質問者:ハイル禅師 宗教家で癖がある人が多いのは
なぜなのでしょうか?
私:宗教や真理とは人の五感で捉えられない
形而上学の分野であり宗教家や霊能者は他者に
依存せず 自力で真理を見出して行こうとする
人が多いからであります
つまり宗教家で癖があるのは二流なのだが
その中でも比較的レベルの高い宗教家と
レベルの低い宗教家とでは癖の質が違います
例えばGLAの高橋信次氏などは当初は神職や僧侶に
真理を訪ねて回ったが 誰も明確に解答出来ない事
から 自分自身の霊能力によって体験して把握した
範囲内に於いて真理を探求しました
しかし神霊界の内容を体系的に学ばれていない為
間違った解釈も多々あります
一方でレベルの低い宗教家とは独自の我や観念が
強い人であり 正しい内容でも曲解したり
都合の良いように解釈する為 真理の本質から
逸れてしまっている事が多い
また「艱難汝を玉にす」という言葉があるが
人間は幾多の困難や苦難を体験する事で
立派な人物になると言う意味があります
人間の苦難や劣等感は成功の源泉でもあり
自分自身の可能性を切り開く鍵でもあるが
特に宗教家はこういう逆境で育つことが多い
だが金儲けや虚栄心に浸る独善的な宗教家ほど
傲慢癖が強く出てしまう弊害もあると言える
なぜなのでしょうか?
私:宗教や真理とは人の五感で捉えられない
形而上学の分野であり宗教家や霊能者は他者に
依存せず 自力で真理を見出して行こうとする
人が多いからであります
つまり宗教家で癖があるのは二流なのだが
その中でも比較的レベルの高い宗教家と
レベルの低い宗教家とでは癖の質が違います
例えばGLAの高橋信次氏などは当初は神職や僧侶に
真理を訪ねて回ったが 誰も明確に解答出来ない事
から 自分自身の霊能力によって体験して把握した
範囲内に於いて真理を探求しました
しかし神霊界の内容を体系的に学ばれていない為
間違った解釈も多々あります
一方でレベルの低い宗教家とは独自の我や観念が
強い人であり 正しい内容でも曲解したり
都合の良いように解釈する為 真理の本質から
逸れてしまっている事が多い
また「艱難汝を玉にす」という言葉があるが
人間は幾多の困難や苦難を体験する事で
立派な人物になると言う意味があります
人間の苦難や劣等感は成功の源泉でもあり
自分自身の可能性を切り開く鍵でもあるが
特に宗教家はこういう逆境で育つことが多い
だが金儲けや虚栄心に浸る独善的な宗教家ほど
傲慢癖が強く出てしまう弊害もあると言える