さて、前回ご紹介した『世界の舞台』が出版されのが1570年。この年は地図の右隅ぎりぎりに描かれた島国JAPONで狩野内膳が生まれた年でもございました。数十年後、秀吉のお抱え絵師となった内膳が描いたのが、本展の目玉である南蛮屏風でございます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/88/b62131714e4e739eb0ccc7b9b75132cb.jpg)
世界で90点ほど現存しているという南蛮屏風の中でも名品として名高い本作。細密に描かれた人物・建物・船と、背景の金地とのバランス、鮮やかな色彩、そして何といっても生き生きとした人物描写が素晴らしく、ワタクシも南蛮屏風の中ではいっとう好きなんでございますが、実物を見るのは今回が初めてでございました。まずもって保存状態の良いことに驚きました。400年あまりの時を経ているというのに、金箔は曇りなく輝き顔料は鮮やかに、つい最近描かれたかのような瑞々しさでございます。
左隻には白い帆いっぱいに風をはらみ、波を蹴立てて出航する南蛮船と、それを見送る異国の人々が描かれております。建物の屋根が波のように泡立っていたり、桜色の葉を繁らせた針葉樹があったりと、絵師が想像力を絞って描いた異国の風物はほとんどファンタジーでございますが、他の南蛮屏風と比較すると、内膳の描いたものは、実際の南蛮船やポルトガル人の服装を最も正確に伝えているのだそうです。左下隅に描かれてる象も,この時代においては珍しいほど写実的でございます。
躍動的な左隻とは対照的に、右隻では長旅を終えた船が帆をたたんで入港する場面がゆったりした雰囲気で描かれております。マストの上では黒人の水夫たちが、キートンさながらのアクロバットを繰り広げております。船壁を洗う波は穏やかで、久しぶりに固い陸地を踏む人々も、それを迎える人々もみな落ちついた表情。中にはロザリオを手にした日本人の姿も見られます。イエズス会の修道士はみんな靴を履いているのに、フランシスコ会修道士の隣に描かれたイエズス会士だけ裸足なのは、内膳のうっかりミスでしょうか。もの珍しげに船を指差す子どもたちの姿もほほえましく、全体的に和やかな雰囲気に包まれております。
内膳は22歳の時に長崎を訪れており、この時異国風俗に直接触れた経験が、画家をして南蛮屏風における正確な描写を可能ならしめたものと考えられております。この異国体験は内膳に、単なる風俗見本以上のものをもたらしたに違いございません。異国の人たちを間近に見、ひょっとしたら交流することによって若い画家は、人間、顔かたちや生活文化は違っても本質的にはそんなに変わらんよなあ、という思いを抱いたのではないでしょうか。
遠い国への船出を見送ろうと馳せ参じる男たちの興奮した様子や、子どもを膝に抱いた父親、また岸辺で肩を組んで語り合う人々の親密な姿が描かれた左隻。異国からやって来た人々を和やかに迎え入れる右隻。その生き生きとした人間味のある描写からは、異国に対する素直な好奇心と、人間としての共感が感じられるのでございました。
さてこの隣には、江戸時代に描かれた屏風が展示されております。金地に色彩も鮮やかな内膳の作品と比べてぐっとトーンが抑えられ、色は淡彩、金箔はなし。桃山は遠くなりにけりでございます。しかしこれはこれで、鳥売りの軒先に鴨やキジに混じってトキがぶら下げられていたり、琵琶法師の歩き方を真似してふざける子どもが描かれていたり、お囃子の輪の中でオランダ人が一緒に躍っていたりと、風俗画としてたいへん興味深いものでございました。
この他にもフリーメイソンの紋章が入った螺鈿細工の文箱や、鼓の胴に蒔絵で鉄砲を描いたものなど、異文化の交錯から生まれた個性的な美術品が並んでおります。特別展ではないためかお客さんはめっぽう少なく、涼しくて静かな展示室で、組み合わせの意外性にエエッと驚く面白い品々とじっくり向き合うことができまして、しばしの間、外の暑さを忘れましたですよ。館外に半歩出たらたちまち思いだしましたけれど。
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世界で90点ほど現存しているという南蛮屏風の中でも名品として名高い本作。細密に描かれた人物・建物・船と、背景の金地とのバランス、鮮やかな色彩、そして何といっても生き生きとした人物描写が素晴らしく、ワタクシも南蛮屏風の中ではいっとう好きなんでございますが、実物を見るのは今回が初めてでございました。まずもって保存状態の良いことに驚きました。400年あまりの時を経ているというのに、金箔は曇りなく輝き顔料は鮮やかに、つい最近描かれたかのような瑞々しさでございます。
左隻には白い帆いっぱいに風をはらみ、波を蹴立てて出航する南蛮船と、それを見送る異国の人々が描かれております。建物の屋根が波のように泡立っていたり、桜色の葉を繁らせた針葉樹があったりと、絵師が想像力を絞って描いた異国の風物はほとんどファンタジーでございますが、他の南蛮屏風と比較すると、内膳の描いたものは、実際の南蛮船やポルトガル人の服装を最も正確に伝えているのだそうです。左下隅に描かれてる象も,この時代においては珍しいほど写実的でございます。
躍動的な左隻とは対照的に、右隻では長旅を終えた船が帆をたたんで入港する場面がゆったりした雰囲気で描かれております。マストの上では黒人の水夫たちが、キートンさながらのアクロバットを繰り広げております。船壁を洗う波は穏やかで、久しぶりに固い陸地を踏む人々も、それを迎える人々もみな落ちついた表情。中にはロザリオを手にした日本人の姿も見られます。イエズス会の修道士はみんな靴を履いているのに、フランシスコ会修道士の隣に描かれたイエズス会士だけ裸足なのは、内膳のうっかりミスでしょうか。もの珍しげに船を指差す子どもたちの姿もほほえましく、全体的に和やかな雰囲気に包まれております。
内膳は22歳の時に長崎を訪れており、この時異国風俗に直接触れた経験が、画家をして南蛮屏風における正確な描写を可能ならしめたものと考えられております。この異国体験は内膳に、単なる風俗見本以上のものをもたらしたに違いございません。異国の人たちを間近に見、ひょっとしたら交流することによって若い画家は、人間、顔かたちや生活文化は違っても本質的にはそんなに変わらんよなあ、という思いを抱いたのではないでしょうか。
遠い国への船出を見送ろうと馳せ参じる男たちの興奮した様子や、子どもを膝に抱いた父親、また岸辺で肩を組んで語り合う人々の親密な姿が描かれた左隻。異国からやって来た人々を和やかに迎え入れる右隻。その生き生きとした人間味のある描写からは、異国に対する素直な好奇心と、人間としての共感が感じられるのでございました。
さてこの隣には、江戸時代に描かれた屏風が展示されております。金地に色彩も鮮やかな内膳の作品と比べてぐっとトーンが抑えられ、色は淡彩、金箔はなし。桃山は遠くなりにけりでございます。しかしこれはこれで、鳥売りの軒先に鴨やキジに混じってトキがぶら下げられていたり、琵琶法師の歩き方を真似してふざける子どもが描かれていたり、お囃子の輪の中でオランダ人が一緒に躍っていたりと、風俗画としてたいへん興味深いものでございました。
この他にもフリーメイソンの紋章が入った螺鈿細工の文箱や、鼓の胴に蒔絵で鉄砲を描いたものなど、異文化の交錯から生まれた個性的な美術品が並んでおります。特別展ではないためかお客さんはめっぽう少なく、涼しくて静かな展示室で、組み合わせの意外性にエエッと驚く面白い品々とじっくり向き合うことができまして、しばしの間、外の暑さを忘れましたですよ。館外に半歩出たらたちまち思いだしましたけれど。