__関西テレビ放送の 『大阪環状線 Part4 ひと駅ごとのスマイル』 を観ている
わたしは昔、大阪に住んどった、えらいお世話になって、この地に骨を埋めてもええな思うほどに、ぞっこん惚れ込んだものだ
最初は、サンケイの新聞奨学生で、京阪線・牧野に暮らした、後々あきらかになった事やけど、アパートのすぐそばの公園に、古代東北の蝦夷(エミシ)の首領・阿弖流為(アテルイ)の墓 があったのだった
坂上田村麻呂と固く約束を交わして、京にのぼってきたアテルイだったが、京都のはずれ、この枚方あたりで、鬼ででもあるかのよーに彼らを怖れる朝廷の手で、腹心の母礼(モレ)とともに首を刎ねられたと云ふ
縁は、昧す(くらます)ことが出来ないもの…… 私は新聞配達が続かず、遠い親戚の伝手で、旭区の豊里大橋下に引っ越した
京阪線・土居駅から専門学校に通い、地下鉄谷町線・太子橋今市から梅田の旭屋本店に遊びに出たもんだ
おおさかは、私のたましいの故郷である ♪ いまでも大阪の地に立つと血が躍る、血が滾る、湧く沸く、元氣がでる
それゆえ、大阪の環状線(ループ・ライン)には、ひとかたならぬ思い入れもあり、ひと駅ごとに綴られるナニワらしい話には琴線をかき鳴らされる
きのう観たのは、野田駅篇……
絵本『たこちゃんといかちゃん』を作った、無垢な魂をもつ作家のエピソードが実現化へいたる本質をよく捉えていた
いつも夢のよーなことばっかり口にしている、絵本作家の父をもつ子どもが、昔、「ガチャガチャ」に入っている「スーパーカー消しゴム」に夢中になっていた
レアなクリア紫色の「消しゴム」を狙って、何度も挑戦するのだが、なかなか手に入らない
そんなある時、父と一緒に「ガチャガチャ」をすることになり、父は「クリア紫はゼッタイに当たる!」と云うんです、
「また、この人は夢みたいなことばかり言って」と、子どもはうんざりしますが……
ポケットには3回分の小銭が入っていました
一回二回と、レア品は取れない…… そのとき父親がいつもの調子で「次は出る!」って大声で叫ぶんです
あまりの声に店中の人が集まってきて……
でも、子どもは「いちどだけ信じてみよう、一度だけ、親父みたいに本気で…… 」と、そして最後に出たんです、クリア紫が……
> 親父は、あたりまえみたいな声で、こう云ったんです。
「100% 信じきれば、必ず叶うって……
信じるのと信じきるのは違うって……
信じ切った人間だけが、夢をつかむことができるんだって……
神さまは、ココ(右手で胸を叩いて)にいる。
だから、ココに祈れって…… 」
「自分に祈る‥‥ 」
‥‥ この絵本作家の息子が語った、不思議な消息には、真の知識(Knowledge、最後の知識、真我の知識)が含まれている
自我(self)と真我(Self)のありよう
自分の内なるハートに祈る
伊勢白山道でいえば、聖ラマナ・マハリシが言及した「正中から右側3センチの処におはします内在神(根源神)」とゆーこと
古神道の「自霊拝」にも通じる
ヒンドゥーのアドヴァイタ・ヴェーダーンダのジュニャーニ(賢者)の観方に拠れば……
>あなたは世界に先立ち、宇宙に先立ち、すべてのものに先立つ。
>あなたが最終的な真実なのだから、すべては自分の中にあり、自分以外に何もないと、あなたは悟るだろう。
[※ 『自己なき自己〜 ラマカント・マハラジとの対話』-高橋たまみ:訳-より]
‥‥ ようするに、外に祈るなっつーことよね
世界があって あなたがあるわけじゃない、神さまがいるから あなたがあるわけじゃない、逆なんだと……
自分に祈るって、なにか素的じゃない?
大阪は、古くから石山本願寺・浄土真宗の街、「御堂筋」って真宗の御堂を中心としているわけだから
けっこう、大阪には 妙好人が市井に紛れこんで、普通におられるよーな気がする
「信じきる」ことを、誰よりも知っているんではないかな
_________玉の海草
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