人形と動物の文学論

人形表象による内面表現を切り口に、新しい文学論の構築を目指す。研究と日常、わんことの生活、そしてブックレビュー。

人形関連書籍紹介:谷川渥『肉体の迷宮』

2014-06-17 14:29:24 | 人形論(研究の話)
せっかく人形の文学論、というタイトルでブログをしているので、
ちょっとずつ人形に関連する本を紹介していこうと思います。
小説、評論、雑誌特集などジャンル・形態問いませんが。

今日は谷川渥『肉体の迷宮』(ちくま学芸文庫、2013←東京書籍、2009)。
さまざまな媒体で発表された文章を集めた本ですが、西洋と日本の肉体観の違いを中心に据え、量塊(マッス)性と衣装性の対立、皮膚と表層、身体の変容や寸断など、へと展開します。
私がしばしば踏まえる、『美術手帳』が初出の「人形と彫刻」も入っていて、これと、「ピュグマリオン・コンプレックス」が人形に関連するもの。

「人形と彫刻」は、芸術観における人形と彫刻の差異を論じたもの。
彫刻を量塊(マッス)的なものとし、人形を衣装的で心的距離の近い、操作性のあるものと位置づけますが、そもそも肉体のない、衣装的な肉体観を持つ日本においては、人形と彫刻の差異は曖昧にならざるを得ない、と言います。
したがって、日本の球体関節人形群は、「西洋彫刻の量塊と比例の思想を「さかしま」に「人形」化する」ハンス・ベルメールの「方法論的暴力」と無縁なのだ、と。
総じて日本の球体関節人形に対する評価は低いようで、私自身はもっと別の意味づけも可能だと考えていますが、それについては別に述べようと思います。

なお、ここでは先行する『文学の皮膚』(白水社、1996)所収の論文「見ることの狂気 川端康成の逆ピグマリオニズム」における、人形を人間にしたい「ピグマリオニズム」と、人間を人形にしたい「逆ピグマリオニズム」は区別されるべきだ、という主張が踏まえられていますが、その、「ピグマリオニズム」について論じたのが「ピュグマリオン・コンプレックス」です。
「古代に遡ることのできる魔術的彫像のテーマ」「十七、八世紀的な自動人形のテーマ」との関係に触れたうえで、彫像における五感の複合的なエロス、濡れ衣表現などの「表層の快楽」の文脈に位置づけます。肉体が襞であり、着衣である、というような。


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