murota 雑記ブログ

私的なメモ記録のため、一般には非公開のブログ。
通常メモと歴史メモ以外にはパスワードが必要。

海外から見た日本人の精神とは何だったのか。

2016年07月02日 | 歴史メモ
 「武士道」というと、封建時代を支えた忠君主義を中心とした精神論であり、前近代的な発想と感じてしまう。また、太平洋戦争の時期にも、武士道は軍国主義の中心的な精神とされ、欧米列強諸国に追いつくために、忠君愛国を立てて軍国主義者たちに利用されていたのも確かだ。実のところ軍国主義者たちは武士道を軽視していた面もあった。しかし、あの近代合理主義思想の上に立った福沢諭吉は、武士道精神を「国家国民の要となった精神」と論文の中で絶賛しており、欧米列強と肩を並べるまでになった近代日本の躍進を支えたのが、日本人に流れる武士道精神であったとまで書いている。

 1900年(明治33年)に、英語で書かれた新渡戸稲造の「Bushido」(武士道)が海外で出版された。武士道を日本人の伝統的精神と説き、海外文化と比較した体系的な思想書となっている。彼は「武士道」の第一版の序において、これを著した動機を語っている。それは明治政府の派遣留学生としてドイツに滞在していた明治20年、新渡戸稲造26歳の時だった。ベルギーの著名な法学者ド・ラヴレーの家に招かれ、歓待を受けて数日過ごした。日本の学校ではどのような道徳の教育を受けているかという質問を受けたが、すぐには答えられなかったという。子供の頃には、人の人たる道徳の教えは学校で習っていなかったからだ。それから10年の歳月が流れ、病気療養のため、米国のカリフォルニア州に滞在、日本とは何かを考え直す絶好の機会となる。筆を走らせる原稿には、英文で「Bushido,The soul of Japan」(武士道、日本人の精神)と書かれる。第1章の「道徳体系としての武士道」の冒頭には、武士階級が日常において守るべき道、それは「高き身分の者に伴う義務(ノーブレス・オブリージ)のことである」と書いた。この精神の根本は西洋の「騎士道」やイギリスの「紳士道」と等しく、中国では「士大夫」(したいふ)と呼ばれる人々が担っていたものだ。

 新渡戸は「武士道」を「高き身分の者に伴う義務(ノーブレス・オブリージ) noblesse oblige」と定義し、武士道の起こりを説き明かし、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義といった徳目を西洋精神と比較しながら語っている。そこには、正しく美しく生きる人間としての「人の倫(みち)」、すなわち良心の掟があった。武士道、そこには、戦争を鼓舞するような好戦的なものではなく、わがままや欲望を平和のために抑制することを美徳とした美しい日本人がいた。だからこそ、1900年「Bushido」(武士道)がアメリカで発刊されると、多くの読者の心を掴んだ。後に、ドイツ、ポーランド、ノルウエー、フランス、スペイン、中国、インドネシアなど実に30か国以上に翻訳出版され世界的大ベストセラーとなった。日本でも明治41年(1908年)に和訳本が発売されると、日本人が自分たちを省みる書として広まった。当時米国のルーズベルト大統領は「Bushido」(武士道)を読んで以来、大変に日本びいきとなっていた。明治38年(1905年)日露戦争終結の時、ルーズベルトはハーバード大学の同窓生だった日本の金子堅太郎伯爵(伊藤博文の秘書官だった)から日露講和の調停役を頼まれ、あの崇高な精神文化をもった国なら協力したいと快く引き受けてくれたという。日露戦争があと1か月も続いていたら、財力の枯渇していた日本は敗戦していたかもしれないというのが多くの歴史学者たちの認識だった。また、当時「ザ・タイムズ」誌の記事で「日本武士道論」を読んだロシア皇帝ニコライ2世が、日本人の民族性を知り、日本を深く研究しなかったロシアの開戦論者たちの軽挙妄動を嘆いたという話も伝えられている。米国のジョン・F・ケネディ大統領も「武士道」のファンであり、彼は、新渡戸稲造と親交が深かった内村鑑三が同時期に英語出版した「代表的日本人」も読んでいて、ケネディの尊敬する日本人が上杉鷹山だったことも有名な話だ。他にも、発明王トーマス・エジソン、近くはビル・クリントン大統領、映画「ラスト・サムライ」で主演したトム・クルーズも愛読していたという。

 武士道の本質を一言でいいあらわすなら、「高き身分の者に伴う義務」、今に例えるなら、現在日本をリードする指導者が日常的に守り続ける道、上に立つ者の義務を説いたものといえる。不正や卑劣な行動を自ら禁じ、これに反する行為には死をも恐れず正義を実践する、卑怯者や臆病者と呼ばれることを最大の恥辱とする精神でもある。現在の政治家には耳の痛い話だ。「名誉」を重んじるかどうかが、人間と獣の境界線、だからこそ武士は少年時代から「名を汚すな」「恥ずかしくないのか」と教育されていた。新渡戸稲造は、「衣装哲学」の著者カーライルと孟子の言葉を用いて、カーライルが「恥は、あらゆる徳、立派な行い、善き道徳心の土壌である」といったように、孟子もまた「羞悪の心は義の端(はじめ)なり」と、何世紀も前に全く同じ意味の言葉を説いていたと書いている。「名誉」を守ることが恥を知る心となり、人を人たらしめる最初の徳であるという。さらに、「谷間のゆり」で知られている19世紀フランスの小説家バルザックの言葉を借りて、「家族の結束を失うことで、社会はモンテスキューが名誉と名付けた根本的な力を失ってしまった」ともいっている。これは現代人が忘れ去ってしまっていることかもしれない。

 新渡戸稲造はまた、西郷隆盛の「道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心をもって人を愛するなり」「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ねるべし」という、いわゆる「敬天愛人」と呼ばれる遺訓も引用している。武士道の名誉とは、極限すれば天に対する畏敬であり、天に対して羞恥するのだという。日本人の根源に潜む良心を刺激する武士道精神の原点なのだという。それこそが忠義だとも力説している。ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige)、この言葉はイギリスで用いられており、上に立つ者の義務としても有名な言葉だ。当初は「貴族が義務を負う(noblesse oblige)」のならば、王族はより多くの義務を負わねばならないという意味で使われたようだ。金銭に関わる汚職事件の多い日本の官僚や政治家に対しても、海外から、ノーブレス・オブリージがないといって批判されてきた。先の舛添都知事の悪名も海外に広く知れ渡った。汚名は簡単には消えないであろう。

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
武士道、そのように見る、意外でした。 (H.K)
2016-07-02 09:57:33
新渡戸は「武士道」を「高き身分の者に伴う義務(ノーブレス・オブリージ) noblesse oblige」と定義し、武士道の起こりを説き明かし、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義といった徳目を西洋精神と比較しながら説明。正しく、美しく生きる人間としての「人の倫(みち)」、すなわち良心の掟がある。武士道そこには、戦争を鼓舞するような好戦的なものはなく、わがままや欲望を平和のために抑制することを美徳とした美しい日本人がいた、目から鱗ですね。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。