人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

犬を見送る

2014-12-31 13:59:13 | 犬・猫関連
本年も最後の一日となりました。
今年は10月に相次いで二匹の犬を亡くしました。
特に、先に亡くなった16歳のおじいちゃんわんこのほうは、かなり弱ってはいたので覚悟ができていたのですが、ちょうど10歳で亡くなったアキちゃんのほうは、いろいろ病気はありつつも何とか調子よく過ごしており、体重も減っておらず体力も残っていたので、ショックが大きかったです。私は最期看取ることもできませんでしたし。

携帯のデータを整理していたら、2、3年前のアキちゃんとおじいちゃんわんこの写真が出てきましたので、載せておきます。
アキちゃん。


最初に調子が悪くなった頃(3年前)。
気管虚脱のためにせき込んだ食べ物のせいで肺炎をおこしました。
このときは入院して点滴を続け、回復しました。

おじいちゃんわんこ(2~3年前)。



この頃はまだおじいちゃんとは呼んでいませんでしたが…
ぼけてもおらず、ただ、ちょっと年をとってきたのでそれまでベランダで飼っていたのを、おうちのなかに入れるようになりました。
もともとは何か私の子、という感じだった子で、この子がのすけちゃんと一緒に部屋のなかにいたときに、何のはずみかのすけちゃんが怒って、この子は私に助けを求めてくっついてきたのですが、そうするとのすけちゃんが嫉妬してますます怒るので、押しのけてしまったことがありました。
その後どんどんぼけてしまったので(ぼける時期だったのかもしれませんが)、私がこの子じゃなくてのすけちゃんを取ったんだ、と感じてしまったのかもしれません。
ぼける前はもともとちょっと神経質なところのあった子なので、今でも実は少し気になっています。
もっと大事にしてあげられれば良かった…

  *  *  *  *  *  *

来年はどの子もみんな、健康に過ごせますように。
それから、今いる子の子たちに、よい縁がありますように。

里親募集中です。
→ベージュの子:2015年6月にいったん募集を終了しました。
→白い子:2015年6月にいったん募集を終了しました。

白い子のお母さんも里親募集してます。7.2kgと小柄な子です。

→母犬は2015年2月3日に行方不明になり、2月5日に踏切事故に遭っていたことが、3月2日にようやくわかりました。

シラバス案公開その2‐1:「日本古典文学演習」

2014-12-30 11:51:00 | シラバス案
前回の続きでむかし就活用に作成したシラバス案公開。
実際に非常勤講師などで授業をされている方の場合は、シラバスもたいてい公開されていて閲覧することができますが、一度も授業したことないと、こういうものをアピールする機会もないんですよね…
こちらも不採用でしたが、教育歴のない私を面接まで連れていってくれたシラバス案です。
こちらの大学は15回分ぜんぶ作成しなければならなかったので、一つの授業あたり1記事ずつ公開することにします。
表形式で「学習内容」と「学習課題(予習・復習)」を分けて書くかたちだったので、ブログ記事にすると非常に見にくい…。

――――――
■【授業形態】演習

■【到達目標及びテーマ】『源氏物語』柏木巻、出産、生殖
①古典作品を読むときの基本的なスキルを身につける。
②発表を担当することで、プレゼンテーションの基本的なスキルを身につける。
③「常識」に対して疑問を持つ、学問的な発想を身につける。

■【内容】まず、『源氏物語』のあらすじ及び柏木巻の位置づけ、登場人物、主な問題点を整理し、出産・生殖を切り口とした担当者の読みを例に、文学研究の発想を学習する。
その上で、注釈と現代語訳、研究上のポイントのついたテキストを使用し丁寧に読んでゆく。
一人一段落程度を担当し、発表する(一回につき二人ずつ)。
発表内容①影印(コピー)の翻刻
②校異および校訂本文
③注釈整理
④現代語訳
⑤問題点

■【成績評価方法と基準】出席及び授業態度:30%
発表:35%(35点)
 基本的なフォーマットを守っている:10点
 時間配分、プレゼンテーション技術:10点
 内容:15点
レポート:35%(35点)
 字数、基本的なフォーマットを守っている:10点
 テーマ設定、研究史の整理:10点
 内容(面白さ、新しい知見など):15点
*剽窃などが見つかった場合は、20~35点の減点となります。
**詳しい評価基準は、第一回目の授業において説明します。

■【テキスト】(教科書)『源氏物語の鑑賞と基礎知識 柏木』至文堂、適宜資料を配布する。
(参考書)小嶋菜温子『源氏物語の性と生誕』有斐閣、2004年

■【その他】受講者数によって授業日程が変更となる可能性がある。

■【授業計画・学習内容と課題】
【第1回】(学習内容)ガイダンス(授業の目的、資料の配布、発表順の決定、発表の方法、レポート課題、レポートの書き方と評価基準)
(学習課題)(復習)資料を整理しておく。発表順と担当部分を確認し、各自で発表の準備を進めておく。
【第2回】(学習内容)発表の方法、柏木巻の位置づけと『源氏物語』のあらすじ
(学習課題)(復習)各自で発表の準備を進める。
【第3回】(学習内容)出産、生殖の歴史と『源氏物語』の出産嫌悪
(学習課題)(予習)『源氏物語』のあらすじを確認し、出産した人物を把握しておく。
(復習)自分なりに意見を持つ。
【第4回】(学習内容)現代文学の中の出産、生殖
(学習課題)(予習)現代において出産がどのように捉えられているか考える。(復習)自分なりの意見を持つ。
【第5回】(学習内容)演習①:柏木の贈歌
(予習)影印のコピー(該当部分)を読む。(復習)自分なりの意見を持つ。担当者は指摘された部分を修正し、レポートの準備をする。
【第6回】(学習内容)演習②:女三宮の返歌、柏木の返歌
(学習課題)第5回に同じ(~【第14回】まで)
【第7回】(学習内容)演習③:女三宮の出産
【第8回】(学習内容)演習④:女三宮の出産嫌悪と出家への思い
【第9回】(学習内容)演習⑤:出家の願いを口にする
【第10回】(学習内容)演習⑥:朱雀院下山
【第11回】(学習内容)演習⑦:女三宮出家①
【第12回】(学習内容)演習⑧:女三宮出家②
【第13回】(学習内容)演習⑨:女三宮出家③
【第14回】(学習内容)演習⑩:女三宮出家④
【第15回】(学習内容)まとめ、その後の展開、レポートに関する最終確認、質疑応答
(学習課題)(予習)レポートを書いていて分からないことをピックアップしておく。*作成中のレポートを持参すること。
(復習)レポートを修正する。

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今思うと盛り込み過ぎ(これで実際に授業するのは厳しいだろうな)だし、「剽窃などが見つかった場合は、20~35点の減点」って甘すぎるかも(笑)。
非常勤の仕事は来ないし、最近就活でもシラバス案書いてないけど、こういうものもちょっとずつバージョンアップしてかないといけないなあ…、と思いました。
私に授業させたいと思ってくださる方がおりますように!のんのん。

シラバス案公開その1:「古典への招待」「中古作品購読」

2014-12-30 11:13:59 | シラバス案
ふと思い立って、むかし就活用に作ったシラバス案を公開することにしました。
慌てて就活用に作ったものなので、今思うと日本語のおかしな部分や、乱暴な部分、ちょっと対象に合わないかな、と思う部分もありますが。参考までに。
結局不採用でしたが、教育歴のない私を面接まで連れていってくれたシラバス案なので、評価は悪くなかったんだと思います。
ブログのフォーマット上表などを張り付けられないため、ちょっと見にくいですが…

*この大学では全15回の授業のうち、4回目まで書くよう指定されていました。

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①授業計画 古典への招待(2年生配当)
■授業概要、方法等
一文一文品詞分解し、丁寧に逐語訳するのが高等学校における古典の授業であった。その結果、全体の流れが分からなくなってしまった人も多いと思う。しかし、文学作品を読むためには、全体の流れを把握しつつ部分に注目することが重要である。そのためには、問題意識を持ちながらテクストに臨む姿勢が大切である。本講義では、問題意識のひとつとして、妊娠・出産等生殖にかかわる意識をとりあげ、『源氏物語』を中心にいくつかの古典作品を読む。
 近年児童虐待が問題となっているが、バースコントロールが不十分であった時代には、子捨てや間引きが普通だった。身体的な苦痛や死亡率の高さを考えると、妊婦自身が出産を喜ばしいと思うことはむしろ不思議に思える。現在においても死の危険がある以上、個の生命よりも社会の存続を重んじる感覚がなければ肯定的に感じることはできない。女性史の分野においては、母性愛は近代になってつくりだされたものだと言われている。本講義では古典作品における妊娠や出産に対する否定的な感覚を中心に扱うが、現代社会における「母性愛」の問題にも敏感になることができる。
 授業は講義形式だが、適宜質疑応答を行う。                      
■到達目標 古文を楽しみながら大まかな流れをつかみ、自分なりの問題意識を見出すことができる。 

■教科書・参考文献
(教科書)授業中に資料を配布する。                        
(使用テキスト)角川ソフィア文庫『源氏物語』                     
(参考文献)小嶋菜温子『源氏物語の性と生誕―王朝文化史論』

■授業内容(第4回まで)
【第1回】ガイダンス、授業の進め方、レポートの書き方及び評価方法。
「古典」の定義。                                   
生殖に関わる歴史及び近現代文学における出産嫌悪について概観する。
【第2回】『源氏物語』以前。                            
『竹取物語』:かぐや姫が結婚せず昇天したこと、                            
『大和物語』155段:女君が妊娠中に入水したことに注目する。
【第3回】『源氏物語』① 
『源氏物語』における妊娠・出産の描写を概観し、女三宮が出産そのものをおぞましく感じ出産によって衰弱した「ついで」に死にたいと思うことに注目する。
【第4回『源氏物語』② 
女三宮と、子を産まないものの育てる紫の上、妊娠した時点では嫌悪するものの出産後子に対する「愛情」のようなものを抱く藤壺とを比較し、紫のゆかりと呼ばれる女君の問題として生殖を考える。

―――――

②中古作品購読(2年生配当)
■授業概要・方法等
『源氏物語』横笛、鈴虫巻を、注釈、現代語訳及び研究史のポイントが丁寧に説明されたテキストを使用し、購読する。これをとおし、物語の細部に着目しながら自分なりの読みを組み立てる力を身につける。
 具体的に読み進める前に、簡単なあらすじと研究史を学習し、自分なりの読みを展開するために、担当者の読みを参考にする。担当者は特に女三宮に注目してきた。研究史の中で、女三宮の登場が六条院世界(主人公である源氏や紫の上の世界。六条院は源氏が造った広大な邸宅)や物語のありようを変容させたと言われているが、女三宮は「内面」を語らない女君であると言われる。しかし、女三宮の心内語(心の中のことば)や心情に添った描写、会話文などは少なくない。それゆえ、なぜ女三宮のことばが「内面」と見られてこなかったのかを、源氏や紫の上のことばと比較しながら考える。 横笛巻、鈴虫巻に関しては、特に和歌表現(朱雀院と女三宮の贈答、源氏と女三宮の贈答)に着目する。
 授業は講義形式だが、適宜質疑応答を行う。
■到達目標 古文を解釈する能力を身につけるとともに、研究史を批判的に読む態度を身につける。一つ一つの表現に注意して文学作品を読むことができる。

■教科書・参考文献
(教科書)『源氏物語の鑑賞と基礎知識 横笛・鈴虫』至文堂
 適宜授業中に資料を配布する。

■授業内容(第4回まで)
【第1回】ガイダンス、授業の進め方、レポートの書き方、評価方法。
あらすじ、登場人物等の説明。『源氏物語』第二部の説明。
古典を「読む」ときの二つの立場。「内面」を切り口とした『源氏物語』の研究史。
【第2回】若菜巻。
柏木事件による変化に着目する。
結婚当初女三宮は思ったことを思ったまま口にしていたが、柏木事件によって「憂き身」の意識、源氏に知られることによって「われ」の意識が発生する。
【第3回】柏木巻。出家による変化に着目する。
出家場面および、女三宮が「もののあはれ知らぬ」ことに注目する。
【第4回】横笛巻①。教科書22~32頁2行
朱雀院から山菜が贈られてくる場面、女三宮と朱雀院の贈答を中心に読む。

――――――
ちなみに①の内容は拙稿「『源氏物語』の生殖嫌悪―女三宮の出産嫌悪を中心に」(『古代文学研究 第二次』第16号、2007年10月)、②の内容は「女三宮のことば―『源氏物語』の時間と内面」(『日本文学』2008年12月号)および「『源氏物語』女三宮の自己意識」(『日本文学』2009年9月号)と関わっています。

書物は誰のものか:マララさんのノーベル平和賞受賞と高等教育の無償化

2014-12-28 13:29:06 | 書物と世界・社会
暮れも差し迫ってまいりました。
今日は時事的な話題を。
少し前の話になりますが、女性や貧しい子供たちの教育の権利を訴えてきた、パキスタンのマララ・ユスフザイさんがノーベル平和賞を受賞しました。
「一人の子供、一人の教師、一本のペンと一冊の書物が世界を変える」という彼女のメッセージは非常にシンプルなものですが、ひとつだけ感想を。
「一冊の書物が世界を変える」という部分はやはり、コーランにしろ(旧約・新約)聖書にしろ、聖典の国の人々の言葉だなあ、と。聖典を読み解釈し、また新たな書物を書く、そういうリテラルな能力に関する言葉なんだな、と思います。男性が書物であり、ロゴスであり、書物を解釈するのは男性のみであり、女性はその解釈を受け入れるだけであった世界から、貧しい子供たちも女性も、書物を奪取し、読み、解釈し、自分のものとしてまた新たな書物を書く。そういう世界の変化が、夢見られている。

私が疑問に思うのは、彼女の力強くシンプルな主張に素直に感動する人々も、どういうわけか斜に構えて見る人々も、どうして自分たちの問題として考えようとしないのか、という点です。
遠い国の可哀想な子供たちの話ではない。今の日本で現在進行形の問題として、あるものだと思うからです。
確かに今の日本では、いわゆる「普通教育」、義務教育段階での達成度や識字率の高さはパキスタンの比ではありません。
たぶん、パキスタンの貧しい子供たちや女性たちが望んでも得ることのできない教育を私たちは簡単に得ることができるのでしょう。
しかし、だからと言って教育の重要性や権利が認められているとはとても思えない。
殊に人文学の状況は悲惨で、「一冊の書物が世界を変える」なんて言っても笑われるだけです。
彼女のメッセージは、初等教育は必要で高等教育は贅沢、というような区別がなされているのではなく、熱をおびた知への渇望の、知に関わるすべての権利を要求しているように思います。

現在、国立大学の授業料は年間53万5800円で、入学金も合わせれば初年度に約80万円の学費が必要です。
「奨学金」という名の学資ローンに苦しみ、あるいは入学金が支払えないばかりに進学をあきらめる子供たちも多く、とても「貧しい子供たち」でも平等に教育が受けられる状況ではありません。最近ではトリプルワークをこなしながら学費や生活費を稼ぐ女子高生も問題になりました。

日本国憲法第26条の1項では、
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」
ことが認められています。「普通教育」(いわゆる「義務教育」)だけではなく、「その能力に応じ」た「教育」の権利が認められているわけです。「能力」とは(学費の)支払い能力を意味するのでしょうか?
また、国連の人権規約では、高等教育の漸進的無償化の導入がうたわれています(*)。

もし、マララさんのメッセージを真に受けるとするならば、教育にかかる経費を削減することばかり考えるのではなく、高等教育を無償化することを考えるべきでしょう。
「一冊の書物が世界を変える」というメッセージに感動することができるならば、人文学なんか何の「役に立つ」のか、なんて、二度と口にしないでほしい。

*外務省によると、「日本国政府は,昭和41年12月16日にニューヨークで作成された「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)の批准書を寄託した際に,同規約第13条2(b)及び(c)の規定の適用に当たり,これらの規定にいう「特に,無償教育の漸進的な導入により」に拘束されない権利を留保していたところ,同留保を撤回する旨を平成24年9月11日に国際連合事務総長に通告しました」。高等学校の無償化により、教育の無償化及び高等教育の無償化の漸進的導入に向けて十分な準備がなされたとの判断によるものらしい。高等学校の無償化は評価すべきことだが、日本の現行の教育制度において高等学校は中等教育に位置づけられており、これを以て「高等教育の無償化」とするには違和感がある。

――――――
おまけ:
子犬ちゃんと母犬ちゃん、里親募集中です。
母犬
→母犬は2015年2月3日に行方不明になり、2月5日に踏切事故に遭っていたことが、3月2日に分かりました。

白い子犬

2015年6月にいったん募集を終了しました。

ベージュの子犬
2015年6月にいったん募集を終了しました。

白い子犬と母犬が親子です。
ベージュの子もよく似ていますが、別みたいです。
母犬は7.2kgと小柄ですが、子犬ちゃんはもうその体重を超しちゃってます(約4カ月)。

植物のイメージ:石井桃子『幻の朱い実』

2014-12-21 12:04:19 | 少女
必要があって、石井桃子の小説『幻の朱い実』を読んだので感想書きます。
『幻の朱い実』は自伝的小説と言われているそうですが、私には参照すべき資料も手元にありませんので、その辺にはあまり言及しません。

梗概及び特徴:
ヒロイン明子と大学時代のあこがれの的だった大津蕗子との友情を描く。
物語は大学時代は特に交流のなかった蕗子と再会し、友人になる場面からはじまり、明子の結婚までを描く第一部、明子の妊娠とほぼ同時に蕗子の結核が悪化し亡くなるところまでを描く第二部と、子供たちも成長し夫も亡くなったはるか後年、明子が蕗子の妊娠と堕胎の話を聞いたことから、真偽を確かめるためにかつての友人加代子とともに手紙類などを集める第三部に大きく分かれる。
物語の大部分が手紙の引用という形式で展開されること、蕗子との再会において描かれる烏瓜、鰯漁を見に二人で出かけた宇原で摘んだ水仙など、植物の描写が重要な場面で描かれる点が特徴だろう。「幻の朱い実」というタイトルは、蕗子との再会で描かれた烏瓜、そして物語の最後で、新宿御苑で見つけた小さい烏瓜を前に娘に向かって「大津さんの烏瓜ね、この千倍も、万倍も美しかった!(中略)あなたに見せたかった、そういうものも、この世にあるんだってこと!」(下巻、362頁)と言ったことを指す。

(1)手紙の引用について
手紙の引用が大部分を占めるという点がまず目に付く特徴だろう。
私は以前、詳しい考察過程は省くが、『紫式部集』に関する論文で、結婚や死別によって失われた女性同士の心の交流を構築するもの、と結論づけた。→「『紫式部集』四番歌・五番歌の再解釈―女性同士のつながり―」
『幻の朱い実』における蕗子と明子との手紙のやり取りの引用にも、そういう意味合いがあると思われる。

(2)烏瓜の実
すでに触れたが、物語では植物の描写が重要な場面にあらわれる。その中でも重要なのが、タイトルにも関わる烏瓜の実。
(再開場面の烏瓜)
 そして、わざわざ目をやるまでもなく―というより、向こうから強引にこちらの目をひきこむように―細道の左側、四、五軒めの門口に、何百という赤、黄の玉のつながりが、ひょろひょろと突きたつ木をつたって滝のようになだれ落ちていたのだ。明子は小走りにそこまでいってみた。
 のびすぎた木は檜葉で、それに薄緑の蔓が縦横無尽にまつわりつき、あるものは銀鎖りのように優美に垂れ、入り乱れてからまりあう蔓全体からぶらさがっているのは、烏瓜の実であった。(上巻、4頁)

(1年後の烏瓜)
 だが、その一方、あの檜葉からは、前年ほどの華やかさではなかったが、やはり無数の烏瓜の銀鎖りが垂れ、そこから、美しく赤らんだ実に交じって、まだ白と緑の縞を描いた小動物めいた若い実もぶらさがっていた。(上巻、140頁)
(最後に描かれる烏瓜)
 御苑ではほんの少し色づきはじめた木々も美しかったが、明子が目ざしたのは朱い烏瓜の実であった。駐車場周囲で、すぐ目についたのが、小粒の黄烏瓜だった。
 「こういうんでないのよ。」と、明子は言った。
 目のいい葉子に助けてもらって散々歩きまわり、あきらめて帰りかけたとき、出口に近い日陰の場所に、十つぶほどのあわれな実が、しなびた蔓からさがっていた。(下巻、361頁)
 「葉子、大津さんの烏瓜ね、この千倍も、万倍も美しかった! 千倍も万倍も! こんなもんじゃないのよ。あなたに見せたかった、そういうものも、この世にあるんだってこと!」
 葉子は、母の腕をとっていた手に力をこめ、しばらく無言でいてから、
 「ママ、いい友だちなくしたママの気持、わかるつもりよ。あたしたちには、もうそういう友だちはつくれない。でもね……。パパやあたしたちのことも忘れないで。」
 「何いってんの。忘れようったって、忘れられないじゃないの? いつもあなたが、こうしてあたしをひったてるようにして歩いてるんだもの。」(下巻、362頁)

 烏瓜は別名を「玉梓」(手紙)と言うため、まずは蕗子と明子との手紙を象徴するものであり、冒頭で描かれる銀鎖りのように連なった烏瓜は、蕗子と明子との手紙によって構築された『幻の朱い実』という作品そのものを指すと言える。娘の葉子とのやり取りは、今の世の中にありえない存在となってしまった蕗子との友情を懐かしみつつ、葉子のような娘世代の新しい文芸行為に導かれていることを認め、娘世代の新しい文芸行為を寿いでいるものとひとますは解釈できる。
 ただ、ここで注意しておきたいのが、花ではなく「実」がそのイメージとして選ばれている点。というのも、通常「実」のイメージは子供や生殖と関わり合うものであり、明子の妊娠が蕗子の死と引き換えのように描かれており、第三部では蕗子の妊娠と堕胎が大きな謎として重要なモチーフとなるからである。

(3)植物のイメージ
 良妻賢母教育と関わって園芸の重要性が説かれ、白百合の花が純潔の表象である(渡部周子『「少女」像の誕生 近代日本における「少女」規範の形成』新泉社、2007年)など、花は少女と切り離すことのできない表象であり、吉屋信子『花物語』など、少女同士の結びつきにおいても重要なイメージを喚起させる。
 しかしながら『幻の朱い実』において蕗子との友情を象徴するのは「実」であり、当然ながら「実」は子供や生殖のイメージと結びつく。
 これは蕗子の死と引き換えのように明子の妊娠が描かれること(蕗子の葬儀の「翌日から、彼女は三日ほど寝つき、それからの一週間を佐々木先生の病院に収容された。妊娠二カ月、つわりの症状と宣告された」下巻、234頁)、蕗子が堕胎したか否かが第三部で重要な謎となることと関わっていよう。
 物語の構造上、蕗子の死と引き換えに明子の子供が生まれたかのように描かれる以上、蕗子自身の妊娠と堕胎は明子に大きな混乱をもたらしたのだろう。

(4)「幻」の含意
 ただ、ここでさらに注意すべきは、ただの「実」ではなく、「幻」の「実」であることである。「そういうものも、この世にあるんだ」ということを明子が葉子に見せたかった、「幻の朱い実」。
 『幻の朱い実』において、「幻」という言葉が出てくる場面はない(と、思う。私の記憶の限り)。ただ、私が以前森茉莉の『甘い蜜の部屋』を考察したとき(「森茉莉『甘い蜜の部屋』と『源氏物語』女三宮―女三宮からモイラへ」)、「幻」には性愛関係がないという含意が込められていた。性愛関係はないものの、性愛関係よりも濃密で素晴らしい関係。
 (だが、これは俺にとって現実の花ではない。桃李は、幻の桃李だ。冠を正す必要はない・・・・・・)(『甘い蜜の部屋』147頁)
「現実の花」ではなく「幻の桃李」であるという表現は、「永遠に交接のない父と娘の間柄」(294頁)ともあるように、近親相姦はありえないことを象徴する。
 したがって、「幻の朱い実」が象徴するものは、永遠に交接することのない蕗子と明子との、幻の子供を象徴し、それは美しい赤や黄色の実を銀鎖りのように連ねた手紙によって構築された小説『幻の朱い実』である。

*引用は石井桃子『幻の朱い実』上、下、岩波書店、1994年、『森茉莉全集・4‥甘い蜜の部屋』(筑摩書房、1993年)による。

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おまけ:子犬ちゃん里親募集中です

→ベージュの子:2015年6月にいったん募集を終了しました。
→白い子:2015年6月にいったん募集を終了しました。

白い子のお母さんも里親募集してます。7.2kgと小柄な子です(子犬ちゃんとおんなじくらい)。
→母犬は2015年2月3日に行方不明になり、2月5日に踏切事故に遭っていたことが、3月2日に分かりました。