貧者の一灯 ブログ

掲載しているお話は、当ブログには著作権はありません。
掲載内容に問題がある場合は、お手数ですが ご連絡下さい。

韓信 [シリーズ] 砂漠を行き、草原を駈ける ・城下の策謀家

2021年03月28日 | 流れ雲のブログ










アングラ小説です、不快感がある方は、読むのを中断して
下さいメジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、
良いかな・・・








紀元前104年、長安の遊民であった李広利は突如大宛攻略
の命を皇帝から受けた。大宛とは西域の果てにある
未知の国。そこに たどり着くまでには天まで届く山脈、
さまよえる湖、広大な砂漠、果てしない草原……

さまざまな障害が彼の前に立ちふさがる。そこに生きる
人々との出会いは 希望に満ちたものか、それとも幻滅か
  ・・・

韓信 [シリーズ]
砂漠を行き、草原を駈ける ・城下の策謀家



そして月日は流れていった。

やがて空気が乾燥し、風が肌を切るような冷気をもたらす
時期になると、事態は動いた。ひとつの情報が我々にもたら
されたのである。  

匈奴の地に前年に続いて大雪が降り、家畜の多くが凍えて
死に至ったという。このことがもともと殺伐を好む単于に
対する不満を増大させ、左大都尉は正式に漢の攻撃を
要請したのだ。 折しも受降城が完成した頃であったという。

漢は翌春に攻撃を仕掛けることを高々と宣言したのであった。  
兵は二万騎、指揮官は浞野侯趙破奴である。

「さて、李淑のいうとおり三ヶ月で事態が動き出したな。
今はまだ宣言したに過ぎないが、匈奴がこれに対してどう
動くかで我々の行動も定まる。

しかし厳しい冬の間、我々はこの館で安穏として暮らすこと
ができそうだ」  李広利はそう言って笑った。

「李淑は我々を戦わせて自らを助けようとしたが、我々は
浞野侯に戦わせて、その間に自分たちの安全を確保しよう
としている。どちらもやっていることはたいして違わないな」  

そもそも人というものは、他人の助けを受けて幸福になったり、
成長したりするものである。しかしそれが軍人となると、
その良識を疑われ、不潔さがつきまとうものである。  
しかし生き残るためには、それしか方法がなかった。

思惑は両者共に

受降城が築城され、浞野侯趙破奴は春に匈奴を攻めると
宣言した。すぐにでも出兵すればよさそうなものであったが、
この年の冬はかなり厳しく、北の地は氷に閉ざされている
ような状況であった。

趙破奴がどのように戦略を練っても越冬は難しかっただろう。
では、なぜ彼はわざわざ春の出兵を宣言して、匈奴に
準備期間を与えるような真似をしたのか。

その答えはひとつしかない。

単于を裏切り、漢に呼応して兵を挙げようとしている
左大都尉に時期を知らせるためであった。当然匈奴は
対抗措置をとるべく兵力の向上を目指していたが、この年
の冬の厳しさによって、それが効果をなさなかったという。

このため、思いがけないところに影響が出始めた。
「イルシとコウカスコが徴兵された模様です」店主が言うには、
匈奴は挙国体制を整えており、僮僕都尉配下の多くが
この戦いに徴発されるとのことであった。

つまり、西域は「から」になるのだ。「それはよい兆候だ。
それで……イルシとコウカスコはすでに旅立ったのか」
李広利は喜色を抑えようと努力しているようであった。

明らかに僥倖であるはずの事態に素直に喜ぶまいとしている。
それが李淑の思惑通りであることを受け入れたくない様子
であった。

「いえ、まだ準備している最中ですが、それがどうも……
彼らは行きたくないようですねえ。通告が届いてからという
もの、明らかに不機嫌なのです」

「行かなければ、彼らはどうなるのだ」
「それは状況次第です。彼らの場合、二人とも烏塁にいる
ことはわかっているので定刻に現れなければ捜索される
でしょう。

ここに匈奴の部隊が現れることになりかねません」
「それはまずいな。非常にまずい」しかし李広利は、イルシと
コウカスコの意思を尊重しているようであった。

彼らが行きたいといえば行かせ、留まりたいといえば留まら
せるつもりであったようだ。

なぜか・・・。その意思に反して彼らを強引に行かせれば、
おそらく彼らは我々がここにいることを単于に報告するだろう。

それは非常にまずい。しかし留まらせれば、匈奴が彼らを
探しに来る。それもまずい。しかし、どちらがより困難な状況
かといえば、明らかに単于に報告される方だ。

もし匈奴の捜索隊が烏塁に現れることになったら、我々は
その前にここを発てばよいのだから。

寒風吹きすさぶ中だが、そろそろ行動を開始しても早すぎる
ということはないだろう」李広利は自らイルシとコウカスコの
もとを尋ね、二人に問いただした。君たちの本意はどこに
あるのか、と。・・・

「君たちが単于に忠誠を尽くす形で国元へ帰るということで
あれば、私には止める権利がない。しかし、ここに留まりたい
というのであれば、危険が伴う。

君たちは捜索されたのちに逮捕され、処罰を受けるだろう。
それがどの程度かわからぬが、軍事に厳しい匈奴のこと
だから、死罪を申し渡される可能性は充分ある。

もし、その危険を覚悟で国元には帰りたくないというので
あれば、私は君たちを保護して、共に漢への道を辿ろうと
思うが、どうだろうか」

問われた二人はひとしきり悩む様子を見せたが、やがて
恐る恐るその決心を口にした。

「漢に参ります」「うむ。……そうか。よくぞ決心した」
結局李広利は匈奴人の二人を漢へ連れ帰ることにした
のである。

これに対し私は危惧を抱いた。彼らの存在が敵を寄せ付ける
一因になるのではないか、と。

「彼らを連れ歩くことで、余計な危険が増しませんか? 
仮に正体が露見せず、うまくその存在を隠し通せたとしても、
風習の違いから軍内部で衝突が生じるような予感がします。

彼らは、捨て置くべきかと……」

「うむ。当初は私もそれを考えた。しかし彼らに冷たい仕打ち
をした結果、こちらが不利になることは避けたい。

匈奴に捕らえられた彼らが我々の存在のことを明らかにしたら
……その弊害は軍の内部で喧嘩が起きることの比ではない。

彼らのことは私が責任を持って……漢に帰還したのちに
彼らの居場所がなければ、私自身の家令にしてもよいと
思っている」

「武闘派の匈奴人が、家令などという慎ましい仕事におとな
しく収まりますかな」
「わからぬ。それが無理であれば配下の兵として扱うまでさ」

かくして、長期間にわたって活動を休止していた我が軍は、
行動を再開することとなった。しかし、その前に確認すべき
ことがあった。

「李淑を呼べ」李広利は今後の計画を李淑に問いたださ
なければならなかった。

……













ゴキブリを奴隷のように支配したり、泳げないカマキリを
入水自殺させたり、アリの脳を支配し最適な場所に誘って
殺したり・・・、

あなたはそんな恐ろしい生物をご存じだろうか。
「寄生生物」と呼ばれる彼らが、ある時は自分より大きな
宿主を手玉に取り翻弄して時には死に至らしめ、また
ある時は相手を洗脳して自在に操る ・・・

穏やかな犬を狂犬に変える寄生ウイルス。

それは狂犬病ウイルスです。このウイルスに感染した犬は
ウイルスに操られ口からよだれを垂らしながらうめき、
攻撃的になり、他の人や動物を咬むことが多くなるのです。

このウイルスは感染した生物の脳を操り理由なき怒りを
湧きあがらせ、他の生物に感染させるために咬むように
仕向けるのです。

狂犬病は犬だけでなく、人間にも感染します。もちろん、
他のあらゆる哺乳類も感染します。そして、いったん
発病すると治療方法がなく、ほぼ100%が死亡する
極めて危険な感染症です。

狂犬病が犬から人に感染することは、少なくとも3000年以上
前のバビロニア人には知られていました。そして、現代でも、
撲滅できないばかりか、大きな脅威となっており、毎年
世界中で約5万5千人の死者を出しています。

それら狂犬病によって命を落とす人の多くは子どもで、
狂犬病が疑われる動物に咬まれた人の40%は15歳未満
の子どもです。  

そして、感染地域の95%以上はアフリカとアジアですが、
日本では内部の発生は見られておりません。

しかし、日本においても祖父母の時代あたりまでは狂犬病
の蔓延に苦しんでいました。

日本における狂犬病  

日本で狂犬病の流行が記録されているのは18世紀以降
であるとみられています。そして、明治時代には、狂犬病
が流行し、時にはかなり広範囲に流行が及びました。

流行する狂犬病を抑えるべく1873年には東京府で畜犬規則
が定められ、狂犬は飼い主が殺処分し、道路上に狂犬がいる
ときは警察官はじめ誰でもこれを打殺することができるなどが
規定されていました。

その後も日本各地で狂犬病が流行し、そのたびに犬の大量
撲殺がおこなわれました。  

しかし、1910年代に入ると、集団予防接種がおこなわれる
ようになり、狂犬病の発生は減少していき、1956年を最後に
発生がありません。  

現在、日本は狂犬病の発生がない国となっていますが、
最近になっても輸入事例はあります。

2006年にフィリピンで犬に咬まれた日本人男性二人が、
帰国後に具合が悪くなって入院しますが、すでに発症して
いたため治療の甲斐なく亡くなっています。

凶暴さを生み出すウイルス  

狂犬病を引き起こす原因はラブドウイルス科レイビーズ
ウイルスです。このウイルスの名であるレイビーズは
サンスクリット語の「凶暴」という意味を表す言葉に由来
しています。  

そもそも、ウイルスというのは生物界ではとても微妙な存在です。
ウイルスは生物というよりも物質に限りなく近く、生物と非生物
の中間的な存在であると現在では認識されています。

ウイルスは自分の遺伝子情報しか持っておらず、通常の生物
のように呼吸したり、代謝や排泄をしたり、エネルギーを生み
出すこともしません。

また、生物というものは細胞分裂、生殖などいろいろな方法で、
自分の複製を自力でおこなうことができます。しかし、ウイルス
は自分では自分の複製をすることはできません。

では、どうやってウイルスは増殖するかというと、他の生物の
細胞に取りついて、その細胞の機能を乗っ取って自分の複製
を製造させているのです。

つまり、自分の複製も増殖も他の生物に頼ることしかできず、
この点も生物とは全く異なる点です。

穏やかな犬が狂犬になるまで  

たいてい狂犬病ウイルスは感染した動物に咬みつかれること
によって感染します。咬み傷から侵入したウイルスは、すぐに
病気を発症させるわけではありません。

ウイルスは咬み傷周囲の筋肉内でまず増殖し、つづいて
運動神経末端及び知覚神経末端に侵入します。

増殖したウイルスは、神経を伝わって全身に広がっていき、
神経以外の他の部位でも増殖します。

すると、唾液、血液や角膜中にウイルスが多量に見られる
ようになり、さまざまな神経障害が起こってきます。  

狂犬病の特徴の一つに、口から泡を吐いてよだれを垂らす
症状があります。これは、ウイルスが唾液腺と、ものの飲み
込みに関連する神経を攻撃するために起こります。

また、狂犬病は「恐水症」という別名がありますが、これは
狂犬病ウイルスが全身に広がると水を恐れるようになる
からです。

水を恐れるようになるのは、ウイルスのせいで筋肉が痙攣し、
水を飲みこむ際に激痛が走るようになるのが原因です。  

そして、このウイルスによって病気が発症した犬の多くは
凶暴になり、何にでも咬みつき、他の動物に咬みつくことが
多くなり、次なる感染個体が増えていくのです。

もちろん、その感染個体は最初に述べたように人間である
こともありますが、人間と犬では同じウイルスに感染しても
症状の現れ方が違うことがあります。

また、発症したら100%死亡するといわれてきた狂犬病ですが、
奇跡の生還を果たした例もわずかではありますが存在します。

ヒトが発症すると回復が極めて困難な感染症ですが、今般、
14歳のブラジルの少年が狂犬病から生還したとのニュース
が報道されました(2018/ 1/11,時事通信)。

この治療に使用されたのがミルウォーキー・プロトコル
(MP)というものでした。



狂犬病は、人を含め犬、猫、ネズミ、コウモリなど全ての
ほ乳類に感染します。 狂犬病ウイルスをもつ動物に咬まれた
ときに、その動物の唾液中に含まれるウイルスが傷口から
体内に侵入することで感染します。

人も動物も発病すると治療法がなく、狂暴化・精神錯乱・
全身麻痺などの症状を示した後、ほぼ100%死に至る、
大変恐ろしい病気です。 ・・・

・・・