人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

日本文学Ⅰ(第9回):夏目漱石『それから』における花のイメージ

2020-07-06 17:08:10 | 日本文学
※非常勤講師を勤めております前橋国際大学での授業内容を、問題のない部分のみ、ブログ上にアップすることに致しました(資料は大学のLMS上にアップしていますが、引用文など少し長めの文章を載せたものは、スマホの画面ではかなり読みにくいため。ブログ記事であればスマホ上でも何とか読めるだろうと思うので)。

こんにちは、第9回をアップします。

はじめに
 第9回の今回からは、いくつか近現代の作品について、花のイメージを見ていきます。今回は、夏目漱石の『それから』について。
 夏目漱石(1867-1916)は、言わずと知れた近代作家ですが、その代表作の一つである『それから』では、印象的なかたちで、赤い花と白い花が描かれます。
 まず、冒頭で描かれる、代助の枕元に落ちた椿の花。椿の花は、その大きさが「赤ん坊の頭」に喩えられています。また、椿の花は赤いものですが、代助が赤い花であるアマランスを受粉させる場面もあります。さらに、三千代の死んだ赤ん坊の着物も赤いのです。赤や、赤い花は生殖、妊娠、出産などと関わって描かれると言えるでしょう。さらに、最後の場面で代助の頭の中で回転する赤い炎など、「赤」のモチーフが繰り返し作品中に描かれます(1)。
 『それから』の女主人公三千代は子供を亡くし、しかも身体を悪くして子供をつくることができません。そして小説中には、若い女が子を生むことを悲しんで泣くというエピソードが語られるなど、生殖や子供に対する否定的なイメージが散見されます。それゆえ本講義では、『それから』における赤い花のイメージを、生殖との関わりから考えていきます。また、作品後半で、三千代とともに描かれる、芳香性の白い花、鈴蘭や百合にも注目します。

【梗概】
 登場人物は主人公の代介、父、兄、兄嫁、友人の平岡、その妻でヒロインの三千代など。代介と三千代の恋が主なストーリーだが、そこに代介に見合いを強いる父や兄の動きがからんでくる。
 代介は大学卒業後就職せず、結婚もせずに「高等遊民」の生活をしていたが、そんな代介のもとに、仕事の関係で地方にいた友人の平岡とその妻の三千代が東京に戻ってくるという知らせが届く。
 三千代は結婚以前は代介とも親しく、三千代の兄が生きていた頃は、代介、三千代の兄、三千代で極めて親しく、そこに平岡を紹介したのは代介だった。三千代の兄が亡くなった後、平岡は三千代と結婚したいと代介に打ち明け、二人の仲を取り持ったのは代介だった。
 ところが、出産後子どもを亡くし、心臓を悪くした三千代と平岡の夫婦仲は悪く、平岡はしきりに借金をしている。そんな中、具体的な一人の誰かをずっと愛することなどないと思っていた代介も、三千代への愛を自覚するようになり、その思いを彼女に打ち明ける。
 三千代に思いを打ち明けた後、代介は平岡にもその経緯を打ち明ける。平岡は代介の父親にそれを密告したため、代介は勘当されることとなり、仕事を探すために街に飛び出していく場面で終わる。

1.赤い花と生殖
 冒頭の椿の花は、空からぶら下がる俎板下駄を夢見た代助が目覚めた後、枕元に落ちていたものです。代助は「花の色を見詰めて」いますが、何色とは描かれないものの、椿の花は赤いでしょう。

【本文引用①】
 枕元を見ると、八重の椿が一輪畳の上に落ちてゐる。代助は昨夕床の中で慥かに此花の落ちる音を聞いた。彼の耳には、それが護謨毬を天井裏から投げ付けた程に響いた。夜が更けて、四隣が静かな所為かとも思つたが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋のはづれに正しく中る血の音を確かめながら眠に就いた。
 ぼんやりして、少時、赤ん坊の頭程もある大きな花の色を見詰めてゐた彼は、急に思ひ出した様に、寝ながら胸の上に手を当てゝ、又心臓の鼓動を検し始めた。(中略)彼は胸に手を当てた儘、此鼓動の下に、温かい紅の血潮の緩く流れる様を想像して見た。是が命であると考へた。自分は今流れる命を掌で抑へてゐるんだと考へた。それから、此掌に応える、時計の針に似た響は、自分を死に誘ふ警鐘の様なものであると考へた。(中略)彼は血潮によつて打たるゝ掛念のない、静かな心臓を想像するに堪へぬ程に、生きたがる男である。(中略)
(中略)夫から烟草を一本吹かしながら、(中略)、畳の上の椿を取つて、引つ繰り返して、鼻の先へ持つて来た。(中略)烟りは椿の瓣と蕊に絡まつて漂ふ程濃く出た。(一、313~314頁)(2)


 この場面は、主に同時代的な政治状況や文明批評との関わりなどから論じられ、椿の花についても「不安の象徴」と言われています(3)が、ここで注意しておきたいのが、「赤ん坊の頭程」という表現です。この表現は、生れ落ちた途端にこときれてしまった、血まみれの赤ん坊の頭が落ちている、おぞましいイメージを呼びおこします。しかもヒロインの三千代が子どもを失い、心臓を悪くしているのです。

【本文引用②】
 三千代は東京を出て一年目に産をした。生れた子供はぢき死んだが、それから心臓を痛めたと見えて、兎角具合がわるい。始めのうちは、たゞ、ぶら\/してゐたが、何うしても、はか\゛/しく癒らないので、仕舞に医者に見て貰つたら、能くは分らないが、ことに依ると何とかいふ六づかしい名の心臓病かも知れないと云つた。もし左様だとすれば、心臓から動脈へ出る血が、少しづゝ、後戻りをする難症だから、根治は覚束ないと宣告されたので、平岡も驚ろいて、出来る丈養生に手を尽した所為か、一年許りするうちに、好い案排に、元気が滅切りよくなつた。(中略)、帰る一ヶ月ばかり前から、又血色が悪くなり出した。然し医者の話によると、今度のは心臓の為ではない。心臓は、夫程丈夫にもならないが、決して前よりは悪くなつてゐない。瓣の作用に故障があるものとは、今は決して認められないといふ診断であつた。(四、366~367頁)

 三千代は子どもを失って、出産後心臓を悪くし、心臓はもう正しく血を送りません(4)。一方で代助は、「赤ん坊の頭」ほどの大きさもある、落ちた椿の花の色から心臓を連想し、鼓動を打ち正しく血が流れるのを確かめるのです。また椿や後に引くアマランス(【本文引用③】)、白百合(【本文引用⑭】)のはなびらも、心臓のべんも、同じく「瓣」と書かれます。

 もう一つの赤い花、アマランスも見ておきましょう。

【本文引用③】
 代助は机の上の書物を伏せると立ち上がつた。縁側の硝子戸を細目に開けた間から暖かい陽気な風が吹き込んで来た。さうして鉢植のアマランスの赤い瓣をふら\/と揺かした。日は大きな花の上に落ちてゐる。代助は曲んで、花の中を覗き込んだ。やがて、ひよろ長い雄蕊の頂きから、花粉を取つて、雌蕊の先へ持つて来て、丹念に塗り付けた。
(中略)
「蟻ぢやない。斯うして、天気の好い時に、花粉を取つて、雌蕊へ塗り付けて置くと、今に実が結るんです。暇だから植木屋から聞いた通り、遣つてる所だ」
(中略)
「悪戯も好加減に休すかな」 (同、361~362頁)


 ここで代助は「実」をつけることを目的としながら、「暇だから」「悪戯」で、「植木屋から聞いた通り」に受粉させています。受粉は生殖を、「実」は子供を象徴するものでしょう。ここから代助の生殖し繁殖することに対する意識が窺える(5)。
 ちなみにここで「アマランス」とあるのは、辞書的には「葉鶏頭」のことらしいのですが、本文中の描写と合わないので、アマリリスの間違いだろうといわれています(漱石って結構適当ですよね)。

 さらに、赤のイメージが直接的に赤ん坊と結びつく場面もあります。三千代の亡くなった赤ん坊の着物です。赤ん坊の着物は赤く、赤いものがくるくる巻かれた様子は、先に見た椿の花弁も思わせます。

【本文引用④】
其所へ三千代が出て来た。先達てはと、軽く代助に挨拶をして、手に持つた赤いフランネルのくる\/と巻いたのを、坐ると共に、前へ置いて、代助に見せた。
「何ですか、それは」
「赤ん坊の着物なの。拵へた儘、つい、まだ、解かずにあつたのを、今行李の底を見たら有つたから、出して来たんです」と云ひながら、付紐を解いて筒袖を左右に開いた。
「こら」
「まだ、そんなものを仕舞つといたのか。早く壊して雑巾にでもして仕舞へ」
 三千代は小供の着物を膝の上に乗せた儘、返事もせずしばらく俯向いて眺めてゐたが、
「あなたのと同じに拵へたのよ」と云つて夫の方を見た。
「是か」
 平岡は絣の袷の下へ、ネルを重ねて、素肌に着てゐた。
「是はもう不可ん。暑くて駄目だ」
 代助は始めて、昔の平岡を当面に見た。
「袷の下にネルを重ねちゃもう暑い。襦袢にすると可い」
「うん、面倒だから着てゐるが」
「洗濯をするから御脱ぎなさいと云つても、中々脱がないのよ」
「いや、もう脱ぐ、己も少々厭になつた」
話は死んだ小供の事をとうく離れて仕舞つた。さうして、来た時よりは幾分か空気に暖味が出来た。(六、396~397頁)


 この場面は、代助を前に赤ん坊への思いを開いて見せる三千代と、「面倒だから」執着し続けてきた平岡がそれを脱ぎ捨てるものと、まず考えられるでしょう。その上で、畳に落ちた椿の花の大きさが赤ん坊の頭に喩えられ、アマランスの受粉が描かれることを考え合わせると、中身のない赤い着物は、生殖の失敗を印象づけます。

2.生殖の不可能性
 以上、赤い花が生殖と象徴的に結びつくこと、そしてそこには生命が途中で断ち切られてしまった、おぞましかったり、痛々しかったりするイメージが付き纏うことを見てきました。そこで次に、具体的に三千代の病気と子供について語られる部分を見ておきましょう。平岡と再会し、最初に三千代にはもう子供ができないことが示される場面を引用します。

【本文引用⑤】「赤い棒の立つてゐる停留所迄歩いて来た」ところで、代助は三千代のことを聞く。
「子供は惜しい事をしたね」
「うん。可哀想な事をした。其節は又御叮嚀に有難う。どうせ死ぬ位なら生れない方が好かつた」
「其後はどうだい。まだ後は出来ないか」
「うん、未だにも何にも、もう駄目だらう。身体があんまり好くないものだからね」
「こんなに動く時は子供のない方が却つて便利で可いかも知れない」
「夫もさうさ。一層君の様に一人身なら、猶の事、気楽で可いかも知れない」
「一人身になるさ」(二、337~338頁)


 ここでは、子供を亡くしたことを慰めるためとはいえ、子供が邪魔なものと言われています。そして、会話の流れから、平岡が「一人身になる」との予告がなされてもいます。ここで代助が後の展開を予想していたわけではないにしても、小説的には後の展開を予兆するものでしょう。
 けれども平岡夫婦にとって、子供ができないことは関係を悪化させるものとして描かれています。例えば、代助が嫂から貰ったお金を三千代に渡した後、三千代が次のように語る場面があります。

【本文引用⑥】
平岡は、あの地で、最初のうちは、非常な勤勉家として通つてゐたのだが、三千代が産後心臓が悪くなつて、ぶら\/し出すと、遊び始めたのである。それも初めのうちは、夫程烈しくもなかつたので、三千代はたゞ交際上已を得ないんだらうと諦めてゐたが、仕舞にはそれが段々高じて、程度が無くなる許なので三千代も心配をする。すれば身体が悪くなる。なれば放蕩が猶募る。不親切なんぢやない。私が悪いんですと三千代はわざ\/断わつた。けれども又淋しい顔をして、責めて小供でも生きてゐて呉れたら嘸可かつたらうと、つくぐ考へた事もありましたと自白した。(八、433頁)

 ここでは、子供がいれば夫婦関係の悪化が回避できたかもしれないという、三千代の思いが描かれています。ここで注意しておきたいのが、三千代の病気と、平岡の放蕩が相関関係を持つものとして語られていることです。男性のする放蕩と言えば、女遊びでしょう。心臓の病気は、常識的に考えれば、安静を要します。そのため、三千代の身体が悪くなると性的な関係を持てないことが、ここでは暗示されているのではないでしょうか。「不親切なんぢやない。私が悪いんです」とわざわざことわる言葉には、「夫婦のつとめ」を果たせない三千代の申し訳なさが表れているように思えます。
 さらに、代助が夫婦の関係が悪化したのは自分のせいではないと考える場面には、次のようにあります。

【本文引用⑦】
彼は此結果の一部分を三千代の病気に帰した。さうして、肉体上の関係が、夫の精神に反響を与へたものと断定した。又其一部分を子供の死亡に帰した。それから、他の一部分を平岡の遊蕩に帰した。(中略)凡てを概括した上で、平岡は貰ふべからざる人を貰ひ、三千代は嫁ぐ可からざる人に嫁いだのだと解決した。(十三、521~522頁)

 傍線部は、肉体上の疎隔が平岡の精神に疎隔を生んだと解釈できますので、三千代が病気のために性的な関係を持ちえないことが示されていると見るべきでしょう。

3.反生殖としての恋愛
 以上、三千代の病気と子供について語られる部分を考察し、三千代は病気のために子供をつくることだけでなく、生殖行為そのものも困難となっていることを明らかにしました。そこで、三千代の生殖の不可能性が、代助にとってどのような意味を持つのか、代助の恋愛観、結婚観から考えてみたいと思います。
 代助が三千代を思い、親兄弟との疎隔がもたらす生活苦を想像し思い悩み、書物を読めなくなったあげく待合に行った時に聞いた話を引用しましょう。

【本文引用⑧】
 彼は其晩を赤坂のある待合で暮らした。其所で面白い話を聞いた。ある若くて美くしい女が、去る男と関係して、其種を宿した所が、愈子を生む段になつて、涙を零して悲しがつた。後から其訳を聞いたら、こんな年で子供を生ませられるのは情ないからだと答へた。此女は愛を専らにする時機が余り短か過ぎて、親子の関係が容赦もなく、若い頭の上を襲つて来たのに、一種の無定を感じたのであつた。それは無論堅気の女ではなかつた。代助は肉の美と、霊の愛にのみ己れを捧げて、其他を顧みぬ女の心理状態として、此話を甚だ興味あるものと思つた。(同、517~518頁)

 待合というのは待合茶屋の略で、今でいうラブホテルのようなものですが、恋人同士で泊まるというよりは、芸者を連れ込んでとまるようなことが多かったものらしいです。
 代助が待合に馴染みの芸者を連れて行ったのか、それとも待合のおかみと話しただけであったのか、ここでは示されていませんが、兎も角代助は待合で一晩過ごし、そこで話を聞きました。ここで代助は、若いうちに子供を生むことを「愛を専らにする時期」が短いと解釈し、さらにそれを嘆く女の心理状態を「肉の美と霊の愛」とにのみ己を捧げるものと位置づけています。
 つまり代助にとって子供は愛と相反するものなのです。
 また代助はかつて、「少々芸者買をし過ぎ」(五、383頁)ていましたが、芸者を理想的な存在と考えています。

【本文引用⑨】
 彼は肉体と精神に於て美の類別を認める男であった。さうして、あらゆる美の種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考へた。あらゆる美の種類に接触して、其たび毎に、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を動かさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞家であると断定した。彼は是を自家の経験に徴して争ふべからざる真理と信じた。その真理から出立して、都会的生活を送る凡ての男女は、両性間の引力に於て、悉く随縁臨機に、測りがたき変化を受けつゝあるとの結論に到着した。それを引き延ばすと、既婚の一対は、双方ともに、流俗に所謂不義の念に冒されて、過去から生じた不幸を、始終甞めなければならない事になつた。代助は、感受性の尤も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓を選んだ。(中略)代助は渝らざる愛を、今の世に口にするものを偽善家の第一位に置いた。
(中略)すると、自分が三千代に対する情合も、此論理によつて、たゞ現在的のものに過ぎなくなつた。彼の頭は正にこれを承認した。然し彼の心は、慥かに左様だと感ずる勇気がなかつた。(十一、492頁)

「暇だから」アマランスを受粉させていたことや、何らかの目的のために行為することを否定する代助の観念を重ね合わせると、性欲のためというよりは美や余裕の産物として、恋愛が位置づけられているようです。続く部分で「代助の心」が「三千代に対する情合」を「たゞ現在的のものに過ぎな」いと感じることができなかったことがこの論理で割り切れないものとして示されていますので、「現在的な」一過性の美と愛として、芸者という存在がとらえられていることが分かります。
 けれども、嫂にお金を借りようとする場面で、見合い、結婚を条件に出されて、代助は次のように考えます。

【本文引用⑩】
 生涯一人でゐるか、或は妾を置いて暮すか、或は芸者と関係をつけるか、代助自身にも明瞭な計画は丸でなかつた。只、今の彼は結婚といふものに対して、他の独身者の様に、あまり興味を持てなかつた事は慥である。(中略)、それから最後には、比較的金銭に不自由がないので、ある種類の女を大分多く知ってゐるのとの三ヶ條に、帰着するのである。(七、421~422頁)

 ここからは「芸者と関係をつける」こともゆくゆくは必要の要請となっていくことが予想されていますし、結婚に興味がないことの原因の一つとして、芸者などをよく知っていることがあげられています。ですので、芸者との関係も単純に、純粋に美のためであるとは言えないでしょう。
 代助の結婚観は、兄が二度目の見合いの命令を伝えにくる場面でも示されています。

【本文引用⑪】
「一体何うなんだ。あの女を貰ふ気はないのか。好いぢやないか貰つたって。さう撰り好みをする程女房に重きを置くと、何だか元禄時代の色男の様で可笑しいな。凡てあの時代の人間は男女に限らず非常に窮屈な恋をした様だが、左様でもなかつたのかい。(中略)」(中略)。
 代助は座敷へ戻つて、しばらく、兄の警句を咀嚼してゐた。自分も結婚に対しては、実際兄と同意見であるとしか考へられない。だから、結婚を勧める方でも、怒らないで放つて置くべきものだと、兄とは反対に、自分に都合の好い結論を得た。(十二、503~504頁)


 このような代介の結婚観は、結末に至って覆されるのですが、当初代助は結婚が必要の要請であり、愛とは関係なく、相手は選ぶべきものではないと考えていたことが分かります。

4.白い花と詩と恋愛
 このように、生殖や子供は赤い花と結びつけられますが、代介にとって、生殖や子供は永遠の愛とは無関係なものです。
 一方で小説中盤、芳香性の強い白い花、鈴蘭と白百合が登場しますが、赤や赤い花と対照的に描かれていることが既に指摘されています(6)。そのため、白い花は生殖とは無関係の愛を成り立たせる装置として機能することが推察されます。
 代助が、外界からの刺激を遮断して寝るために用いる、「極めて淡い、甘味の軽い、花の香」である鈴蘭が描かれる場面を、引用しておきましょう。

【本文引用⑫】
蟻の座敷へ上がる時候になつた。代助は大きな鉢へ水を張つて、其中に真白な鈴蘭を茎ごと漬けた。簇がる細かい花が、濃い模様の縁を隠した。鉢を動かすと、花が零れる。代助はそれを大きな字引の上に載せた。(中略)代助は其香を嗅ぎながら仮寝をした。(十、451頁)
一時間の後、代助は大きな黒い目を開いた。其眼は、しばらくの間一つ所に留まつて全く動かなかつた。手も足も寝てゐた時の姿勢を少しも崩さずに、丸で死人のそれの様であつた。其時一匹の黒い蟻が、ネルの襟を伝はつて、代助の咽喉に落ちた。代助はすぐ右の手を動かして咽喉を抑へた。さうして、額に皺を寄せて、指の股に挟んだ小さな動物を、鼻の上迄持つて来て眺めた。其時蟻はもう死んでゐた。(同、453頁)


 代助は鈴蘭の香を嗅ぎながら眠りますが、目覚めた姿が「死人」のようであると形容されています。さらに「蟻」も死んでいるように、鈴蘭の花は死と関わる存在です(7)。
 また、先に見たアマランスの場面とは対照的に、実際に蟻が這い出しています。蟻を鼻先まで持ってくる動作は、椿を「引つ繰り返して、鼻の先へ持つて来」る動作(【本文引用①】)や、アマランスの花を覗き込み、花粉を雌蕊に塗りつける動作(【本文引用③】)と、よく似ています。アマランスや椿の場面と鈴蘭の場面を結びつける符丁として、位置づけることができます。

 この仮眠の間に三千代が訪ねてきていたのですが、再び訪ねてきた三千代は、鈴蘭の鉢の水を飲みます。雨に濡れたために急いだ三千代は、代助の家に着いたときに水を求めます。代助が水を汲みに台所へ行って戻ってみると、三千代は既に水を飲んでいました。訊けば、鈴蘭の鉢の水を飲んだのだといいます。

【本文引用⑬】
果して詩の為に鉢の水を呑んだのか、又は生理上の作用に促がされて飲んだのか、追窮する勇気も出なかつた。よし前者とした所で、詩を衒つて、小説の真似なぞをした受売の所作とは認められなかつたからである。(同、462頁)

 この部分、解釈しづらいのですが、試みに次のように考えます。代助は、三千代が鉢の水を飲むという行為が「生理上の作用」に促されてのものだと考えているのならば、追窮することを恐れたりはしないはずです。したがって、代助は詩のための行為であることを恐れたのでしょう。そして、詩のための行為であるとしても、それは詩を「衒つ」た、「小説の真似などをした受売り」ではないために、追窮することを恐れているのです。つまり代助は、三千代の鉢の水を飲むという行為を、純粋に詩的な、真似事ではないものとして受け止めているわけです(8)。これは、植木屋から聞いた通りの受売りでアマランスを受粉させる代助の行為とは対照的です。
 ただ、ここでは単なる「真似」や「受売り」は否定的に描かれているのですが、繰り返しは否定されている訳ではありません。例えば、三千代は初めて会った頃のように銀杏返しに結い、代助が昔持ってきたのを思い出して百合を買います。その後代助も、代助と三千代とその兄とで仲良くしていた頃を思い出そうとして百合を買うのです。一見それは「真似」や「受売り」と同じように見えますが、真似事ではなく真実に過去をとり戻そうとする行為として描かれているのです。先に、代助にとって芸者との関係が一過性の「美」や「愛」を意味することに触れましたが、過去の取り戻しは、一過的な現在を永続的なものに変えるために、意味を持つものと言えます。
 ちなみに鈴蘭には毒性がありますので、鈴蘭を生けた鉢の水を飲んではいけません。

 そのような、過去をとり戻すための装置として、白百合の芳香は描かれています(9)。この場面では、三千代が代助に白百合を買ってきており、代助は「甘たるい強い香」の、「重苦しい刺激を鼻の先に置くに堪へな」いと感じた(同、463頁)のですが、三千代は「自分の鼻を、瓣の傍迄持つて来て」(同)匂いを嗅ぎます。三千代は兄が生きていた過去、代助が百合を買って訪ねたことがあるために百合を買ってきたのですが、代助はこの段階ではまだ、強い刺激を避けて、落ち着きたいと思うために百合の香を嫌っています。
 けれども代助も、後に自ら百合の花を買うのです。

【本文引用⑭】
代助は、百合の花を眺めながら、部屋を掩ふ強い香の中に、残りなく自己を放擲した。彼は此嗅覚の刺激のうちに、三千代の過去を分明に認めた。其過去には離すべからざる、わが昔の影が烟の如く這ひ纏はつてゐた。(中略)彼は雨の中に、百合の中に、再現の昔のなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。(中略)
やがて、夢から覚めた。此一刻の幸から生ずる永久の苦痛が其時卒然として、代助の頭を冒して来た。(中略)爪の甲の底に流れてゐる血潮が、ぶる\/顫へる様に思はれた。彼は立つて百合の花の傍へ行つた。唇が瓣に着く程近く寄つて、強い香を眼の眩う迄嗅いだ。彼は花から花へ唇を移して、甘い香に咽せて、失神して室の中に倒れたかつた。彼はやがて、腕を組んで、書斎と座敷の間を往つたり来たりした。彼の胸は始終鼓動を感じてゐた。(中略)それから又歩き出した。彼の心の動揺は、彼をして長く一所に留まる事を許さなかつた。同時に彼は何物をか考へる為に、無暗な所に立ち留まらざるを得なかつた。(十四、556~557頁)


 百合の香によって代助も過去と結びつき、最初は「安慰」を、後には「動揺」を感じています。また、椿やアマランスの瓣、蟻などにおいて繰り返される、鼻先に持ってくる動作が、より過剰に繰り返されています。椿に関しては煙草の「烟りは椿の瓣と蕊に絡まつて漂ふほど濃く出た」(【本文引用①】)とありましたが、ここでは「烟」が、百合の香の刺激に喚起される過去の自分を表現する言葉として用いられています。ここから翻って考えると、冒頭の椿に絡まる煙は過去の代助を導くものの符丁として、三千代が再び東京に戻ってくることを象徴しているものと言えるでしょう。
 続く三千代が訪ねてくる場面でも、白百合の香は空間を世間から隔絶させ過去を甦らせる装置として機能しています。

【本文引用⑮】
雨は依然として、長く、密に、物に音を立てゝ降つた。二人は雨の為に、雨の持ち来す音の為に、世間から切り離された。(中略)二人は孤立の儘、白百合の香の中に封じ込められた。
「先刻表へ出て、あの花を買つて来ました」と代助は自分の周囲を顧みた。三千代の眼は代助に随いて室の中を一回した。其後で三千代は鼻から強く息を吸ひ込んだ。
「兄さんと貴方と清水町にゐた時分の事を思ひ出さうと思つて、成るべく沢山買つて来ました」と代助が云つた。
「好い香ですこと」と三千代は翻がへる様に綻びた大きな花瓣を眺めてゐたが、夫から眼を放して代助に移した時、ぽうと頬を薄赤くした。
「あの時分の事を考えると」と半分云つて已めた。
(中略)
「貴方は派手な半襟を掛けて、銀杏返しに結つてゐましたね」
「だつて、東京へ来立だつたんですもの。ぢき已めて仕舞つたわ」
「此間百合の花を持つて来て下さつた時も、銀杏返しぢやなかつたですか」
「あら、気が付いて。あれは、あの時限なのよ」
(中略)
「僕はあの髷を見て、昔を思ひ出した」(同、559~560頁)


 百合の香は、現在と俗世間から代助と三千代を切り離し、過去へと封じ込める装置となっています。三千代が銀杏返しに結うことは、何度も模倣されるものではなく、一回きりの行為だったと言われています。この後、兄と代助と三千代との生活が振り返られ、代助も三千代も五年前からずっと同じ人間であることを強調しています。代助は何度か、自分が学生時代から変化したと考えている(六)のですが、ここでは過去の時間が取り戻されています。
 ところで、先ほど見た【本文引用⑬】で、三千代が鈴蘭の鉢から水を飲む行為を代助は「詩」「小説」との関係から解釈していましたが、代助が三千代に愛を打ち明けたことばも、「詩歌」「小説」との関係で説明されています。

【本文引用⑯】
代助の言葉には、普通の愛人の用ひる様な甘い文彩を含んでゐなかった。彼の調子は其言葉と共に簡単で素朴であつた。寧ろ厳粛の域に逼つてゐた。但、夫丈の事を語る為に、急用として、わざ\/三千代を呼んだ所が、玩具の詩歌に類してゐた。けれども、三千代は固より、斯う云ふ意味での俗を離れた急用を理解し得る女であつた。其上世間の小説に出て来る青春時代の修辞には、多くの興味を持つてゐなかった。代助の言葉が、三千代の官能に華やかな何物をも与えなかつたのは、事実であつた。三千代がそれに渇いてゐなかつたのも事実であつた。代助の言葉は官能を通り越して、すぐ三千代の心に達した。三千代は顫へる睫毛の間から、涙を頬の上に流した。(同、564頁)

「玩具の詩歌」「世間の小説」「青春時代の修辞」と、似た言葉が用いられながら、代助の言葉は「玩具の詩歌」として、「世間の小説」「修辞」とは無縁のものと位置づけられます。
 既に見たように、赤い花は生殖、真似事と結びつき、白い花は「詩を衒」った「小説の真似」とは無縁の、純粋に詩的なものと結びついていました。白い花に導かれた代助の言葉は、詩的なものとして位置づけられ、恋愛物語を動かす原動力となるのです。

終わりに
 以上、赤い花と生殖との関わりや、三千代が子供を亡くし、身体を悪くしたこととの関わりを考察してきました。その過程で、三千代は心臓病のために生殖行為そのものが困難であることも明らかにしました。その上で、既に研究史で言及されている白い花との対照についても触れ、代助との恋愛の文脈に位置づけました。
 赤い花は、生殖、妊娠、出産などの象徴として描かれ、白い花はそれとは異なる恋愛を象徴しています。代助にとって子供は愛と無関係なもので、生殖行為そのものもまた、一過的な、現在だけの愛を意味するものでした。そのような代助にとって、三千代に子供がなく、できないこと、また生殖行為そのものも困難であることは、決定的に重要だったのです。
 勿論、健康な女性とプラトニックラヴをすることも可能ではあるでしょう。しかしそうすると、プラトニックラヴが「目的」となってしまいます。ところが代助は

【本文引用⑰】
 自己本来の活動を、自己本来の目的としてゐた。歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩いたり、考へたりするのは、歩行と思考の堕落になる如く、(十一、471頁)

考え(10)、「普通に所謂無目的な行為を目的として活動してゐた」(同、472頁)。それゆえ三年前に停滞してしまった恋愛物語を起動させるために、生殖の不可能性は重要な要素だったのです。

【本文引用⑱】
 兄は趣味に関する妹の教育を、凡て代助に委任した如くに見えた。(中略)三千代は固より喜んで彼の指導を受けた。三人は斯くして、巴の如くに回転しつゝ、月から月へと進んで行つた。有意識か無意識か、巴の輪は回るに従って次第に狭まつて来た。遂に三巴が一所に寄つて、丸い円にならうとする少し前の所で、忽然其一つが欠けたため、残る二つは平衡を失つた。(十四、562頁)

 けれども、芸者を買うことのできる代助と、そうではない三千代が、同じ恋愛観を持つのは難しいでしょう。今後の心配を告げられたときに言う、「漂泊でも好いわ。死ねと仰れば死ぬわ」(十六、591頁)「だつて何時殺されたつて好いんですもの」「だつて、放つて置いたつて、永く生きられる身体ぢやないぢやありませんか」(同、592頁)「何うせ間違へば死ぬ積なんですから」(同、593頁)などの言葉は、三千代からの誘いを意味しているとも考えられます(11)。結局三千代と代助との恋愛が破綻してしまうのも、このような恋愛観の違いが一因ではあるでしょう。
 世の中が真っ赤になり、「代助の頭を中心として」「焔の息を吹いて回転」する最終場面(十七、622頁)は、冒頭の椿の花と重ねられます。落ちてしまった椿の花は、花開こうとして中途で終わってしまった二人の恋愛物語の予兆としても、機能しているのかもしれません。

           
(1)浜野京子「〈自然の愛〉の両義性:『それから』における〈花〉の問題」(『国語と国文学』1989年1月→太田登、木股知史、萬田務編『漱石作品論集成【第六巻】それから』桜楓社、1991年)、水沢不二夫「『それから』のイメージ(1):百合と鈴蘭」(『言語と文芸』1992年4月)、同「『それから』のイメージ(2):拡散するイメージ―」(『言語と文芸』1993年4月)、金英順「『それから』論:「赤」と水のメタファ・代助の「自然」」(『東洋大・大学院紀要 文学研究科 国文学・英文学・教育学』1999年2月)などに指摘がある。
(2)本文引用、章番号、頁数は、『漱石全集 第四巻』(岩波書店、1966年)による。但し、一部私に表記を改めた。
(3)猪野謙二「『それから』の思想と方法」(『明治の作家』岩波書店、1954年)など。
(4)これは「心臓弁膜症」の症状であると注されており(ちくま文庫版『夏目漱石全集』など)、心臓弁膜症は現在では出産も不可能ではないが、後半部分で三千代の病弱さは弁の故障ではないと言われており、心臓の病気一般について安静を要することは言えるだろう。
(5)注1浜野論文では、アマランスをアマリリスとし、官能性を持ち誘惑するものとして三千代との結びつきを説く。しかし、三千代が子供を失いつくる事も出来ない以上、そのようなストレートな象徴ではありえない。
(6)注1前傾論文など。
(7)鈴蘭、白、あるいは水と死が結びつくことについては、注1前傾論文、勝田和學「『それから』の構造:〈花〉と〈絵〉の機能の検討から」(『言語と文芸』1986年十12月)、斎藤真「『それから』の水」(『都大論究』1990年3月)などに指摘がある。
(8)小阪晋「愛の実験:恋愛三部作」(『漱石の愛と文学』講談社、1974年)はロセッティの「The Blessed Damezel」という詩が三千代の造型に踏まえられていると指摘するが、注1水沢論文ではこの詩のために三千代が鈴蘭の鉢の水を飲んだとしている。ただし、本稿で問題としている、代助が「詩を衒つて、小説の真似なぞをした受売の所作」ではないために恐れている理由は、典拠となる詩を探ることによっては解釈できない。
(9)白百合の香と過去との結びつきについては、注1前傾論文など。椿や鈴蘭も含め『それから』の香そのものについて論じるものとしては多田道太郎「香りの奥にひそむもの」(『あすあすあす』1986年5月→『漱石作品論集成【第六巻】それから』注1参照)がある。
(10)なお、この部分は西洋に伝統的な、歩行と散文を、舞踏と詩を結びつける比喩を想起させる。そのように考えるとき、代助の言葉が「世間の小説」とは異なる「玩具の詩歌」であること、代助が目的を持った歩行を嫌い、恋愛によってぐるぐる同じ所を回ることは同じ意味合いを持ち、『それから』という小説が目的を持った散文「世間の小説」ではなく「玩具の詩歌」によって動かされていることを感じさせる。
(11)三千代の言動には女学生的な大仰さが漂うが、実際に三千代は心臓病である。また、病弱な三千代のイメージは、吉屋信子の小説等で多く描かれる、結婚する前に病死してしまう少女のイメージを下敷きとし、転倒させた感がある。ただし、同時代的にそのような少女イメージがあったかどうかは検討を要する。

☆本講義の内容は、拙稿「生殖の拒絶―『それから』における花のイメージ」(『名古屋大学国語国文学』2009年11月、29~43頁)をもとにしています。

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