久しぶりにと言っても2年や3年ではない、もう20年も見ていなかったテレビ番組を見ている。「日本レコード大賞 今夜決定」を。
元々、リリオーは音痴で歌は好きでないので歌番組は好きでなかった。まあ、見るのは、紅白歌合戦くらいなもの。それも、仕事上、見ていないと話題に入れないと思うからだった。
でも、今日は何となく、ずっと見ている。そして色々思い出して。昔のことは言わないつもりだけど年末だから良いよね。
千昌夫が出ていた。昔、母が大ファンだった。近所の人たちから「お宅の兄ちゃん(リリオーの弟のことだけど)千昌夫に似ているね」「へえー千昌夫知らんかった、見てみるわ、ホンマ良う似てるわ」と単純な発想でファンになり、関西で公演があるとリリオーは何時もチケットを取ってやり母は見に行っていた。
テレサ・テンの昔の映像が出ていた。大昔、勤めてくれていたN子ちゃんがファンだった。「何も知らずにあなたは言ったわ、たまには一人の旅もいいよと・・・」と、何時も歌っていた。綺麗なN子ちゃんだった。マイクを左手に持ちマジに歌っていた姿を思い出した。
坂本冬美は歌っていた。「夜桜お七」を。
リリオーの持ち歌だった。いや、本当はいやだったんだ。でもお客様のNさんが歌え歌えと言われて・・・「赤い鼻緒がぶつりと切れた・・・」と歌い出すとTOちゃんやMDOちゃんが紙ナプキンを小さく切り出すんだ。段々、リリオーも乗ってきて花瓶に生けてある花を折って口にくわえ「さくら・さくら・いつまで待っても来ぬ人を・・・」とやると、紙ナプキンをリリオーの頭の上やら着物やらにパッ・パッ・パッと振りかけて佳境に入る。リリオーも「花ふ・ぶ・き」とバシッと構え終わるんだ。拍手、喝采だったけれど、1階でやっていたときから5階の店に移ってもずっとやっていたもんだから、もう、いやになっていたし、「何をしてるんや」とリリオーのそんな姿を見るのが初めてのお客様には恥ずかしいと思ったからやめたかったけれど、「ヤレー」の一言でやっていた。何でもやってなんぼのもんや・・ええか・・・だった。
AKB48と言うのも出ていた。秋葉原に誕生したグループなんだって。し・ら・な・い。
でも、色とりどりの紙吹雪が飛んだ中で歌っていて、何でリリオーは紙ナプキンだったんやと、ひとり文句言いながら酒を飲んでいる。
EXILEも出ていた。何年か前、お客様がEXILEの中の○○○は「僕の甥御なんだ」と言われた。みんな、「ウワッ凄い、あの○○○さんがお客様のす・ご・い」「見せてやるよ」と携帯の待ち受けを見せて、みんな、ヤンヤヤンヤだった。リリオーは全く解らなかった。EXILE自体知らなかったんだもの。勉強不足と言おうか何と言おうか。まあ、それから勉強してお客様の甥御さんの○○○さんを意識して見るようになった。ダンスだけでなく、多方面で活躍している。才能があるんだね。
今日のレコタイの番組では出番はなかったけれど「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」もリリオーの持ち歌だった。
お客様のTさんが、来られたら「ママ、歌え」と言われこの歌も20年は歌っていたと思う。2番の歌詞になると「私、この2番の歌詞が大好きなんです、私そのものです」と言いながら「人生勇気が必要だ、くじけりゃ、誰かが先に行く、あとから来たのに追い越され泣くのがいやならさあ歩け」と。
まあ、お客様がリリオーに歌えと言われるのは、歌い方が面白いから、音痴だからだ。プロのように上手かったら決して歌えとは言われない。音痴もたまにはもてる時もあるもんだと思って喜んでいたよ。
歌は永遠だね。歴史を思い出させてくれるよ。歌番組が少なくなっているけれど、もっとあれば良いね。でも、最近の解らない歌は苦手だ・・・そう言うと年寄りと言われるね。言われても良いよ。
明日は31日。紅白歌合戦を見て年越しをしますか。