたる感情は何ひとつ感じたことがない。ところが世間の人は、自分のような人間を見ると、決まって、根気のない逃避的な人間だときめつけてくれる。こちらで見れば、彼らこそ常に保身だけを願い、妥協、欺瞞、不誠実、悪知恵にまみれて生きてきた臆病な人間に過ぎないのであるが、悲しいかな、いつの世も、そういう人間が体制をしめているものだから、小生などは良寛さんを習って遁世する以外に、道がない様に思えてくるのである。

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気楽にいこうよ。take it easy

2025-02-13 14:42:06 | マラッカ紀行

(この文章は2000年前後に書かれたものと思われる。PCの中のドキュメントを整理していたら見つかった。本人はまだ絵画よりも著作活動に邁進していたようだ)

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幼い頃より変に旅づき、18歳までに西日本をあらかた自転車で旅して回っていた。未知の世界をさ迷い歩くのが何よりの好物で、この性格は社会に出てからも少しも変わらない。したがって地道な生活の出来ようはずがなく、人々の望む安定した生活とは無縁に暮らして、とうとう50歳になった。

この間、人さまが聞いたら眉をしかめるような人生行路を歩んできたのだが、本人は少しも反省の色がない。好きなことを好きなだけやってきたのだから、これはこれで立派な人生ではないか、とひどく割りきりがいい。こんな風だから、今になっても普通人の生活にはトンと溶け込めない。しないですむなら普通の世界には近づきたくもないが、食べるためには時として妥協を強いられる。そんな時には、余計な摩擦を避けるため、借りてきた猫の従順を装うことにしている。無論そんな無理は一年と続かない。周囲の人もこちらの異質を敏感に嗅ぎ取って、多くは敬遠して近づいてこない。ために実の親とも袂を分かって久しく、妹弟とも丸っきり音沙汰のない生活をしている。親しい友も今では日本国内には全くいなくなった。

それではいくらなんでも淋しかろうと思うだろうが、本人はいたって呑気。どうしようもない孤立感とは幼いころからの長い付き合いなので、いまさらそのことで煩悶することもない。心を開いて語れる友は、むしろ書物の中にしかいないと早くに思い定め、本さえ読めれば、さし当たっての苦しみは無い。最近では良寛さんをこよなく愛し、

生涯身を立つるに懶く
騰々天真に任す
喪中三升の米
炉辺一束の薪
誰か問わむ迷悟の跡
何ぞ知らむ名利の塵
夜雨草庵の裏
双脚等閑に伸ぶ

といった境地を真似ている。出来ることなら、和尚のようにお布施に頼って生きたいが、世知辛い今の世ではそれも叶わない。だからこの8年間はタクシーの運転を身過ぎ世過ぎとしている。思い立ったとき即座に退職でき、金に詰まれば翌日から再就職可能な職業は、日本ではタクシー運転手以外にあるまいと悟ったからである。そのタクシー稼業も、この春先から急速に悪化、今では高校生のアルバイト代くらいにしかならない。町には失業者が溢れ、公園や道路端を無数のホームレスが占拠する暗い時世であれば、それもせん無いことと諦め、さっさと旅支度、今回8回目の日本脱出とあいなった。

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君よ!

2025-02-13 06:23:58 | 

君よ!
 
君よ、自らを恥ずかしむるなかれ!お金のないことも、無名であることも、友のないことも、それらは、決して君の価値を低下せしむるものではないのだから。
もしも、金を稼ぐ能力が立派だというのなら、我々は小さな子供にだって頭が上がらない。
ニューオリンズのバーボン・ストリートでタップを踏む子供たちは、僅か10分の演技で数十ドル稼ぎだす。
世界一の売春婦が集うパリの街では、月収一千万円という娼婦もいるらしい。
もしも、金を稼ぐ能力が立派だというのなら、我々は、彼らこそ偉大といわなければならない。
 
人間の価値はそんなもので決まるものではないのだ。人間は自分でものを考え、世の中を正そうとするから尊いのだ。
けれども、そのような生き方をしているものは、僅かに少ない。
多くの人間は、もって生まれた天性を顧みることもなく、一生を終わってしまうからつまらないのだ。
お仕着せの価値観に自己を封じ込め、新聞雑誌を読んだだけで、もう一端の常識人気取り。
後はくだらない娯楽に現をぬかしているだけだ。一年のうちに、たった一冊の良書も手にしない輩が、人間の一般だと知ったら、君よ、恐怖を感じないか。
 
君よ、自らを恥ずかしむるなかれ!
君のいらだちや不安こそが正しいいのだ。君の感じている淋しさこそが人生の基調なのである。
決して、そこからの逃避を考えてはならない。見たまえ、周囲のおとな達の薄汚い姿や人相を。
「生きていくために仕方がないのだ」「家族のためなんだ」そんな言葉に君は耳を貸してはいけない。
一度耳を貸せば、いつの日か、君自身が、同じ言葉を吐くことになるからだ。
 
君よ、自らを恥ずかしむるなかれ!
お金のないことも、無名であることも、友のいないことも、それらは、決して君の価値を低下せしむるものではないのだから。
だから恐れることなく、自分の道を歩めばよいのだ。先人に続く、長い一筋の小道を歩いてゆけばよいのだ。
その道は、か細くいばらに満ちているが、間違いなく、至上のものへと続いている。
先人の言葉にこそ、君よ、耳を傾けるのだ。彼らは共通して、貧困と孤独を友とした人たちだが、
「生きていくために仕方がないのだ」
「家族のためなんだ」などとは決して口にしなかった人たちである。
そうして、唯一彼らこそが、人類に共通の財産を遺していったのである。
 
君よ、自らを恥ずかしむるなかれ!決して、現世の幸福など望むなかれ。
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