かんたん

2004.12ブログ人でスタート、2014.10gooブログに転居。

倉木麻衣2006ライブ・ツアーの思い出~2006.8.20松戸森のホール21

2006-11-01 13:51:00 | 2007年までのライブの思い出

今日は倉木麻衣2006ライブ・ツアー5回目。倉木さんは以前松戸の学校にいたらしい。倉木さんにとっても思い出深いところでしょうか。僕も大学時代を含め5年間生活し、親も現住している。よく知っている都市である。この会場は2004年に一度倉木さんのライブで来ている。当日は日暮里駅まで行き、常磐線に乗り換える。松戸駅から新京成。ホームで立ち食いそばを食べる。八柱に着く。駅でもカレーライスを食べる。会場への道は以前行っているのでわかるが、前回は行くとき少し遠回りになってしまった。近い行き方を確認して行く。

会場にはすでにかなりの人数が来ている。飲み物を飲み、しばらくすると入場の整列が始まる。僕も並び始めた。今日の席は3階席1列目。こういう席はあまり機会がないのでちょっと楽しみです。怖いような席。しかも僕はこのころたびたび目の状態がおかしくなり、目やにも多く、そのため、余計に距離感をつかみにくく、一段と不安定な怖さを感じてしまう。結局座ってみるほうが多かった。席からするとそれがいいかもしれない。

今日のライブは昨日の市原に続きなかなかよいライブで、僕自身もすごく楽しみました。麻衣さんは松戸のイトーヨーカ堂に行ったそうです。僕はあまり行ったことのない店です。伊勢丹とか、Dマート、新松戸のダイエーは行ったことも多いけど、松戸のイトーヨーカ堂はすごく少ない。麻衣さんはCDショップに行ったそうです。コロコロカステラ。

ライブが終わり、アンケートを書いて外に出るともうすでに人がいっぱい並んでいる。これが噂に聞く出待ちイベントの場所取りなのか。よくわからないけれども、すごい人。僕は飲み物を買う。近くの男が何か他のライブの話しをしているのが聞こえる。チケットが安かったら行くとか行っている。くだらない。頭の悪い人間の発想だ。ライブではよくこういう連中を見かける。相手にしないほうがいい。少なくともこいつらはファンではない。立場が違う。もちろんこういう指摘をしても相手には通じないだろう。発想のレベルがまるで違うのだ。

出待ちには参加しないのでとっとと帰ることにする。八柱行きのバスがあるらしい。ここは駅から近いし、バスなんてなくてもいいと思うが、僕も少し面倒くさく感じて、バスを利用することにした。170円。バスの中でまたいかにも馬鹿丸出しの若者集団が老人優先席に座って下卑た笑いをしている。別に老人がいるわけでないし、混雑しているから老人優先席に座っても悪いとは思わないけれども、何か明らかに他人を揶揄しよう、あてこすろうという姿勢がある。それも愚劣な人間特有な考えを根拠にして他人を揶揄しよう、あてこすろうとしている。こんな馬鹿な若者が平気な顔をして生きていく。日本という国は大丈夫なのか。そしてそんなことを言うと喜ぶ年配の人間こいつらが若者同様に世の中をおかしくしているのだ。

結局、新京成松戸常磐千代田西日暮里経由で帰る。西日暮里駅でガムをかむ若者集団を見る。ガムをかむというのは見た感じの印象は悪い面はあるが、焼肉やにんにくを食べたあとなど口臭予防にガムを噛むのはしょうがない気がする。家に帰るとライブ・グッズを確認しつつ、明日からの九州行きの準備に取り掛かる。

今日のライブは結構楽しかった。よかった。


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倉木麻衣2006ライブ・ツアーの思い出~2006.8.19市原市民会館

2006-11-01 09:24:00 | 2007年までのライブの思い出

今年のライブツアー4回目は市原市民会館。僕は千葉県に居住歴があるが、市原市に行ったことはない。全く初めてのところ。総武線と京葉線どちらで行くのがよりよいかよくわからないけれども、京葉線のほうがよさそうな気がして東京駅の京葉線ホームに行く。途中東京駅でカレーライスを食べた。蘇我行きにの電車に乗る。眠ったり起きたりしていた。電車だとよく寝てしまう。

蘇我駅に着く。内房線で五井駅に到着。五井駅というと横浜からバスがあったはず。2004年のパシフィコ横浜の倉木さんのライブに行くとき横浜駅でそういうバスを見かけた。ここが市原氏の中心駅のようだけれども、会場はここからかなりある。2kmくらいはありそうか。小湊鉄道の上総村上という駅のほうが近そうだけれどもここでも1kmはありそう。雨も降っている。全く初めてのところで道にも不安を感じる。歩こうか、バスにしようか、タクシーにしようか迷いながら駅のところにしばらくいた。

駅のラーメン屋に入り、冷やし中華を食べる。ビニール傘を買う。雨がずっと降っている。結局タクシーで行くことにした。意外に距離を感じる。目印になるものがよくわからないので歩くと結構たどり着くのに苦労したかもしれない。会場にはもうかなりのファンが来ていた。到着すると雨は上がっていた。4時前くらい。今日はいつもより僕は早めに会場に着いた。

今回のツアーで4日目なのだけれども僕はまだグッズを買っていない。前半のライブではもっとも家から近い松戸のライブで買おうと考えていたがその後の九州行きの準備を考えてここ市原で買うことにした。グッズは値段の高めのものもあるが倉木さんのライブではいつもこういうグッズが1品くらいはあるからいつものことだけれども、小中高生にはきつい値段のような気もする。でもそんなことを言うといまどきの屑日本人からは、自分が小中高生だからそんなことを言っているんだろう、というようなくだらない決め付けをされるかもしれない。ばかばかしい。でも経済的に苦しい人は買えないかも。一応僕はそこにあるグッズを全部買いました。

おなじみのガチャガチャもやりました。でもゲットしたグッズは偏りがありました。色が何種類かあるものだと全部の色が入っていないのではないかと思われました。だいたいグッズはほとんどゲットしたけれども、色違いのものがいくつかゲットできていない。サイン入りとかは今年もあるのかしら。それは僕はなさそう。おなじみ両面ハートマークのコインは記念にいくつか持って帰りました。片方のハートは倉木さん、もう片方は僕のハート、ぴったりとひとつになってうれしい。でも最近ファンとして冴えないような。

結局8万円弱くらいお金を使った。もうしばらくグッズは買わなくてもいいかと思ったけれどもその後、この会場や他の会場でグッズについて僕にとやかく言う人がいたようです。グッズを買っていないと。おかしいよ。そういうの。

ライブがはじまる。席は1階の26列32番。ライブは結構よかった。今回のツアーで初めて僕はすごくいい印象を持った。僕も結構楽しんだ。よいライブでした。麻衣さんはラーメンを食べたそうです。僕は日ごろラーメンは食べない。中国人や共産主義と結び付ける生きる価値のない人間がいるからだ。ラーメンを食べるということと中国や共産主義が贔屓かどうかと結びつける発想、しかも他人に関してそういうことをする意地汚い日本人発想だ。でも倉木さんの話を聞いて僕も久しぶりにラーメンを食べたくなった。

ライブが終了。アンケートを書いていると早速グッズのことでとやかく言って来る馬鹿者がいる。誰なんだよお前は。見ず知らずの人間がいきなりグッズについてとやかく言って来る。相手は僕を知っているらしいが僕はお前なんか知らない。本当にいまどきの日本人はいきなりぶしつけに突然何やかや言ってくる。年よりも困ったものだが、若者、特に倉木ファンにこういう困ったやつを多く見かける。他のアーティストのファンにも悪いやつはいるだろうが、倉木ファンはおかしいよ。僕がグッズを買う買わないという問題は、誰だか知らないおまえなんかにとやかく言われないといけないことなのか。屑野郎!

出待ちはやらない。シャトル・バスがあるということだったが、説明不足でよくわからない。路線バスはかなり待ちそう。しょうがなくまたタクシーに乗った。五井駅から電車に乗り、蘇我駅で総武線、錦糸町で黄色の電車、秋葉原で山手に乗り換えて帰りました。市原のライブがよかったので明日の松戸も楽しみになりました。


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倉木麻衣2006ライブ・ツアーの思い出~2006.8.17群馬県民会館

2006-11-01 07:42:00 | 2007年までのライブの思い出

今日は倉木麻衣さんの2006年ツアーの3回目。関西2公演後、初の関東地区公演。僕は前橋というのは当時応援していた歌手のコンサートで1991年、1992年以来久しぶりに来るところ。1991年は、日曜日、お金の持ち合わせが少なく、初めて行ったときは前橋中央郵便局でお金を下ろして行った。当時早めに会場に行くのが通例。早めに行ってもだいたい、顔なじみのファンがもう何人も来ているのがいつものこと。別に競争して早く行くことを目標にしていたことはない。当時は僕は他のファンと交友を持っていた。だから、早めに会場に行くと誰かしら顔見知りのファンが来ていて会話をして情報交換をし、交友を深めていたものだった。

当日券を買う場合少しいつもより早めに会場に行くことはあったし、列車の都合で早めに会場に着くこともあったが、別に一番乗りするとか、他のファンに競争意識を持って早く会場に行こうという意識なんぞなかった。そもそも当時そんな話が出てくる様子も全くなかった。ところが最近、僕が競争意識を持って早めに会場に行きたがっているとか、わけのわからない噂を流して面白がるマヌケ野郎がいるらしい。当時の僕の行動や他のファンを知っている連中ならよほど愚劣でない限りそんな馬鹿な話はしないだろう。競争して一番乗りしてどうするのか。馬鹿馬鹿しい。

こんなものはどうせ人間の屑どもががくだらない語呂合わせや駄洒落から、わけのわからない噂を作り出したのだろう。そんな噂を真に受けるやつも異常人格者だろう。倉木ファンになってから早めに、それもそれほど極端に早いというわけでない時間、午後2時とか3時とか、に会場に行くとスタッフにせせら笑われたり、他のファンに意地悪な対応をされることもあり、今では早めに会場に行くことはなくなった。天候が悪いとき会場によっては少し早めに行くこともあるが、それでもそんなに早くは行かない。

当時応援した歌手だと、もう午後2時や3時ともなると会場にかなりなレギュラーファンが来ていたもの。当時は比較的積極的に他のファンと交友を持っていた僕は、早めに会場に行き、他のファンと交友を持っていたし、それを楽しみにしていた部分もある。今とは大違いである。

この日も比較的ゆっくり前橋に向かう。普通電車で高崎へ、乗り換えて前橋へ。久しぶりの前橋駅。しばらく駅のところで時間をつぶす。あまり早めに会場に行きたくない。雨が降っていた。しばらくして開場時刻が近づき歩いて行く。少し迷いかけるが、この街はあちこちに道路わきに地図があり、便利、会場の裏口にたどり着く。中高生らしき4人組がいる。「曙~、曙~」などと僕に言って来る。こういう糞野郎の中高生は全国的に見かける。僕は相手を知らない。向こうはこっちを知っているのだろう。待ち伏せして馬鹿にして言ってくる。

「曙」という言葉自体侮蔑的ではないが、僕に対しその表現を使う行為には明らかに侮蔑的な意味を持たせているのだろう。誰だか知らない中高生に待ち伏せされてこのような発言をされるのだ。多くの日本人は僕のほうを悪く言うかもしれない。それならお前が僕の立場になってみろよ。全国的にこの調子。すでに成立した人間関係の中での話ではない。

こちらは相手を知らず、相手はこっちを知っているという匿名性を利用した卑怯な攻撃をやってくるのだ。中高生だ。別に中高生以外ならやってもいいといっているわけでないことぐらいまともな人間ならわからないといけない。とにかく前橋の屑中高生のいきなりの攻撃に腹が立つ。こんな屑中高生を育てて教師は給料をもらっているのか。

ついでだけれども他人の外見的特徴をあれこれ言うのはよいか、悪いか。そういわれれば、だいたい悪いと答えるのが一般的か。でも会話の状況によっては、外見的特徴をいわないと会話が成立しないこともある。お互いその人の名前は知らないという状況で、「追っかけをやっている背が低くて、はげている人知ってますか」、「知りません」、「ほら岸和田のライブに来ていて僕と一緒にいた背が低くて、はげている人ですよ」、「ああ、あの人か」、「あの人探しているけど見つからないんです。もし見かけたら僕が探していた、と伝えてもらえますか」、「わかりました」というような会話があったとする。似たような会話は結構ある。僕は問題ないと思うけれど、人によっては問題視する。それどころかそっちのほうから話を持ちかけておきながら、こちらが「背が低くて、はげている人、見かけたので伝えておきましたよ」などと言うと「背が低くて、はげている人なんて何人もいるから、ただ背が低くて、はげている人といわれても誰のことだかわかららない」などと言い出す。挙句、「あの人は他人のことを背が低いだの、はげだの外見をとやかく言いたがる人だ」という噂を流されてしまう。自分のほうから持ちかけた話しだという意識などないらしい。これは作り話だが、とてもよく似た話が今までいくつもあった。

他人の外見的特徴を持ち出すことにより、不当に得する人、損する人、逆に他人の外見的特徴を持ち出さないことにより、不当に得する人、損する人、いろんな人がいる。単純に他人の外見的特徴を持ち出したということだけで、良い悪いなんぞ決め付けられないこともある。しかし、人間関係の成立していない状況で、前述の中高生など待ち伏せして身分も明かさず、いきなりの攻撃。この中高生たち、今後も平気な顔して生きていくのか。

会場はもうずいぶん久しぶりだけどそんなに変わったという印象はない。飲食コーナーもある。以前は利用したが今回は利用しない。もう開演時刻も近く入場も始まっている。席は1階15列49番。ライブでは麻衣さんが街を歩いた話をする。酒まんじゅうを食べたとか。前橋駅から坂下までバスで行ったそうです。ライブが終わり僕はアンケートを記入し、会場を出る。駅まで歩く。歩きながらバス停を確認していて坂下というバス停を発見。坂下というバス停は駅から近い。麻衣さんがバスに乗ったのはあまり長い距離ではない。ここはでも会場からは少し距離がある。麻衣さんがこのあたりを歩いたのはなぜだろう。

向かいにホテルがあるからそこに泊ったのか。でもここは東京からも近いし、ライブのあと東京まで戻ることも可能だろう。よくわからない。駅に着き、電車に乗り帰る。他のファンは駅では少ない。出待ちをやっているのか。車でいった人や地元の人はいいけれど、電車でいった人は、もう電車があまりないはず。僕が乗った電車は高崎から上野行きの終電のひとつ前。このあとが終電。ちゃんとみな帰れたかな。

僕は1991年のとき東武伊勢崎線で伊勢崎でJR乗換えで行った。帰りもその路線。1992年も東武伊勢崎線で行った。帰りも東武伊勢崎線経由で帰ろうと思った。ところが伊勢崎駅まで行くと東武線は終わっていた。終電の行ったあと。前年は東武線で帰れたのにどうして今年は帰れないのか、不思議に思ったが、よく考えると1991年は日曜日で開演終演時間が早く、1992年は平日で開演終演時刻が遅く、そのためだと思いついた。しょうがなく、高崎行きの電車に乗ったが、もう遅く、高崎駅から先の上野方面に行く電車は終わっていた。当日帰れなかった。高崎駅周辺に座ったり、終夜営業のラーメン屋に入ったりしながら、時間をつぶし、朝4時台の急行妙高で上野に戻り帰宅。ぐったりでした。しかもその日仕事。急に出勤時刻が遅くなる事情があり、助かったけど、それでもぐったりでした。

こりごり。前橋のときは電車の場合早めに帰らないと電車がなくなってしまう。他のファンはどうしただろう。ちゃんと間に合ったかな。出待ちイベントというものも僕は一度も参加していないので様子がわからない。若いファンが熱心に意欲的に倉木さんの応援をするのはよいこと。みんながんばってね。ただ、僕に余計なちょっかいを出すのは止めてくれ。うっとうしいから。

僕はだんだんと倉木さんについていけなくなりつつあるのだろう。さびしいことです。


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倉木麻衣2006ライブ・ツアーの思い出~2006.8.13三木市民会館

2006-11-01 04:19:00 | 2007年までのライブの思い出

倉木麻衣さんの2006年のライブツアーが始まった。一日目は岸和田市浪切ホール。もうなんだかあの会場が妙に懐かしい印象がある。また機会がったら行ってみたい気がするが、なかなかそういう機会はないかもしれない。浪切ホールのライブには僕はイマイチ納得の行かない部分があった。それはその後倉木さん宛のメールに書いて送った。

翌日8月12日暇なので出歩こうかと思ったが、ライブ前日に歩き回り足を痛めるのもいやだし、暑いし、ちょっとだけ出回ることにした。ホテル近くの三十石の前の店で食事。今日は法善寺あられを食べたいと思った。以前からGIZAの店に行って気にはなっていた。浪速氷室とか、closerとか、倉商グループ、やまがうどん、などGIZA周辺の店の中でも、hill'sパン工場の前にあり、僕が不勉強なだけで結構有名なところのようだ。

ただ前日のことからすると北堀江あたりは、胡散臭い人間がうろうろしているため、近づきたくないと思った。シュクラパンは今回は食べるのは止めようと思った。以前インターネットで調べたところ、法善寺あられというのは心斎橋のアーケード街にもあるようなのでそこに行く予定にしました。最初本町からアーケード街に入り、難波で折り返しまた本町の方に戻る予定でしたが、往復はめんどくさいので難波に先に行き、心斎橋のアーケード街に行き、片道だけ歩いてみました。

なんとなくお好み焼き屋が減ったような気がするけど、よくわからない。しばらく歩いて法善寺あられの店を見つけました。いっぱい何種類も買いました。ワラビもちも買いました。しばらく歩いて本町の駅があったのでそこから地下鉄へ。ここは御堂筋線の本町駅。僕はまだ大阪の土地勘がイマイチだなと思いました。御堂筋線でも淀屋橋辺りだと大阪の東のほうにいるような気がするのに、心斎橋だと西よりにいるような気がしてしまう。筋というのがよく頭に入っていないのかな、と思う。

今回は梅田に行っていないのでちょっとよってみることにした。梅田に行ったのはいいけれど、地下街がなんだかよくわからない。阪急のほうに行ったり、阪神のほうに行ったり、2年位前まで梅田で迷うことは少なかった。あそこに行くとあの店があって、というような目印があり、あまり迷わなかったが、昨年あたりから場所がさっぱりわからないことが多くなってきた。地下街が変わったのかな。記憶違いか。うろうろした挙句さっぱりわからず、早めにホテルの帰ることにした。

ホテル近所のエムズカレーを食べた。結構よい。また蛸プチでたこ焼き、551HORAIで餃子を買って帰る。麻衣さんはどこに住んでいるのだろう。

8月13日(日)、倉木麻衣ライブツアー2日目、三木市文化会館。僕はゆっくり出かける。梅田まで行き、阪神電車の普通に乗る。三木というところは、阪神で新開地へ、そこから神戸電鉄で行くという事は知っていたが、阪急でも行けるらしい。時間に余裕があるのでゆっくり行っていた。新開地駅で立ち食いそばを食べる。神戸電鉄に乗る。山のほうに行く。僕は神戸はあまり詳しくないが、このあたりは初めてのところ。乗客にスキン・ヘッドの男がいたが、映画「ディセント」の地底人の真似なのか。いまどきの若者のセンスだろう。

僕は事前に調べたら、三木上の丸駅が近そうだった。ある駅でファンらしい連中がごっそり降りていく。僕はてっきり三木上の丸駅に着いたのだと思い、あわてて降りたが、恵比須駅だった。携帯サイトをもたもた確認していたら、他の人はみないなくなってしまった。でも会場は近いらしい。僕はライブ終了後どこかで食事をしようかなどと考えながら、一人で歩いていった。近道のつもりで横の坂道を上がったら、畑、スイカの食べたあとの部分が捨ててある。近道は見つからない。

他のファンも見かけない。違う道を行ったのか。しばらくして会館のほうへ上がっていく道がありそこを上る。小さな川がある。殺風景なところ。三木市の中心部ではなさそう。会場に着くともうファンがいっぱい来ている。反対側の建物に自販機があり、そこで冷たい飲み物を買って飲む。しばらく休むが暑い。

今日の席は、1階に列41。ライブの印象は、8月11日の浪切ホールと同じようなもの。少し不満を感じていた。ライブ終了後、僕は出待はやらないので駅へ。今度は三木上の丸駅へ歩く。途中左折したが道が違った。やっと駅にたどり着く。帰りの電車空いていた。恵比須駅でも乗る人は少ない。他のファンはまだ帰らないのか。夜遅くなると電車の本数も少ない。熱心だね。みんな麻衣さん大好き。

僕は新開地駅から阪神の特急で帰る。でもホテルに着いたときはもう夜11時過ぎだったと思う。会場に残っていたファンもかなり遅くなっただろう。ファンがすごく熱心。すばらしいことです。

14日京阪経由で丹波橋・近鉄・京都駅経由で帰ろうかと思ったけれど、めんどくさくなったので、新大阪経由でまっすぐ帰りました。

この文章書いたあとで思い出したけれども、関西地区の倉木麻衣さんのライブを観るのは、これが11回目。そのうち野外ライブのBKCライブを除く10回が屋内ライブ。2005年の大阪城ホールのスタンド席を含めこれまで関西地区の倉木さんのライブはすべて2階3階4階席だった。つまりこのライブが僕にとって関西地区倉木麻衣ライブ初の1階席となったのです。1階席しかない会場だったが。


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倉木麻衣2006ライブ・ツアーの思い出~2006.8.11岸和田浪切ホール

2006-11-01 02:01:00 | 2007年までのライブの思い出

いよいよ8月11日から倉木麻衣の2006年ライブツアーがはじまる。今年はどんなライブになるだろう。僕は一足先に8月9日の時点で大阪入りすることにした。なかなか大阪に行くこともないのでこの機会に以前から見てみたかった応神天皇陵と仁徳天皇陵を見てみようと考えていた。それにシュクラパンを食べること、法善寺あられを食べること、など目的にしていた。

9日は台風が来ていることもあり、新幹線のダイヤに影響がないか不安があった。以前から大阪、特に新大阪駅で嫌がらせが多いことから、当初は新大阪駅を避けようと思っていたが、天候の影響も考えると遠回りをしていると大阪到着が大幅に遅れる可能性もあり、新大阪駅を利用した。実際には今回は嫌がらせに気づかなかった。宿泊先は淀屋橋のセンターホテル大阪。安い割りに駅からも近く便利がよい。9日は駅近くをうろうろ。食べ歩き。飲食店が多数入っているビルがあり、芦刈で大阪うどん、三十石でやよい定食を食べる。このあたりで若干の付きまといを見かける。蛸プチでたこ焼き、551HORAIで餃子を買ってホテルに戻る。なかなかおいしい。

10日はまず両天皇陵に行くことにした。応神天皇陵というのは羽曳野市にあるらしい。実際には藤井寺市との境に近い。近鉄南大阪線の古市駅から歩いていった。駅から見当をつけて歩いていったが、墓山古墳や野中宮山古墳にたどり着き、そのあたりを回る。墓山古墳の周囲の濠は、淀んでいたが魚がいるらしい。濠にくっつくように民家が立っている。野中宮山古墳のそばの児童公園で休む。暑くてしかも日陰が少ないのに読書をしている女性がいる。僕は自分がどの辺りにいるのか、よくわからなくなったので、携帯サイトの地図で確認したら、かなり応神天皇陵とは方向違いのところにいたようです。

近道をするつもりで住宅地に入り込んだら、立て続けに行き止まり。結局濠の横に畑があるところの近くで応神天皇陵を見る。僕がいた辺りは濠はそれほどでもないが、やはり陵墓はものすごく大きい。僕の思い描いていた応神天皇陵の大きさが、墓山古墳くらいな規模。まるで規模が違う。感慨というよりは、ただ大きすぎて山塊があるというだけの印象。ちょっとはなれたところからも見えるが、まさかあんなにでかいの?と思う大きな山々が、やはり応神天皇陵。周囲にはたくさんの古墳があるが規模が違う。とにかくでかい。

歩いて古市駅に戻る。暑さでぐったり。途中道が二つに分かれている。ここを右に行けば神社があって応神天皇陵をもっと見やすかったかもしれない。駅のところでキャベツ焼きというものを売っていた。なんだろう。気になったけれど、暑いのでそのまま駅に戻り、冷たいドリンクを飲む。近鉄長野線で河内長野駅、ここから南海高野線で三国ヶ丘駅に向かう。南海電車も停車駅がさまざまで、なかもず駅なんて南海、地下鉄、泉北高速などが入るので大きい駅かと思ったけれど、急行など停車しない。三国ヶ丘もJR乗換駅だけど、急行など停車しない。

三国ヶ丘駅の近くに仁徳天皇陵がある。これもでかい。少し周囲を歩いてみた。淀んでいて濠など整備されていないようだが、観光地化、俗化されていない様子がとてもよい。でかいし、暑いので少し周囲を回ったところで、また三国ヶ丘駅に戻る。とにかく実地でその大きさがわかったのは収穫。古墳というより、小高い山という感じか。

三国ヶ丘駅に戻ると南海線の駅のホームにプリンの店があったので寄る。プリン工房。この駅の飲食店はほとんど下り線ホーム。唯一上り線ホームにある店がこのプリン屋さん。売れるのかな。お店の経営は大丈夫なのかしら。大きなお世話か。僕もビン入りともう一つくらい買って食べたが、まずまずか、正直なところ量が少なくて食べた気がしない。大カップなんて置かないのかしら。売れないかな。がんばってね。

南海電車で難波に行く。暑いので一休み。昨年も寄ったなんなんタウンの鳥の巣に行く。串焼きとチューハイ3杯。若い女性店員が増えている。気のせいかおばちゃんが若々しく華やいだような。制服まで来ている。楽しい店のようです。そのあと同じなんなんタウンのヴィクトリア・カフェに寄る。カツカレーを食べとアロエのジュースを飲む。それから日本橋駅を出て道頓堀を渡ってすぐ、つるとんたんにいく。ここは昨年通りかかり、サンプルにカツカレーうどんがあるのを見て、大阪らしいなあと思い、そのうち食べてみたいと思っていた。カツカレーでもない、カレーうどんでもない、カツカレーうどんである。うどんにカツカレーが入っている。というわけで、食べに行く。

ただメニューを見ているうちに他のうどんを食べたくなった。他にも珍しいうどんがあり、そのうどんのほうがおいしそう。でもせっかくカツカレーうどんを食べに来たから、予定通り食べる。でもそんなにおいしくはない。たぶん他のメニューのほうがいいような気がした。お店の人に怒られるか。

 

まだ時間が早い。そこで地下鉄動物園前駅まで行き、南霞町から阪堺電軌で大和川駅まで行く。この大和川駅、以前倉木麻衣さんが、プロモーション・ビデオで、線路を歩いているシーンがあり、チラッと駅名が見える。大和川と書いてあったような。この大和川かしら。他はよく知らない。たぶんこの駅ではないかと見当をつけていた。実際行ってみることにした。大阪市からちょうど堺市にはいって最初の駅が、大和川駅。大和川のそば。この川関東の綾瀬川(中川?)などと並び以前汚い川の代表格だったが最近はどうだろう。降りるときも折り返して乗るときも僕一人。しばらく時間をつぶし、ホテルへ。

11日いよいよライブ・ツアー・スタートの日。僕はまず朝、シュクラパンを食べるために、hill'sパン工場にいく。午前10時くらいにいったけれども、もう売り切れだった。また売り切れか。2年連続で食べられなかった。法善寺あられのビルを見ながら、他のパンを注文し、食べていたら、後ろに妙な男。ファンらしき集団もいる。僕はGIZAのビルの道路を挟んで右横の自販機で飲み物を買い、堀江公園へ。ここも怪しい男がいる。

電気工事の服を着たすけべそうな男の集団。何かしているわけでもなく、ただニヤニヤしてたっているだけ。何しているんだろう。この公園にいる人もなんだか変な感じの人が多く、僕らファンがうろつくので、それに伴い、いかがわしい人間が北堀江あたりに増えたのだろうか。あまり僕などは北堀江、特にGIZAビルの周囲はうろつかないほうがいいのかもしれない。少し暇なので時間をつぶしたあと、やまがうどんに行く。にしんそばを食べる。ここの客も怪しい。後から来た客なんぞ立て続けに着メロを鳴らす。誰の曲かわからない。曲じゃないかもしれない。やはり付きまとい、嫌がらせと考えるべきだろう。僕がGIZAビルの周辺に来ることを予想して、待ち伏せされたのか。こういうやつがいるとやはりGIZAビル周辺に近づきにくくなる。

難波に行き、時間つぶしを兼ね、英国屋2軒に寄り、飲み食い。やっと南海電車の難波駅に行く。わざとらしいコインロッカーの空き方。そのまま普通電車で岸和田へ行く。駅到着。岸和田駅でロッカーを探したが見つからず、暑いのでミネラルウォーターを頭からかぶったりして、また時間つぶし。早く行くと他のファンに意地悪されるかもしれないので警戒。おばあさんが暑いですねえ~、話しかけてくる。気のよさそうなおばあさんだったが、僕が自販機で飲み物を買うと表情が曇ったが、どうしたのだろう。

駅近くのふじやという店で食事。またカツカレー。ここの前の通りをまっすぐ行くと、会場。僕は散々時間をつぶしたが、まだ開演まで1時間ある。ここは立見席。並ばないといけない。立ち見の順はR12。ステージから見て右サイドの三階席の立ち見順番12番ということ。中に入って席を取った。一番ステージよりで、倉木さんを見下ろすような角度。天皇陵に行ったりして、前日少し歩き疲れている。途中少しへたり座り込んでみていた。麻衣さんがかわいい。

麻衣さんは最近また一段と美しくなっている。ライブは少し僕の予想と違っていた。でもファンはすごく盛り上がっていたから、それはそれでいいのだろう。ライブが終わり会場を出る。関東に来てからグッズは買う予定なので、ここでは買わない。少し足が痛い。やはりライブの前日は歩き回るのは控えめにしたいところ。というか体力が落ちているのか。そういいながら結局また歩いている。困ったもの。反省。駅まで行く。途中妙な男の集団、コンビニを見ると妙な客の集団。いやな感じ。駅のホームに待合室があるが、南海電車の待合室は、冷房が入っている。電車でホテルへ戻る。

ホテルでも妙な若い男がいる。なんなのだろうこいつらは。この日倉木さんのラジオがあるはずだったけれども、聴けず。ライブのあと何も食べなかったけれども、食べてばかりいたせいかあまり空腹を感じなかった。

いよいよライブ・ツアースタート。今年はどんな感じになるのかな。

 

 


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